それではスタートです!
765プロ劇場に併設されているレッスンルーム。そこではアイドルたちがレッスンに勤しんでいる。
マゼンタの髪に黄色のメッシュを入れた女性―舞浜歩もその一人だ。
ダンスの得意な彼女は流れる曲の中で振り付けを次々に決めていく、その途中だった。
「―!?」
足を捻ったかのような違和感。
突如、体がぐらりと揺れ、倒れそうになる寸前で練習パートナーである菊地真が体を支えた。
「大丈夫!?」
「うぅ……痛ったぁ……。足、やっちゃったかも……」
痛みにうめく歩を床に座らせ、どこを痛めたのか体を見回していると、足首の辺りが腫れているのを見つけた。
少しでも早く処置をしなければならない状況をみて、真が呟く。
「動け……なさそうだね」
「大丈夫、気にしないでいいよ……」
「気にするよ!待ってて、今風花さん呼んで来るから!」
部屋を飛び出し、廊下を進む。その途中、呼ぼうとした豊川風花が目の前を歩いていた。
「真ちゃん?どうしたの?」
「風花さん!歩が怪我したみたいで……」
「うん。急いで来るから待っててくれる?」
真のただならぬ様子に頷いて、救急箱を持って風花はついて来た。
レッスンルームに戻ると、歩が足首をおさえてうめいていた。
「あっ、風花……来てくれたんだ。うぅ……」
「足首の方が痛いの?」
「うん……」
「もしかして……靴下も脱がせてあげて」
真が腫れている方の足の靴下を脱がす。怪我は右足のようで、足首から下に赤黒い腫れがみられた。
「捻挫みたい。とりあえず冷やして、数日は安静にしないと……」
「……それじゃダメなんだ」
「えっ?」
「3日後に番組の収録があって、そこでダンスバトルやるみたいでさ。勝ちたくて練習してたのに……」
歩が悲しそうな顔をする。彼女においてダンスは人生と同じであり、相当に想いを背負って練習していたようだった。
その顔を見た風花が、軽く頷いて歩に話しかけた。
「わかったわ。すぐに治すからね。お願い、『祈りの羽根』」
そう口を開いた瞬間、風花の
羽根を手に取り、右足首に触れさせる。すると羽根が小さく光を放って患部の腫れが引いていき、痛みに苦悶していた歩の表情が徐々に安らかなものになっていく。数秒した後、捻挫した足が元の状態に戻っていた。役目を終えたのか、羽根はすっと空気に溶けるように無くなった。
「ふぅ、これなら大丈夫」
「わぁ……!痛くない!治ったんだ!」
風花の言葉に、歩が嬉しそうな顔を見せる。
「ありがとう!一瞬で治しちゃうなんて、風花ってやっぱりすごいよ!」
「よかったね〜歩!」
「ふふっ、どういたしまして♪でも、今日は練習は止めて安静にしましょうね。がんばり過ぎてない?」
「うん、そうだったかも。休むのも大事だよね」
喜ぶ歩を見て、風花は微笑む。
彼女が持っている『祈りの羽根』の力は負傷を治す治癒の能力。先程の歩の怪我も能力によって治療したものであり、羽根が触れた場所の怪我を治癒するまさに『奇跡』の力だ。
風花はそんな奇跡を宿す選ばれた人間である。
傷ついた人をまた一人救えたことに、風花は幸福感と嬉しさを感じすにはいられなかった。
喜びと安堵を見せる歩達をよそに、風花は小さく呟いた。
「よかった……お大事に」
~~~
「すうっごくわかりますッ!」
「ですよねっ!」
興奮気味に喋るツインテールの少女―松田亜利沙に髪を編み込んだ少女―七尾百合子が肯定するような反応を返す。
「『アイドルちゃんの楽曲名を異能っぽく考える』って発想、とってもいいですね!」
「そうですよね!私の思い、伝わってよかったです!」
2人が会話していたのはアイドルに関して……といっても、楽曲やパフォーマンスについてではなく、『異能』という一見、つながりのなさそうなテーマであった。
それでもなお、少女たちの話は更に盛り上がる。
亜利沙が百合子を褒め称えるように言った。
「百合子ちゃんの想像力にはいつもびっくりですよ!」
「亜利沙さんもアイドルの知識がすごいし、お話してていつも楽しいです」
百合子も笑顔を見せてお礼を返した。
このように、彼女たちの話は『楽曲を異能力にしてみたら』というテーマを種にして話が動いていた。
「風花さんって癒しオーラが溢れてるから、楽曲もそういったテーマが多いですよね」
「確かに!元々看護師さんだったからこそ癒しと安らぎを届ける感じですね」
なるほどといった具合に亜利沙が頷いて答える。2人の話に出た風花という人物もアイドルであり、前職が看護師という経歴を持つ。
彼女が歌う「祈りの羽根」という曲は傷ついた人に優しく寄り添い、癒しを与える温かさに溢れた曲である。
そこから着想を経て百合子が空想の物語を考え、展開したのであった。
百合子という人間自体、想像力の豊かさに定評があり、亜利沙もまた、アイドルの生き字引と言うべき知識量を持っている。
この二人の得意分野ががっちりかみ合ったことで素晴らしいコンビネーションを生み出し、今に至るのである。
〜〜〜
「次の人行ってみましょうか!」
「そうですね……じゃあ、美奈子さんで!」
美奈子、とは百合子たちと同じくアイドルであり、彼女を一言で表すなら「料理上手」である。自宅は中華料理店を営んでおり、自身も店の手伝いをするため調理技術は非常に高い。
「美奈子ちゃんの曲といったら『スマイルいちばん』とか『あたためますか?』ですよねぇ。どのあたりの曲を……」
「ここは題名のインパクトで『SUPER SIZE LOVE!!』でいきましょうか」
百合子が提案した。『SUPER SIZE LOVE!!』とは美奈子のソロ曲であり、彼女の内に秘めた思いの丈をストレートでぶつけるナンバーだ。
また曲中の「おかわり!」のコールで観客を盛り上がりでお腹いっぱいにさせることも人気の要因である。
「では、どんな能力なんでしょうか!?」
「それじゃ、広げていきますね!」
〜〜〜
765プロの事務所。そこに4人の女性がいた。奈緒、美奈子、可奈、そしてプロデューサーの鈴葉だ。
「お偉いさんからケーキもらって来たよ〜。食べん?」
「はいはーい!食べる食べる!」
「ありがとうございます!お茶淹れてきますね」
「ケーキ♪ケーキ〜♪」
皆がケーキを楽しみにしていた様子だ。袋から取り出して鈴葉が言った。
「これさぁ……実は一切れ1000円以上する高級ケーキらしいよ!」
「えぇ~っ!すごい物もろてますねぇ!?」
「『お世話になってます』ってくれたんだよ。マジで皆頑張ってるおかげだから感謝して食べな〜」
「ありがとうございま〜す!」
「んじゃ早速……あれ?」
紙箱を解いていくと、鈴葉が目を丸くした。ケーキは入っていた。しかし、一般のサイズより少し小さく見えたのである。げんなりした表情で小さく呟いた。
「う〜ん、ちっさいな〜……こだわりの素材使ったって聞いたけど」
「どうせならたっぷり味わいたい所やけど、1切れ1000円以上なんは高いわ……」
「あ~あ、ケーキが大きくなったりしないかな~……」
三人が悩ましい声を出す。そこに美奈子が茶を淹れたカップを乗せた盆を持って戻ってきた。
「どうしたの?」
「いやな、ちょっと小さいねん」
「へぇ……」
ケーキをじっと見て美奈子が頷き、パチンッと手を鳴らした。
「なら私の『力』を使う時ですね!」
「えっ、ほんとにやるの?」
「はい!」
腕を回して気合十分。美奈子は真剣な眼差しで両手の掌をケーキの方へかざし、
「う〜〜っ、わっほーーーい!!」
大きな声と共に両手を高く天に掲げた。その瞬間、ケーキが膨張し始めた。空気を風船に入れたように大きく膨らんでいき、だんだん体積を増していく。
「わぁ……!」
「えぇ……!?」
感嘆をよそにケーキはどんどん大きくなり、ついにはショートケーキがホールケーキに近いサイズになっていた。美奈子以外のこの場の全員の目は皿のように丸く見開かれていた。
「よ〜し!これでいっぱい食べられるね!」
満面の笑みを浮かべる美奈子。彼女を除いた全員の目は未だに見開かれたままである。
そんな雰囲気の中、遠慮がちに鈴葉が口を開いた。
「あのさ……」
「どうしました?」
「これ、大きさってもう少し小さ『できませんよ?』」
「え?」
「私の力―『SUPER SIZE LOVE!!』はお腹いっぱい食べてもらうためのものなんです。小さいと美味しくても味気ないですよね?」
「まぁそうなんやけどなぁ……どないするん?食べきれんて」
奈緒が溜息をつく。しかし美奈子は笑ってそれに答えた。
「だったら食べればいいよ!簡単でしょ?」
「えぇ……」
事も無げに答えてみせる美奈子を見て、鈴葉と奈緒の顔が引きつる。しかし可奈は、大きくなったケーキに目を輝かせていた。
「こんなに大きなの……食べていいですか!?」
「うん!一緒に食べようね!」
はしゃぐ2人をよそに、巨大化したケーキを目前にして鈴葉と奈緒は溜息をついて頭を抱え、観念した表情になった。
「食べられる分だけ食べて、後は冷蔵庫に入れとこ。誰か食べるっしょ」
「そうですねぇ……」
そう言ってフォークをケーキに刺す2人の表情は、何故か沈んでいた。
〜〜〜
「あ〜、そう来ましたか~」
「美奈子さんと言えばこれ、って感じのお話で考えてみました!」
百合子が話を終える。「美奈子=大盛り」という等式が成立していることには訳があり、彼女の家は料理を
「といっても、巨大ケーキ……胸焼けしそうですね」
「うーん……さすがに一切れでお腹いっぱいになりそう……」
「異能って便利なものじゃないんですか?」
亜利沙がふとした疑問を唱える。
「それはですね……」
そう言った瞬間、百合子の目はきらりと光り、アクセルを踏まれた車が徐々にスピードを上げるように早口になって話し始めた。
「亜利沙さん、異能っていうのはデメリットがあるから面白いんですよ。現に美奈子さんの話でも出たように細かい制御が効かないからこそ私はいいと思います。あと私、最近異能もののアニメにはまってて最新話で出てきた異能で敵をばったばったなぎ倒すシーンは本当にかっこよくてその時の能力が自力で解除できなくて命を落とすリスクがあるものだったんでハラハラしながら見てましたよ!あっごめんなさい。知らないアニメの話されてもわかりませんよね。じゃあ今度、一緒に鑑賞会しましょうね!」
「いいですね~!ありさ、異能に関してはあまり詳しくないのでぜひ見せて欲しいです~!」
激流のような語り口。常人では話の端々を聞くだけで精一杯なスピードだが、早口な説明にも難無く亜利沙は対応していた。好きなものがあり、それぞれ熱中できるという点は、二人に共通している。それ故に亜利沙が百合子の早口な説明にもついていけた理由だろう。
「あっ、いた!」
そんな声と同時に、部屋の扉が開いて女性が顔を出した。亜利沙のプロデュースを担当する鈴葉である。亜利沙の方へ歩み寄って彼女の向かいの椅子に腰を下ろした。
「んっしょ……何話してたん?声、結構外まで聞こえてたよ」
「プロデューサーさん!さっきまで異能について百合子ちゃんと話してたんですよ!」
「それ何?よく知らないけど教えて!」
「異能っていうのはですね……」
百合子が説明を始める。鈴葉は最初こそピンと来ていないような表情をしていたが、ある程度話が進んで飲み込めたのか途中から頷きながら聞いており、話を終えると口を開いた。
「へ~。あたしだったら自分が得するやつが欲しいな~。手からお金出すとか」
「あはは……プロデューサーさんらしいですね」
「というよりさ」
鈴葉が2人を見据えて口を開いた。
「アイドルってさ、みんなその異能?ってのを持ってるんじゃない?」
「どういうことですか?」
百合子が首を傾げて疑問を呈する。それを見て、鈴葉はにっと笑いながら答えた。
「どっちも選ばれた人しかアイドルなれないし、異能も特定の人しか持ってないじゃん。それ考えたら特別だって思えるよね」
「なるほど……!」
「だから特別。人を楽しませて喜ばせるって誰にでもできることじゃないと思う。アイドルが異能を持ってるってそういうことだと思うよ」
感嘆したように百合子が声を漏らす。亜利沙も同意するように横で首を縦に振っていた。
「アイドルちゃんも、異能も特別な存在ってことですよね!」
「そ。後さ、本題だけど仕事の話があって来たよ」
「何でしょうか」
百合子の質問に鈴葉は待ってましたとばかりに、笑みを見せて答える。鞄から資料を取り出して、机の上に広げた。
ポスターのような一枚の紙で、大勢のキャラクターが映っており、中央下にタイトルが大きく記載されている。紙を一瞥した後、百合子が驚いた様な声をあげた。
「『迷ヰ犬奇譚』!?しかも劇場版のポスター!」
「知ってる?」
「知ってるも何も、今見てるアニメですよ!」
「なら話早いね。今度の劇場版、ゲスト声優の枠が2つあってさ、オーディションあるけどやる?」
「はい!」
百合子が即決で返事をした。亜利沙は彼女の反応を伺うかのように考え込んでいたが、心が決まったのか返事を返した。
「やります!その役、ありさにもやらせてください!」
「おけ、先方に伝えとくね〜」
軽い調子で返事をした。そして亜利沙と百合子が立ち上がり、お礼を述べる。
「ありがとうございます。私、役掴み取ってきますね」
「ありさも!いいお話をありがとうございました!ああ忙しい!アニメも見なきゃ!」
「ですね!レッスン終わったら鑑賞会しましょうね!」
「いってらっしゃーい」
鈴葉が部屋を出る二人を見送った後、小さく呟いた。
「異能か……あたしも欲しいなぁ」
異能など持たない一個人の呟きは、ただ部屋の中にこだまするだけだった。
ここで異能の設定。
豊川風花 能力名∶「祈りの羽根」
効果∶治癒効果のある純白の羽根を出現させる。患部を羽根が触れたとき、触れられた生物の怪我を治癒することができる。
ただし、命に関わる怪我や病気には効果が不足し、治すことが困難になる。
あくまで軽度〜中度の負傷や症状の場合のみ有効。
佐竹美奈子 能力名∶「SUPER SIZE LOVE!!」
効果∶物体を巨大化させる能力。巨大化させると同時に質量も大きさに応じたものになる。
大きくさせたものを元に戻すことはできない。
楽曲をテーマにしたお話に関しては、全て曲を聴いた上で作成しております。
主人公が出てない件については、今回はオリ主抜きでも書きたかったシチュエーションを形にしておりそのため出ない回もあります。
また思いついたら投稿しますので、次回のお話も楽しみにお待ちください!