Distortional Lovelive!   作:アカトーム

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ギリギリ年内間に合いました。


Ex Phrase:When You Wish Upon The Star

 がたんごとん。電車は進んでいく。

 がたんごとん。2人を乗せて。

 がたんごとん。電車は揺れる。

 がたんごとん。2人の気持ちも一緒に。

 がたんごとん。そして、ドアが閉まった。

 2人は何処へ行くのか。それを知る者は誰もいない。

 

♪ ♪ ♪

 

 路上販売をしていた銀細工師の青年が消えた後、2人はどちらからともなく歩み出した。先程と比べるまでもなく、会話はなかった。それは両者ともがこの時間の終わりを感じているからだ。そして、駅に着いた。瞬きのような一瞬。心臓が鼓動を始めてからそれを終えるまでのような長い間。そんな矛盾した感覚を味わった無言の時間を破ったのは、少年の言葉だった。

 

「じゃあ、また練習で――」

「待って」

 

 しかし、最後まで言い切ることは叶わなかった。傍らの少女が遮る。

 

「このまま、どこかへ行こうよ」

「どこかって何処だよ」

「どこでもいいよ。凛もたっくんも知らない場所」

「なんだよそりゃ」

「お願い」

 

 少年は呆れた表情で見る。いつもの気紛れじゃなくて、真剣な瞳。今にも涙が零れ落ちてしまいそうな瞳だと。少年は何故かそう感じた。

 

「わーったよ。……とりあえず、電車に乗ってみるか。」

「本当に? 本当にいいの?」

「いいって言ってるだろ。そんな」

 

 泣きそうな顔で言われたら断れるか。そう言おうとしたが気恥ずかしさが急にやってきて、途中で口をつぐんだ。誤魔化すように、早く行くぞとだけ言って改札へと向かった。それを聞いて、少女は途端に笑顔を浮かべ少年の後を追っていく。

 

「ねえねえ、たっくんがギターを始めたきっかけって何?」

 

 不規則に揺れる電車の中で、唐突に少女は訊ねた。

 

「きっかけ? そうだな、親戚の家に行った時偶然ギターを見つけて、それを借りて弾いていくうちに気が付いたら好きになってた。最初は音楽にはあんまり興味がなかったし」

「そうなの?」

「ああ、いろんな音楽を聴きだしたのも弾き始めてからだな。それからはずっと、どんな時も音楽がそばにあった」

 

 音楽がそばに、と少年の言葉を繰り返す。その意味をあまり理解できていないようだ。それを察して、少年はゆっくりと口を開いた。

 

「心躍るような気分の時にも、行き場のない感情にむしばまれている時も、全然上達しなくて、ギターを弾きたくなくなった時でさえ、音楽は、素敵な曲は鳴ってた」

「たっくんは本当に音楽が好きなんだね。凛ももちろん好きだけど、たっくんには負けちゃってるよ」

「感情にまで優劣をつける必要はねーと思うけどな。俺もネコ娘も音楽が好き。なら一緒だろ」

「一緒かな?」

「一緒だ」

「そっか……ていうか、いい加減ネコ娘っていうのやめるにゃー!」

「そっちだってたっくんて呼ぶのやめろよな」

「たっくんはたっくんだにゃ」

 

 これまで幾度となく繰り返し、そして今日会った時にもあったやりとり。まったく、なんて呟きながらも少年は笑みを浮かべる。これ以上付かず離れずの関係。それに彼は心地よさを感じていた。少女もまた今の彼との距離感に安心を覚えていた。憎まれ口を叩いても必ず返してくれる。幼馴染やメンバーとはまた違ったこの関係に。

 

「もうそろそろ降りてみるか」

 

 少年の提案に満面の笑みで少女は頷く。ドアが開いた途端、彼女は駆け出した。その後を彼はゆっくりとついて行く。アナウンスの後にドアは閉まり、2人の姿が消えた電車は一層暗さを増した灰色の雲の中へとゆっくり走り出した。

 

♪ ♪ ♪

 

 2人は人もまばらな道を歩いていく。交差点や分かれ道にぶつかると、時には少年が、時には少女が方向を決めて進んでいく。先に何があるのか。そんなことを楽しみながら当てもなく前へ進む。

 

「なあ」

「なに?」

「ネコ娘は何しにアキバに来てたんだ?」

「えっ、凛は何もやることがなくって、それで誰かに会いたいなって思って……」

 

 急に気恥ずかしさが尻すぼみに小さくなっていく声。少年に届く前に地面へと落ちていってしまう。もちろん彼はなんだって?と聞き返した。

 

「なんでもない!」

 

 赤くなってしまった顔を誤魔化すように叫んで駆け出した。慌てて追いかける少年だが、抜群の運動神経を誇る少女が全力に近いスピードで走るのには追いつけない。

 

「おい、待てって。1人で勝手に行くな!」

 

 追いつくことが不可能だと悟った少年は立ち止まって、尚も前方を走る彼女に呼びかけた。普段の煙草のせいか、少し走っただけでも彼の息は少し上がっていた。呼び止められたことに気付いた彼女は少し離れた位置で立ち止まって、振り向いた。

 

「まったく、いきなりなんだよ」

「ごめーん」

 

 悪いと思ってないだろ、なんて悪態をつきたくなりながらも、歩いて近づいていく。それを見ていた少女は、何事か思いついたようで、180度方向転換して再び走り出した。

 

「ほらほら、こっちこっちー!」

「おい、だから止まれって!」

 

 つられて少年も走り出すが、少女は距離が縮まったと思うとスピードを上げるからなかなか追いつくことができない。次第に息も切れてきて、少しばかり禁煙したほうがいいかなんて彼にしてはありえないことを思いついてしまうほどだった。

 

「たっくん、男の子なのにだらしないにゃー」

 

 ようやく立ち止まった少女がそう声をかける。だいぶ息を切らしながらも少年は彼女の隣までやってきた。

 

「うるせ。こちとら歌って踊るんじゃなくて、楽器を弾くのが仕事だ。それに、荷物もあるから重いんだよ」

「言い訳、カッコ悪いにゃ」

「どうとでも言え」

 

 休むのに近くに会った自販機に寄り掛かる。一方の少女は少し息が上がっているものの、十分に余力があるようにみられる。

 

「でも、悪くないね」

「何がだよ」

 

 息を整えながら言い返す。数歩歩いてから、向き直って少女は答えた。

 

「誰かと一緒に走るのが。1人でビューンって走るのも好きだけど、こうして一緒に走ってくれる人がいると、もっと楽しくなったよ」

「そうかい」

 

 俺は走るのそんなに好きじゃない、そんな風に非難してやろうと思っていたが、隣に立った少女の笑みを見るとどことなく憚られてしまった。行き場のなくなった言葉の残滓の代わりに大きく息をついて、自販機から背を離した。

 

「もう少し先まで行ってみようよ」

「もう絶対走んないからな」

「分かってるって、ゆっくり歩こう」

 

 そうして歩き出そうとした瞬間、少年の頬に何か冷たいものが当たる。

 

「ん?」

「どうしたの?」

「いや、雨が降ってきた、よう、な」

 

 次第に冷たい感触が増えてくる。隣の少女もそれに気づいたようで、そろって空を向く。真っ黒い雲からは確かに水滴が降り落ちてきていた。

 

「雨だ! どうしよう、たっくん」

「だいぶ駅から歩いてきたからな、先に進んで雨宿りできるところを探そう」

 

 話している間にも雨粒は落ちてくる数と勢いを盛んにしてくる。慌てて走り出す2人。今度は置いて行ってしまわないように少年にペースを合わせる。次第に強く降り出した雨の中を彼らは転ばないように気を付けながら駆けていく。

 雨は降り続ける。植物や道路、そして彼らを無慈悲に濡らしていく。しかし、冷たいはずの雨を不思議と2人は心地よく感じていた。走ったことで体が火照っていたのか、それとも濡れているのが1人ではないからなのか。そんな考えすらも洗い流してしまうかのように、ただ雨は降り続けた。

 

♪ ♪ ♪

 

 その後数分走り続けすっかり雨に濡れてしまったころ、2人はようやく雨宿りが出来るところを見つけた。まばらに見える民家の中にぽつりと立っている喫茶店。店の中に入ろうとしたが、鍵がかかっていた。休日なのに閉まっているなんてと不思議に思った少年が改めて入口の扉を見ると、ノブのところに何か木の板がかけられていた。どうやらこの喫茶店は休日の夜にはバーとして使われるらしく、その分午後は少し早くに一旦閉店して、夜にまたオープンするようだ。今はちょうど準備中の時間だった。雨をしのげるだけまし、と自分を納得させる。

 

「こんなことなら、傘を持ってくるんだった」

「ほんとだよ~、へっくしゅん」

「流石にこの時期の雨は冷たい。このままじゃ風邪ひいちまう」

 

 しかし、雨はまだまだ止みそうになかった。もうしばらくの間ここで雨宿りするしかなさそうだった。

 

「あ! たっくん、さっき買った部品は大丈夫?」

「大丈夫、乾かしゃ使えるさ。それに、カバンの中まで雨は入ってないっぽいし」

 

 念のためカバンを開けて中身の確認するが、濡れてはいないようだった。パーツはそれぞれ個装されて小袋に入っていたから、よほどのことがない限り濡れることなどない。少年が他の物はどうかを確認していると、ポケットティッシュを見つけた。そしてそれを躊躇わずに少女に差し出す。

 

「ほら、これで拭いとけ。ちっとはマシだろ」

「え、凛は大丈夫だからたっくんが使って」

「いやいや、お前今度ライブあるって言ってたろ。風邪ひいたら不味いんだから」

「たっくんの方が濡れてるんだから、使った方が良いよ」

「そっちの方が濡れてんだろが」

「たっくんの方が」

「いや、ネコ娘の方が」

 

 むーっ、と互いが唸りながら顔を突き合わせていると、突然扉がガチャリと開いた。顔を出したのは、初老の男性。ずぶ濡れの2人を見つけて慌てて声を掛けた。

 

「おやおや、2人ともそんなに濡れて。風邪をひいてしまうから早く中に入りなさい」

 

 2人はいきなり出てきた人物に驚きながらも、その言葉に従って店の中へと入っていく。店内は2人掛けの机と4人掛けの机が2つずつとカウンター席が6つ。カウンターの向こうには年季の入っていそうな器具と時折落ちる稲光を見事に反射する新品のものとが混在していた。後ろ手で扉を閉めて、傍らの少女の方を見るとこれ以上濡れる心配がなくなったことへの安堵からか短く息を漏らしていた。

 

「ほら、これで体を拭きなさい」

 

 この店のマスターらしき人物がカウンター奥の扉からバスタオルを2枚持って出てくる。2人はお礼を言って受け取り、銘々に濡れたところを拭いていく。

 

「雨に打たれて寒かったろう。何か温かいものでも淹れよう。何がいいかな?」

「俺はコーヒーで」

「豆の希望はあるかい?」

「えーと……じゃあ、ブレンドで」

「そちらのお嬢さんは?」

「凛はココア、をお願いします」

 

 少女は普段友人たちと接するときのような口調で言ってしまい、慌てて敬語を付け足す。

 

「じゃあ、好きな所に座って少し待っていてくれ」

 

 2人にそう告げてゆったりとした足取りでカウンターへと入っていった。そして2人は窓際の2人掛けの席に座る。

 

「雨、なかなか止まないね」

「通り雨っぽいし、少し待ってりゃ何とかなるだろ。これから何か予定があるわけでもないし」

 

 粗方拭き終わった少年は、タオルを座っている椅子の背もたれにかけて、窓の方へと目を向ける。真っ黒な雲からは間断なく雨粒が降り注ぎ、遠くのほうでは光が瞬き、数瞬遅れて轟音が伝わってくる。

 

「にゃっ!」

 

 向かいの席に座っている少女が、その音に驚いて思わず声を出す。少年は何故だか少しおかしくなって、少しばかり口元を緩めた。

 

「ははっ、本当にネコみたいだな」

「今のはちょっとビックリしただけだもん」

 

 そんなことを言われた少女は、恥ずかしくなって髪を拭いていたタオルで顔を隠す。それ以降は光と音の間隔が大きくなり、聞こえてくるのも大分小さいものばかりとなった。

 

「ごめんね、たっくん」

 

 少女が不意にそう呟いた。

 

「ん、何がだよ?」

「凛がさっき無理言ってどこか行こうなんて言ったせいでこんなに濡れることになっちゃったから」

「ネコ娘が悪いわけじゃねーだろ。天気なんだから、どうしようもない」

「そんなことない。さっきだってアクセサリーの人に早く帰った方が良いって言われてたし、もう帰ろうとしてたのに無理やり引き留めたし、それにそれに……」

 

 顔を見せずに謝罪を繰り返す少女にため息を漏らす少年。おもむろに手をショウジョの方へと伸ばし、そのまま頭に乗せる。そして頭に乗せたまま手を左右に動かすが、それは撫でるというより揺らす、といった表現の方があっている強さだ。

 

「え、えっ? 何?」

 

 困惑する少女を尻目にそのまま手を動かし続ける。抵抗しようとしていた少女も早々に諦めて、おとなしくなすがままとなった。しばらくそれが続いた後、ふとその手が止まった。

 

「だーから、気にすんなって言ってるだろ。そもそも、いやだったら最初から来てねーよ。それに濡れたのだって半分くらいは俺のせいだしな」

「たっくんの?」

「考えてもみろよ? ネコ娘1人なら全力で走れば濡れる前に駅に着けただろうに俺に合わせて走ったせいで濡れる羽目になったんだろ?」

 

 だからさ、と一拍おいて今度は優しく頭を撫でながら続ける。

 

「お前はいつもらしく能天気にニャーニャー言ってりゃいいんだよ。そんな調子じゃこっちが狂う」

「う、うん。分かった」

 

 それならよし、とだけ言って少年は少女の頭から手を放す。彼女は名残惜しそうにあっと言いかけたが、声になることはなかった。そこへ、2つのカップを乗せたトレイを持って喫茶店の主人がやって来た。

 

「お待たせしたね、珈琲とココアだ。熱いからゆっくり飲んでくれ」

「ありがとうございます」

 

 出来る限り波面が立たないように静かに机の上に置かれる。少女はタオルから顔を出してそっと両手でカップを握り、少年は片手で取っ手を持ち、慎重にカップの中の黒い液体に口を付ける。

 

「美味しい」

 

 どちらが先に発した言葉だったろうか。雨に打たれたことによって冷えた体に暖かいものを取り入れたことはもちろん、主人の力量がいかんなく発揮されたものでもあった。

 

「あったまるにゃ~」

「芯まで冷えた体にこれは堪らないな。これで後はタバコが吸えりゃ最高なん、だ、が…」

 

 何気なく呟いてしまったことに対して、直ぐに少年は失言だったと気付いた。ここにいるのは自分だけではなかったからだ。

 

「あー! まだタバコやめてなかったの? 希ちゃん言ってたよ、いくら言っても止めないって」

「分かった分かった、悪かった。出来るだけ気を付けるよ」

 

 諸手を挙げて降参の意を表すが、追求の声は収まりそうにないことは見て取れた。どうにか話を逸らせないかと店内を見回すと、よく見知ったものを見つけた。

 

「な、なあマスター」

「なんでしょう?」

「あのアコギ、ちょっと弾かせてもらってもいいか?」

「ちょっとー、話逸らさないで――」

 

 言うやいなや少年は席を立ち、アコースティック・ギターのもとに向かう。近づいてみてみると、大分年代が古いものであることが分かった。少なくとも60年代や70年代のものである。もしかして、弾かずに飾ってあるだけのものかと少し不安がよぎった。

 

「君はギターを弾くのかい?」

「ええ、バンドとかも組んでて…」

「それなら弾いてやってくれ、最近は弾く人がいなくて持て余し気味だったんだ」

「言っといてなんですけど、これって大分古いものですよね? 俺なんかが弾いても…」

「私が若いときに買った安物だよ。気構えずに弾いてくれ。それに、楽器は飾っていては意味がない。弾いてこそだよ」

「ありがとうございます」

 

 そう言われても、古いものであるのは確かなので慎重に持って席に戻る。カバンから底の浅い円柱型のピックケースを取り出し、ふたを開ける。普段は細長い三角形のティアドロップ型と呼ばれるものを使うが、今回はおにぎりのように幅が広い三角形のトライアングル型のピックを選んだ。アコースティック・ギターではいつもこちらを使っていた。先端はすり減っており、表面の文字もかすれていて、かろうじてTHINの文字が読み取れるくらいだ。一度解放弦を鳴らしてみると、年代を感じる深く柔らかな響きが鳴った。多少音が外れていたので、携帯のチューナーアプリを起動し音を合わせていく。概ね揃ったところでてきとうにコードを鳴らしていく。少年が持っているものと比べ音にシャープさはないものの、それを補って余りあるほどの甘い音色。何を弾こうかと脳内のミュージック・リストを参照していく。オリジナルよりかは既存曲の方が良いだろう。そして、最近弾き語りで練習していた曲を思い出した。

 

 終始ハネたリズムのこの曲はギターだけ、歌だけならそれほど難しい曲ではないのだが、2つを同時にやるとなるとどちらかに引っ張られてしまいやすい曲だ。最近は大分安定した来てから大丈夫だろう、とゆったりとリズムを取る。

 

1、2、3、4

 

 観客2人を見てみると、少女の方は聴いたことがある曲だなんて顔で、主人は何処か懐かしむように目を閉じている。

 

「When the night, has come――」

 

 外の雨は相変わらず激しいが、この室内はゆったりと時間が流れていく。優しく響き渡るギターの音色と少し嗄れた声が丁寧に奏でられている。そして、最後の音が鳴らされる。音が完全に消えた後にパチパチとささやかながら確かな賞賛のこもった拍手が鳴る。

 

「ありがとうございました」

 

 少し冷めてきたコーヒーを飲む。少し危ない部分もあったがどうにか聞くに堪える演奏が出来たであろう、と少年は自己分析する。ふと正面を向くと、向かい側の少女は未だ期待するような瞳を向けており、カウンターの向こうからも同様のものを感じた。

 

「では、僭越ながらもう1曲。次はオリジナルの曲を」

 

 先程とは打って変わって強めに鳴らされる。コード進行だけは外さないようにしながらも即興で弾いていく。オリジナルのものでも初期の方に作ったものだからどうすれば外さないかは、ギターを弾く指先が覚えている。最初のサビが終わってからは一転静かになる。雨音をも曲の一部かのような気さえしてくる。そして再び曲調は激しく。ここにはいない誰かに届けと、雨雲よ吹き飛べと訴えかけるように掻き鳴らしていく。その勢いを止めぬままラストへ。1曲目とは違い、短く音を切って終わった。再び少年へと拍手が送られるが、今回は少し遠くからの1人分しか聞こえない。不思議に思って前を見ると、少女は安らかに寝息をたてていた。

 

「まったく。まぁ、しょうがねえか」

 

 冷たい雨に打たれながら走って、体力を消耗したところに暖かなものを飲んだから瞼が重くなっても無理はない。少年はギターをもとのスタンドに戻しつつ、主人からブランケットを借りて彼女を起こさないように被せる。そしてカップを持って、カウンターに腰かけた。

 

「とてもいい演奏だったよ、君くらいの年では私はそこまで弾けなかったろう」

「ありがとうございます」

 

 すると、主人は下から小さな箱を取り出す。タバコである。

 

「君も吸うんだろう? 遠慮しなくていい」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 一度立ち上がって、カバンからタバコとライタを取り出す。慣れた手つきで、火を灯す。

 

「私も15・6に吸い始めたのだが、君と違ってただ悪ぶりたかっただけだったよ」

「俺もそう変わりませんよ。ギターを教わってた人の真似をしているだけです」

「いや、吸い方を見ればわかる。ただ大人の猿真似かどうかはね」

 

 少年は息を吐いて、タバコを持つ左手を見る。少しくらいあの人に近づけただろうか。様になってきているだろうか。幾ら見てもそれは分からなかった。

 

「バンドを組んでいるんだったよね?」

「ええ、最近は色々なバンドのサポートとして弾くことが多かったですけど」

「そうか、一見シンプルな音のようだが、その奥にはいろいろなものが見えた」

「貴方もバンドを?」

「少しばかりね。結局夢半ばに挫折して、今ではこんな僻地の喫茶店をやっているがね」

 

 目を細めて、懐かしむようにギターを見る。きっと、あのギターは1番最初に手にしたものなのだろう、と少年は感じた。自分なんかよりもずっとずっと色々な経験を音を響かせてきたものだろう、と。

 

「君はプロを目指しているのかい?」

「いや、ただいい音楽を弾ければそれでいいです。やりたいようにやれれば十分なので」

「それはもったいない、君なら上を目指せるだろうに」

「上を目指したところで、それは自分のやりたいものと変わったら意味がない。俺はそう思っています」

 

 じっと、主人が彼の瞳を覗き込む。彼も目を逸らすことはなかった。

 

「なるほど、君は君なりの音楽を見つけたわけだね」

「まだまだです。今もずっと迷っていて、でも歩き続けている」

「いつか見つかるといいね」

「ありがとうございます」

 

 いつの間にかタバコの火は消えていた。主人が出してくれた灰皿にそれを捨てるともぞもぞと動く音がした。どうやら、少女が目を覚ましつつあるようだ。

 

「まったく、ようやく起きたか」

 

 少年はそちらへと向かい、呼びかけながら彼女の体を揺らす。まだ寝ぼけ眼ながらも意識は覚醒しているようだ。

 

「雨もあがったようだよ」

 

 言われて、2人で外を見ると確かに雲が切れていて、合間からは星の光が瞬いている。

 

「もうそろそろ帰るか、遅くなったら不味いしな」

 

 準備しろ、とだけ少女に告げて彼は再びカウンターへと向かった。飲み物の代金を尋ねるが、訊かれた主人は首を振った。

 

「お代はいいよ。素敵な曲を聞かせてもらったからね」

「いや、でも俺が勝手にやったことですし……」

「それなら、またここに来て演奏してくれればいい」

 

 これ以上は水掛け論になってしまうだろうと思い、彼はその好意を受け取ることにした。

 

「またのご来店をお待ちしています」

 

 その言葉を背に受け、2人はゆっくりとドアを閉めた。

 

 ♪ ♪ ♪

 

「すっかり暗くなっちまったな」

「でもでも、星がとってもキレイだよ!」

 

 言われて、見上げてみると満天の星空が広がっている。周囲には明かりが少ないためか、目を凝らすと普段は見えない星も見えてくる。

 

「これだけ星がありゃ、願い事も叶いそうだな」

「届くかな?」

「届くさ、ちゃんと願えばな」

 

 2人は口を閉ざした。時折吹く風が草木を揺らす音だけだ。

 

「さっきさ、エフェクタの話しただろ?」

「うん」

「実はさ、3つ目てのは師匠に教えてもらいながら作ったやつなんだ」

 

 ぽつりぽつりと語るその声は星空へと吸い込まれていくようだ。

 

「それで、そいつを使ったライブは必ず上手くいってた。ゲン担ぎ、って言うよりもなんていうか、これまでの過去そのものなんだ」

 

 でも、とトーンを落とす。

 

「最近思ってたんだ。過去に縋ってるだけじゃないのかって。ただただ上手くいっていたって過去を引き延ばしているだけじゃないかって。だから、3つ目はって聞かれたときに答えに詰まったんだ」

「そうなんだ……」

「正直、これからも使っていくと思う。過去は早々切り離せない」

 

 過去は切り離せない。その言葉を少女は心の中で反芻する。自分もそうである自覚があるから、未だに恐怖でいっぱいだから。

 

「それでも、それでも何時かは進める時が来ると思う。自分一人じゃ無理でも俺には仲間がいるから、アイツらもμ’sの皆も。そして、凛もな」

「え?」

 

 唐突に名前で呼ばれて驚きとともに、恥ずかしくなってしまった。それは少年の方も同じで、目を逸らすかのように上を向く。

 

「だから、お前も無理せずに頼りゃいい。分かったか?」

「うん……でも、ちょっとクサすぎないかにゃ?」

「うるせ、自覚してるよ」

 

 2人で笑いあう。しかし、直ぐに少年はまじめな顔に戻って言った。

 

「まあ、とりあえずは星に願いを、ってな。こんだけあるんだ、きっとどれか1つくらいは聞いてくれるさ」

「ほんとに?」

「ああ、きっとな……」

 

 そう告げる少年の横顔は何処か儚く、消えてしまいそうでもあった。少女はそんな少年の手を、ちゃんと存在すんだってことを確かめるようにぎゅっと握った。

 

「どうした?」

「ううん、ただ……」

 

 どう言えばいいのだろう、少女は少し迷ってから星々に負けないくらいの笑みを浮かべてそっと言った。

 

「ありがとう」

 




良いお年を
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