王国の空は、どこまでも青く澄みわたっていた。だがその美しさとは裏腹に、地の底では何かが目覚めつつあった。
かつて封じられし厄災――ガノンの復活が、預言として各地に伝わり始めた。ハイラル王国はその報を受け、千年の眠りにあったガーディアンや神獣の発掘と研究を急ぎ、歴史に埋もれた遺物の数々を引き上げてはその力を解析していた。準備は万端とはいかぬまでも、国を挙げての防衛体制が整えられつつある。
しかしそれに抗う者もいた。ガノンを神と崇める集団――イーガ団。
その日、ハイラルの広大な草原を、リト族の女性・ヒューラは気ままに歩いていた。
「まったく、リト族だからって飛んでばかりいられるわけじゃないのよ。歩きたい時は歩く。それが私の自由ってものよ。」
共に歩くシーカー族の女性が小走りで追いついてくる。
「我儘言ってしまい申し訳ありません。荷物が多くて…それに、この辺りは物騒ですから。」
ヒューラは羽を軽く広げ、きょとんとした顔で問い返した。
「何が?」
その瞬間――。
「例えば俺たちだとかよッ!」
茂みが揺れ、そこから3人のイーガ団が飛び出してくる。黒装束に身を包み、鋭い首刈り刀を携えていた。
「荷物を置け。それで命は取らずに済ませてやる。」
「ヒューラさん、従いましょう…!」
「やだ。」
あっけらかんとしたヒューラの返事に、イーガ団の眉が跳ね上がる。
「聞こえなかったのか、リト族の女!」
「嫌だって言ってるの。」
「…交渉決裂か。」
刀を振り上げ、3人が一斉に襲いかかる。
「どうして断るんですかヒューラさん!」
「大丈夫よ。私、こう見えても強いから。」
静かに弓を構え、低空で舞いながら矢を三本同時に射放つ。矢は正確にイーガ団を貫いた。
「ぐあっ!」
「こいつ…くそっ、撤退だ!」
煙玉を投げ、イーガ団は瞬時に姿を消した。
「はい、終わり。」
驚きと感嘆の眼差しを向けるシーカー族の女性。
「凄いですよヒューラさん! リーバルみたいでした!」
「リーバル?」
「ご存知ないのですか? リト族の英傑ですよ。」
ヒューラは眉を下げて微笑んだ。
「ごめん、途中から記憶を失ってるの。名前と、この弓だけが残ってて。」
言葉に詰まる女性をよそに、ヒューラは再び歩き出す。
リトの村に到着すると、女性はリーバルに届け物を手渡すため辺りを見渡した。
「リーバルさんがいないですね…」
「僕ならここだよ!」
上空から軽快に飛来するリト族の戦士、リーバル。彼は着地するとヒューラをじっと見つめた。
「君がイーガ団を退けた? …信じがたいが、証人もいることだし信じよう。」
「どうも。」
村の女性たちがリーバルの周囲に群がる中、彼はヒューラに振り向く。
「君、どこの出身かな?」
「分からない。記憶がないの。」
背中の弓を見せると、リーバルは目を細めた。
「これは…僕のオオワシの弓によく似ている…君、勝負しないか?」
「嫌よ。」
「負けるのが怖いのかい?」
「はいはい、怖いです〜、負けました〜。」
挑発をかわすヒューラに女性たちが怒声を上げるが、ヒューラの目が一閃する。
「……あ"?」
その視線に、女性は声を失い、震えだした。
ヒューラはため息交じりに肩をすくめ、優しく手を差し伸べた。
「ごめん、またやっちゃった…。落ち着いて。」
彼女は少し距離を取ると、静かに歌い出した。
「⋆¨•.¸¸♬〜♪゚¸¸♪〜⋆♩✧.°」
その歌声は柔らかく、優しく、女性の緊張を解いていく。
リーバルの目が見開かれる。
「…再生の唄…?」
歌い終えたヒューラが立ち去ろうとした時、リーバルが肩を掴む。
「その歌、何処で覚えた?」
「さあ、気付いたら歌えてたの。そんなに変かしら?」
「変どころじゃない。あれを歌えば命が削れるんだ!」
「へえ、20回以上は歌ってるけど別に何ともないわよ。」
リーバルは唖然とした表情を浮かべる。
「住む場所は?」
「基本、野宿。」
「なら、ここに住め。君のような存在が外にいるのは危険すぎる。」
「断る。縛られるのは嫌い。」
だが、リーバルは食い下がった。
「これは正式な依頼だ。リトの村の守護者になってくれ。報酬は後で決める。衣食住は保障する。」
「…嫌いよ、アンタのそういうとこ。」
「構わないよ。それで?」
しばらく沈黙し、ヒューラはため息をついた。
「…分かった。受けるわ。」
その直後、彼女は弓を構え、雷の矢を抜く。
「リーバル、あんた少しは警戒しなさい。」
放たれた矢は、広場にいた一人のハイリア人を狙う。彼は身を翻し、避けたかと思うと――変装が剥がれ、イーガ団の一味が姿を現した。
「いつから気付いてた!?」
「声の波長が違ったのよ。」
イーガ団は再び煙幕を放ち、消える。
リーバルは肩をすくめた。
「退屈しなさそうだな、君といると。」