川尻浩作、Fly High with キヴォトス   作:堂廻り 眞くら

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8:30(エイト・サーティ) その4

「近づいたぞ」

 

 

 スケバンBは右耳から血を流していた。また、左目が潰れて瞳孔が真っ白に染まっている。かなりのダメージを追っていることが伺える。

 

 

「銃弾が、滅茶苦茶運の悪いことに右耳にすっぽりハマって鼓膜が破れたり」

 

「……!」

 

「煙の燻ったタバコの吸い殻が、戦車のキャタピラに跳ね上げられて、左目の網膜を焼いた。

 

 さっきから、お前を追いかければ追いかけるほど、異常な現象が起こる。【異常に運が悪い】って感じだ。だけど、ここまで近づいたぞ」

 

「……」

 

 

ドドドドドドドドド

 

 

「近づいたぞっ!!」

 

 

 しかし、川尻浩作と狐坂ワカモは無言。スケバンBは、まるで威嚇するみたいに構えた銃口を揺らした。

 

 

「距離は……銃口からアンタの顔面まで三十センチもない。お前にこれだけ近づけたっ!

 

 これからアタシが引き金を引いて、お前の頭を吹っ飛ばすまでに! 【何かが起こる】か? 

 

 アタシの行動を阻む【何か】が起きると思うか? 

 

 ああっ!!? 

 

 お前が何かしてるのか? 

 

 それともただ単に異常に運がいいのか? 

 

 ただの幻想なんじゃないのか!?

 

 あと十センチだっ! 引き金を引くのに、コンマ数秒もかからねぇぞっ!!」

 

 

 怒りをあらわにするスケバンBに対し、しかし、川尻浩作と狐坂ワカモは驚くほど冷静だった。川尻浩作が徐に口を開いた。

 

 

「……実を言うと分からないんだ。私にも。

 

 確かに……

 

 あと十cmで何が起こるのか?

 

 【知らない】からね

 

 本当だ」

 

 

「……」

 

 

「どうなるのか気になる。

 

 

 撃ってみてくれ。

 

 

 私は死ぬかもなァ。

 

 

 一応言っといてやるが、【私は外の世界の人間】であり、君たちのような【神の子】と違って、銃弾が当たれば致命傷になるんだ。もうご存じだったかな?

 

 

 でも、君は今の今まで【悪い流れ】って奴にどっぷりだったんだ。あの【頓珍漢みたいなマヌケのお仲間たち】もね。もう悪運は終わったのかな? どうかなァ?

 

 

 私が思うに、君は【たまたま】生きてここにいるだけなんじゃないのかね?」

 

 

 スケバンBの脳の血管が切れる音がした。バキバキに怒張した我慢の限界を、針で突いたみたいだった。スケバンBの銃口が川尻浩作の額に押し付けられた。

 

 

 

 

「0距離だッ!!!

 

 くたばれクソ野郎ッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 瞬間、空気を切り裂く高音があたりを轟いた。スケバンBが弾丸を発射した。

 

 

「……!」

 

 

 

 

 

 

 

「雨だ」

 

 

 

 

 

 

 川尻浩作は手を天空に翳した。掌にポツポツと、雨粒が当たった。弾丸は明後日の方向へと飛んでいった。

 

 

「降るんだな……。こんな天気でも。【天気雨】とか言うんだっけかな」

「【狐の嫁入り】とも。あなた様」

 

 狐坂ワカモはそのように言った。それから、川尻浩作に向けていた視線をふと背後のスケバンへと戻した。

 

「……」

 

 

 スケバンBは銃を構えた状態で、ぼんやりと突っ立っていた。やがて銃を取り落とすと、ふらふらと道端に倒れ込み、血を吐いて、それからはもう二度と起き上がってこなかった。狐坂ワカモはすぐに興味を失したように視線を【それ】から外し、手に持った和紙の傘を、川尻浩作の頭に翳した。

 スケバンBの身体中に、ハチの巣のように、無数の穴が開いている。その穴からねじ切られた蛇口みたいにドバドバと血が湧き出てきた。

 

 

「……【雨垂れ石を穿つ】という慣用句を聞いたことがあるが……まさに今、にわか雨が君の身体を穿った、というわけか。文字通り、雨には石を穿つだけのパワーがあるのだよ。もっとも、本来ならば一滴分の雨粒の質量で人体を穿つのは不可能だが……それを可能にするのが【厄災】のパワー、ということだな。さて、これでクソカスな連中に絡まれることもなくなったし、本当に気持ちのいい気分で出勤できることになったよ。ありがとう、狐坂君」

「お礼など不要です。すべてはあなた様のお力、【アナザーワン バイツァ・ダスト】の能力なのですから」

 

 

 川尻浩作は傘の中へと入り、そこで初めて、狐坂ワカモの頭の上に、獣の耳が生えていることに気が付いた。

 

「君のそれは……いや、なんでもない。【キヴォトス】では普通のことなんだな」

 

 

 いつの間にか、周囲で勃発していた抗争はすっかりなりを潜めていた。

 

 

「ようやく落ち着いてきたな。8時27分か」川尻浩作は手元の腕時計に目を落とした。「あとどれくらいでシャーレのオフィスビルに着くのかな? 勝手がわからないんだ。初出勤なもんでね」

「もう間もなくです。あのビルがシャーレですから」

「あのバカみたいにドでかいビルが? まさに読んで字の如くの摩天楼だな、アレは」

 

 空をこすらんばかりの超高層ビル。見上げても見上げても頂点までたどり着かない。

 

「何メートルくらいあるのかな。六百メートルくらいはあるかな。出張で東京に出かけた時に、何度か東京タワーを見かけたことはあるが、あれよりもずっと高い。しかしこれだけ目立つんじゃ道に迷うことは……無さそうだ。そこのところは安心だ。安心だが」

 

 川尻浩作は再び歩き出した。33歳。元会社員。現在はシャーレの先生。午前八時には家を出て。

 

「あーいう目立つ建物が職場ってのは嫌いだな。カメユーデパートが恋しいよ」

 

 通勤時間は約三十分。

 

 そして、彼は【無敵の能力】を持っている……。

 

 

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