一方その頃、ゼルダ、リーバル、リンクの三人は、ハイラル城内の玉座の間へと足を進めていた。
玉座の上には、厳かな面持ちの王――ローム・ボスフォレームス・ハイラルが座していた。
ゼルダは真っ直ぐに父の元へと進み、跪くと静かに頭を下げる。
「お父様。北の渓谷にて、魔物に異変が起こっています。」
王の眉がわずかに動く。
「異変、だと?」
その声に重ねるように、リーバルが一歩前に出た。
「はい、私が直接確認いたしました。モリブリンと思しき個体でしたが、明らかに常軌を逸しており、痛覚も反応も失っておりました。おそらくは、厄災ガノンの“影”による変質かと。」
「影……か。」
ロームはしばし沈思黙考し、やがて重々しく言葉を発した。
「……よい。直ちに北の渓谷へ兵を配備し、周辺の安全を確保せよ。また、他の地域でも同様の事例がないか、情報の収集と視察を命ずる。」
「はっ。」
近衛の兵士たちが即座に行動を開始する。
ゼルダはその指示を聞き、胸をなでおろした。少なくとも、事態の深刻さが父に伝わったことに安堵していた。
(……本当は、ヒューラが異変を発見した。でも、今はあの人の気持ちを尊重しないと)
ゼルダは心の中でヒューラの名を思いながら、玉座の間を後にした。
城門前。
ヒューラは、陽を背にしながら石の縁に腰掛け、空をぼんやりと見上げていた。
城からの距離は、ほんの数十メートル程度。けれど、あの空間に足を踏み入れたくなかった。
そこへ、足音が近づいてきた。
「ヒューラ。」
声をかけてきたのはリーバルだった。ゼルダとリンクも後ろにいる。
「……王は動いた。兵を出し、他の地域の調査も指示した。」
ヒューラは、ほんの少しだけ目を細めてから、短く答える。
「……そう。」
それ以上、何も問わず、何も感情を表に出さない。
ゼルダは、そんなヒューラの様子をそっと見つめながら、柔らかく声をかけた。
「ヒューラさん。せっかくですし……他の英傑たちにも、会ってみませんか?」
「……他の?」
「はい。これから厄災に立ち向かうにあたって、力を合わせる者たちを、知っておいた方が良いかと。今すぐにお呼びしてきます、少しだけ……お待ちください!」
そう言って、ゼルダは小走りで城の方へ駆けていった。
ヒューラは首を傾げる。
「……忙しい姫様ね。」
「まあ、君と関わった人は、皆そうなるんじゃないかな。」
リーバルの皮肉に、ヒューラは小さく舌を出した。
それから数分後。
再び足音が鳴り、ゼルダが戻ってきた。
「お待たせしました!」
その後ろに、ずらりと並んだ三つの姿があった。
「左から――」
ゼルダは紹介するように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ゴロン族の英傑、ダルケル。
ゾーラ族の英傑、ミファー。
ゲルド族の英傑、ウルボザです。」
それぞれの英傑が、一歩ずつ前に出る。
まずは、大柄で筋骨隆々としたゴロン族の男。明るい笑顔を浮かべて、片手を上げた。
「おう!俺がダルケルだ。よろしくな、ヒューラちゃん!」
次に、薄紅の鰭をなびかせる優しげなゾーラ族の少女が一礼する。
「ミファーです。お会いできて嬉しいです、ヒューラさん。」
最後に、鋭い眼差しを持つゲルド族の女性が、堂々と両腕を組んで立つ。
「ウルボザよ。風のように現れて、雷のように去る女ってとこかしら。」
ヒューラは全員を見渡し、目を閉じて、軽く頭を下げた。
「……どうも。」
それだけの挨拶だったが、言葉の奥には確かな存在感があった。
その時、ミファーがふと眉をひそめた。
「ヒューラさん……右の腰辺り、少し傷が……」
ヒューラは驚いて見下ろすと、剣を納めた腰の横に、斬りつけた際の切創が浅く残っていた。
「うっ……いつの間に……」
ミファーは静かに歩み寄り、小さな手を傷の上にかざす。
柔らかな光が灯り、温もりが身体を包み込む。
「少しだけチクっとしますけど……大丈夫です。」
みるみるうちに、傷はふさがっていった。
「……こんなことも、できるのね。」
「ええ。ゾーラの加護を受けた力です。戦いの後は、傷も心も癒やせるように、と思っています。」
ヒューラは感心しながら、小さく「ありがとう」と囁いた。
その直後――
「ヒューラちゃん!俺な、今日初対面だってのに、お土産持ってきたんだぜ!」
ダルケルが胸を張って差し出したのは、きらきらと輝く黒岩。
「**特上ロース岩!**ゴロン族の誇る極上品だ!」
「……岩?」
「そう、岩。俺たちゴロンは、こういうのが大好物なんだ!焼くとうめぇんだ!」
ヒューラはその塊をじーっと見つめた。
「……重そう。」
リーバルがすかさず声を上げる。
「おい、彼女に変なものを渡すな!」
ゼルダが慌てて間に入る。
「ごめんなさい、ヒューラさん。ゴロン族は岩が主食なんです。」
「あちゃー……そっか。食えねぇか。相棒はうまそうに食ってくれたんだけどなあ。」
「相棒……?」
ヒューラは、チラリとリンクを見やる。
リンクは静かに目を逸らして、微妙な表情を浮かべた。
「……あんた、本当に食べたの?」
ヒューラの声に誰よりも笑い出したのは、ウルボザだった。
「ふふ……この空気、悪くないわね。」
やがて日も高くなり、それぞれの英傑たちは準備のために散っていった。
ヒューラは、空を見上げながらひとつ息を吐いた。
(……いよいよ、始まるのかもしれない)
だがその心には、確かに“独りではない”という温もりが残っていた。