ヴォルフガングが、静かに戦斧を構えた。
その動きには、迷いや躊躇が一切ない。
(……こいつは本物の化け物だ)
ハロルドは、全身の筋肉が震えるのを感じた。
これまで幾度となく戦場を経験し、死と隣り合わせの戦いを続けてきた。
だが——
目の前の男は、次元が違う。
(逃げられれば……いや、無理だ)
ヴォルフガングの足を止めなければ、リナもオーウェンも生き延びることはできない。
彼が本気で動けば、誰一人として戦場から生還することはできないのだ。
「……覚悟はできたか?」
ヴォルフガングが低く問いかける。
ハロルドは、唾を飲み込み、剣を構えた。
答えは決まっている。
「……ああ」
その瞬間——
ヴォルフガングの戦斧が、音もなく振り下ろされた。
「——ッ!!」
ハロルドは全身の力を振り絞り、横へ飛ぶ。
次の瞬間、衝撃が地を揺るがした。
ヴォルフガングの戦斧が、大地を割ったのだ。
その威力に、戦場の兵士たちは息を呑む。
「なっ……」
あの攻撃をまともに受けていたら、間違いなく即死だった。
(避けられた……!)
ハロルドは安堵する間もなく、ヴォルフガングが斧を振り抜く動きを見せる。
(やばい……次は——!)
直感が叫ぶ。
だが——間に合わない。
ヴォルフガングの斧が、ハロルドの横腹へと叩き込まれる——。
「ぐあっ……!!」
斧の衝撃で、ハロルドの身体が宙を舞う。
防具が砕け、肋骨に激痛が走る。
(……くそっ……!)
地面に叩きつけられ、視界が歪む。
呼吸が苦しい。
(立て……立たないと……!)
意識が遠のきそうになるのを、歯を食いしばって耐えた。
ヴォルフガングが、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「……貴様、よく耐えたな」
その言葉に、ハロルドは苦笑する。
(……こんなの、耐えたうちに入らねぇよ)
身体はズタボロだ。
剣を握る力も、限界に近い。
それでも——戦うしかない。
「……まだ、終わりじゃないぜ……」
ハロルドは、再び剣を握り直した。
ヴォルフガングが、それを見て目を細める。
「ほう……ならば——」
ヴォルフガングの戦斧が、次の一撃を放とうとする。
——その瞬間。
「……撃て!!」
轟音が響いた。
無数の矢が、ヴォルフガングを包囲するように降り注ぐ。
「なに……?」
ヴォルフガングが顔を上げた瞬間、さらに砲撃の音が鳴り響く。
「くっ……!」
ヴォルフガングは大斧で矢を弾きながら、素早く後方へ跳ぶ。
その間に、ハロルドはなんとか身体を起こした。
(……援軍か!?)
戦場の地平線の向こうから、ゲルマニア軍の増援部隊が現れる。
先陣を切っていたのは、ゲルマニア軍の中でも名の知れた指揮官だった。
「——退け、ヴォルフガング!!」
その叫びに、ヴォルフガングはわずかに目を細める。
「……ちっ」
彼は、ハロルドを一瞥し——
「……次こそは、貴様を殺す」
そう言い残し、静かに撤退していった。
それを見届けたハロルドは、力尽きるように膝をつく。
(……助かった……のか……?)
意識が遠のく中、リナとオーウェンの姿が目に映った。
リナの表情には、何の感情も浮かんでいなかった。
ただ——その瞳に宿る闇だけが、ひどく深くなっているように見えた。
ハロルドは、そこで完全に意識を失った。