戦場の空気が凍りつく。
ヴォルフガングの圧倒的な力に、ゲルマニア軍の士気は地に落ちていた。
ハロルドは剣を握りしめながら、状況を見極める。
(まともに戦えば、勝ち目はない……)
それは歴然としていた。
ヴォルフガングの一撃は、人間の技ではない。
並の兵士では、視認することすら困難な速度。
(だが……やるしかない)
撤退するにしても、彼を足止めしなければ逃げることもできない。
ハロルドが覚悟を決めた、その時——
リナが、ヴォルフガングへと向かって走り出した。
「リナ!? やめろ!」
オーウェンが叫ぶ。
だが、リナは止まらない。
その瞳には、純粋な憎悪の炎が宿っていた。
ヴォルフガングは、そんな彼女を一瞥する。
「……小娘が、一体何をするつもりだ?」
彼は、戦斧を振り上げることすらしなかった。
まるで、リナの存在など眼中にないかのように。
しかし——
リナは鋭い動きでヴォルフガングの懐に飛び込み、短剣を振るった。
その動きは、ただの少女のものではなかった。
(……殺しの動きだ)
ハロルドは、戦慄する。
リナの攻撃は、躊躇もためらいもなかった。
それは——訓練された暗殺者の動き。
彼女がスラムで生き抜くために、何をしてきたのか。
その一端を、ハロルドは垣間見た。
(リナ……お前……)
だが——
ヴォルフガングは動かなかった。
短剣が、彼の首元に迫る——
しかし、その刃は止まった。
リナの腕が、突如として止められたのだ。
「……ふむ」
ヴォルフガングが、リナの手首を軽く掴んでいた。
彼はわずかに眉をひそめる。
「……これは驚いた。殺しの技を持っているな」
リナの目が見開かれる。
「離せ……!」
必死に抵抗するが、ヴォルフガングの握力はまるで鉄のようだった。
彼はリナを持ち上げると、そのまま無造作に地面へと叩きつける。
「がっ……!」
リナの小さな身体が、戦場の地面に打ち付けられ、血を吐いた。
「リナ!!」
オーウェンが駆け寄ろうとするが——
ヴォルフガングの視線が向けられると、一瞬で足がすくむ。
(……ダメだ……動けない……!)
それほどまでに、彼の威圧感は凄まじかった。
ヴォルフガングは、倒れたリナを見下ろす。
「小娘が、戦場で遊ぶものではない」
そう言って、彼は戦斧を振り上げた。
次の瞬間、リナは殺される——。
「——やめろォォォ!!」
ハロルドが叫びながら、ヴォルフガングへと突撃する。
全力の踏み込み。
そして——
「はああああっ!!」
渾身の力を込めて、剣を振るった。
その一撃は——
ヴォルフガングの戦斧によって、たやすく弾き飛ばされた。
「ぐっ……!」
ハロルドの身体が吹き飛び、地面を転がる。
剣を握る手が、痺れていた。
(……こいつ……強すぎる……!)
ヴォルフガングは、ハロルドを見下ろし、ふっと笑う。
「悪くない動きだな、無能力の兵士よ」
ハロルドの名を知っている——?
驚くハロルドに、ヴォルフガングは戦斧を肩に担ぎながら言った。
「少し、楽しませてもらおう」
そして、ゆっくりと歩み寄ってくる。
圧倒的な死の気配をまといながら——。
戦場の緊張は、最高潮に達していた——。