夜の帳が静かに降りる。
薄暗い部屋の中で、リナはハロルドの腕に顔を埋めたまま、かすかに震えていた。
彼女の小さな手が、ハロルドの腕をぎゅっと握る。
まるで、もう二度と離れたくないと言わんばかりに。
(……リナ)
ハロルドは、そんな彼女の姿を見つめながら、静かに息を吐いた。
彼はリナを救いたかった。
だが、リナの『救い』は、すでに彼自身になってしまっている。
それが正しいことなのかどうか、彼には分からなかった。
「ハロルド……」
リナが小さく呟く。
その声は甘く、けれど不安定な熱を孕んでいた。
「私はね、ずっと怖かった」
彼女は顔を上げ、潤んだ瞳でハロルドを見つめる。
「出会う人、出会う人……みんな、私を利用するか、傷つけるか……」
静かに、言葉を紡ぐ。
「でも、ハロルドは違った」
リナの指が、ハロルドの頬をそっとなぞる。
その仕草は、まるで彼の存在を確かめるようだった。
「ハロルドは、ただ……私を助けてくれた」
彼女は微笑んだ。
だが、その笑みには微かな狂気が混じっていた。
「ねえ、ハロルド……。どうして?」
リナは、頬を寄せる。
「どうして、私なんかを助けたの?」
ハロルドは、彼女の問いにすぐには答えられなかった。
(……どうして、か)
彼がリナを助けたのは、ただ目の前で死にかけていたから。
その時は、それ以上の理由などなかったはずだ。
だが、今はどうだ?
リナは、彼の人生に深く入り込み、離れられない存在になっている。
(俺は……彼女に何を与えてしまったんだ?)
そんな思考を巡らせる間に——
リナの舌が、ハロルドの頬をゆっくりと這った。
「……!」
冷たい感触が、頬を濡らす。
「ふふ……」
リナは恍惚とした笑みを浮かべながら、ハロルドを見つめる。
「ねえ……私、こんなに誰かを好きになったの、初めて……」
彼女の指が、そっとハロルドの唇をなぞる。
「ハロルドは……私を愛してる?」
その問いには、純粋な期待と、狂気じみた執着が入り混じっていた。
(……リナ)
ハロルドは、彼女の気持ちが痛いほど伝わってきた。
だが、簡単に答えを出せるものではない。
リナの愛は、まるで刃のように鋭く、触れれば傷つくほどの激しさを持っていた。
彼女は『愛』に飢えている。
そして、それを彼にしか求めていない。
「……リナ」
ハロルドは、静かに彼女の肩を掴んだ。
「お前の気持ちは、分かった」
「……じゃあ……」
「だけど……俺は、今すぐに答えを出せない」
リナの表情が、一瞬凍りついた。
それから、ふっと微笑む。
「……そっか」
彼女は顔を伏せ、肩を震わせた。
やがて——
「でも、待つよ」
リナは、小さな声で言った。
「だって、ハロルドしかいないから」
彼女の声には、諦めにも似た決意が滲んでいた。
ハロルドは、その言葉に胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
(……俺は、どうすればいい?)
リナの強すぎる愛情を受け止めるべきなのか、それとも——
答えはまだ、見つからない。
ただ、彼女を突き放すことはできなかった。
闇の中、二人の間に静かな沈黙が流れた。
そして、夜は更けていく——。