川尻浩作、Fly High with キヴォトス   作:堂廻り 眞くら

1 / 25
8:30(エイト・サーティ) その1

 

 

 川尻浩作は平凡な男である。

 

 

 川尻浩作は、生徒を愛してやまない【シャーレの先生】である。

 

 

 川尻浩作は【善良な大人】である。

 

 

 

 

 

 

 

 川尻浩作の正体は、【キラ・ヨシカゲ】である。

 

 

 

 

 

 キラ・ヨシカゲは【殺人鬼】である。

 

 

 

 

 

 

 キラ・ヨシカゲはこれまでに手の美しい女性を49人殺してきた。

 

 

 

 

 キラ・ヨシカゲは【平穏に暮らしたい】と、心の底から願っている……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前七時半。何かがおかしい。

 

 川尻早人は朝食のスクランブルエッグを頬張り、いぶかしんだ。最近、ママとパパが仲がいいのがヘンだ。ママが朝っぱらからおしゃれしてるのもヘンだし、パパが上機嫌なのもヘンだ。

 

 ボクは愛情深い家族の元に生まれたのだろうか? と川尻早人は常々疑問に思っていた。少なくとも、これまでの観察期間中にママがパパとセックスしたのは指で数えるまでもない程度だったし、オシドリ夫婦がやってるらしい、行ってらっしゃいのキスなんてものを一度だって見たことがない。ママはパパの薄給を陰でコケにしているし、息子の根暗を嘆いている。パパはパパで、ママの誕生日祝いだの結婚記念日だのを気に留めることはなく、薄給の激務に追われている。

 

 ボクたち家族は、みんなでディズニーランドに出かけるなんてこともないし、USJとどっちがいいかで揉めたりなんかもしない。息子の誕生日を二人で相談することもないし、当然ボクも親の誕生日をわざわざ祝ったりなどもしない。

 

 その代わりと言っては何だけど、ママは殆ど白痴同然みたいに、スマホでくそカスのダンスを撮影しては、それをインターネットにアップロードしたりを繰り返して家事や育児を怠る、なんて悪趣味を持っていないし、朝昼晩の料理を欠かしたことはない。パパは息子や母親に暴力をふるったり仕事をさぼったり、大酒を喰らったりもしない。そう言う意味ではボクの家族はいたって平凡で凡庸な幸せな家庭を築いているとも言えなくはなかった。セックスレスも、夫婦の不仲も、息子の根暗も、平凡な家庭の平凡な悩みと言えばそれまでだった。

 

 自分は愛情のある家庭に生まれたのだろうか。結論はまだ出ない。だから、川尻早人は自分の家族の観察をいまだに続けている。

 

 だからこそ、川尻早人は家族の極微細な違和感に気が付いた。

 

 と言うのも、パパが、つい最近転職した。そのあたりから、パパとママの様子がおかしくなった。おかしくなったというのは、いい方向に変化したということだった。ママはなんだかパパに愛情深くなった気がするし、パパも普段と違って調子がよさそうだ。

 

 ママの朝食や夕食が何だか豪勢になっているし、パパは好き嫌いせずにママの作った料理をちゃんと食べている。嫌いなはずのシイタケももりもりむしゃむしゃ。

 

 何かがおかしい。

 

 家に備え付けの電話が鳴った。

 

「早人! 電話に出て!」

 

 

 台所で洗い物をしているママが叫んだ。隼人はパパを見やった。パパは鼻歌交じりに、鏡の前で派手なネクタイの結び目を整えていた。また、先日染めたらしい、オールバックに固めた髪を細かくチェックしている。

 

 

「電話に出てっていってるのよ!!」

 

 

 ボクがパパをじっと観察していると、いつの間にかママが台所からリビングまでやってきた。駆け足で、ティーポットを抱えながら。その時だった。

 

「ああっ!!?」

 

 ティーポッドの取っ手が、不意に割れた。ポッドは早人の目の前の机の上で、中身をぶちまけながら粉々に砕け散った。ポッドはママのお気に入りだった。

 

「どうしてお前はいつも私のことを無視するの!」

 

 それから、ママは涙目でボクを怒鳴った。

 

「いいわよ、母親なんか邪魔くさいってわけね? 勝手にするがいいわよ!!」

 

 こうしてママがヒステリーを起したのは久々のことだった。最近は機嫌のいい日が続いていたからだった。ボクは無感動にママのヒステリーを見守った。それから、パパを見た。

 

 いつもなら、パパはまるで透明人間にでもなったみたいになって、ママのヒスには関わらず、気配を消してそさくさと家を出ていくはずだった。

 

「まあまあ」

 

 

 でも、パパは、ママに負けず劣らずの勢いで喧しく鳴り騒ぐ固定電話の受話器を取りつつ、

 

 

「朝から喧嘩はやめような? 割れたんならまた買ってあげるよ。ハイ、川尻ですが……いえ、違います。それじゃあ」

 

 

 パパは受話器を置いた。

 

 

「間違い電話だよこれは。なあ、無口な年ごろってだけなんだよな? 早人は。私たちは家族なんだ、みんなでなかよくしなくっちゃァな」

 

 

 パパは、まるでいいパパみたいに振舞って、息子と妻の喧嘩の仲裁に入った。ボクの疑念はますます募った。

 

 

「それじゃ、私は仕事に出かけるとするかな。お出かけのキスをしてもいいかな?」

「えっ?」

 

 

 パパが信じられないことを口走り、ママは頬を赤らめた。パパが隙をつくかのように頬に顔を近づけて、それからママは顔を赤らめて、もうティーポッドのことなんて頭から吹っ飛んだかのようだった。

 

 やっぱりおかしい……。

 

 パパはそうやって、すがすがしい雰囲気で出社していった。

 

 新品の靴を履いて。 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。