月姫転生 【完結】   作:HAJI

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第三十八話 「直死」

 

――――完璧だった。

 

 

その過程も、在り方も結果も。十七の転生の果てに辿り着いた永遠。今も自らの内に渦巻く力は永遠に相応しい。未だにあの堕姫は存在しているがもはや死に体。力の残滓に過ぎない。故に問題はこの右手を切り裂いていったあの人間。

 

死など存在し得ないこの体を傷つけるなどあり得ない。まさか固有結界すら殺すことができるなどとは予想していなかった。確かに混沌の言う通りだろう。あれは、私達にとっては天敵となりうる存在。逆を言えばあれさえいなくなれば、自分を傷つけられる者はもうどこにも存在しない。

 

 

「――――四つの福音を以て汝を聖別する。嘆かわしきかな、この地に神のおらぬ土地は無し」

 

 

詠唱と共に極大の魔術を行使する。天の崩雷。自ら持ち得る数秘紋の究極系。情け容赦なく、一切の慢心なく全てを無に帰す。魂さえも残さない神罰。

 

 

――――ここに、永遠は成った。そう確信した瞬間、総身が総毛立った。

 

 

「――――――何だ、それは」

 

 

蛇はただ眼を奪われるしかない。そこには一人の人間がいた。両手を失い、みっともなくその場に佇んでいる男。もはや生きているのかも分からない程の満身創痍。にもかかわらずそこにいる。そう、それがおかしい。間違いなく、天の崩雷が直撃したはずにも関わらず、生きている。形を保っている。

 

まるで初めからなかったように、自らの魔術が消されてしまった。いや、殺されてしまっていた。

 

 

「馬鹿な……貴様、どうやって……」

 

 

分からない。わからない。ワカラない、ワカラナイ、ワカラナイ――――!!

 

確かに一度魔術を殺す光景を目にした。だがあれはナイフを使ったからこそできたこと。今はあれにはナイフどころか、両腕が無い有様。微動だにしていない。なのに、どうやって私の魔術を殺したのか―――

 

蛇だけではない。味方であるはずのシエルさえも理解できない光景に言葉を失っている。そして、アルクェイド・ブリュンスタッドだけが、理解していた。その時が、ようやく訪れたのだと。

 

ゆっくりと、遠野志貴が顔を上げる。何気ない動作。なのに、その場の全てを今、彼が支配している。ただその二つの瞳がゆっくりと開かれる。血の涙を流している、今にも壊れてしまそうな双眼。ただ違うのは、

 

 

その瞳が蒼ではなく、宝石へと至っていたということ。

 

 

「――――――――あ」

 

 

ロアの表情が凍りつく。身体が震える。背筋が凍る。人間の頃ですら感じたことのない、絶対的な恐怖。ロアは知っていた。魔眼。あり得ない超常を可能とする奇跡。宝石の魔眼は石化の魔眼などを含む、人の身を超えた域の神秘。だがそれだけでは恐れることはない。今の自分は永遠を手に入れた。宝石の魔眼であったとしても恐れることはない。だが蛇は確かに見た。

 

 

宝石の輝きが、虹へと変じようとしている光景を。

 

 

「――――――あ、ああ」

 

 

一歩、後ずさっていた。もはや、自分が定まらない。知っている。自分は知っている。誰よりも知っている。あの色を。あの眼を。かつて自分が夢見た永遠。その先にある、月の王のみに許されるはずの禁忌。もはや神の域に届く、究極の一。何故そんな物があんな人間に。よりによってこの瞬間に。あと僅か、何故あと数秒それが遅れなかったのか。まるでこの時を、待っていたかのようにその眼が発現するのか――――!?

 

 

「あああああああああああああああああァァァァァ――――――!!!」

 

 

咆哮と共に、永遠は己が力を解放する。認めるわけにいかない。己が宿願のために。己が正しかったのだと証明するために。

 

 

永遠の揺らぎを前にしながらも遠野志貴は変わらない。ただ、自らの足で立つ。大地を踏みしめる。もう時間は残されていない。でも恐れはなかった。全てが、理解できた。自分が何のために生まれて、何のためにここまでやってきたのか。その先に、何を願ったのか。

 

 

一度、大きく息を吐く。最後の呼吸。血潮の流れを感じる。生きている、ということ。今なら分かる。ただ生きているだけで―――――

 

 

誰かがそう言った。そうだ、命には価値がある。どんなものにだって意味はある。でも、永遠なんていらない。命は、一度きりだからこそ価値がある。今なら分かる。

 

 

抑止力。ガイアとアラヤ。根源の渦。霊長の存続。意識されないはずの守護者。魂の知性。形を得てしまった自分。偶然と必然。余分と無駄。永遠。転生。

 

 

その全てに意味があった。そう、全ては今この瞬間のために―――――

 

 

だが、一人では届かない。一人でできることなんて、たかが知れている。俺はお前とは違う。絶対の意志なんて持ってなんかいない。ああ、確かにお前の言う通りだ吸血鬼。人の意志は何よりも強い。だが

 

 

「―――――シエル、アルクェイド。力を貸してくれ」

 

 

お前は一人分。こっちは四人分。なら、負ける道理はない―――――!!

 

 

 

 

「――――――」

 

 

瞬間、彼女たちの瞳に火が灯る。失いかけていた、何かが騒ぎだす。

 

知らず手は握りこぶしになっている。体は震えている。恐怖ではない、歓喜にも似た衝動。遠野志貴の魔眼の変化。それが何かを感じ取っての物ではない。

 

『シエル』『アルクェイド』

 

彼が自分達を呼び捨てにしてくれた。ただそれだけ。それだけのことが、狂おしい程に嬉しい。彼が呼び捨てにするのは琥珀だけだった。それはすなわち、彼が今、本当の意味で自分達を認めてくれていることに他ならない。なら、今それに応えずして、いつ応えるのか――――!!

 

 

 

それは純粋な逃亡だった。もはや吸血鬼としての誇りなど無い。ただあの眼に見られる前にこの場を脱する。それしか今、永遠にはなかった。それは正しい。今遠野志貴が見せようとしているのは最後の輝き。恐らくは数分も持たない蝋燭の灯。永遠の選択は正しかっただろう。

 

 

「――――――セブン!!」

 

 

この場に、自らの抜け殻であるはずの、一人の生きた女性がいなければ。

 

 

シエルはただ己が魔力によって粉々になったはずの第七聖典を操り、結界を造り上げる。概念武装を以って造り上げる最初で最後の包囲網。加えて自らにとっての最後の切り札である、魔術回路の暴走。魔術師はエンジンである。ただ一つの奇跡を為すための機械。その出力はロアに劣る。だがオーバーフローを覚悟した上でなら、魔術師は簡単に限界を超えられる。自滅、という結果を受け入れたうえでなら、限りなく魔法に近い奇跡すら起こせる。不死であってもそれは彼女にとっては禁忌。行えば、身体ではなく心が壊れてしまいかねない。だが、今の彼女に恐れはない。自分は一人ではない。自分が繋げば、後は彼に託せる。そう、あの約束を果たす時は今なのだから――――

 

 

「ぐ……!! 邪魔を……ならば――――!!」

 

 

自らの退路が絶たれたことによって、永遠はその矛先を遠野志貴へと向ける。まだだ。まだ終わっていない。逃げれないならば、あれが発動する前にあの死に損ないを葬ればいい。ただの一撃。掠りさえすれば、終わる。自らの渾身の一撃を、雷へと転じながら放つ。その刹那

 

 

「―――――星の息吹よ」

 

 

右手を天にかざした白い吸血姫によって雷撃は防がれる。そこだけが切り取られた絵本のように、遠野志貴と彼女の周りには雷撃は届かない。もう力の大半を奪われているはずにもかかわらず、アルクェイド・ブリュンスタッドの守りをこの一瞬、永遠は突破することができない。

 

 

「何故だ……」

 

 

永遠は理解できない。何故こんなことになっているのか。何故。

 

 

「何故だ……何故だ何故だ何故だナゼダ―――――!? 何故君がそこにいる!? 何故そんな人間を守る!? 何故、何故何故何故――――――!!!」

 

 

――――――何故そこにいるのが私ではないのか。

 

 

ようやく辿り着く。永遠は、永遠でなくなる。自らが本当は何を欲していたのか。だが、それはあまりにも遅すぎた。

 

 

その眼が開かれる。その色は虹。かつて月の王にしか許されなかったとされる神域の奇跡。

 

 

『直死の魔眼』

 

 

モノの死を視る異能。根源へと繋がることで内包している死を理解する超能力。だが、それは紛い物に過ぎない。この魔眼には、原典となるものが存在する。

 

それに至るために、遠野志貴は螺旋を繰り返した。数えきれないほどの死を経験し、理解し、嫌悪し、乗り越えたからこそその眼に届く。『 』に繋がっている、彼だからこそ可能な一度きりの最期の幻想。

 

死を視るのではなく、死を与える。そこに例外はない。死の概念を持たないアリストテレスですらその眼には抗えない。

 

その瞳に映したものを、例外なく殺す魔眼。

 

 

かつてバロールと呼ばれる魔神のみに許された禁忌。

 

 

その瞳が永遠を捉える。もはや逃げ場はない。永遠は蛇へと堕ち、最期を迎える。それがロアの終着点。何がいけなかったのか。どこで間違えてしまったのか。自分は、何を望んでいたのか。

 

十七度繰り返してきた感覚がロアを染め上げて行く。その刹那、遠野志貴は告げる。

 

 

 

 

「―――――永遠なんて、ない。お前は、最初から―――――間違えてたんだ」

 

 

 

永遠なんてない。そんな当たり前の事実。永遠にも似た螺旋を繰り返して来た、遠野志貴だからこそ、それが理解できる。だから、もう繰り返されることのない、一度きりの死を。

 

 

誰よりも死を理解している男からの最期の言葉によって、ミハイル・ロア・バルダムヨォンはようやく思い出す。忘れることのない、原初の光景。そこにいた、白い吸血姫。生涯でただ一度きりの感情。愛情という名の憎しみ。

 

 

―――――そうだ。私はただ、君が欲しかった。

 

 

自らの望みを胸に、アカシャの蛇は最後の脱皮を終える。もう、戻ってくることはない。それが少女に恋をした、一人の男の結末だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――長い夢を見ているようだ。身体の感覚が無い。役目を終えたからなのか。今は酷く落ち着いている。僅かに映る右目の視界が、消え去っていく。

 

死の点も、線も見えない。完全な無。覚えている。何度繰り返したか分からない、死の感覚。どこからが自分で、どこからが世界なのかわからない無の世界。

 

そうだ。これでいい。自分はこれで役目を果たした。ならもう、いいだろう。少し休めばきっと、いつものように眼が覚めるはず。

 

 

ああ―――――でも、何かを忘れているような気がする。あれは、何だったか。

 

 

微かに残る体の熱が、呼び覚ます。その名前を。もう自分の名前も思い出せないのに、彼女の名前だけは覚えてる。だから、言わないと。それがきっと、俺の―――――

 

 

 

『―――――――――■■■■■、琥珀』

 

 

 

声にもならない言葉を残しながら、『遠野志貴』は静かに、自分が帰る場所へと還って行った――――――

 

 

 

 

 

 

 

 




作者です。第三十八話まで投稿させていただきました。早足になりましたが一気に続けた方が良いだろうという判断です。次回が最終話、エンディングとなります。最後の主人公が発した言葉によってノーマルとトゥルー、二つの分岐に別れます。どんな言葉だったかを予想していただけると嬉しいです。その結果次第でエンディングを決定したいと思っています。投稿は来週の土日になるかと思いますが、お付き合いくださると嬉しいです。では。

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