英雄の影に生きる一般兵ハロルド   作:パパリア田中

23 / 44
英雄と凡人

 

 戦場の空気が一変した。

 

 バジルス軍の中央から現れた一人の男。

 

 巨大な戦斧を肩に担ぎ、漆黒の鎧に包まれたその姿は、まるで死神そのものだった。

 

「……ヴォルフガング」

 

 ロバートが低く呟く。

 

 バジルス王国の英雄——戦場の悪魔と呼ばれる男。

 

 彼が現れただけで、ゲルマニア軍の兵士たちの士気が目に見えて下がっていく。

 

「やべぇ……あいつが来たら、もう終わりだ……!」

 

「英雄が……英雄が出てきた……!」

 

 前線の兵士たちが後退し始める。

 

「待て! 下がるな!」

 

 ロバートが怒鳴るが、兵士たちの足は止まらない。

 

 それも仕方がない。

 

 ヴォルフガングは、過去の戦で一騎当千の戦果を挙げた英雄なのだ。

 

 普通の兵士では、勝負にすらならない。

 

 それどころか、彼の前に立った者は、全員例外なく叩き潰されてきた。

 

「英雄……か」

 

 ハロルドは剣を強く握りしめる。

 

(……こっちは”凡人”だってのに、よりにもよってこんな相手が来るとはな)

 

 しかし、どんな相手でも戦うしかない。

 

(生き残るために……!)

 

 

 

 ヴォルフガングは、ゆっくりと戦場を歩いてくる。

 

「ゲルマニアの兵どもよ……」

 

 その声は、低く響き渡った。

 

「まとめて潰してやる」

 

 瞬間——

 

 ヴォルフガングが消えた。

 

「——ッ!?」

 

 次の瞬間、ゲルマニア軍の前衛が吹き飛ばされていた。

 

 まるで何かに轢かれたように、十人以上の兵士が血を噴き出しながら宙を舞う。

 

「な……何が……!?」

 

 ハロルドは目を見開いた。

 

(今の一撃……いや、一撃ですらない。移動と同時に、まとめて薙ぎ払ったのか!?)

 

 信じられない速度。

 

 信じられない威力。

 

 それが、英雄——ヴォルフガングだった。

 

「おいおい……マジかよ……」

 

 ロバートが苦々しく呟く。

 

 ヴォルフガングは、戦斧を肩に担いだまま、無造作に踏み出す。

 

「……つまらんな」

 

 呆れたように言い放ち、斧を振るう。

 

 その一撃で、さらに数人の兵士が吹き飛ばされた。

 

 叫ぶ間すらない。

 

 それほどの絶望的な差。

 

(……こんなの、勝てるわけがない)

 

 ハロルドの背筋に、冷たい汗が流れる。

 

(これが……英雄……!)

 

 

 

 一方、リナは静かにヴォルフガングを見つめていた。

 

 彼女の手には、血塗れの短剣。

 

(……貴族)

 

 ヴォルフガングは、バジルス王国の将軍。

 

 当然、貴族の出身だ。

 

 リナの中で、黒い感情がうごめく。

 

(こいつも……同じか)

 

 スラムを焼いた貴族たちと、同じ血筋の者。

 

 その血を流させることができたら——

 

 どれほど気持ちが晴れるのだろうか?

 

「リナ……お前、まさか……!」

 

 オーウェンが慌ててリナを止めようとするが、彼女は無視した。

 

 そして、一歩前に出る。

 

(私は……私の手で……)

 

 短剣を握りしめ、ヴォルフガングを見据える。

 

(貴族を……殺す!)

 

 その瞳に宿るのは、復讐の炎——。

 

 戦場の狂気は、さらに加速していく——。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。