Distortional Lovelive! 作:アカトーム
そして、今日センター試験を受験なさる皆様頑張ってください。焦らず落ち着いて向かえば必ず良い結果が返ってきます。
私も来週水曜からの期末テストに向けて頑張ります。
「松波さん、3番の診察室にどうぞ」
自分の名前が呼ばれたので、重い体を持ちあげてそちらに向かう。本当なら入学式で校長やらPTAやらの長ったらしい話を聴いている時間だが、これから聴くのは医者の話だ。引っ越しやら環境の変化やらで風邪を引いてしまったらしい。入学式に行こうとしたところを希さんに止められ、西木野病院というところに来た。流石に、心配だから着いて行くと言うのは止めたが。
「ただの風邪ですけれど、少し熱が高いですね。気休め程度ですが、点滴をしていきますか?」
「じゃあ、お願いします」
そう告げると、紙に何かを書き加えて近くのナースを呼んだ。
「こちらにどうぞ」
頷いて、後について行く。風邪でする点滴なんて、せいぜいスポーツドリンクを薄めたようなものだったはずだから、効果は期待できない。よっぽど具合が悪そうな顔をしているのだろう。そもそも、あまり風邪は引かない方なのに、と思う。もしかしたら、煙草の量が多くなっていたかもしれない。減らした方がいいだろうか。そんなことを考えていると、別の部屋に着いた。言われた通りに左腕を出すと、手早く血管を探し出され、固定し注射針が刺される。チクッとした痛みが走った。それからすぐさま点滴用の器具が組み立てられていく。
「では、1時間ほどですね。横になって安静にしていてください」
言われたとおりに、医療用の少し硬いベッドに横になる。手持無沙汰だったので、こちらに来てからのことを少し振り返ることにした。1人ですべてをこなすことには多少の不安があったものの、やってみると存外大変ではなかった。当たり前だが自分しかいないのだからだいぶ融通が聞く。それだから、夜遅くまでギターを弾くこともできた。ここ最近は夜明けに寝て昼過ぎに起きる、そんな生活をしていたからリズムが崩れてしまったのかもしれない。加えて、思いのほか気温が低かったのも関係あるだろう。もう少し着込んでいるべきだったか。
そもそも、なんでここにいるんだっけ?バンドを組んでいたはずなのにそこを抜けてまで。あまり親とは良好な関係ではなかった。でも、それが原因ではなかったはずだ。こうして、俺の我儘を許してくれているんだから。
ああ、そうだ。そうだった。バンドを抜けたからだ。自分でメンバーを集めて、そして結成したというのに。それなのに……
「松波さん、起きてください」
呼びかける声に気付いて、目を開ける。どうやら横になってそのまま寝てしまっていたようだ。壁の時計を見ると、ちょうど1時間くらい経過していた。未だ頭がぼんやりとしているが、どうにか体を起こす。
「じゃあ、点滴外しますね」
その言葉に首を振って答える。テープや器具が外されて、小さな注射の後が見えた。すぐにガーゼが貼られ、痕が隠れる。再びナースの後をついて行き、診察室で幾つか医師からの注意事項を聞いてから受付で処方箋を受け取る。そして、近くの薬局で薬を受け取って帰路に着いた。点滴の効果かそれとも少し寝たことによってか、幾分か体調が回復したように感じた。恐らく後者だろう。とは言え、未だに熱があることは確かだろうからもう少し安静にしているべきだろう。
「あれ、巧実君?」
ふと後ろから声を掛けられる。振り向いてみると希さんだった。学校帰りらしく、制服姿だ。
「こんにちは、希さん。まだ学校の時間なんじゃ?」
「ウチは明日が入学式なんよ。今日は直前の確認だけやったから、もう終わり」
なるほど、と頷く。するといきなり額に手を当てられる。少し冷たい手はひんやりとして心地良かった。
「まだ熱が結構あるみたい。病院には行ってきたん?」
「はい、ちょうどその帰りです」
「無理はあかんよ。ただでさえ病弱少年、って感じなんやから」
「風邪とかには気を付けてたつもりなんですけどね。喉は大事ですし」
「じゃあ尚更タバコは駄目じゃない?」
「まあ、それはそれ、これはこれってことで」
慌ててそっぽを向いて目を逸らすと、やれやれといった風に息を吐かれた。
「全く、まだ未成年なのに。誰から教わったん?」
「えっと……」
茶を濁そうとするが、どうにもそれは許してくれなさそうだ。
「師匠です。俺のギターの。その人の真似ごとですよ」
仕方なく白状した。それと同時にあの人が言っていたことが頭によぎった。
『火をつけたら最初は口の中で吹かすだけ。2回目から吸い込むんだ』
そう教えてくれた。今もずっとその吸い方だ。
「そうなん? てことは、中学生の時からってことやん。もう……」
「まあ、ロクな人じゃありませんでしたから。それに師匠も言ってましたし。『タバコを吸うやつにロクなのはいない』って。……でも」
「でも?」
「でも、とても大切な人です。色々な意味で」
たくさんのことを教わった。くだらないことから、大事なことまで。ほんの短い間だったけれど、片時たりとも忘れられない日々だ。
「そっか。でも、当分は吸ったらダメだからね」
「分かってますって。少なくとも風邪が治るまでは」
隣の部屋だから、簡単にバレてしまうだろうし。ただでさえ勘が鋭い人なんだから。でもまあ、偶には禁煙しても罰は当たらないだろう。熱で浮かれた頭でそんなことを考えながら、未だ寒さが剥がれない道を歩いた。
♪ ♪ ♪
結局、次の日も熱が下がりきらなかったので学校は休み、初登校は入学3日目となった。そもそもクラスが何処かさえ知らないから、先に職員室へ寄って挨拶をすることに。
「え~と、確か松波だったな」
「はい」
何人かの先生に伝言リレーが行われ、担任に通された。簡単に挨拶をすまして、初日に渡されたプリントや教科書の類を受け取った。
「連絡事項は異常だ。それで、お前の背負ってるのはギターかなんかか?」
「ええ、そうですけど。軽音部とかあれば入ろうかと思っていて」
「ああ~、いいか松波。ウチには軽音部はないんだ」
えっ、と思わず声に出して驚いた。ここは生徒数も多いからその分活動も多種多様だ。だから、軽音部もあるものとばかり思っていた。
「……分かりました。でも、別に持ってくる分には問題ありませんよね?」
「ああ、大丈夫だ。管理に気をつけろよ」
もう一度挨拶をして、職員室を出る。軽音部がないことには驚いたが、別に校外で幾らでも活動はできる。今日の夜に連絡を取っていたバンドの人との顔合わせだ。
「おっと」
「あ、ごめんなさい」
職員室を出て、教室に向かおうとしたところで誰かにぶつかった。慌てて周りを見渡すと女子生徒だったようだ。背はかなり小さく、中学生といっても通じてしまうだろう。同級生だろうか。
「大丈夫?」
手を貸して立たせる。腰まで伸ばした金色の髪はサラサラと流れており、ところどころ跳ねている。両手で簡単にスカートのほこりを払うと、彼女はじっとこちらを見た。正確には、背負っているモノのほうに注目されているようだが。
「きみ……」
「おーい、空木。早く来―い」
彼女が何か話しかけようとしたところで、職員室から顔を出した先生に阻まれる。びくっとまるで小動物みたいに驚きを表した。
「やっべ、じゃあまた会おう少年!」
風のように職員室へ入っていってしまった。一体何だったのだろうか。ここで突っ立っていても仕方がないので教室に向かう。ほどなくして教室の前に辿り着き、3割ほど空いているドアを完全に開ける。室内ではすでに来ている生徒が何人かのグループになっておしゃべりを楽しんでいた。が、俺が来たとたん視線が一斉にこちらに向く。まあ、いきなり見知らぬ人間が入ってきたら驚きもするだろう。それらを素知らぬフリで先ほど言われていた席に着く。
「おっ、見たことない顔だな」
「今日初めて来たからな」
会話をしていたグループの1つから眼鏡をかけた男子生徒が近づいてきた。
「じゃあ、お前が入学早々休んでたってやつか。俺は桐島樹。よろしくな」
「松波巧実だ。こちらこそ」
差し出された手を握り返す。フランクな人柄のようだ。多少息が詰まりそうであることを予想していたから、話しかけてもらえて助かった。
「それで、巧実はギターやってんのか? それ、ギターだろ?」
机の横に立てかけてあるモノを指さして聞かれる。肯定の意味を込めて頷く。
「まあ、少しね」
「じゃあ、俺の友人に教えてやってくれよ。そいつさ、中学の時に……」
樹の話によると彼の友人というのが卒業式で好きな人に弾き語りで告白したらしい。しかもビートルズを替え歌で。
「凄えなそいつ。ジョン・レノンに撃たれても文句言えねーぞ」
「それで、そいつ高校で軽音部に入ってリベンジしてやるーって意気込んでんだ。…っと、噂をしたら来たようだ」
言われて教室の入り口に目を向けると、無造作ヘアでネコ目の男子が入ってくる。こちらへ向かってきて、樹と2,3言何事か話した後こちらに向き直った。
「紹介しよう、こいつがその朝倉小雨だ」
「よろしくな」
「松波巧実だ。……それで樹、ギターを教えるのは別に構わないがそもそも此処に軽音部はないって話だぞ」
「そうそう、それなんだけどさ!」
小雨が勢いよく身を乗り出してくるものだから、驚いてのけぞってしまう。なんだかやけに張り切っている。
「昨日バンドのライブがあったんだよ!」
「なに、本当か?」
「ああ、金属理化学研究部ってところなんだけど、そのライブがすごくてさ…」
なんだそりゃ、と疑念を露わにするも小雨は何故か自分の世界に入って滔々と語っている。どことなくキナ臭い話だ。なんでわざわざそんなところが軽音部紛いのことを……
いや、何か事情があるのだろうか。だから、表向きには軽音部であることを隠して活動しているとか――
「それで、今日改めてその部室に行ってみようと思うんだ。巧実も行こうぜ!」
「ん? …ああ、悪いんだけど今日の放課後はもう予定入れちまってるんだ。機会を見つけて行ってみるよ」
「そうか。それにしてもドラムのハルさんが――」
ますます昨日休んでしまったことが悔やまれる。とは言え、後悔先に立たず。今は最大限やれることをやるだけだ。まずは、今日会うバンドから。そして、メンバーを見つけて自分のバンドを。机の下で持て余している左手を人知れずぎゅっと握りしめた。
♪ ♪ ♪
高校生になって初めての授業を終えて、ひとまず自室へ帰ってきた。未だ開けられていない段ボール箱が3つほど重ねられているうちの一番上から服を取り出す。制服をずっと来ているのがあまり好きではないから私服へ着替える。着替えながら時間を確認すると、まだ待ち合わせの時間まで余裕がある。これなら、疑惑の金属理化学研究部とやらに寄ってくる余裕があったかもしれない。まあいいか、と独り言をつぶやいて持ち物の確認をする。アタッシュケース状の箱――エフェクタボードなのだが――をもう一度開ける。オーバードライブにディレイ、ファズ、ワウ、フランジャー、そしてディストーション。持っていくものは一通り入っていることを点検し、そっとフタを閉める。シールドとピックケースはギターケースの方に入れたから大丈夫。さて、どうしよう。このままもう少し部屋の中にいてもいいが、外に出て時間をつぶそうか。神田明神あたりで少し弾いてから行くことにしよう。そう決めて、ギターを背負いエフェクタボード片手に部屋を出る。
神田明神のあの長い階段の下に着くと、2人の女の子が駆け下りてきた。と思いきや、再び駆け足で上りだす。とは言え、そのスピードは歩くよりもちょっと早いくらいだ。BPM80あるくらいだろうか。息もかなり絶え絶えだ。何かのトレーニングだろうか。再び降りてくるだろうから、邪魔にならないように端を上っていく。上り終えると、巫女さん衣装の希さんが境内の掃除をしているのが目に入ってくる。
「こんにちは、希さん」
「おや、風邪は治ったん?」
「ええ、どうにか今日からは学校に行けました。ちょっとギターを弾いてもいいですか?」
「ええよ。参拝する人の邪魔にならないようにね」
「分かりました。ありがとうございます」
初めてここに来た時と同じ場所にボードとギターケースを下ろす。ギターとピックを取り出して簡単にチューニング。うん、よさそうだ。とりあえず軽く何曲か流して引いてみよう。
今日もギターは相変わらずいい音を鳴らしてくれて、少し下がり気味だった気分も段々上昇傾向へ。歌詞を口ずさみながら掻き鳴らす。左手と右手、そして声が独立した人格のようだ。左手は冷静に、精確に弦を抑え、右手は感情のままに上下に動く。そしてその上を声が流れていく。3曲目の曲が終わるとパチパチパチパチ、と速いテンポの拍手がかけられた。
「すごいすごーい!」
その声の主は先程階段を走っていた女の子のうちの片方、肩くらいまで伸ばした髪を右側だけテールにして留めている。走り終えたばかりのようでまだ息が整っておらず、頬には汗が伝っていた。
「ちょっと、穂乃果! いきなり声を掛けてはびっくりするでしょう」
何と言おうか迷っていると、小走りで誰かが走ってきた。黒髪で腰のあたりまでの長髪の女の子と黒髪の子ほどではないが長髪で右側を持ち上げて、前髪の少し上はトサカみたいにしている子。前者は凛とした雰囲気が伝わってきて、後者は柔らかで優しげだ。
「歌もギターもとっても上手? ねえねえ、あなた作曲とかできる?」
「えっと、まあ一応出来るけど」
「じゃあじゃあ――」
「穂乃果! すいませんいきなり声を掛けてしまって」
一番最初に来た子を黒髪の子がたしなめる。別に、とだけ告げて様子を見ているとどうにか話がまとまったようで、3人が同時に此方を向く。
「ちょっと話を聞いてもらえませんか?」
「30分以内に終わるなら」 携帯で時計を確認してから返答する。
「じゃあ……」
その3人――最初の人が高坂穂乃果、黒髪の人が園田海未、おっとりしたグレーに茶色が混じった髪の人が南ことりと言う名前らしい――が言うには、音ノ木坂学院の廃校をどうにか出来ないか、と言うことで今人気のスクールアイドルをやることになったらしい。しかし、全くの初心者で歌もダンスも衣装もまだないということらしい。
「それで俺に曲を作ってほしい、ということですか」
「そうなんだよ。どうかな?」
高坂さんが顔の前で手を合わせながら訊ねてくる。俺は息を少し長めに吐いてからギターをしまいながら答えた。
「結論から言ってしまえば無理ですね」
「え!? なんで?」
「理由は大きく3つ。1つ、確かに俺は作曲できますけどそれはあくまでバンドの曲です。アイドルの曲は作ったことがない。2つ、曲と言ってもギターだけじゃどうしようもない。最低でもピアノかシンセが必要」
ファスナーを閉めて立ち上がり、ギターを背負う。エフェクタボードを持ち上げて再び口を開いた。
「そして3つ、1か月後にライブをやるってことらしいですが、今日から曲を作ってそれを録音して。それから曲を覚えてダンスを考えるでは恐らく間に合わない。中途半端なパフォーマンスになってしまうのはそちらも本意ではないでしょう?」
3人は顔を見合わせる。全員が一様に渋い表情を浮かべていた。
「というわけで、申し訳ないですが他の人を当たってみてください」
一方的に言いきって立ち去ろうとする。しかしそれは叶わなかった。目の前に希さんが立っていたからだ。
「副会長さん」
高坂さんが不思議そうにそう呟く。じっと俺を見ていた希さんは徐に口を開いた。
「巧実君、どうにかこの子たちの力になってくれへん? うちじゃどうしても限界があるから。それに、音楽に詳しい君なら手伝えることもあるんやない?」
瞳を逸らすことなくそう俺に語る。何を思ってそう告げたのか。何故会って間もない俺なのか。その瞳からは分からない。でも、ただ1つ、何かを待ち望んでいるような縋るような思いだけは分かった。
「……貴女には借りがある。分かりましたよ」
彼女の瞳に安心の色が浮かんだのを見届けてから振り向く。
「という訳で、ダンスのリズムとか歌の練習とかにならアドバイスはできると思います。一応曲もやってはみますが、期待しないでどうにか別の人を見つけてください」
「本当!?」
「もちろん。でも、俺も自分の活動があるのでその合間にですけど」
「ううん、それでも凄く助かるよ。これからよろしくね巧実くん!」
そう元気に言い放って右手を差し出す。こちらこそとその手を握り返す。女の子の柔らかい手。しかし、そこには彼女の信念を表すようにしっかりと力がこもっている。
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
「よろしくね、巧実くん」
園田さん、南さんとも続けて握手を交わす。何とも不思議なことになったものだ。でも、面白い経験になることは間違いない。どこか夢のようで他人事のように感じながら俺は歩き出した。
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