重く閉じられた玉座の扉の前。
ヒューラは腕を組み、吐き出すようにため息をついた。
「……やってらんない。」
そのまま歩き出そうとしたその時――
「待ってくれ、ヒューラ!」
鋭く、切羽詰まった声が背後から響いた。振り返らずとも分かる。声の主はリーバルだった。
「……何、リーバル。王様の肩でも持ちに来たの?」
ヒューラは足を止めず、ゆっくりと廊下を進んでいく。リーバルはそのすぐ後ろに降り立ち、少し焦り気味に言葉を続けた。
「そんなつもりじゃない! ただ……言いたいことがあるんだ。」
「言いたいことなら、あの王様に言ってあげれば? “リト族に聖なる力なんてあるわけがない”って顔だったよね。まあ、全否定されたけど?」
その言葉には棘があった。だが、リーバルは苦しげに首を横に振る。
「確かに、王は狭量だった。だが……君にトライフォースが宿ったことに、僕自身、驚きを隠せなかったのも事実だ。だが、君を否定する気なんて一切ない。」
「はあ……じゃあ、何?」
ヒューラは立ち止まり、くるりとリーバルに向き直る。鋭く冷たい眼差し。その中にあるのは怒りというより、哀しさだった。
「私はね、リーバル。あんたと旅して、色んな人に会って、ちょっとだけ“この世界を守る”ってことも考えてた。けど……今みたいな扱い受けると、やっぱり“余所者”って感じ、抜けないね。」
「ヒューラ……」
「王っていう存在は、民を守るためにあるんでしょ? なのに、目の前で力を示しても、“信じない”の一点張り。……そりゃ、誰かを守るために力を振るうのが馬鹿らしくなるってもんでしょ。」
リーバルは何も言い返せなかった。ただ、彼女の怒りと悲しみに対し、真正面からぶつかる覚悟を固めていた。
「それでも君は、厄災に立ち向かおうとしている。」
「……ええ、そうよ。好きで戦うんじゃない。でも、あんな奴に“協力してやる”とか言っちゃった手前、意地くらいは通すわ。」
その時、廊下の奥から足音が近づいてくる。
やがて見えたのは、焦った様子のゼルダと、無言のリンクだった。
「ヒューラさん!」
ゼルダが駆け寄ってきた。
「……ごめんなさい。私の父が、あそこまで怒るとは思っていませんでした……。」
ヒューラはゼルダの方に顔を向け、片眉を上げる。
「……謝るのはあんたじゃないでしょ。でもまあ……何となく予想してたから。」
ゼルダは少し目を伏せ、言葉を選びながら口を開いた。
「私は……本当にあなたに感謝しています。あの場で力を見せてくれたこと、父に言葉を投げかけてくれたこと……本来なら、私が言わなければならないことでした。」
「別に期待してたわけじゃないから。王族って、そういうもんでしょ?」
ヒューラの言葉に、ゼルダは何も言い返せなかった。リンクが一歩前に出るが、やはり何も言わず、ただ視線で何かを伝えようとする。
「…今は、厄災の封印と再来に向けて準備を進めなければなりません。父も……時間が経てば分かってくれると信じたい。」
そう言うと、ゼルダは深く一礼し、リンクと共に城の方へ引き返していった。
ヒューラは城門の方を向き、風の流れを読むように翼を広げる。
「……風、悪くないね。」
「ヒューラ、待ってくれ!」
再び声を上げたのはリーバル。
「……あんたも大変ね。私なんかの尻拭いしに来て。」
ヒューラはそう言いながらも、わずかに唇の端を上げた。
「でも、礼は言っとく。あんたが王の前で庇ってくれたの、ちゃんと分かってる。」
そう言いながら彼女は、足を一歩踏み出す。
「……私は、もうあの城には戻らない。」
「そんなこと言うな。君が必要なんだ。」
「必要なのは“都合のいい力”でしょ? 私じゃなくて“力の一部”を見てるだけ。」
「それでもいい。君自身が、“力”をどう使うか、それがすべてだ。」
ヒューラはリーバルを見つめ、ふっと笑った。
「……じゃあ、私の“使い方”、見てなさいよ。」
そう言って、彼女は大きく羽ばたき、城門の上を飛び越えた。
滑空するように、城の空を駆ける。その姿はまるで、傷ついた風の精霊が空を求めて飛び立つようだった。
「ヒューラ!!」
リーバルも翼を広げ、彼女の後を追って飛び立つ。
空には、まだ赤く染まる夕日が残っていた。
沈みゆく太陽の光に照らされながら、二つの影が空に舞う。
だがその背中には、それぞれの想いと、これからの戦いへの覚悟がしっかりと刻まれていた――。