空はすっかり茜色に染まり、遥か西の空には太陽がゆっくりと姿を隠しつつあった。
風の流れが変わり、谷の間から優しい上昇気流が吹き上がってくる。
その流れに乗って、ヒューラとリーバルの二人は山の尾根を滑るように飛んでいた。
目指すは、風と共に生きる者たちの住まう郷――**リトの村**。
「……着いたな。」
リーバルが言うと、ヒューラも頷き、視線を前方に移した。
村は山の斜面を活かして築かれており、石段や木の橋、そして複数の風車が景観に溶け込んでいた。大きな大樹の根元をくぐるようにして、村の中心部へと続く広場が見える。
その風景を目にした瞬間、ヒューラは知らずに小さく息をついた。
(……帰ってきた)
翼をたたみ、緩やかに高度を下げながら村の広場へと着地した。
「リーバル様だ!」
「ヒューラさんも一緒だ!」
子供たちの声が最初に響き、それに続くように、大人たちが続々と広場に集まってくる。
「おかえりなさい、リーバル様!」
「ヒューラさん、お疲れさまです!」
ヒューラは戸惑いの混じった顔で立ち尽くした。まさか、これほど多くのリト族が出迎えてくれるとは思っていなかった。
村の長老らしき者が、ゆっくりと歩み寄る。
「お二人とも、よくぞご無事で。城への用向きは、無事に果たされましたかな?」
「まあ、いろいろあったけどね。」
ヒューラは苦笑しながら答える。
「“いろいろ”どころではなかったさ。」
リーバルが冗談交じりに応じた。
「ですが、君の働きがなければ、ゼルダ姫もリンクもどうなっていたか分からなかった。本当に……ありがとう、ヒューラ。」
「別に。自分の判断でやったことだし。」
そう答えつつも、ヒューラは周囲の視線にわずかに頬を赤らめていた。
「ヒューラさーん!」
子供の声がまたしても響き渡る。
群れの中から、数羽の小さなリト族の子どもたちが駆けてくる。
その中の一人、青い羽根の少年がヒューラの腕を掴んで目を輝かせた。
「ほんとにすごいって!イーガ団を追い払ったんでしょ!?」
「う、うん……まあ、ちょっとだけね。」
「ボク、ヒューラさんみたいに剣と弓が両方使える戦士になりたい!」
「私は歌も覚えたい!ヒューラさん、あの歌また聴かせて!」
子どもたちの無邪気な言葉に、ヒューラは少し面食らいながらも、照れたように笑った。
(……こんなふうに迎えられるなんて、予想してなかったな)
「ふむ……君、人気者になったみたいだな?」
リーバルが横でからかうように言うと、ヒューラはじろりと睨み返した。
「……リーバル。あとで羽むしるよ?」
「おいおい、冗談だって。」
村の女性たちも次々と声をかけてくる。
「ヒューラさん、今日は泊まっていってくださいな。食事もたっぷり用意できますよ!」
「そうですよ、羽を休めるならうちの離れが空いてますから!」
「いや、我が家の方が――!」
あれよあれよという間に、ヒューラの滞在先を巡って村中が騒ぎ始める。
リーバルは吹き出しそうになりながら、ヒューラの肩を叩いた。
「これで完全に“歓迎される余所者”から“仲間”に昇格したな。」
「……うるさいってば。」
嬉しそうに笑うヒューラの声には、どこか柔らかさが戻っていた。
その時、長老が一歩前に出る。
「ヒューラ殿、実は村の方でもひとつ相談したいことがあるのです。」
「……相談?」
「はい。近ごろ、村の北側にある渓谷にて、見慣れぬ魔物の影が目撃されましてな。もしかすると、厄災の余波かもしれぬと……。」
リーバルの表情が引き締まる。
「厄災の前触れが、こんなにも早く……」
「……いいわ、私が様子を見てくる。明日の朝一番にでも。」
ヒューラはあっさりと答えた。
「いいのか?」
リーバルが問うと、ヒューラは翼をすっと伸ばしながら言った。
「“力の一部”しか見られてないって言ったけど、こうして“何かの力”として必要とされるなら……それはそれで、悪くないかなって。」
「フッ……そうか。なら、僕も同行しよう。」
「いや、あんたは残って。人気者のリーバル様には、村の安全を頼むよ?」
「……くっ、してやられた。」
二人のやり取りに、村人たちの笑いがこぼれた。
その夜――。
ヒューラは村の端にある高台に座り、星空を眺めていた。
風が柔らかく、羽根の間をすり抜けていく。
(ああ……やっと少し、落ち着けた)
知らず知らずのうちに背負っていた“孤独”という名の重りが、少しだけ軽くなっていた。
「明日は、何が見えるのかな」
ぽつりと呟いた声は、星空の奥へと吸い込まれていった。