最近の小中学校って参観は原則親のみ参加とかいう規則になっているのでしょうか。もし知っている方がいらしたら感想で教えていただければ幸いです。
それではスタートです!
「これから帰りの会を始めます。プリント配布するから、一番前の人から取って席に戻るように」
担任を務める男性教師の声と共に、列の前に座っていた生徒達が立ち上がって次々と後ろに紙を持ち帰っては着席する。続々と紙が行き渡り、教室の後ろの方の幸哉もプリントを持ち帰って席に座った。
「……」
配布されたプリントに目を通す。紙の上部に大きく黒いインクで印刷されており、「授業参観に関するお知らせ」と記述されていた。プリントを熟読していると教師が全体を見回して言った。
「えー、あともう少し経てば授業参観の日になる。それについてプリントを渡したので、しっかり親御さんに見せてください」
その声に対して、「え~」「別に見せなくてよくなーい?」などの声があがったが、教師はそれを聞いていたのか、「静かに」と一言だけ発し、注意を促した。利口に教師の言葉を聞いた生徒達の声はすぐに静まることとなった。
しかし、幸哉は先程の発言に引っかかりを覚えていた。その理由はただ一つ、自分の両親が現在、行方不明になっていること。親族も頼れず半ば天涯孤独の自分を拾ってくれた相河家の人々は本当の親ではない。それ故に疑問が生じており、それを解決すべく挙手をした。
「先生」
「ん、どうしたのかな」
教師が幸哉に気付く。また、生徒達の中に彼の方向を見る者もいた。注目される中、口を開く。
「僕の両親、行方不明で…。あの、こういう時誰に伝えたらいいですか?」
言葉を発した瞬間、周りがしんと静まり、そして注目を一身に受ける。すると担任は頭を掻きながら申し訳なさそうに言った。
「あぁ……。言い方悪かったかもしれない。プリントは保護者の人に見せるように」
「……そうですよね。わかりました」
言い終わった後、教室は異様な雰囲気に包まれ、静かになった。その後は細々としたことの確認や事項の伝達で時間が過ぎ、帰りの会が終わった。
〜〜〜
「はぁ~。なんで中二になってまで学校に親呼ばなきゃなんねんだ……」
そうぼやいたのは柊太。幸哉の友人である。
中学生というのは親と距離を取りたがる思春期にさしかかる時期であり、彼も例に漏れずそういった人間のようである。普段は騒がしい彼も今日はテンションが下がっている。
「でも親には感謝しないと。僕みたいになってからじゃ遅いんだから」
「すげー説得力あるわそのセリフ。てか親行方不明とか言ってっけどお前誰の家で暮らしてんだ?」
「わたしのプロデューサーさんの家だよ」
「へ?」
横から女子生徒が口を出した。名前は伊吹翼。幸哉の隣の席に座っている生徒だ。
彼女と幸哉には共通点があり、彼らは765プロという事務所に所属するアイドルである。幸哉の方は特殊な事情があり、家族と学校、事務所以外には活動していることを話していない。
「は?え?プロデューサー?」
困惑する柊太に対して、二人がかりで事情を話し始める。これまでの来歴に関してを、アイドルになったことは伏せて分かりやすく伝えた。
「あー、やっとわかった。幸哉を助けてくれた人が765の社員で、ツテがあって知り合ったってわけだよな?」
「そういうこと。これでアイドルのことも知ったし、繋がりもできたんだ」
「最後余計じゃねえか?」
柊太が突っ込みを入れると、翼が少しむくれたような表情をしていた。
「出水くん、羨ましいのはわかるけど余計とか言っちゃダメだよ!」
「ごめんって……でも羨ましいのはガチなんだよな。前世でどんだけ得積んだらこうなるんだよ……」
翼の注意に反省を述べる柊太。彼は翼もといアイドルの熱烈なファンである。推しに叱られるというある意味羨ましがられそうなことをされていた。
「まあそうだね。でもアイドルのライブに行けるのは誰のおかげ?」
「親、のおかげだけど……」
「だったら親に参観のお知らせを渡すんだ。そうすれば感謝も伝わる。元気にやってるってとこ見せてあげようよ」
幸哉にまっすぐ見据えられたことでたじろいだのか、視線を外して口を開く。
「痛えとこ突いて来るな……。そうだよな。帰るわ。仲良く頑張れよ」
柊太は椅子から立ち上がり、一人でさっと教室を出ていった。横に立つ翼はふっと笑顔を見せている。
「いいこと言うよね~。じゃあ帰ろっか♪今日は何もない日だし!」
「ふぅ、そうだね。来てくれるといいな、参観」
二人は連れ立って、教室を出たのであった。アイドルと下校するという、ファンからすれば羨ましいシチュエーションを作りながら。
~~~
その日の夕飯の少し前の時間。幸哉は中年の夫婦――自分を引き取ってくれた相河夫妻を目の前にプリントを渡した。渡されたプリントを見た養父の義智は顎を触りながら考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「参観か……。わりいけど、仕事があって行けねぇなあ。お前はどうよ?」
そう言って横にいた養母である雅恵の方を向く。彼女は乗り気そうな表情でプリントを見た。
「そうね。私が行くから頑張んなさいね。後ろから見てるから」
参観の予定を取付け、テーブルには白飯に味噌汁、豚の生姜焼きが並べられた。参観に家族が来てくれることと今日の夕食、二重の意味で幸哉の胸は期待に膨らんでいた。
しかし、前者に関する期待は思わぬ形で崩れることとなる。
翌日、練習から帰ってきた幸哉を申し訳なさそうな表情で雅恵が出迎えた。開口一番、言ったセリフが幸哉の胸にのしかかってきた。
「ごめんね。参観、行けなくなっちゃったんだよ」
行けなくなった。その言葉に金鎚で叩かれたような衝撃を喰らってしまう。そんな中でも何とか言葉を絞り出して質問した。
「なんでですか!?」
大きな声が出るも、尚も申し訳ないといった表情をして雅恵が顔を俯かせながら言った。
「パートで入ってるとこの人が入院するってなってね、代わりにシフト入ってくれって頼まれてしまって……」
見ず知らずの幸哉を引き取るほど人の良い彼女のことだ。どうしてもと言われて断れなかったことが想像できる。
「……わかりました」
「ほんとにごめんねぇ」
短く返事を返し、二階にある自室へ引っ込んで行った。二人は来れないと言っていたが、幸哉にはもう一人、来れるかもしれない頼みの綱となる人物がいる。自分を救った慶一だ。彼に来れるかどうかと伺いを立てるメッセージを送った。
幸いにもすぐに返事は返って来ており、アプリを開き内容を確認する。
しかし、その期待は一瞬で霧散してしまった。
『ごめん。その日ロケ予定入ってる』
『どうしても前から入れてるから変更できない』
『見に行けないけど、幸哉の頑張りはちゃんと知ってるから。今度は有給とって参加するよ』
断りを入れるメッセージ。頼みの綱まで断ち切られ、ただ呆然と画面を見ることしかできなかった。
〜〜〜
「まぁ……。そんなことがあったのね」
そんな感嘆を口に出したのは歌織。彼女もアイドルであり、大人の気品溢れる女性である。道行く人の十中八九が振り返るその美麗な顔は、驚きと若干の寂しさに彩られている。
横にいた長髪の少女、静香が口を開いた。
「前から決まってたとしても、可哀想ね…。学校ではしっかりやってるって翼から聞いてるわ」
「『学校では』ってなんだよ……。それ以外の問題あるみたいな言い方じゃないか」
「アイドルとしてはまだまだひよっ子でしょう?喋る暇あるなら付き合ってあげるから練習するわよ」
「厳しいな……。わかったよ。でもちょっと質問。静香って参観日に親が来て欲しいって思ってる?」
厳しい意見に苦い顔になったが、すぐに話題を切り替えるように静香に問うた。
質問に対して、静香は少し考え込んだ後に小さく口を開いた。
「昔はそう思ってたけど、今はあんまり……。どうして質問したの?」
「いや、気になっただけ」
「そう……。練習しましょう。早くしないと置いて行くわよ」
「わかった!すぐ行く」
彼女に関しても複雑な事情があるのだろう。他所の家庭のことを考えるのはやめて、静香に追従した。
〜〜〜
レッスン終了後。アイドル達は部屋の床に座っておしゃべりをしており、その話題は授業参観に関することだった。
「授業参観……、懐かしいわね~。もう十年以上も前になるのかしら」
そう言って回顧していたのはこのみ。参観される側と間違われるほど背が小さいが、本人はれっきとした二十四歳の成人女性である。
「このみさんも参観、楽しみだったんだ!」
黒髪のぱっつんヘアの女の子――育が興味津々といった具合の表情。アイドルの中でも最年少の十歳。現役で参観される側の人間である。
「そうよ。みんな私のことかわいいって他の親御さんが噂するのが聞こえてたの。昔はともかく、今言われるのは心外ね……」
自分の身長の低さでそう言われていたことを懐かしみ、少し悲嘆するかのような彼女の言葉。小さいのは今さら変えられない。
話題を変えるように、このみが育に質問した。
「育ちゃんはどう?参観、親御さんが来てくれてるのよね?」
「うん!おかあさんが来るんだ♪いつも楽しみにしてるの!」
「はは……。よかったね。見てくれる人がいて」
「幸哉さんどうしたの?さっきからさびしそうだけど……」
「参観に来てくれる人がいないみたい。お兄ちゃんと引き取ったお兄ちゃんのお母さんたちが来れないって」
そんな様子を見て幸哉は嘆くかのように乾いた笑いが漏れた。
話に入ったのは桃子。育と同じ小学生である。彼女も何か思うことがあったようで、小さく天を向いて呟いた。
「参観、ね」
「もしかして親が来れなかったり……」
「ううん。桃子、女優だから。参観の日でも撮影があったから行けなかったことあるよ」
まさかの見られる側も来られないパターン。これまでの話で皆の参観のエピソードを聞いていると、親が来てもらえることに羨ましさを感じつつ、桃子が言ったように行けないという場合もある。
「それで、来れないってことにどう思ってるの?」
質問に対して、上を向いたまま幸哉は答えた。
「しょうがないよ。みんな予定が入ったんだ。見られてなくても頑張らなきゃ」
そう笑う横顔は、どこか寂しさを湛えていた。しかし、心を痛めていたのは幸哉だけではなかった。
「そう、よね……」
歌織が俯いている。参観には関係のない人物のはずの彼女。しかしながら何故か下を向いて、表情に影を落としている。それを見た桃子が近づいて話しかけた。
「幸哉さんはわかるけど、歌織さんもなんで寂しそうなの?」
訝しげに聞いてくる桃子を見て歌織が慌てて顔を上げる。
「い、いいえ!なんでもないの。心配しないで」
「そうなんだ。困ったらちゃんと相談してね」
「ありがとう……。相談させてもらうわね。私、そろそろ帰らないと。それじゃあ、みんなまた次ね。さよなら!」
歌織はそう言って急に立ち上がり、駆け足で部屋を出ていってしまった。残されたメンバーは皆首を傾げたり、疑問そうな表情で佇んでいた。
ただ一人を除いては。
「歌織ちゃん……」
このみは特に疑問そうな顔をするでもなく、扉の方を向いて先程去って行った親友であり仲間でもある歌織の名前を呟いていた。
「じゃあ僕も帰ります。育、桃子、気を付けて帰ってね。このみさんも気を付けてください」
「余計なお世話よ!うん、またね」
「それじゃあね」
〜〜〜
手早く着替えを済ませ、廊下に出る。歌織の脳裏には今もあの言葉がちらついていた。
『しょうがないよ』
あの時の言葉はまるで、本人の諦めが前に出ているかのようだった。心の優しい彼のことだ。どうにか来てもらおうと交渉したり、ごねたりすることができなかったのだろう。
また歓迎会でも発覚したように両親が行方不明で頼れる人がいなかった。それ故に孤独を感じていたからこそ、参観というイベントを楽しみにしていたはずだ。
自分は彼に何かできることはないのか。そんなことを考えても他人である歌織は参観の日程など知る由もない。
あれこれと悩んでいる最中、背中に手を置かれた。
「どうしたの?さっきから顔が暗いわよ?」
「このみさん……」
後ろに立っていたのはこのみだった。
背の低い彼女では肩に手を置こうとしても届かない。飛び跳ねてどうにか届かせようとする様を見て思わず歌織から笑みがこぼれる。
「あ、今笑ったわね?」
「いえ、別に……」
「そうよ〜。だってさっきまで顔暗かったじゃない」
「そんなことは……」
「あったわよ」
そんな会話の中、一息置いてこのみが歌織を見据えて口を開いた。
「お姉さんに、話してみて?」
〜〜~
参観日、当日。
昼休みの教室は、参観の話題で持ち切りだった。親がどうだの、きちんとした授業に対する姿勢がどう、などの会話が教室を駆け巡っていた。
幸哉も例外にもれず、どころか何故か冷や汗を垂らしながらそれを聞いていた。
「なあ、お前って親とちゃんと話したか?まさかオレにあんだけ言っといて来ないってことはないよな」
「はは……」
原因は目の前の人物―柊太である。先日「親が来てほしくない」と述べる彼に対して「感謝の意味で連れて来るように」と諭した幸哉。
しかし、言えない。親を大切にしろと自分が偉そうなことを言ったくせして、養親やその家族は来ない。
事実を伝えることが出来ず落ち着きなく周りを見回していると、今日は仕事もなく授業に参加していた翼を発見する。しかし、彼女はただ微笑み返すだけで助けてる素振りを見せなかった。
「何よそ見してんだよ。腹でも痛くなったか?早くトイレ行った方がいいぞ」
「いや、どうってことはないよ……」
そんな話をしている間に、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。生徒たちが慌ただしく授業の準備をする最中で幸哉はただ一人、少しの不安と見られずとも頑張らねば、という奮起でいっぱいだった。
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「へぇ~。ここが二人の通ってる学校なのね」
「はい。ここで合ってるみたいですよ」
そんな会話を交わして女性が二人、中学校の校舎へと入っていった。二人の女性――歌織とこのみであった。在校生の家族でもない二人がなぜ、ここにいるのか。
理由は数日前に
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歌織が沈んだ気分のままレッスンを終えたその日。帰宅しようとした彼女をこのみが呼び止め、事情を聞くためにレストランに誘い込んで会話をしていた。気分転換にと、このみの提案によるものだった。
「なるほど……来れなくなった親御さんの代わりに参観に行きたいって思ったのよね?」
「はい。でも私は彼の家族じゃありませんし、日程も、通ってる学校がどこかも知りません。どうしたらいいのかわからないんです……」
尚も沈んだ表情の歌織を見て、このみがスマホを取り出して見せた。画面はメッセージを表示しており、幸哉とこのみが連絡を取り合っている履歴が残っている。画面を見た歌織はよっぽど驚いているのか、目を丸くしていた。
「これって……」
「実は私、彼がアイドルになる前から面識があったのよね。その時に連絡先渡したのよ。見てみる?」
このみからスマホを受け取り、歌織は画面に目を通した。
つらつらと書かれた世間話の数々。その中にある文言を見つけた。
『今日から学校に行き始めました』
『翼がクラスメイトで、隣の席だったんです』
メッセージを発見した瞬間、歌織の頭を稲妻のような衝撃が走った。
―これならいけるかも。
このみにスマホを返して自分のものでメッセージを送る。送る相手は『伊吹翼』と表情されていた。
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「まさか見てすぐやると思わなかったわ」
「今やるべきかなって思ったんです。そうしたらすぐに返事もくれましたし。翼ちゃんにあったらお礼を言わないと」
「翼ちゃんの協力に感謝ね」
そう言い合いながら校舎の中へと入っていった。
二人がここに来れた理由は、幸哉と同じクラスである翼の手助けもあった。彼女に参観に来ることを伝えて日程と学校の場所を聞き出したうえ、本人にバレないように当日までスケジュール調整や幸哉の家族たる慶一を交えた打ち合わせを進めていたのである。
今の二人は共通のトレードマークである結んだ髪を解き、背中へと降ろしている。共通して手提げのバッグを持ち、このみは水色のブラウスに長く白いスカート。歌織は白いブラウスに薄黄色の上着を羽織り、花柄の水色のロングスカートを着ていた。
このみがくるりと回ってみせ、歌織に尋ねた。
「どう?私、若いお母さんって感じしない?」
「ええ、とてもお似合いですよ。私、参観に来るのは初めてですから。少し奮発しちゃいました」
「歌織ちゃんすごいわね~。高くついたでしょ?流石お嬢様……」
「ありがとうございます♪」
二人が互いの服装を褒め合った。
そんな会話を交わしていると、否が応でも人の目に付く。周りの生徒や参観に来て時間を待つ保護者などが彼女たち二人の姿に釘付けになり、噂話がちらほら聞こえてくる。
(フフフ、私たちの魅力に取りつかれてるわね!)
歩きながらこのみはそんなことを考えているが、歌織には「綺麗な人……」「すごい美人なお母さんだな」と言われていたが、このみに対しては「あの女の子誰だろう」「横の人の娘さん?どこかのクラスの子の妹?」などと彼女に聞こえない程度の小さな声で話していた。
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五時間目の終了を告げるチャイムが鳴り、生徒が教師に挨拶をしてそれぞれの用事のため散らばっていく。次の六時間目が参観に充てられているのである。
胸中は、不安を通り越して凪のような落ち着きようであった。
――誰かが見てなくともいつも通りやるだけ。来れないんじゃしょうがない。
そう思い直してトイレから出てくると、小さな喧騒が幸哉を出迎える。
「今永くん見た?すごい綺麗な女の人!」
「え?」
いきなり近くの女子生徒に声をかけられ、思わず面喰ってしまう。綺麗な人?一体何なのか?そんな思考が脳を埋め尽くす。男子生徒も件の人物について伝える。
「さっきからネズミが騒いでてさぁ。ずっとそればっかなんだよ」
「ネズミじゃねーよ。幸哉見てないのか?とんでもねぇ美人が来たんだぜ!」
小さく突っ込みを入れた後、興奮した様子で喋る柊太。それにしても、噂になるほどの美人とはどういう人物なのか。会えたらいいなと考えながら教室へ入る。
教室の後ろから生徒達の父兄や保護者が入ってきた。そんな人々の列の中に、見知った二人の人物がいる。
このみと歌織だった。髪を解いているが、はっきりと彼女たちだと理解できた。微笑みながら小さく手を振っている。
「かおりさっ……」
名前を呼ぼうとしたところで、後ろから誰かに口を塞がれる。手が離れた所で、後ろを確認すると翼が立っていた。彼女がやったようで、口元に指一本当てながら「しーっ」というジェスチャーをする。確かに名前を呼んだら知り合いであることがバレる可能性がある。
そんな中、授業開始を告げるチャイムが鳴った。生徒は一斉に席に座り、今回の授業を担当する初老の男性教師を出迎える。視線を一身に受けながら教師が話を始めた。
「今日は授業参観にお越しいただきありがとうございます。君たちの親御さんに学校での様子を見ていただく機会なので、気を引き締めて授業を受けるように。日直は……今永くん。挨拶をどうぞ」
「はい!」
教師の指名を受け、幸哉は立ち上がる。そして、クラスメイトに向けて指示を飛ばした。
「起立!気をつけ……」
号令と共に生徒が立ち、姿勢を正す。
「礼!」
『よろしくお願いします!』
礼、と同時に生徒全員が教師に向けて頭を下げた。そして着席の号令を下し、自分も席に座った。
授業の内容は国語の古文。
「今回から新しい単元、兼好法師の『徒然草』を始めます。それでは、128ページを開いて、誰か読む人いますか?」
「はい」
「わかりました。では最初の『仁和寺にある法師』から読んでください。皆さん、しっかり聞いて理解しましょう」
幸哉が手を挙げて、教師が音読するように、と幸哉に指示を出した。それを聞いて立ち上がり、周囲の目線が集まる中で朗読を始めた。
「『仁和寺にある法師、年寄るまで石清水を拝まざりければ……』」
~~~
授業が進んでいく中で、歌織とこのみは教室の後ろからその様子を眺めていた。普段は人の前に立つ仕事をしている二人だが、今日、この時は後ろから見ることに徹していた。
朗読する声が教室全体に響き渡り、千年弱の時を経ても読み継がれる文章が心を揺らす。かつて両親もそんな心持ちで自分たちの様子を見ていたのだろう。十年程前、目の前の生徒と同じように授業を受けていたということにも、懐かしさがこみ上げて心が温かくなるのを感じていた。
音読に浸っていると、幸哉の番は終わり、別の生徒が朗読を始める。
頑張ったわね、と幸哉を称えるように、二人は朗読の邪魔にならないように小さく拍手をした。
人前で読み終えた幸哉の顔はどこか誇らしげであり、「アイドル」ではなく「普通の中学生」としての姿がそこにあった。
しばらくの間二人は、生徒たちが読み上げる古典文学を夢中になって聞き、浸っていた。
~~~
朗読や教師の説明で時間は過ぎていき、授業の終わりを告げるチャイムが響いた。開始時と同じように幸哉が起立、礼と指示して、生徒全員が教師にありがとうございました、と礼を述べて授業が終わった。
参加した保護者たちは授業の終了後に出ていったり、廊下から見守ったりする者など様々だった。
そんな中で、幸哉は先程までいたであろう二人―歌織とこのみのことが気がかりだった。
今すぐ探しに行って、感謝を伝えたい。そんな思いこそあれど、次は帰りの会が待っている。教室から飛び出したい気持ちを抑え、時が経つのを待った。
やがて帰りの会が終わり、日直の自分がさようならと挨拶をして、クラスメイトがそれに倣った。
そのまま学校指定の鞄を背負い、廊下から校舎の外へと駆け出した。
どこだ、どこにいるんだと周りを見回していたその時。
すっ、と背中に手を置かれた。
「そんなに急いでも逃げないわよ」
後ろを振り向いた。そこにはこのみが立っており、彼女の後ろから歌織と翼が顔を出していた。二人も近くに寄ってくる。
「どう?びっくりしたでしょ!」
翼がしてやったりという表情で笑う。もしかしたら、と思い尋ねた。
「歌織さんたちが来たのって……」
「そう!わたしが呼びました〜♪」
楽しそうな笑顔の翼。二人を参観に呼び寄せたのは彼女であったらしい。
歌織が柔和な表情を浮かべて翼と幸哉を見る。そして、頭を下げて礼を述べ始めた。
「翼ちゃん、幸哉くん。今日は本当にありがとう。おかげでとってもいい思い出になったわ」
「はい!来てくれてありがとうございました!」
「いえ!お礼言うのは僕の方ですよ。忙しい時に来てくださって、本当にありがとうございました」
「そうね。本当に優等生な所、見れてよかったわ」
このみが横で頷きながら話す。その顔には年下の、保護するべき二人が学校という自分たちの目から離れた場所でも元気にしているということが確認できた。
「でも、なんで参観に来れたんですか?」
「オフだったからよ。寂しそうな顔してる人がいたから来たわ。サプライズでね」
寂しそうな顔、とは自分のことだったのだろう。参観のことを皆に話してはいたが、まさかそこまでされるとは思っていなかった。
そして、このみが胸に手を当ててこう言った。
「もしも困ったら、私たちを頼って。家族じゃなくても相談して助け合いましょうね」
「そう。血は繋がってない他人だけど、もう一つの家族みたいな関係…。そんな風でいたいなって思うの」
歌織が微笑みながら言った。まるで、本当の家族からのような温かい言葉が、胸の中を通り抜けていった。
二人の温かな心遣いに再度、感謝を述べた。
「本当に……ありがとうございました」
歌織とこのみ、翼はただ微笑みながら「どういたしまして」と笑顔だった。
~~~
「今日の服装、とっても綺麗ですね。まるで本当にお母さんみたいだ」
幸哉がそう言うと、このみが手を前で重ねるポーズで佇んでみせる。
「そうでしょう?参観に行くから気合入れてコーデしてみたのよ」
歌織がこのみを見て微笑んだ。
「このみさん、とっても嬉しそうでしたね」
「歌織ちゃんだってものすごく綺麗な服装よね。美人過ぎて噂されたんじゃない?」
「もう……」
装いにも相当気合いを入れていた様子だった。
そんな会話の途中で、翼が口を挟んでくる。
「あっ、噂といえばこのみさんたちのこと、みんな話してましたよ♪」
「何々?私がセクシーで見とれた、とか釘付けになったとかでしょ?」
興味津々な様子で翼に視線を向ける。そこから翼は楽しそう話し始めた。
「歌織さんはすごく美人で綺麗な人が来たって噂になってましたけど……」
「けど?」
「このみさんは『あの女の子かわいい!』とか『もしかしたら来年入ってくるんじゃないかな?』とか、『誰かの妹さんかな』とか言われてました!」
話を聞いているこのみの目が点になった後、話が進むにつれ徐々にこのみの顔が真っ赤になる。どんなに装いが綺麗であろうと、身長の低さが災いし「大人の女性」ではなく「おめかしした女の子」として見られていたようであった。
「ううう……私、子供じゃなくて大人のレディなんだけど~~~っ!」
それに耐えかねたのか、このみがきーっと怒ったような声をあげた。
その様はまるで、我儘な子供のようであった。
声が近くに伝わったのか、一斉に幸哉を含む四人の方に人々が視線を向けた。ここは中学校という公共の場。もしもアイドルだとわかったら大変な騒ぎになる。
急いでこの場を脱しなければならない。
「セクシーな女性を見て子供ですって?何なのよ本当に~!私お母さんに見えるでしょう!?」
「行きますよ!皆さん、すみません!」
歌織がそう言って尚も子供のようにわめくこのみの手を引いて周りに会釈してそそくさとその場を去って行く。
周囲の人間は二人が去って行った方向に視線を向け、噂話を始めていた。
「帰ろうか……」
「うん、なーんか余計なこと言っちゃったかな?」
「そうかもしれない」
翼が何かしたかといった表情で幸哉を見る。それに対して頬をかきながら相手を見ずに返事をする。
そう言って二人は、校門の外にいるであろうこのみと歌織の後を追うため、連れ立って足を進めていった。
いかがでしたでしょうか。
今回のタイトル、お気づきの方もいらっしゃると思いますが「デートしてデレさせる」がコンセプトのライトノベルから真似しています。因みに私はその作品の本編と短編、両方全部読みました。
短編集を作ろうと思ったのも
・日常回を本編で書くと話数がかさんで探す時にスクロールしづらい(分けておいた方がいいと考えた)
・一話完結を書きたい
という二つの理由からです。これには上記の作品を読んだ事も一枚嚙んでたりします。
参観に関する思い出やお話の感想は、是非とも感想欄からお願いいたします。
それでは次のお話も、楽しみにお待ちください!