「異常対策特殊技能専門独立機関、始動です。」 作:木原 無二
「では、お持ちの番号が呼ばれるまでこちらでお待ちください。」
変質者を見るような目で見てくる職員から目をそらすと、手元の携帯でネットニュースでトレンドに乗っている内容に目を通していく。
トレンド一位には、”日本史上初の公的オカルト組織発足”と書かれていた。
(ま、こんな状況じゃこのニュースが一番ナウい話題だろ。)
事の発端は3ヵ月前。
いや、言い方を変えれば約100年前になるのだが…
1900年初頭、イギリスでとある組織が作られた。
その正式名称は“特殊作戦群Paranormal Response Organization”
通称“PRO”は、秘密裏に設立されたその組織は“超常現象対応機関”として世間には公開せず、国内の事件や事故の解決に尽力していた。
そして、“PRO”は“超常現象対応機関”として世界初の特殊な技能を持つ集団で構成された独立行政法人だったのだ。
それは、とても優れた技巧を持つ超人であったり、常識では測りきれない知能を持つ才人であったりしたが、中には科学では説明のつかない力を持つ人もいたらしい。
らしいっていうのは、この組織自体が都市伝説みたいなもので、2000年代になってようやくイギリスがその存在を認めたのだ。
世界各国は
アメリカではCIAやFBIの組織形態に組み込むように設立したし、中国では国家公安異能部として作られた。
だが、日本では未だに作られていなかった。
まぁ、こんな組織に税金を使おうものなら炎上一択だろうからな。
今見ているネットニュースのコメント欄にも、「そもそも、こんな組織作ってどうするんだ」や「税金の無駄」、「税金安くしろよ」と言った声が多数見える。
けれども、コメント欄の中には「ロマンがあって良い」や「入ってみたい」と言った声もあった。
(まぁ組織の名前が「異常対策特殊技能専門独立機関」というのも少しカッコイイしな。)
スマホから顔を上げて周りを見る。
周りには袴を着たおっさんや、マジシャンのような手品師。他にも様々な恰好をした人たちがいる。
そう。ここまで来たらわかると思うが、私こと無常仮寝がここにいる理由はただ一つ。
新しく出来るというこの組織に入るためである。
周りにいる人たちはこの組織に入るために、今日この試験会場にやってきたという訳だ。
『141の番号札をお持ちの方、窓口までお越しください。』
館内放送で流される内容は病院での案内放送の内容にしか聞こえないが、珍妙な恰好をした人が窓口で案内されていく。…やっぱり精神科なのかも知れない。
―――――――――――――
「田中瞼です。特技はビートボックスです。」
「はぁ…そうですか。…おい、時風。もっと寄れよ。」
「は、はい…」
時風と呼ばれた小柄な女性は隣にいる
男は、寄ってきた時風の肩をモミモミしながら面接官として話をしていく。
「あー男だしな。多分採用しないけど、なんか他にPRとかってある?」
「えーっと、そう、です、ね…」
田中も田中で、大変そうである。
(異動先がまさか、こんな所だなんて…)
この女性の名は
勉学では官僚や学者になれるほどの才人であったが、大きな欠点が一つあった。
そう、人に強く出れないのである。
一応、ある程度コミュニケーション能力はあるが、どうしても人に意見を言われると反論などが出来ない人間であった。
故に、今のこの状況に対して大きく言う事は出来なかったのだ。
(そもそも、こんな面接に意味なんてないのに…)
今回出来たこの組織は、“国内の事件や事故の解決に尽力するために設立された”
なんていうのは全くの嘘である。
表向きの理由はそうであるが、本当の理由は官僚や公務員の天下り先として新しく作り出したのだ。
この組織の形態である独立行政法人は政府の監督下にあり、国の予算が投入される組織であるため、天下り先に持って来いなのだ。
そして、今回作られた理由としてはもう一つある。
隣にいるこの
恐らく、前の職場でセクハラでもやらかして兄からここに飛ばされたんだろう。
わざわざこんな組織も用意して。
(本当に世も末だな…)
「…おい、おい!聞いているのか時風!」
「え、は、はい!それでは聞いていきますね!」
一応これでも公務員。どんな状況でも周りの話の内容を聞くようにしているのだ。
内容としては「こいつ男だし落とすからお前が適当にやれ」みたいな内容だったはず。
隣に座っている太っちょの異臭に我慢しながら、面接者と会話をしていく。
「そ、それでは、特技をここで見せてください。」
「はい、わかりました。それでは…♬♪♪♬~♪♬♩」
(こんな特技、なんの事件に使えるのだろうか…?)
もうこの人はいいだろう。どうせ落ちるのだ。受かるのはコイツの目についた女だけなのだ。
こんな面接、誰も得なんてしない。
こんな
面接を終わらせ、次の人への準備をする。
「ありがとうございました。では、そちらからお帰りください。」
そもそも、私もこの組織に期待なんてはなからしていない。
異能と豪語できるほどの特技なんてあるわけでもないし、いたとしてもコイツに落とされるのがオチだろう。
この世界に
「時風くんてさ、何カップなわけ?A?それともAA?w」
「ははっ…」
異能なんてものがあるのなら、今すぐにこの状況を
「ちょっとさ、この仕事終わったら触らせてよ?ほら、上司として部下の管理は大事だからさ。ね?」
「えーと、それはその…」
最悪だ。
なんでこんなのが
前の職場でもそうだった。大抵の厄介ごとは自分に回ってくるし、職場の人間関係も何故かゴタゴタ。それに今回飛ばされた原因も同期からの仕事での責任の押し付けだった。
「え、なに?上司の言う事聞けないわけ?それってどういう事なの事なのかな?」
「えーっと、いや、その、それはちょっと…」
「ちょっとってなんだよ。お前さぁ、俺の兄が誰だか知ってんの?何?貧乳の分際で断ろうとしてんの?」
そんなやり取りをしている時だった。
扉が開いたのは。
「失礼します。番号札144番の無常仮寝です。よろしくお願いします。」
入ってきたのはこの面接会場では珍しい、普通の私服を着た青年だった。
隣の
「チッ…それではどうぞお座りください。」
「はい。あ、これが履歴書です。」
そう言うと、彼は履歴書を私に渡してくれた。
内容を確認していく。
名前は無常仮寝。公立高校の1年生と書いてある。
特技や資格の欄には何も書かれていなかった。
(この子は一体、なんの特技を持っているのだろうか?)
今まではある程度服装や雰囲気で大体の特技は
そんな事を考えていると、態度は悪いながらも先に
「それでは動機を教えてください。」
「お金が欲しいからです。」
即答だった。
ここまで清々しい
(私も、こんな事言える人ならなぁ…)
個人的には若々しくて好ましく思う答えだが、これは面接だ。
横を向いてみると、想像通りに悪そうな顔をした
「ねぇ君、今何歳?見たところ未成年に見えるけどさ。」
「15歳です。」
「あーここさぁ、一応アルバイトとかって無理なんだよね?わかってる?」
「はい、わかってます。」
おや?結構まともな事言ってるのでは?と考えたが、次の一言で全てが消し去った。
「わかってるんだとしたら、その頭空っぽすぎるよね?もしかしてあれかな?お母さんの教育がしっかりと出来ていないのかな?」
「…は?」
隣の屑を見ながら声を出してしまった。
聞き間違えかと思ったが、どうやら私の耳は正常に機能しているようだ。
何も握っていない右手の掌に爪が食い込んでいく。
(コイツ、子どもになんてことを…!)
傷ついているであろう少年の方へと顔を向けるが、彼は全く顔の表情を変えていなかった。
そう、一切。まるで友達との日常会話での冗談の言い合いのような。
(とんでもなく、メンタルが強い…?いや、言動が失礼すぎて微動だにしないだけ?)
殴る事が出来ない拳を握りながら、面接は自分を置いて続いていく。
「残念ですが、喋った記憶すら無いのに教育と言われても…それに、しっかりとした頭はありますよ。若いもんでね。」
その返答に沈黙が続く。
(結構重い理由ですね…)
まさか、面接でこんな返答がされるとは夢にも思っていなかった。
だが、この空気のおかげでしっかりとした面接が出来るかも知れない。
(流石の屑も真面目に受け答え…)
と考えながら隣を見ると、そこにいたのは滅茶苦茶不満そうな顔をしている屑だった。
(無理そうだな)
「おい時風。こいつの面接あとやれ。あ、言っとくけどお前絶対に採用しないからなぁ?そんな態度取る部下なんていらねぇわ。」
「え、あ、分かりました…」
最悪な形でバトンが渡ってきたが、もうこの際面接をさっさと終わらせる方向で行こう。これ以上被害を減らすために。
―――――――――――――
もう何回コイツを頭の中でフルボッコにしたのかわからない。
隣の女の人は兎も角、このカスの下で自分が働いていける未来が
多分採用されても3日ぐらいでコイツの家を爆発させる自信がある。
というか、採用されないみたいだけどな。
上体を動かして座っている位置を整える。
あくびを噛み殺しながら話す内容の算段を考えていく。
「質問があるんですが、いいでしょうか?」
「え、ええ。いいですよ。」
「この組織の長官は誰ですか?」
この組織はネットで調べても誰が代表的な存在なのか全くわからなかった。
恐らく、世間にはその実態や活動内容は公開しないだろう。
せめて、その代表や内情を少しでもいいから知っておきたい。
「えっと、その…「俺が長官だ。」」
「…」
…コイツか…
どうやら、世間で言われている通りに税金の無駄になりそうだな。
(あーあ、やめたやめた。いつも通り暴れるだけ暴れるか。)
肩の荷が空気のように軽くなる。
コイツが税金泥棒をするんだったら、俺がそれを利用してやろう。
ちょうど、隣にいる女は使えそうだしな。
「では、貴方は何が出来るのかを教えてください。」
「はい、私は…」
質問をされた無常は答えている途中で席を立ち、スタスタと男の面接官の前まで歩いていく。
時風と男はなんだという顔をしながら無常の事を見ていると、無常は口を開いた。
「異能を取り扱う事が出来ます。」
2人とも何を言っているんだと、言わんばかりの顔をしているが、無常はそのまま続けていく。
面接官の男の前に右手を向けて、声をかけた。
「『お前はこの後、この長官の職を辞職して隣の女に役職を譲れ。そして、この面接に関する記憶は忘れろ。』」
目がとろんとした男はゆっくりと席を立ち、出口にむかって歩いて行った。
そして、この状況で一番理解が出来ない人間は黙っていなかった。
「は?え?どういう事?え?」
状況を全く把握出来ない時風は混乱してはいるが、そんな頭の中でも論理的な部分は動いていた。
(異能を扱う…イギリスの“PRO”の中でもそういう人がいたという“噂”はある。まさか、実在した?だとすればこれは洗脳とかそういったものの類。これが私に対して向けられる可能性は…ある。だが、恐らくしない…と思う。)
彼女の持つ才知における一番抜け出た部分は冷静で論理的な思考だ。
その冷ややかな思考が彼女を落ち着かせていく。
(もし長期間における洗脳が可能なら、そもそもあの男を長官の役職に就かせたまま洗脳してこの組織に介入するはず。しかし、それをしないという事はこの子は長期間に渡ってあの男を洗脳出来ない、もしくは他の理由で出来ない。)
そんな事を考えていると、無常の目線は何時の間にか時風に向いていた。
(ッ!)
内心ドキリとするが、とりあえず話をしなければ。
「えーと、そのどういう事でしょうか?」
「…貴女はどう思いましたか?」
無常の目線はまさしく、彼女を見定めているような目だった。
だが、そんな目線に負けじと時風は目を合わせながら答えていく。
「…貴方が先ほど言った通りに“異能”が扱えるのであれば、さっきのは所謂“洗脳”や“暗示”の類でしょう。」
「なる「ですが、先ほどの“異能”を誇張表現で言ったのであれば、手品や催眠術の分野における“常識を超えた特技”なのでしょう。あ、すみません。被せてしまいましたね。」」
被せてしまった事に少しの申し訳なさと「あれ?洗脳されないよね?ね?」とした感情がほんの少しだけあった。
そんな返答を受け取った無常はというと、
(…この人が自分の上司になるのだったら頑張れるな。まぁ、多分成長してくれるだろうし。)
先ほどまで、この人をどうやって脅してこの組織に入るかと考えていたがそんな考えはもうなかった。
まぁ、あの男の事は退職させて正解だったが。
「わかった。お名前は?」
そんな高評価を受けている事を知らない時風はとりあえず話の流れに沿う事にした。
そもそもこの女、たとえ冷静で論理的な思考が出来たとしても他者に強く出れない性質なのだ。
「時風凛々です。時間の時に、季節風の風、そして凛々しいの凛々です。」
「改めて自己紹介を。無常仮寝です。『平家物語』に書かれている諸行無常の無常に、仮名遣いの仮。そして、寝業師の寝です。これからよろしくお願いします、
「え?ああ、そういえば先ほどアイツに何か言ってましたけど…え、マジ?」
「マジ。」
流石に、人に流されやすい彼女でも反論を始めた。
「え、で、でも私まだ20代ですよ!?長官なんて無理です無理です。」
「でも、君がやらないんだったらアイツが長官になるんだぜ?」
そう言われ、時風はこの部屋にはもういないデブの事を思い出す。
(…いや、違うじゃん!別にアイツじゃなくてもいいじゃん!)
「いやいや、そもそも私以外にも適任がいるでしょ!」
「んーまぁ探せばいるんだろうね。けどさ、アイツと同じ感じの奴がもう来ないとはわからないよね?」
「そ、それは…」
そう。そもそもこの組織が作られた本当の理由は官僚や公務員の天下り先として適任だからだ。
何をしているのかよくわからないからこそ、ある程度お金なんかも中抜き出来る。
そんな所にさっきの男と同じ感じの奴が来ないとは言いずらい。
「…それにさ、こんな機会もうないんじゃない?だってほら、国の新機関の長官になれるのって、これから先働いていても滅多にないでしょ。」
「…まぁ、はい。確かにそうですね。」
それはそうだ。こんな機会、もう二度とないような事なんだろう。
だが、まだ働き始めて1年も経っていないのだ。経験不足も良いところである。
そんな揺れている時風を無常はさらに説得する。
「自分の職場で働く人を一から自分で決めれるのって、とてもいいんじゃない?」
「…わかりました。受けます。受けますよ!ですから、サポートよろしくお願いしますね?無常君?勝手に辞めたりとかしないでくださいね?」
時風は折れた。
前の職場の人間関係がフラッシュバックしたのだ。
そんな事もあってか時風が無常に向ける目は少し怖いものだった。
「…ま、適度に
握手をして、早速これからの事をお互いに話しあっていく。
そんな会話をしながら、時風は頭の中で故郷の母に向けてのメッセージを考えていた。
(母さん、御年23歳である凛々、どうやら一組織のトップになるらしいです。)