ブルーブラックと薔薇少女   作:おおおユウゴ

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第7話

 

 足場の机の上には、6月19日の、高々鉄の車内での事件について書くくための物々があって、清書につかう報告書の書面、万年筆、ノートパソコン、これらが大雑把に置かれていた。

 

 足場は頭の後ろで手を組んで、ゲーミングチェアーのような近未来的な椅子を後ろへと漕ぐように倒しながら、壁に掛けられたデジタル時計を見た。『18:37:26』というのが見えた。

 足場は机の引き出しからスマホを取り出した。七桁の暗証番号を手早くフリックする。開いた画面の上側に、ラインの吹き出しマークがあった。

 

 “るる”からだった。

 

『ゆうびさん。今日は帰ってきますか?』

 

 通知には十分前とある。さっきまで、別件の報告書を手書きしていたから、そのあたりの最中に来たことになる。

 足場は思わず、目元を手で覆ってため息をした。苦虫を噛み潰したような顔になりながら、スマホをいったん、画面を下にして机に置いた。

 

 それから腕組をして、机に向かって考えた。

 まだ、6月19日のあの事件について、報告書を下書きできていない。

 

 下書きはノートパソコンで、ワープロでやるが、その前に事件の当事者たち──保安部員の、豊田守恵へと、事件について『聴取』しに行かなくてはならない。

 事件のことについて聞き込みは、記憶を風化させないように、できるだけ早くすべし。それが文書課、この大らかな閑職での、珍しく厳しい規律である。

 足場はこの課が気に入っていたが、そうであるからには、しておかなくてはならないこともある。

 

 豊田、彼女は、保安部の“保安課”において、エースとすでに評判高い。足場は、スマホの保安部用のアプリを開く。“部員スケジュール”の項目をタップする。

 豊田守恵、その行動予定表をみると、6月20日の六時ごろ、今のあたりだと、『保安課,在席』とある。八時あたりまで『保安課,在席』の矢印が引っ張られている。だとすると調書をとるには、好都合だ。

 

 足場はスマホを手に取り、ライン、“るる”とのトーク画面を開いた。すぐにスタンプをおくる。それから考えておいた文面を送る。

 

『帰るよー!』

『ただ今日は遅くなるかもしれない……  るるは今日生徒会……評議会っていうやつ、あるっけ?』

 

 すぐに既読が付いた。それからすこしして、メッセージが送られてきた。

 

『はい。七夕祭の件で委員会があるんです。』

 

 それからすこし、間が空いた。悩んでいるのかな。足場はトーク画面を開いたまま、その上へとスクロールしてこれまでの会話を見返したり、自分が送った面白画像や、それへと“るる”が驚いたり、嬉しがったりするメッセージを読み返した。 

 

 そのうち、“るる”から新しいメッセージが来た。

 

『私も、遅くなるかもしれないです。ゆうびさん、私より先にお家帰ってしまったのなら、夕ご飯食べちゃっててください。私も、学友となにか食べて帰ると思います。』

 

 足場はとりあえず打ち返した。

 

『わかった 』

 

 それから考えて、こう送った。

 

『俺も遅くなりそうなら、ラインするよ 今日はおたがい、自分で食べちゃおう 』

『冷蔵庫に昨日のメカジキのソテー、残ってたけど、るるが先帰っても、あれ残しておいてくれる?』 

 

 “るる”は、すぐにメッセージを返した。

 

『いいですよ。でも、ゆうびさんがあんまり遅いと、食べちゃうかも。美味しかったもの。』

 

 足場は思わず、苦笑した。『 』と送った。昨日のソテーは、足場が作ったのだ。

 

 スマホでクックパッドを見ながら料理しようとしたら、“るる”に火を使いながらスマホを見ないようにと、注意された。

 “るる”は、そうして足場のスマホで、ソテーの作り方を見ながら、足場の横からレシピを教えてくれて、足場はそうして、ソテーを作った。足場は、実は同じ料理を、一人で暮らし始めたころに作ったことがあった。

 

 しかし、“るる”に見てもらいながら作ったソテーは、二人でも、そうして“るる”にも、“るる”の家で使用人のシェフが作ったぐらいに美味しい、そう言ってもらえるような出来だった。味の素が偉大なのかもしれなかったが、“るる”はああ見えて、食べることで忖度はしない。足場は今日も、あのソテーが食べたかった。

 

 足場が“るる”と住んでいるのは、神謀町の古書店街のならびからやや離れた、大通りには面していないが街灯が目の前の道に並ぶ、そんなアパートの一室だった。

 足場が選んだ物件だった。足場はかなり悪戦苦闘したが、彼が中学まで、高々等学校に入るまでに稼いだ羅刹の賞金で、惜しみなくいい物件を探したのちに、見つけたアパートだった。

 

 やや使い古されていたが、だからこそ足場は“るる”をここに住まわせるべきか、かなり悩んだ。

 結局、足場は“るる”には彼女の屋敷、香薔薇家のレンガ造りな広い屋敷、そこで暮らしてもらうべきだと決めた。足場は自分が選んだアパートの一室、使い古されていている部屋を、そこを、足場のための、今まで暮らしていたよりかは広くなった自分のための新天地にすることにしたのだった。

 

 “るる”は、大き目のトランクケースを一つ引っ張って、やってきた。

 

 足場は、“るる”──流隆に、彼の引っ越し先を、流隆のための気晴らしの場所として、来たいときに来ていいといって、その場所を教えてはいた。

 しかし本当に、流隆が、こんな場所で暮らしていけるのか、足場の手に負えるものか、アパートの玄関にトランクケースと立ち望む流隆、彼女に向き合いながら、悩み果てた。

 

「案ずるよりも生むがやすし、でしょう?」

 

 流隆はそう微笑んだ。

 

「それに、駄目だと思ったら、私、正直に言って出ていきます。嘘はつかないんです、私。ねえ、足場さん。お家賃も半分こしてあげます。それで、どう?」

 

 足場は、口で女子に勝てるはずもないと、諦めた。

 確かに、このアパートの家賃は、その時の足場には、頭痛の種だった。足場が羅刹の賞金首を追いかけることが、そのころ、とんと減ってしまっていたのだ。このせいで収入が減っていたから、流隆の提案は渡りに船と言えた。

 

 足場は、流隆のトランクケースを持ち、そのキャニスターを拭くために玄関へとトランクケースを横たえさせて、言った。

 

「家賃の話は、素晴らしいね」

「なら、いいの?」

 

 流隆は、持つものがなくなった手を胸元であわせて、足場の目を見つめた。

 

 足場は、キャニスターを拭くウェットティッシュをとりに、部屋の奥のほう、出しすぎたこたつを片付けたばかりの机へと向かった。冬が過ぎ去って少ししたばかりだった。流隆はまだ、玄関の外に立っていた。そうして足場の背を見ていた。

 

 足場は机の上からウェットティッシュを袋ごと取って、玄関のほうへと向き直って、言った。

 

「でも、なら、そのお金を食費なんかに使えないの」

「それは、駄目。おじいさまには、お家賃のためにお金を使わせていただくって言ったんです。嘘をつくわけにはいかないわ」

「おじいさんに!」

 

 足場は、玄関に向かおうとしていた足を止めて、床ばかり見ていたのを、流隆のほうへと向いて、問い直した。

 

「香薔薇さん、貴女のおじいさんに、言ったの? 僕と、住むって?」

「はい。おじいさま、はじめは心配そうだったけど……許してくださったわ。足場の家の……「あの小僧」なら、いいだろうって」

 

 流隆は可笑し気に、顔をほころばせた。

 足場黝美は、どうにもたまらず、天井を見上げた。しみがところどころについた、ベージュのそれ。足場は目元を、片手で覆って、ため息をついた。

 

「だいたい、足場さんがそもそもは、おじいさまに直談判したのよ。私だってしてもいいでしょう?」

「俺のは別だ! 別の話だ!!」

 

 足場は流隆のほうへと向いて、面とむかって、流隆へと言った。

 

「俺は……、あいや、僕は。僕は、その、香薔薇のための、羅刹の、……処理人になりたいと、そう言っただけだ。それと、香薔薇さん、貴女が僕と、一緒に住むのは、違う話だよ」

「知ってます。おじいさまに聞きました」

「……どこまで聞いたの?」

「それだけです」

「嘘じゃないの、それ?」

「忘れちゃったの。これは本当です……よ?」

 

 流隆は小首をかしげて、目を細めて()んだ。

 

「じゃあ、思い出してよ」

 

 足場は、嘆息しつつ目を落としながら、玄関のほうへと歩みだした。

 

「きっかけがないと、記憶って思い出せないものです」

「マドレーヌの香りみたいなのが欲しいの?」

「『わすれとんかち』かしら」

「どら焼きがまずは必要だね、それは」

「どら焼き! 私、実はまだ食べたことないんです。あ、焼き立てを、ですけど」

 

 危ない危ない、嘘をつくところでした。そう流隆は舌をちろりと出してみせた。

 足場は、流隆の前へときて、顔をやや渋くしながら、言った。

 

「今度、お祭りの屋台にでも行こう。それか神謀町にも、いい店があるかも。このアパートの近くにあればいいな。探しに行こう」

「……一緒に?」

「ああ」

 

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