今回は一人称視点、この作品の重要人物たる慶一の視点で動きます。
短編集はちょくちょく一人称が入るお話がありますので、本編と違う視点でお楽しみいただければ、と思いながら書いています。
それではどうぞ。
人生、何が起こるかわからない。よく教訓のように言われる言葉だけど、まさか俺――相河慶一がそれの当事者になるなんて思いもしなかった。
〜〜〜
「プロデューサーさん、お疲れ様でした!」
「気をつけて帰るんだぞ。特に未来、よそ見して歩かないようにな」
「わかってますよぉ~」
「わたしのことも気にかけてくださいね~」
「そうだった、翼も周りに気を付けて」
「は~い!」
『それ』が起こる日。今日は仕事先であるスタジオから自分の担当アイドルである春日未来、最上静香、伊吹翼の三人をそれぞれの家の最寄りまで送っている。
俺の仕事はアイドルのプロデューサー。大学卒業後、新卒で芸能事務所である765プロに入った。もとより、アイドルどころか芸能関係は自分にとって未知の世界だった。けれども就活で内定がなかなか取れずに苦しい思いをしていた時に、運よく765プロから採用の連絡が入って入社したんだ。
入社後すぐ社長から『新人アイドルを39人集める』という大型プロジェクトの一員に抜擢されて以降、目まぐるしく変わる環境に最初は戸惑いこそしたが、アイドル達の協力や周りの人々の助けもあって乗り切った。
あれから一年近い時間が経って、仕事も板について余裕が生まれた。未だに慣れないことは多いけどなんとかやっている。
車を駅の近くに止めて、静香を見送る前に声をかける。
「気を付けて帰ってな。明るい所を通れば安全だから」
「わかってます。子供扱いしないでください」
ちょっと反抗期みたいな所もあるけど素直に聞く辺り、信用はされているんだと思いたい。静香が礼儀正しく挨拶したのを見送って車のエンジンをかける。今日は仕事を終えたら直帰しても良いと通達されているので、家に帰ろうと思った。
オーディオから流れる音楽を聞きながら車を運転していると、不意に眠くなってきた。最近は未来たちが徐々に人気を獲得しつつあり、プロデューサーの俺にも仕事が降りかかってくる。そのせいか最近は土日でもサポートのために出社や仕事先に向かうことがあり、休みの日が削られている。
ダメだ。ここで寝たら事故でも起こして俺の仕事、ひいては命すらなくなる可能性がある。どこかに停めてしばらく仮眠でもとろうかとあてもなく動かしていると大きな川のそばに出た。
ここなら寝てもバチは当たらないだろう。そう思って邪魔にならない所でエンジンを切り、スーツのジャケットを掛け布団代わりにして目を閉じた。おやすみなさい。
~~~
「ん……」
あれからどのくらい経ったのだろうか。随分長いこと寝てた気がする。まぶしく光る夕日を見て目が覚めた。ゆっくり寝れたからか眠気もなくスッキリした。それにしても、きれいな景色だ。
夕日が近くを流れる川の水面を照らして、水がキラキラ輝いている。オレンジ色の空と赤い鉄橋、川にかかってる橋が大いに映える。
安っぽいポエムみたいな感想を心の中で述べながら、エンジンをかけたその時だった。
ふと、車の窓から川の方を見てみると中学生らしき男子が、ふらふらしながら歩いていた。まあ勉強とか部活で疲れてるんだろうと思って心配しながら見ているその時だった。
「誰かー!男の子が!」
近くにいた女性が叫んだ。叫んだ方向に視線を移すとなんと、その男の子は川を背に倒れ、沈んでいった。
周りに人は少なく公衆電話の類もない場所で一人、溺れている。このままだとまずい。そう思った俺は急いでスマホから119番通報をかけた。
「もしもし!?」
「こちら消防指令センターです。火事ですか?救きゅ『救急車です!』」
係員の話を途中で遮って相手に向かって叫ぶ。一秒でも時間が惜しい。係員に事件が起きた場所、時間、そして被救助者の容態を早口で伝える。すぐに救急車を呼ぶと言われて電話は切られた。車から出て男の子の方へ向かって傍に立って呼びかけた。
「大丈夫だ!今……助ける!」
助ける意思と俺自身に気合いを込める意味で叫んで呼びかける。
川は大人の足がギリギリつくかといった深さで、気を抜くとこちらも溺れてしまいかねない。なにくそ、と踏ん張って意を決して水中へ潜る。
俺は泳ぎがそこまで得意と言っていいわけじゃない。せいぜい体育で「3」の評価が取れたレベルだ。体を動かすことに関しては765プロのアイドルたちの方がもっとできる人はいる。
それでも下手なりに潜って、遂に溺れてる男子の手を掴んだ。そこからは体をしっかり抱きしめて無我夢中で水中から這い上がろうと必死にもがいた。
「ぶはぁっ!」
決死の抵抗を続け、ようやく頭が水面から出た。あとは陸に上がるだけ。岸辺の土を手で掴み男の子の体をおぶって、なんとか這い上がれた。
「はぁ……そうだ!」
上がるだけでは終わりじゃない。低体温になってたり、肺に水でも残ってたら命に関わる。
「大丈夫か?もうすぐ救急車が来る。それまで持ちこたえてくれよ」
「……」
そう伝えたものの、目を閉じたまま返事をしない。――まさか、もう。嫌な想像が頭をよぎった。けど、手をとった時にわずかだが脈があるのを感じた。
まだ、生きているんだ。少しの安心を感じて、救急車が来るのを待った。そんな時に俺の頭には二つの疑問が浮かんだ。
それは「何故川に飛び込んだのか」ということ。
最初こそ、川で溺れているのを見て足を滑らせて落ちたのかと思った。足もふらふらしながら歩いていた。だけど不自然な点が二個あった。それは、落ちていった場所に持ち物らしき鞄が置いてあったことだった。急に落ちたのなら鞄を地面に置く余裕なんてないはずだ。しかも、置き方も投げ捨てたというより丁寧にチャックのある所を上にして置いていた。
もう一つとしては、現在の季節。今の季節は冬の終わり目から春にかけて気候が変わっていく段階。今でも少し肌寒い日が続いているし、当然川の水も冷たかった。こんな中に飛び込むような人はまずいない。そこから言えることは一つ。「川に飛び込むことが目的だった」ということだ。
まさか、と思った瞬間背中にうすら寒いものを感じた。
そんなことを考えていると、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。白い車体に赤く光るライト――救急車が通報を受けて来てくれたんだ。
車から救急隊員が降りて来て俺に聞いてきた。
「こちらの方ですか?」
「はい、そうです。川に落ちたみたいで……」
隊員が担架を持って来て、男子を載せて救急車に運んでいく。後は任せよう、そう考えてると隊員が近づいて聞いてきた。
「救助はあなたが……」
言葉に頷いて、質問が始まる。どうなっていたか、身元の確認できるものはないか。そんな質問の最中、近くに置いてあった鞄のことを思い出した。身分証なりが入っているかもしれない。隊員に断りを入れて持っていった。
持っていた物を救急車に引き渡した所で隊員がお礼を言ってきた。
「ありがとうございました。ここからは私どもにお任せを」
「わかりました。後でお見舞いに……」
そこまで言った所で、隊員が俺を見回す。何かヤバいこと言ったか?と思ってしまうがそんなことはなく、
「あのー、このまま行くつもりですか?お洋服濡れてますし…。風邪ひきますよ?」
「あ……」
気づいてしまった。自分の服が水に濡れてしまっていることに。
指摘されて俺は後悔した。助ける為とはいえ、まだ冷たい川に飛び込んだことを。長いこと水の中にいたせいかシャツはずぶ濡れ、ズボンも靴も水を吸ったり入ったりしてかさが増して動きづらい。
助けることに夢中になる余りに気づいていなかった。隊員の言う通り、今度は自分が病院に行く羽目になるだろう。
もうできることはない。目が覚めた時に会う約束をして病院の番号を教えてもらい、救急車を見送って安心した所で急に寒気がしてきた。
「ぶぇっくし!」
大きなくしゃみをした後、車の暖房をフル稼働させて俺の部屋があるマンションへ急いだ。べしゃべしゃのズボンが椅子に吸い付いてくる。気持ち悪さに耐えること十数分、帰ってすぐ洗濯機に服を突っ込んで一風呂浴びて体を温める。そして着替えてインスタントのコーンスープを飲み干した所で眠気が襲う。横になっているとすぐに眠りに入ることができた。
~~~
あれから三日経った。ずぶ濡れだったけど奇跡的に風邪はひかずに無事に出勤できている。未だに病院からの連絡は来ない。その次の日からというもの、ずっと助けたあの男の子のことが頭から離れないでいる。そのせいか仕事に手がつかず、ずっとぼんやりしたような時間が過ぎていた。
今頃、病院に運ばれて治療を受けている最中だろう。日本の医療技術は素晴らしいとよく言われているがそれでも自分の目で無事であることを確かめたい。
「……サーさん?」
電話が来たらすぐにでも出ていく、そう覚悟は決めてる。
それにしてもまだ来ない。
「――じょうぶですか?」
でもなんで川で溺れていたんだろう。本人に聞いてみたいけどそうするのが怖い。
考えがまとまらないまま時間が過ぎようとしていた時だった。
「プロデューサー!」
「うわぁ!」
大きな声とドン、という音が部屋を揺らした。目の前をよく見てみると静香が机を叩いてきっとした表情で俺を見て、周りにいる未来と翼がぎょっとして目をぱちくりさせながら俺を含めた周りを見ていた。
「あ、えっと。どした……?」
「どうしたも何もないです。話し合いの最中にボーっとしないでください!」
「えぇ!?あぁ、そうだった!」
「聞いていたんですか?」
「えっと……何の、話を……?」
ヤバい。完全にど忘れしてた。静香の顔がだんだん呆れた感じに変わっていく。人の話聞かないとかプロデューサー以前に社会人失格だなこれ……。未来と翼も憐れむような顔で俺を見る。大人として情けない。
「はぁ……。いいですか、プロデューサー。今日は新しいお仕事の話をするために……」
その言葉を皮切りにお説教タイムが始まった。やれ集中してないだの、しっかりしてくれだのとありがたい言葉が数分に渡って続く。聞き漏らすまいとじっと集中し続けるとようやく言いたい事が終わったのか静香の勢いも収まっていった。
「今度からは気をつけてくださいね」
「はい。わかりました。おっしゃる通りです」
どっちが上の立場かわからない返事をして話の続きを始めようとした次の瞬間、不意にポケットが震え音が鳴った。誰かが電話をかけに来たということ。三人に断りを入れ、廊下に出てスマホの画面を見る。電話先は都内にある総合病院。まさか、と思い通話アイコンをタップした。
「はい、相河です。確かに自分がやりましたが……目を覚ました!?」
相手は病院に努める医師の方からだった。なんと助けた男子の意識が戻ったという報告であった。よかった、と安心感で息を吐いて、内容を聞いた。どうやら命にかかわるような状態ではなく、無事でいるとのこと。そういったことを伝えてもらったところで通話を切る。電話を終えて意思は固まった。その前にはまず社内に早退する旨を伝えに行かないといけない。どうにか早退の意思を伝え、今度は未来と静香、翼のもとへ戻る。
「プロデューサーさん、どこか行ってましたか?」
「未来、さっき電話が鳴ってたでしょう。出る為に一旦外に行ってたみたいね」
「お話の続き、お願いしますね♪」
「ごめん、今日はこれで終わり。行かないといけない用事が入ったんだ」
「!?」
そう言うと三人は驚いて俺を見た。大事な話の途中で退出するのはこっちだってしたくない。けれど、今はそれ以上にやらなければならないことができた。振り切ってでも行かないといけない。
「とりあえず、概要はメッセ送るからそれを読んでてくれるか?じゃあ、さよなら!」
「あ、待ってくださーい!」
未来の制止をよそに部屋を出る。一秒でも時間が惜しい。早歩きで廊下を進み、駐車場の自分の車に乗り込む。そして目的地の病院までのナビを設定し、エンジンをかけた。
――無事でいて欲しい。俺の願いはたった一つだった。
~~~
『目的地周辺です。運転、お疲れ様でした』
ナビの音声が到着したことを告げる。車だらけの駐車場の合間を縫うように通り、駐車した。病院の受付へと駆け込み、電話をかけて来た先生の名前を告げる。係の人はとても驚いていたが事情を説明して通してもらった。場所を案内してもらい、病棟のある四階へと移動した。
開いた扉から病室に入り込む。そこには先生と、この間助けた男子がベッドから起き上がって俺を見ていた。
「すみません!仕事が長引いてしまって……」
「相河さん。彼、目を覚ましましたよ」
そして先生が男子の方を向いて言った。
「後の話は彼から聞いた方がいいでしょう。では私はこれで」
先生は踵を返して部屋を出て行き、俺と助けた男子の二人きりになってしまった。正直言って気まずい。あの時は意識を失っていたから話しかけても反応がなかったから完全な初対面である。どんな話をすればいいかわからないまま数秒が過ぎて、男の子が口を開いた。
「あの……あなたが僕のことを引き上げたんですか?」
「そうだ。本当に助かってよかった……」
生きてくれていたことに安心して息を吐いた。あ、名乗ってなかった。
「ああ、自己紹介してなかった。俺は相河慶一。年は二十三歳。よろしく」
「今永幸哉です。よろしくお願いします」
その男子――後に俺は幸哉と呼ぶ人物の顔を見やる。大分年下に見えるが、聞いてみると今年で十四歳になるとのこと。未来と同い年である。そんな若い人が、どうして川に飛び込むマネをしたのか。それを聞いてみるべく質問してみた。
「とりあえず、助かってよかった。でもどうしてあの場所にいたんだ?」
「離れたかったんです。この世界から」
離れたい?世界?心の中で首を捻りながら考える。安直で失礼な一つの考えが浮かび上がった。
「それって……自殺しようとしたってことか?」
「そうなります」
「でも……どうして!?」
「話した通りです。もう生きている自分が嫌になったからです」
「――!?」
一体どういうことなんだ、と俺は目を開いて相手を見つめる。その答えはすぐにわかった。顔を見て話はしてくれるものの、時々怖がるように視線を外す時があり、どこかぶつけでもしたのかちらりと傷跡がのぞく。また血色も悪く、顔が瘦せこけて見える。とりあえず、情報は入手しておきたいと話を聞くことにした。
「何があったのか、話を聞かせてくれないか?」
「わかりました。話します」
~~~
「なんで、そんなことが……」
俺は、話の内容に戦慄することしかできなかった。内容としては家族に虐げられてきたこと、学校でいじめにあっていること、そして味方してくれる人が誰もいなかったこと。それら全てが、心を揺さぶるには十分だった。
「……これでわかったでしょう。死のうとした理由が。誰も僕に味方してくれなかったし、誰も助けてくれなかった」
何もかも諦めたような表情の幸哉に、閉口するしかなかった。これ以上居ても心の傷をえぐることになるだろうし、聞きたいことは粗方聞けた。
「事情はわかった……。また明日来るよ」
名残惜しいながらも、俺は病室を出る。帰ろうとした所で先程まで病室にいた先生が話しかけてきた。
「もしかして、あなたが救助を?」
「はい、そうですね。とりあえず無事だってこと確認できてよかったです」
「救助の為に川に飛び込まれるとは勇気がありますねぇ。彼――今永さんの状態について説明しましょうか。ではこちらへ」
先生は真面目な表情をしながらも、どこか称えるような口調で言って俺を診察室の方へ案内した。灰色の設備ばっかり並ぶ部屋の中、説明が始まる。
「とりあえず、水に飛び込んだ故に肺に水が入ったりすることはありませんでしたね。命に別状はありません」
「でも、ものすごく瘦せてましたよ。うっすらどこか痛めた跡も見えましたし……」
「搬送された当時身体の複数箇所に傷跡が見られました。そして栄養不足による衰弱ですね。目を覚ますまで点滴で栄養素を送っていましたが、成長期にさしかかる時にこの痩せ方はかなり異常といえます」
疑問を発した俺を見て、先生はカルテを見ながら頷いて答える。医療用語を使わずに分かりやすく伝えられた言葉が俺の心を大いに揺さぶった。そんな生きるか死ぬか、ギリギリの状態で生きていたのか。傷、というのはいじめで暴行された時のものだろうし、瘦せていたのも家族に食事を出してもらえない状態だったということになる。発言の途中から拳に爪が食い込むほど握りしめ、体が震えてしまっていた。
「どうか、なされましたか」
「なんでも……ないです。ありがとうございました」
心配する先生にお礼を返して、部屋を出る。駐車場に出た所で電話が鳴った。出たのは青羽さんと静香。静香の方からは少し説教された。
通話を終えて真っ先に浮かんだのは幸哉のことだった。誰も助けてくれない世界に絶望を感じ、若い命を捨てようとした。あの顔を見て何も感じないはずがなかった。どうにかしないといけない。それが今の俺に課せられた使命ではないか、と思ってしまった。
~~~
翌日、今度はきっちり仕事を終えてから急いで病院に向かった。今度は面会の予約をとってはいたけど先に人がいたみたいで病室と同じ階で待つことにした。
『――!』
「……は?」
近くの部屋から耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言とそれを止める看護師の声が聞こえた。方向的に幸哉のいる病室の方からである。まさか、虐待していた家族が来ているのかと身構えながら帰るのを待っていると、ようやく病室から男女二人組が姿を現した。
「すみません。今永幸哉さんのご家族の方ですか?」
「そうですが、何か?」
俺の問いかけに男の方は大層不機嫌そうな顔で答える。女の人だってそう。まあ突然知らない人間が出てきて家族構成について聞かれたら怪しまれるよなあ、と思ったけどそんなこと考えてる暇はなかった。
「あの、先ほど病室から怒鳴り声?みたいな声が聞こえてきたんですけど……」
「幸哉が不甲斐ないことをしたから叱っただけです」
女の方がぴしゃりと言い放つ。そっちも俺を疑いの目で見ていた。あの病室に入ってたのが目の前の二人なら、何かを隠しているはずだ。
「でも……叱るというよりか言い方が……」
「何ですか?他所の家庭の教育方針に口を出さないでください」
「だからって……!」
「忙しいんだ!邪魔しないでくれ!」
ここで引いてはいられない。食い下がろうとすると前から大きな声が飛んできた。もう関わりたくないとでも言いたげな態度に俺は呆気にとられ、その隙に二人がさっさと横を通り抜けていった。いきなり大声を出されたことでビビったけどそうもしてられない。病室へと向かって扉を開けた。
瞬間、幸哉が足をふらつかせて部屋を出ようとしていた。両手を広げて立ちふさがり呼び止める。
「待ってくれ!」
「相河さん……」
「どこ行くんだよ……」
「僕は明日連れ戻されます。その前に消えようと」
質問に対してこれまでより一層、暗い顔をして幸哉が答える。そうなればこれまでより深い傷を心に負うことになる。
もうなりふり構っていられない。俺は幸哉の肩を掴み、心に届けるように訴えかける。
「そうか……だったら!――俺と一緒に逃げよう!」
「!?」
俺の言葉に驚いたのか目を見開いたまま固まる幸哉にさらに投下する。
「でも、なんで……!
「今のままだとお前はまた痛い思いや辛い目にあう。そうなる前に逃げるんだ!」
「でも……」
「もうこれ以上苦しみたくないだろ!俺を信じてくれ!!」
渋られると時間がなくなってしまう。畳み掛けるように言葉を全力ストレートで投げ込んだ。さあ、どうだ。迷うかのように言葉に詰まっていた幸哉はしばらくしてから今までとは違う、力のこもった声で言葉を返してきた。
「わかりました……逃げます!もうこれ以上痛いことや苦しい目に遭いたくないです!相河さん、あなたを信じさせてください!!」
「わかった……ありがとう!」
今ここに、俺と幸哉の意思は一つに固まった。何と言われたっていい。もうあのような思いはさせない。俺が守ってみせる。そう誓った瞬間だった。その後、通りがかった先生に注意されたのは反省。話を聞いたら明日に退院できる状態であるそう。話によると前会ったあいつらは実の両親でなく叔父夫婦で、実の両親は行方不明連れ戻されそうになっていたらしい。
病院を出て二人で逃げることにしたけど頭には沢山やることが浮かんだ。そして目下の生活に関してもそうだが、一つ大事なことがあった。
それは仕事について。まず、プロデューサーというのはアイドルに随伴して仕事することもある。その場合、スケジュールの都合で家を開けてしまい幸哉を一人で置いてしまう。まあそれは実家に相談してみるか、と思っている。次に助けるためには衣食住の用意、戸籍の変更と閲覧制限をしたりしなければならない。そのためには平日に役所に行かなければならない。そういった色々やることがあるため、一日くらいの休みでは到底時間が足りない。
休みを取りたいことを伝えるべく車に座って電話を掛けた。数回のコールの後、
「もしもし?」
「あ、相河です。お疲れ様です」
「氷室だ。何か連絡がある際はメッセージでも……」
「一つお願いがあります。明日から三日、休みを取らせて頂けませんか?」
相手に出たのは同じプロデューサーで俺の先輩にあたる氷室正宗さん。正直言って相手になったことは運が悪かった。というのもその人は規律に非常に厳しく、無断欠勤や遅刻をした際は正直言うのも
「何を言う。急に休むなどと言われても無理な話だ。有給をとる場合仕事の引継ぎや周囲に伝えることはしているのか?」
「あ。それは、まだ……」
「出来ていないようだな。昨日説明を途中で放り出して早退したと最上から苦情が入っている」
「――!」
静香の行動を告げ口だ、と責めるつもりはない。けれど生来の計画性の無さがここにきてじわじわと蝕んできた。どう言えばいいんだ。「見ず知らずの男の子を助けて家族から逃げます」なんて言えば警察へ通報、そして解雇になるのは明白。あれこれ言い訳を悩んでいたその時だった。
「何だ?相河が急に三日間休みを取りたいと……代われ?仕方ない……」
急に電話口が騒がしくなった。そして一瞬声が止まった後、相手が代わった。
「もしもし、相河くんだね。霧生だ。何かあったみたいだが」
「はい。実は……」
俺は代わった相手――霧生さんに事情を話した。霧生さんならまだ話が通じる……というわけじゃない。あの人の言葉には皆が頭を捻りながら答えを出す、という状態のため氷室さんとは別の方向でややこしくなりそうな予感がする。理解してくれたかはわからないが、一通り話し終えた後霧生さんの話が始まる。
「最初の質問だ。君は、何か大きなことに巻き込まれているね?」
「――!?」
まるで分かっているかのような口ぶりに、心臓がどくっと跳ねる。思い返せば霧生さんはいつも言葉の意味が読み取れないような発言がある一方で、相手の心を突く時がある。今日は後者の時だった。見透かされていることに背筋を冷や汗が流れる。
「そ、それは……」
「君は入社した後いつも仕事に邁進し、アイドルを気遣っていた。そのような人間が仕事を放り出してまでしなければならない、そうせざるを得ない事情があるんだろう?」
「――!」
何も言っていないのに全てがバレている感覚に陥る。この人はどこまで理解しているのか。恐ろしくなって全て喋ってしまいそうになった。
「三日ぐらい我々でどうにかなるし、引継ぎはこちらで行おう。氷室くんに関しては説得しておくよ。この話は終わりにしようか」
「……わかりました。ありがとうございます」
深く追求されなかったことに安心しながら電話を切る。とりあえず休みはとれ、これからのことを考えながら車のエンジンをかけた。
~~~
翌朝、俺は病院の駐車場に立っていた。勿論幸哉も一緒にいる。話は変わるが病院に数日入院するだけでかかる代金が無保険なのでバカにならなかった。そんな些細なことを頭の隅に追いやって相手に向き直る。
「とりあえず、準備はこれでいいかな」
「逃げられるんだ……本当に……」
「とはいった手前、よその子を事情があるとはいえ連れ出すなんてなあ……」
勢いそのままに助けるため連れ出そうとしてることに後悔しそうになる。でも幸哉はというとそんな感情は微塵もなく、すでに決意しきった表情で鼠色のパーカーにズボンを来て車の傍に立っている。昨日、急いで買ってきたものだが気に入ってくれたみたいだった。
「相河さんが逃げようっていったんじゃないですか。とりあえず僕はその気でいます。服とかも用意してくださいましたし。あと……」
「僕のこと最初は名字呼びだったのに途中から幸哉って名前呼びになってましたよ」
「あっ……」
「別にいいですよ」
「ごめん、つい熱くなってしまって」
「さあ、あいつらが来る前に出よう」
「そうですね。相河さん」
「別に名前で呼んでもいいよ。勢いで名前呼びしちゃったし」
「……はい!行きましょう。慶一さん」
これから話す間柄になるのだから問題はないだろう。そんなお喋りをする最中に車に乗せてキーを捻ってエンジンをかけ、エンジンが唸りをあげるのを聞いてアクセルを踏み、徐々に動き始めた。
「さあ、行こう!」
俺達を乗せて、車が走り出す。病院を抜けて朝の日差しが照らす街の通りへ飛び出していく。快調にエンジンをふかして周りの景色が流れる最中だった。
「どうして今、生きてるんだろう……」
「ん?」
「あ、いえ……。」
幸哉が不意に言った言葉につい反応してしまう。確かに本人からすれば死のうとしたのに助かってしまったから状況が飲み込めず混乱しているんだろう。俺はそんな幸哉に声をかけた。
「死のうとはしたけど、心の底では『まだ生きてたい』って思いがあったんじゃないかなって思うんだ」
「?」
「だって、あの状況から抜け出す方法の一つで自殺って手段を選んでしまった。けど今は違う方法で逃げられて今も生きてる。もしかしたら、そっちが正解だったんじゃないかって」
「……」
黙り込んだ。何かを考えているのだろう。難しく考えるより、今は流れに身を任せるほうがいいだろう。少しでも雰囲気を明るくしようと、信号が赤の時にオーディオを操作してある曲をかけた。
『いっくよーーー!!』
「!」
かけたのは『未来飛行』。俺が担当している未来のソロ曲だ。明るい掛け声から始まるこの曲は気分が上がる。仲間と共に高く飛べる、そんな雰囲気を醸し出す曲である。
後ろにいる幸哉が驚いているのか目を見開いている姿が鏡越しに映る。未来の歌声から感じる底抜けた明るさに心を揺さぶられているんだろう。
「すごいですね。今まで聞いたことない……」
「だよな。『未来飛行』っていうんだ」
「これは、誰が……」
「春日未来。幸哉と同い年のアイドルなんだ」
幸哉の質問に、俺は答えた。担当を紹介するのは仕事先以外だと初めてのこと。これを機に少しだけでも知ってほしいと思ってる。
「十四歳……。あんな風だったら、もっと違ってたのかな……」
自分の境遇と比べてしまって落ち込んでいるのだろう。だけど、そんな風には思わない。人生は人それぞれ形が違う。そんな様子を見ていた俺は声をかける。
「違う、か……。まだこれからの人生、この歌みたいに高く飛べる時が来る。俺はそう信じてるんだ」
「……」
「とりあえず、飯にするか?食べてから次のこと考えような」
俺の言葉に、しばし幸哉はただ黙っていたがやがてぽつりと言った。
「はい」
「わかった。まずは美味しい物食べに行こう」
小さな声での返事だったが、それが俺にとってはとても嬉しいことだった。どこに食べに行こうか、開いてる店はあるか考えながらハンドルを握り直した。
いかがでしょうか。キャラの掘り下げが薄いと物語として大分薄っぺらい出来になってしまうと思いました。本編と短編の掘り下げ回、両方とも読んでいただければ幸いです。まだもうちょっと書きたいけどここで切ることにしました。続きは多分書く可能性がありますので気長にお待ち下さい。それでは本編や短編集をよろしくお願いいたします!