戦場は混沌としていた。
叫び声、鋼がぶつかる音、血の匂い——すべてが混じり合い、地獄のような光景が広がっている。
ハロルドは剣を振るいながら、敵兵を斬り伏せていった。
疲労が蓄積し始めているが、止まるわけにはいかない。
「ハロルド、右だ!」
ロバートの声に反応し、即座に身を翻す。
敵兵の槍が喉元を狙って突き出されるが、ギリギリで回避。
カウンターで剣を突き立て、敵兵の腹を貫いた。
「ぐ……ッ!」
敵兵が血泡を吹きながら倒れる。
ハロルドは剣を引き抜き、次の敵へと視線を向けた。
(……まだ終わらない)
周囲を見渡すと、戦場の端にリナとオーウェンの姿が見えた。
リナは敵兵を見据え、短剣を構えていた。
「——ッ!」
一瞬で懐に入り込み、喉を切り裂く。
血が噴き出し、敵兵は言葉にならない悲鳴を上げながら崩れ落ちた。
(……私は、戦える)
彼女の動きには、迷いがなかった。
戦場に適応するのが、驚くほど早い。
(あの頃を思い出す……)
スラムでの記憶が蘇る。
飢え、虐待、痛み——。
生きるために、彼女は殺しを教え込まれた。
「リナ……」
オーウェンが恐る恐る彼女を呼ぶ。
その顔には明らかな動揺があった。
「お前……本当に戦えるのか?」
「……戦うわ」
リナは静かに答える。
「生きるために、戦うの」
その声には、感情がほとんどなかった。
オーウェンは何かを言いかけたが、その時——
「——ッ!」
敵兵が剣を振りかぶり、リナに襲いかかった。
(避けられない——)
そう思った瞬間——
「リナ!」
ハロルドが割って入り、敵の攻撃を防いだ。
「無事か?」
「……ええ」
リナは冷静に答えるが、その目はどこか虚ろだった。
ハロルドは、その表情に違和感を覚えた。
(……リナ、お前……)
だが、今は戦場だ。
疑問を抱いている暇はない。
「お前たちも戦えるなら、ついてこい」
「……わかった」
リナは短剣を握り直した。
(私は……変わる)
スラムを焼かれ、居場所を失った。
怒り、憎しみ、絶望——それを力に変えて、生き抜く。
(貴族を……許さない)
復讐の炎が、静かに燃え上がる。
戦場は混沌の極みに達していた。
無数の剣がぶつかり合い、泥と血が混ざり合う。
ハロルドは息を切らしながらも、剣を振るい続けていた。
すでに何人の敵を斬ったのか、数える余裕すらない。
「くそっ……数が多い……!」
バジルス軍の兵士は止めどなく押し寄せ、ゲルマニア軍は少しずつ押され始めていた。
ハロルドの近くでは、ロバートが奮戦している。
「ハロルド! ここで押し切られたら終わりだ、踏ん張れ!」
「ああ……!」
剣を振り下ろし、敵兵の腕を切り落とす。
絶叫とともに敵が倒れるが、すぐに別の兵士が襲いかかってくる。
(やるしかない……!)
だが、その時——
「ハロルド!」
リナの声が響いた。
振り向くと、彼女は短剣を握りしめながら、敵兵と対峙していた。
(リナ……!)
敵兵がリナに向かって剣を振り下ろす——。
「ッ……!」
リナは寸前でかわし、敵の懐に飛び込んだ。
そして、一瞬の隙を突いて短剣を敵兵の喉に突き刺す。
「グ……ァ……!」
敵兵が血を吐き、崩れ落ちた。
それを見たオーウェンは息を呑んだ。
(……リナ、本当に戦えるんだな)
彼の目の前で、リナは容赦なく敵を仕留めていく。
(スラムで……どれだけのことを経験してきたんだ?)
オーウェンの脳裏に、スラムでのリナの姿がよぎる。
殴られ、蹴られ、空腹に耐え、それでも生き抜いてきた少女——。
その彼女が、今は血に塗れながら敵を屠っている。
「リナ……」
オーウェンは思わず彼女の名を呼ぶが、リナは振り向かなかった。
代わりに、冷たい声が返ってきた。
「……邪魔しないで」
オーウェンは息を呑む。
リナの目には、かつての光はなかった。
ただ、暗い炎が宿っているだけだった——。
その時、戦場の向こう側で異変が起こった。
「……あれは……?」
バジルス軍の中央部で、異様な殺気が放たれている。
「来たぞ……!」
ロバートが苦い表情を浮かべる。
そこにいたのは、一人の大柄な男だった。
全身を黒い鎧で覆い、巨大な戦斧を構えている。
「バジルス王国の”戦場の悪魔”……ヴォルフガングだ」
ゲルマニア軍の兵士たちの顔が、一斉に強張る。
ヴォルフガング——それは、英雄の名だった。
「……くそ、最悪のタイミングで来やがった」
ロバートが低く呟く。
「英雄か……」
ハロルドは剣を握りしめる。
自分たちとは、次元が違う存在——。
だが、戦わなければならない。
(生き残るために……!)
戦場は、さらなる混沌へと突き進んでいく——。