嫌だ!俺は百合の間になんて挟まりたくない!   作:いろはす/1roh4su

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第1話:スカビオサ

ゆうくん! はーやーくー!」

 

「たづさちゃあん! まってよぉ!!」

 

 ここは、私が昔住んでいた家の近所の公園だろうか。

 幼い私が先を行き、それを追いかけるのは亜麻色の髪の幼い男の子。

 

「──あいたっ!」

 

 後ろにいる男の子に気を取られて、ろくに前も見ずに走っていたのが悪かった。

 石にでも躓いたのか、幼い私が突然転んだのだ。

 残念ながら──と言うのは実に業腹だが、この頃の私にはまだ「リジェネレーター」が無い。

 当然擦りむいた膝は赤くなり、まだ痛みに慣れていない私は途端に目に涙を浮かべる。

 あわや大声を上げて泣き出すかと思ったその時、へたり込む幼い私に男の子が手を差し伸べた。

 

「たづさちゃん、だいじょーぶ?」

 

「……うん」

 

 そう言って取った手は小さくて、暖かくて……とても安心する。

 そうだ。あの子は普段こそ気弱で泣き虫だったが、私が助けを求めているときにはいつも助けてくれた。

 優しく手を差し伸べて私を明るいところへと連れて行ってくれるそんな子だった。

 

 あの子の名前は──

 

 

 

 何だっただろう。

 

 

 

***

{第1話}

 

スカビオサ

SCABIOSA

 

 

I have lost all ──×──[私は全てを失った]

***

 

 

 

 目が覚めたら知らない場所にいた。

 辺り一面に広がる緑と土色、四方八方を木々に囲まれた薄暗い森の中。

 創作物としてはごくありふれた導入だが、まさか自分が同じ状況に放り込まれるとは夢にも思っていなかった。

 

「……で、ここは一体何処なんだ?」

 

 そんな言葉はたちまち虚空に消える。周囲に俺以外誰もいないのだから当然である。

 果たしてこんなところに電波が通っているのか定かではないが、生憎とサバイバルの知識は持ち合わせていない。頼れるのは文明の利器、スマートフォンだけである。

 電波は通っていなくともコンパスアプリくらいは使えるだろう。俺はスマホを取り出そうと服のポケットをまさぐり、指先に触れた物を引っ張り出した。

 

「ん? 何だこれ」

 

 しかしポケットに入っていたのはスマホではなかった。

 掌に収まるくらいの黒い箱のようなモノだ。表面にはいくつか穴が開いており、中に硬質のカードが何枚か入っているのが確認できる。

 

「つーか、そもそも何だこの服。こんな服着た覚えないんだけど」

 

 俺が最後にどんな服を着ていたのかはっきりと思い出すことはできないが、流石にこんなそこかしこに穴の開いた草臥れたスウェットではなかったはずだ。

 こんな格好で森に入るなんて自殺行為もいいところである。

 

「ここが何処なのかはわからないしスマホもない。あるのはぼろっちい服と謎のカードケースだけ。……ひょっとしてこれって絶体絶命ってヤツなのでは?」

 

 しかし、そう思った所で「はいそうですか」と諦められるはずもなく。

 この場所に留まっていても何も始まらないと俺は仕方なく歩き出すことにした。

 そうしてしばらく進んだところで、俺の足は止まった。景色が変わったのだ。

 左右を崖に挟まれた──というよりは、人が通れるように丘を削ったかのような狭い道。俺はこの景色を知識として知っていた。

 

「これって……どう見ても『切通し』だよな……」

 

 切通しとは、山や丘を切り開いて通した道路のことである。日本では神奈川県にある『鎌倉七口』が有名だろう。

 

「ってことはここは鎌倉なのか……?」

 

 そう思って改めて見れば、昔地理の教科書で見た鎌倉の切通しの景色もこんな感じだった気がする。

 つまりここは鎌倉なのだろう。別にこれ以外の根拠とかは全くないが、()()()に考えればここは鎌倉だ。うん、きっとそうに違いない。

 

「と、いうことはだ。この道に沿って歩けば街につくってことだな」

 

 多分、きっと、おそらく、メイビー。そうでないと困るので是非ともそうであってほしい。

 道があるということは引き返して来れるはずだし、一旦進んでから考えよう。

 

こんな状況(遭難中)でもなければ、ただの穏やかな昼下がりのハイキングなんだけど」

 

 普段、こんな風に自然の中で活動することなんて滅多にない。

 肌を撫でる心地よい風と、鼻腔をくすぐる木や土の香りが入り混じった森特有の匂い。

 忙しない小鳥のさえずりも視界一面に生い茂る緑も、どこか安らぎを覚えるほど美しい。

 

 そんな事を考えながら周囲の景色を堪能していると、ふと背後に何かの気配を感じた。

 背筋に冷や汗が伝い、思わず立ち止まる。

 熊か猪か、はたまた蛇か。人間であれば何ら問題はないのだが、そうであれば無言で背後に立ち続ける意味などない。残念ながらその可能性は低いだろう。

 

「スーッ……ハァーッ……」

 

 深呼吸のおかげか少し落ち着いた。

 大丈夫だ。熊なら目を離さずにゆっくり後退ればいい。猪なら確か太ももを守れば良いと聞いた覚えがある。蛇は知らないが、まあ冷静に対応すれば何も問題ないハズだ。

 そう自分に言い聞かせながら、俺は勢いよく後ろを振り返った。

 

 そこにいたのは熊でも猪でも──ましてや蛇でもなかった。

 身の丈程の球体からいくつものトゲが生えた、謎の物体だ。

 

「えっ……と、これは──」

 

 そう呟いたその時。

 眼前の球体から突如にして三枚の刃のような脚が生え、球体の上下を分割するようにぱっくりと()()を開いた。

 

「■■■■■──ッ!!」

 

 形容しがたい耳障りな雄叫びをあげた()()は、刃を振り回して俺に襲い掛かってきた──!

 

「うおおおおおおおおッ!? 何だこいつううう──ッ!!?」

 

 それまで考えていた熊や猪への対策をすべて忘れ、一目散に背中を見せて逃走を開始した俺を誰が責められるだろうか。

 だってもはや「冷静に対応」どころの騒ぎではないではないか。野生動物かと思いきや異形の怪物が現れるだなんて誰にも予想できるはずがない。

 

「■■■■■■ッ!!」

 

「ヒィッ!?」

 

 全速力で逃げる俺の真横に、怪物から生えていた刃が突き刺さる。

 ギョッとして背後を見やれば、刃と本体が何本もの触手で繋がっている様子が視界に飛び込んできた。

 さらにはシュルシュルと触手が縮み、刃が元の位置へ収まっていくではないか。まさかの伸縮自在である。一体どうやって逃げれば良いのだろう。

 

「もうちょっと手心とかあってもいいんじゃないかなァ──ッ!?」

 

 そんな悲鳴もまた、たちまち周囲に溶けて消えるのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 必死に走り続けること体感二時間くらい。(実際にはおよそ数分程度である。)

 何とか木の陰に身を隠すことに成功した俺だったが、今も怪物はあたりをうろついている。

 

 ひとまず、状況を整理しよう。

 とはいっても目が覚めたら何故か(推定)鎌倉にいたというだけなのだが、それでもあの怪物の存在によって新しい可能性が浮上した。

 俺の知り得る限り、日本──というか世界の何処にもあれほど巨大で無機物のような生き物は存在しない。

 そこから導き出される可能性、それは夢、あるいは異世界転移だ。

 前者に関しては逃げる途中で何度か体に刃が掠った際、普通に痛みを感じたことからまず無いだろう。夢の中で痛みは感じないし、感じたとしてもその時点で目を覚ますはずだ。

 つまりこの状況はまず間違いなく後者──異世界転移であると考えざるを得ないのである。

 

(ちくしょう……異世界転移だってなら、チート能力の一つや二つ寄越しやがれってんだ……! 異世界には夢も魔法もないってんですかーッ!?)

 

 怪物に気取られぬよう俺は()()()()()()。我ながら無駄に器用である。

 自分の置かれた状況に頭を抱えて音を立てずにさめざめと涙を流していると、ふと服のポケットに入っていたカードケースのことを思い出した。

 

(そういやこのカードケース、どっかで見たような気が……)

 

 再びポケットから引っ張り出したそれをしげしげと眺める。

 先程見た時と何ら変わらない、硬質のカードが数枚入ったカードケースだ。

 音を立てないように気を付けながらケースを開き、中のカードを一枚取り出した──まさにその時だった。

 

「──っ!? 何だ、今の……?」

 

 取り出したカードを見た瞬間、謎の映像(ビジョン)が脳裏を過った。

 このカードを持った一人の青年が緑色の仮面の戦士となって怪人と戦う、そんな映像だ。

 そして俺はその戦士を間違いなく知っている。否、知っていたハズだった。

 思い出せないのだ。思い出そうとした途端に思考にモヤが掛かったように何もわからなくなる。

 しかし思い出せずともわかることはある。あの映像の通りにすれば俺はあの怪物に対抗し得る力を手に入れることができるということだ。

 先程、俺が驚きのあまりに漏らした声で既に怪物には気取られてしまっている。もとより他に選択肢はない。俺はここで覚悟を決めるしかないのだ。

 

「……やってやろうじゃねーか。こんなところで死んでたまるかってんだ──ッ!」

 

 その叫びに呼応するかのように、俺の腰に()()()が現れた。

 やたらとバックル部の大きいそのベルトは、先の映像で見た戦士が身に着けていたそれと同じもの。

 俺はベルトを締めると、ゆっくりと立ち上がった。

 その途端、怪物の目(に相当する器官なのかは定かではない)がこちらを向き、俺の姿を捉えた。

 

「確か、この後は──」

 

 映像で見たあの青年の動きを思い返しながら、俺はバックル上部のレバーをスライドさせた。

 するとベルトから電車のミュージックホーンを思わせる笛の音色が鳴り始める。俺は手に持ったカードを顔の横で構え──

 

 

「──変身ッ!」

 

 

 そう叫ぶと同時に、カードをバックルへと叩き込んだ。

 

 

『ALTAIR FORM』

 

 

 電子音と共にバックル中央部のディスクが回転し、緑色のAの文字が現れる。

 それに気を取られる間もなく、一瞬にして俺の体が緑の装甲に覆われる。

 途端に体中に溢れる全能感。それに突き動かされるように俺は右腕を天高く突き上げた。

 

 ──閃光、そして轟音。

 放出されたエネルギーが雷となって目の前の木へと落ちたのだ。

 落雷の衝撃に耐えかね、真っ二つに裂けた木が鈍い音を立てて崩れ落ちる。

 その瞬間、それまで警戒するようにこちらを眺めつつも沈黙を保っていた怪物がやにわに動き出した。

 

 

「■■■■■──ッッ!!!」

 

 

 相も変わらず耳障りな咆哮だ。しかしもう過度に恐れる必要はない。

 俺にはチート……かどうかはまだわからないが、戦う力があるのだから。

 

「やいバケモノ、()()()()()()()()ぞ」

 

 言い放つのは映像で見た緑の戦士が戦う前に言っていた決め台詞。

 

 

 

 

「──今の俺は負ける気がしねえッ!」

 

 

 ……何となくだが、何かを間違えたような気がする。

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