英雄の影に生きる一般兵ハロルド   作:パパリア田中

28 / 44
リナの過去

 

 

 戦場に沈黙が訪れていた。

 

 帝国軍は陣地を整え、負傷者の手当てや戦死者の確認に追われている。

 

 しかし、ハロルドの心は落ち着かなかった。

 

(リナ……)

 

 戦場での彼女の戦いぶりは、尋常ではなかった。

 

 普通の少女が、あれほど冷静に敵を殺せるものか。

 

(まるで……最初から戦う術を知っていたかのような動きだった)

 

 ハロルドはリナの隣に立ち、そっと問いかけた。

 

「リナ……お前、本当に戦うのは初めてなのか?」

 

 リナは少しの間、沈黙した。

 

 そして、ぼそりと呟く。

 

「……初めてじゃない」

 

 ハロルドの胸に、冷たい衝撃が走った。

 

「どういうことだ?」

 

 リナは短剣の刃をじっと見つめる。

 

「スラムで生きるために、何をしなきゃいけなかったか……あなたには分からないでしょ?」

 

 ハロルドは言葉を失った。

 

 リナの口調は淡々としていたが、その奥に滲む感情は重かった。

 

「私が何をしてきたか……話すつもりはない。でも、私は生きるために戦う。それだけよ」

 

「……リナ」

 

「……ハロルドは、私のことを気にしすぎ」

 

 リナは静かに笑った。しかし、その笑みはどこか寂しげだった。

 

 

 

 夜が訪れ、帝国軍の陣営には焚き火が点々と灯っていた。

 

 兵士たちはそれぞれ疲れた体を休め、明日の戦いに備えている。

 

 ハロルドも食料を口に運びながら、リナをちらりと見た。

 

 彼女は食事も取らず、短剣を研いでいる。

 

(……まるで、あれが唯一の拠り所みたいだな)

 

 その姿に、ハロルドは言い知れぬ不安を感じた。

 

「リナ、お前、少しは食え」

 

「……あとで」

 

 リナの返事は素っ気なかった。

 

 だが、その声はどこか揺らいでいた。

 

(お前は、本当は……)

 

 ハロルドは、リナの過去に何があったのかを知るべきなのか、迷っていた。

 

 だが、このままでは——。

 

 

 

 

 

 戦場の夜は静寂に包まれていた。

 

 しかし、その静けさの中で、ハロルドは眠れずにいた。

 

 リナの過去——彼女の冷たくも鋭い戦いぶりを目にした後、どうしても考えずにはいられなかった。

 

(あの動き……素人のそれじゃない。まるで、長年戦いに慣れた暗殺者のようだった)

 

 焚き火の向こうで、リナは短剣を研いでいた。

 

 無心に刃を擦るその仕草には、妙な落ち着きがあった。

 

 ハロルドはゆっくりと近づき、静かに声をかけた。

 

「……まだ起きてるのか」

 

 リナはちらりとこちらを見たが、特に驚く様子もない。

 

「……寝る気になれないだけ」

 

「食事もまともに取ってないだろう。疲れてるんじゃないのか?」

 

「……慣れてる」

 

 その言葉が、ハロルドの胸に引っかかった。

 

(やはり……)

 

「なあ、リナ」

 

「……なに?」

 

「お前、昔からああやって戦っていたのか?」

 

 リナの手が止まった。

 

 焚き火のはぜる音が、夜の静寂の中で響く。

 

 しばらく沈黙が続いた。

 

 やがて、リナはぼそりと呟く。

 

「……スラムで生きるってことは、そういうことよ」

 

「……」

 

「人を殺せなければ、自分が死ぬ。誰かに従わなければ、飢え死にする」

 

「……それは」

 

「私は……そうやって生きてきた。それだけ」

 

 リナの言葉には、感情がほとんどなかった。

 

 だが、その目の奥には深い闇があった。

 

「だから、戦場に来たことに迷いなんてない。私は、これしか知らないから」

 

 ハロルドは、拳を強く握りしめた。

 

 リナは、ただ普通に生きたかったはずだ。

 

 それなのに——彼女は生きるために、何かを捨ててきた。

 

(お前は……本当は、どうしたいんだ)

 

「……リナ」

 

「……なに?」

 

「お前が今、戦場で生きることを選んだのは……復讐のためか?」

 

 リナの瞳が、焚き火の炎を映して揺れる。

 

 だが、彼女は何も答えなかった。

 

 その沈黙が、ハロルドにはすべてを物語っているように思えた。

 

(貴族への復讐……それが、リナを突き動かしているのか)

 

 夜風が冷たく吹き抜ける。

 

 その風の中で、リナは静かに短剣を鞘に納めた。

 

「……もう寝るわ」

 

「……ああ」

 

 リナは背を向け、暗闇へと消えていく。

 

 ハロルドはその背中を見送りながら、強く心に誓った。

 

(俺は……お前を、見捨てない)

 

 戦場の夜が、静かに更けていった——。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。