「……お父様に、すぐに伝えなくては。」
ヒューラの報告を聞き終えたゼルダは、顔を引き締め、緊迫した声で言った。
彼女の瞳には、使命に燃える意志と、微かな焦りが浮かんでいる。
ヒューラはその様子を静かに見つめていたが、やがてふいと視線を逸らした。
「……じゃあ、私、これで。」
そう言って立ち上がり、足早にその場を離れようとする。
「ヒューラさん!」
ゼルダが慌てて呼び止めた。
「あなたも……一緒に来てくださいますか? お父様に直接……」
だが、ヒューラは首を横に振った。
「……悪いけど、行かないよ。」
その言葉に、ゼルダの表情が一瞬驚きに変わる。
ヒューラは、顔を伏せたまま続けた。
「……あの王様、私のこと……最初から気に食わなかったみたいだし。私が何を言ったって、聞く耳持たれないよ。それに……また気分を害されても面倒だしね。」
リーバルが思わず言葉を挟む。
「……でも、君が見たことを、君自身の口で伝えることに意味がある。王がどう反応しようと――」
「リーバル。」
ヒューラの声が静かに響く。
「……あんたが言ってくれたら、それで十分。あんたが“異変を確認した”ってことで報告して。そういう建前の方が通りやすいでしょ。」
リーバルは眉を寄せたまましばらく黙っていたが、やがて諦めたように、息をついた。
「……分かった。じゃあ、僕たちが報告してくる。君は……門の前で待っていてくれ。」
「うん、それが一番いい。」
ゼルダは少しだけ口を開きかけたが、何も言わず、静かに頷いた。
そして、リンクを伴い、リーバルとともに城の中へと向かっていく。
ヒューラは三人の背を見送りながら、胸の奥にわだかまる重みを振り払うように、そっと息を吐いた。
(あの王様……正直、顔も見たくない)
ただの感情論じゃない。
ヒューラは自分が“神の力を宿した存在”として、異端視されることの重みを、あの玉座の間で肌に感じていた。
――リト族であること。
――出自も過去も不明であること。
――そして、トライフォースの「力」を宿していること。
すべてが、あの王にとっては“受け入れ難い現実”だった。
「……私が出しゃばると、話が余計にややこしくなるだけ。」
そう呟きながら、ヒューラは足を引きずるように城門の外へ出た。
城の前には、石畳の道が広がり、遠くにはハイラル平原が緑を揺らしている。
城下町の喧騒はまだ届かず、空は澄み渡っていた。
門の近くにある古びた見張り台の石段に腰を下ろし、ヒューラは空を見上げた。
「……全部が終わったら、私はまた……どこかへ行くんだろうな。」
空を流れる雲の形を、ゆっくりと目で追う。
その中に、ふと、あのモリブリンの赤く濁った目が浮かんでしまい、ヒューラはすぐに視線を落とした。
「……あんなのが、もっと出てきたら……どうなるんだろう。」
無表情、無痛覚。あの異形は、明らかに“生き物”という枠から逸脱していた。
「……私が、どうにかできる相手なの?」
自分の力は、確かに普通ではなかった。
けれど――それが何かを変える保証にはならない。
(でも、やらなきゃ)
この世界に残る理由はまだ見つかっていない。
だが、目の前にある危機に目を背けるほど、弱い心でもなかった。
「……もう少しだけ、足掻いてみようかな」
小さく、微かに笑ってみせたその瞬間――
カツン、カツンと、門の奥から誰かが駆けてくる足音が響いてきた。
ヒューラは顔を上げる。
(……さて、どう出る? 王様)
心の中でつぶやきながら、城門の影から現れる仲間たちの帰還を待った。
その横顔は、朝日を浴びて静かに輝いていた。