──ゲヘナ学園、総領主。羽沼マコト。
権力欲の権化たる彼女は常に自身が頂点であることを求め、望み、動く。自らの欲望にどこまでも忠実な、模範的ゲヘナ生。
だが、要点のみを的確に押さえたその政治手腕は驚嘆に値する。その辣腕には「慈愛の君」さえ一目置き、自ら同盟を願い出るほどだ。無論、マコトはその申し出を承諾した。
同盟が正式に結ばれれば、マコトの名声は更に増すだろう。何もしていなくても上がり続ける権威、威風。それらは彼女自身の自尊心を大いに高めてくれるに違いない。
──そうして迎えた今日、羽沼マコトはゲヘナ総領主として比類なき権勢を誇っていた。
* * * * *
「ETOが出来れば楽しくなるな、キキキッ!」
「どちらかというと抑止力として望んだのですが……」
「真面目なことだ、キキキッ!」
マコトが差し出した手にナギサが手を伸ばす。トリニティとゲヘナ、両校の総領主が歴史上初めて、握手を交わす。焚かれたフラッシュが二人の顔を明るく照らす。まるで、両校の未来を暗示するかのように。
次の瞬間、僅かに大地が揺れる。それは徐々に、そして急激に大きくなっていく。
そして。
──大地が、裂けた。
調印式の会場、古聖堂そのものが、大地の底へと飲み込まれていく。
依然、揺れは続いている。救援も、退避も叶わない。全てが奈落に飲み込まれていく。
「ヒナッ! 私は平気だ、イブキを守れッ!」
マコトは自身の襟を掴み、瓦礫を踏み砕いて脱出しようとしているヒナに叫ぶ。マコトの目は捉えていた。曇天を裂き、こちらに向かって落ちてくる巡航ミサイルの姿を。
「緊急避難よ、苦情は受け付けないわ」
ヒナはイブキに向かってマコトをブン投げる。総領主であるマコトを守りつつ、イブキを助けられる妙手。だが、投げ終わりの体勢ではミサイルを迎撃できない。咄嗟に羽でガードするヒナだが、爆発の衝撃と光に叩かれ、瓦礫とともに地下深くへと叩き落とされてしまう。
「直撃したか。まあ、奴なら問題ないだろう」
マコトは落下していくヒナを尻目にイブキをキャッチする。そのまま、崩壊を免れた壁際の床に着地する。イブキは無事だったが、気絶している。恐らく、落下中に気を失ったのだろう。マコトは体勢を整え、大穴の底に向かって飛び降りる。地面まで数十メートルはあるが、ゲヘナ生にとっては階段を一段飛ばして降りるようなもの。体勢さえ悪くなければ無傷で着地できる高さだ。
* * * * *
「さて、いつまで寝ているつもりだ? 仕事の時間だぞ、空崎ヒナ」
ナギサと共にイブキが後退していくのを見届けたマコトはマントの襟を正し、土埃を払いながら瓦礫の山に声をかける。瞬間、紫色をした閃光が迸る。瓦礫の山を文字通り蒸発させ、自らの健在を示す空崎ヒナ。
「キキキッ! そうこなくてはな」
「まさか、あの程度で私がどうにかなると思っていたのかしら?」
ヒナはキレていた。当たり前だ。マコトに丸投げされて以降、苦労して準備してきた調印式をブチ壊しにされたのだ。一回殴る程度で済ませる気など毛頭ない。
マコトもキレていた。自らの権勢をキヴォトス全土に知らしめる調印式を台無しにされたうえ、イブキが巻き込まれたのだ。キレないはずがない。
「「ナメやがって、全部ぶっ潰してやる」」
ヒナとマコトの意見が一致する。
◇本編との違い
・イブキが調印式の会場に同席している
・アリウスによる古聖堂襲撃が少し遅い