戦場に、また朝が来る。
陽が昇ると同時に、前線の兵士たちは剣を研ぎ、鎧を整え、最後の食事を取る。
その中に、ハロルドの姿もあった。
「ハロルド、お前もだいぶ動けるようになったな」
ロバートが肩を叩きながら言う。
「まあな……まだ完璧じゃないが、戦える」
「それで十分だ」
ロバートは苦笑しながら、剣を腰に収める。
「さて……今日も地獄に飛び込むぞ」
「……ああ」
ハロルドは、剣の柄を握りしめながら前を見据えた。
そこには、殺し合いの場が待っている。
数時間後。
バジルス軍が動いた。
「敵軍、接近! 全軍、迎撃態勢を取れ!」
号令とともに、帝国軍の陣地が慌ただしくなる。
ハロルドたちの部隊も、持ち場へと急いだ。
「リナ、大丈夫か?」
ハロルドは、隣を走るリナに声をかける。
「ええ」
リナは、短剣を握りしめながら答えた。
オーウェンは王都に戻り、リナは一人でここに残ることを選んだ。
(あいつは正しい選択をした……リナは……本当に、これでよかったのか?)
ハロルドは、彼女の意思の強さを感じながらも、その胸中を測りかねていた。
「——来るぞ!」
バジルス軍の先鋒が、殺気を放ちながら突撃してきた。
金属がぶつかる音、血しぶき、悲鳴——戦場の狂気が幕を開けた。
リナは、目の前に現れた敵兵を見据えた。
(……殺さなきゃ、死ぬ)
冷たい思考が頭を支配する。
敵兵が剣を振り下ろす——だが、その前にリナの短剣が閃いた。
喉元を貫き、血が噴き出す。
「——ッ!」
敵兵は短い悲鳴を上げて崩れ落ちる。
その一部始終を、ハロルドは目撃していた。
(……リナ、お前……)
その動きは、決して素人のものではなかった。
無駄のない動作、的確な急所への一撃——
(まるで、慣れているかのような……)
ハロルドの胸に、得体の知れない不安が広がった。
(リナ、お前……何を抱えてるんだ?)
「はぁっ!」
ハロルドは剣を振るい、敵兵の動きを読みながら戦う。
(剣技Eの効果……まだ使える!)
動きを予測し、敵の隙を突く——
「ぐっ……!」
敵兵が斬り伏せられる。
しかし、次々と新たな敵が押し寄せてくる。
「くそっ、数が多すぎる!」
ハロルドは息を切らしながら、戦場を見渡す。
そして——リナの姿を捉えた。
「リナ——!?」
彼女の戦いぶりは、明らかに異常だった。
血に濡れた短剣を手に、次々と敵を仕留めていく。
その瞳には、何の感情もない。
(まるで……機械みたいだ)
リナの過去に、ハロルドは一歩近づいた。
戦場の混乱の中、リナは無表情のまま敵兵を屠っていた。
短剣を握る手は微動だにせず、次の敵の喉を正確に狙う。
「グッ……!」
短剣が肉を裂き、血が噴き出す。
倒れゆく敵の体から刃を引き抜くと、リナはすぐさま次の標的へと目を向けた。
(……まだ、足りない)
その瞳には、怒りも悲しみも映っていなかった。
(もっと……殺さなきゃ)
ハロルドは、そんなリナの姿を目の当たりにして、言いようのない不安を覚えていた。
(リナ、お前……)
彼女の戦い方は、あまりにも冷酷で、あまりにも慣れすぎていた。
「……リナ、下がれ!」
ハロルドが叫ぶと同時に、巨大な戦斧が彼女へと振り下ろされた。
しかし、リナは冷静だった。
(見える……)
彼女は体を半歩後ろに引き、刃の軌道を見極める。
斧の刃が地面を削るのを確認すると、即座に踏み込み、敵の膝を狙った。
短剣が深々と刺さる。
「ぐあっ!」
膝を砕かれた敵兵が、崩れ落ちる。
その隙を逃さず、リナは喉を裂いた。
血が噴き出す。
周囲の兵士たちが、それを見て息を呑んだ。
(あの動き……ただの娘じゃない)
帝国軍の兵士も、バジルス軍の兵士も、リナの戦い方に違和感を覚えた。
(まるで、殺しに慣れた暗殺者のようだ)
しかし、リナ自身は何の感慨も抱かない。
(私は、生きるために戦う)
それだけだった。
戦いが一段落した頃、ハロルドはリナの元へ駆け寄った。
「リナ、お前……どこでそんな戦い方を……?」
リナは答えなかった。
血に濡れた短剣を静かに拭い、ハロルドを見つめる。
「……知らないわ」
「嘘をつくな」
ハロルドはリナの目を見据える。
「お前は……普通の戦い方をしていない」
「…………」
「お前の戦い方は、まるで——」
「——どうでもいいでしょ」
リナはハロルドの言葉を遮った。
「私は、生きるために戦う。それだけ」
「リナ……」
彼女の目は冷たく、何も映していなかった。
だが、その奥には——深い闇が広がっていた。
(お前は……一体……)
ハロルドは、リナの過去に対する疑念を深めていく。
戦闘が終わり、帝国軍は陣地を再整備していた。
バジルス軍は一時撤退し、次の攻撃に備えている様子だった。
「今日は……ここまでか」
ロバートが剣を肩に乗せながら言った。
「ハロルド、お前もよく戦ったな」
「……ああ」
ハロルドは、リナの方をちらりと見た。
彼女は、まだ血の匂いが残る短剣をじっと見つめていた。
(リナ……お前、本当に……)
疑念は深まるばかりだった。