リトの村に住み着いて、ヒューラが日々の空気と風に馴染んでから、早くも二週間が経過していた。
その朝、リーバルの元にハイラル城から一通の手紙が届けられた。
「ふむふむ……“闘技場にて実戦形式の大会を開催。優勝者には賞金2000ルピー”か……。まったく、これは僕に優勝しろって言ってるようなもんじゃないか。」
鼻で笑いながら、リーバルは翼で手紙をぱたぱたと仰ぐ。自信満々の顔つきであったが、それを他所に、ヒューラは広場の木陰で風に吹かれながら、空を眺めていた。木漏れ日が羽根に当たり、銀白の髪が風に揺れる。
「ヒューラ、君も参加してみなよ。」
唐突に声をかけられ、ヒューラは軽く目を細める。
「賞金2000ルピー……へえ、結構な額ね。」
「どうだい?挑戦してみるかい?」
「少し考えとくけど……その手紙の下の方、ちゃんと読んだ?」
「ん?」
リーバルは首を傾げつつ下段の追記を確認し、顔をしかめた。
「……アイツが出るのか。」
声のトーンが変わる。
「これはチャンスじゃないか。今一度、僕の実力を分からせる時が来たということだ……!」
「言ってることと顔がまるで合ってないけど……この“リンク”って、あんたの知り合い?」
「ああ……話しただろう。奴はハイリア族の英傑。あの退魔の剣に選ばれた、忌々しいほどの剣士だ。」
リーバルは拳を握り、地面を蹴りそうな勢いで言葉を続ける。
「厄災を討つには僕の弓があれば十分なのに、あんな古臭い剣を持っただけの奴が“主力”だと? しかも感情を出さないし、黙ってばかりで何考えてるか分からん……つまらん奴だ!」
「……途中から自分の世界に入らないでくれる?見ててこっちが哀れに思えてくる。」
ヒューラはため息混じりに返す。
「それと、その大会……剣術での試合らしいわよ?」
「な、なに!?」
リーバルの顔が青ざめた。
「……つまり、剣術が不得手なあなたはお呼びじゃなかったってこと。私はどっちも出来るから、実力は私が上って証明されたわね。」
リーバルはくやしげに歯を食いしばるが、ふと何かを閃いたような顔をする。
「それなら……ヒューラ!君が出場すればいい!代わりにあいつを倒してくれ!」
「……言うんじゃなかった……。」
ヒューラは額を押さえて嘆いた。
―闘技場 決勝戦―
「これより、ゼルダ姫様の護衛騎士にして英傑リンクと、リト族ヒューラの決勝戦を執り行う!」
審判の高らかな声が場内に響き、満員の観客が沸き立つ。広い円形の闘技場、照りつける日差しの下で二人の戦士が向かい合う。
ヒューラは今大会を軽やかに勝ち上がってきた。予選から準決勝まで、剣術と持ち前の俊敏さで圧倒し、準々決勝ではリーバルをあっさり退けた。
一方のリンクもまた、持ち前の実力と沈黙の戦闘で相手を圧倒してきた。
「本当に喋んないんだね。リーバルの言った通り。」
リンクは無言のまま、軽く頷いた。
観客席からはリーバルの怒号が響く。
「ヒューラ!あいつの済ました顔を思いっきりぶん殴ってやれー!」
(拳術じゃなくて剣術だけど……まあ、ここまで来たからには、勝たせてもらうよ)
ヒューラは構えながら心の中で呟く。
「両者、準備は宜しいか?」
リンクは無言で頷き、剣を構える。
ヒューラはちらりとリーバルのいる方向を見やる。
「リーバル、リンクって強いの?」
「……腹立たしいが、剣術において奴に勝る者はいない。身体能力も抜群だ。くそっ……!」
「ふぅん。」
ヒューラは軽く息を吐き、位置に戻る。
「準備、整いました。」
審判が合図を送ろうとした瞬間、会場の空気が一変した。
ピンと張り詰めた風が吹き抜け、誰もが一瞬、言葉を失った。ヒューラの目が鋭く光り、彼女の体から緊張感が放たれる。
リンクもすぐさま反応し、剣を深く構える。
「……!」
カンッ!
鋼の音が響いた。
目にも止まらぬ速さで、ヒューラとリンクの刃が激突する。観客の歓声は驚愕へと変わった。互いに攻撃と防御を交え、一瞬の隙も生まれない。
ヒューラは踏み込んだ足を軸に跳び上がり、リンクの肩口を狙うも、リンクは下段から逆袈裟に斬り返してくる。
「速い…!」
そのまま両者は刃を交えること数十合。
だが――決着は、つかなかった。
「時間切れにつき、試合は引き分けとする!」
観客は一瞬静まり、次いで大きな拍手が巻き起こる。
ヒューラは肩で息をしながら、リンクに向き直る。
「……なかなかやるわね。」
リンクは静かに頷いた。
リーバルは頭を抱えながらも、観客席で拍手を送っていた。
「まさか、引き分けるとは……くそ、面白くねぇ……けど、やるじゃないか。」
ヒューラは審判に向き直って言った。
「賞金、半分でいいわ。それで納得する。」
「承知しました!」
こうして、ハイラルの地で初となる“剣術大会”は、英傑と記憶喪失のリト族の引き分けという、誰もが予想だにしなかった結末を迎えた。