私文鬼滅爾後違端(おにたいじのそのごのはなし)~ 花舞流風 作:有城 沙生
アニメ派の方はネタバレ注意です。
無限城編・公開日発表記念!……にはちょっと遅れましたが、楽しんでいただけると嬉しいです。
すんっ、
と、禰豆子の鼻に甘い香りが届く。
そおっ、
と、視線を外に向ける。
ほおっ、
と、頬が緩む。
それは、花信風の戦ぐ縁側。
禰豆子が向けた視線の先には、片手に風呂敷包みを持ち、音もなく歩いてくる不死川実弥。
ほんの少し前であったなら、禰豆子に、いや他の誰でも気付かれただろうその瞬間に、たちまち居なくなっていただろうその人は、僅かに視線を上げただけで、再び睫を伏せ、真直ぐに禰豆子に向かってくる。
禰豆子は、仕事中の繕い物の針を無造作に生地に刺し留めると、腰を浮かし畳を蹴る。
是が非でも、捕まえる。
それだけの衝動。
禰豆子が一目散に畳を飛び越えると、実弥が丁度、縁側に風呂敷包みを置いた処で。
勢いのまま、伸ばしたその腕にしがみつく。
「行かないで」
禰豆子は咄嗟に出た自分とは思えない大きな声に驚いた。
が、それ以上に禰豆子に掴まれた実弥の腕が、驚きを隠さず体が緊張して強張っている。
恥ずかしさも手伝った、禰豆子の口からは矢継ぎ早に纏まらない言葉が出る。
「折角お越しなのですから御茶をお入れします今日はいいお天気ですからなんだったら鴉さんもご一緒で兄達は仕事に出かけていますがじきお昼に戻ってくるはずですし何だったら
「おい」
このままでは埒が明かないと判断した実弥は、止めようと声を掛けるが、禰豆子はしがみ付いた腕から顔を上げようとはせずに、意味をなさない言葉を並べたて続ける。
そういえば、善逸の大声のせいで耳がおかしくなってるとか爽籟が言ってたっけか。
そんな禰豆子を見ていると、心臓を掴まれるような、鼻の奥がつんとするような奇妙な感情が湧く。
ぽんっ、と禰豆子の頭に手を置くと、それを合図に、漸く言葉の応酬が止まる。
実弥は、禰豆子の頬を両手で挟むと、その顔を自分の方に向かせてから、
「わーったから」
と大きく口を動かす。
「お・ち・つ・け」
そう言われて、ようやっと我に返った禰豆子は、しがみついていた腕から力を抜いた。
実弥がどかっと縁側に腰掛けると、つられて禰豆子もちょこんと隣に座る。
すると、手持ち無沙汰なのか、それとも離すまいとしているのか、禰豆子は実弥の着物の袂を指先で抓まんできた。
お互い、心には話すべきことがあるはずなのに、切り出す切欠を見出だせずに暫くの沈黙が流れる。
まるで、長年連れ添った壮年の夫婦の如く、ただ、縁側で風を感じているのは、確かに心地よいのだけれど。
このまま、ゆったりとした時間の中に身を委ねていても良いんじゃないか、とも思うのだけど。
静けさを堪能していたその時、消魂しい“音”がして我に返る。
羽音。
「爽籟」
見れば庭木に止まった鴉が、発破を掛けるように羽根を拡げている。
「ったく」
実弥は大袈裟に頭を掻き毟しって、言葉を探す。
いつの間に付いてきていた爽籟に、説教の一つもしたくもあるが、そうではない。
”善逸との事”を訊きたい訳だけど、流石にいきなり聞くのは不躾ではないか? と、結論付けた実弥は、結局言葉を飲み込んでしまう。
禰豆子はというと、じっと袂を抓んだまま、実弥の顔色を窺っている。
ふと、実弥に姑息な気持ちが湧く。
──聞こえてないんだよな。
だったら、オレの気持ちを出してみようか?
いや、これは独り言だ。
そう、誰に聞かせるつもりもない独り言。
そんな言い訳をしながら、禰豆子の頭に唇を近づける。
「……オレんとこ……来るか?」
と。
「はいっ! お茶、入れてきますね!」
間も置かず、中座する禰豆子は至って平静に見えて、実弥は面食らう。
そもそもは伝える気もなかった独白。
実際、衝動に任せたものの、禰豆子の髪に顔を寄せた瞬間、その香りと、温もりと、柔らかさと、果敢無さに用意したはずの言葉はぶっ飛んだ。
「偶然だ、偶然」
自分にそんな思いがあるとは。
自分がそんな思いを持つとは。
持て余す気持ちに擽ったくも恥ずかしくもなるが、何気無く右頬に置いた手に、痣を思い出した途端、落ち着きを取り戻す。
すると、自分に向けられている殺気にも似た気配を感じ、視線を動かすと、そこには物凄い形相をした善逸が立っていた。
殺気……じゃないか、悲しみ?
もしかしなくても、オレが煩慮の元か、なら、長居は無用だなと、暇乞いしようと立ち……
立ち上がろうとすると、善逸が背中に張り付いている。
「……何してんだ、オメェは」
「……ね禰豆子ちゃんを待て!」
「はあん? オメェさっきまで射殺す勢いでオレを見てたじゃねぇか。居なくなった方がいいんだろ!」
「……お俺は、さっさと居なくなって欲しいけど、禰豆子ちゃんは! 違うから!」
如何にも行かない押し問答に困惑を隠せない実弥は、こりこりと頭を搔いて溜息を吐く。
「でもよ、オメェくらい背負ったまま、オレ走れるんだけど」
ひょいっ、と実弥は立ち上がる。
「だめだって!」
と、善逸は必死でしがみつく。
が如何せん体格差が圧倒的に不利だ。
端から見ると、子猿が親猿にぶら下がっているようにしか見えない。
「お、なんだ。なんか面白そうなことしてんじゃねーか」
昼飯に帰ってきた伊之助が、状況も考えずに発した言葉が聞こえてくる。
「不死川さんじゃないですか。いらしてたんですか」
こんな時にも、炭治郎は冷静に対応を見せる。
「いい処に! 炭治郎、伊之助、助けて!!」
「任せろ!」
と、伊之助が実弥の顔に飛びつく。
「おいっ! テメェ、こら!」
実弥は顔に張り付いた伊之助を、剥がそうとしているが、背中に猿の子の如く張り付く善逸が腕を掴んで離さない。
「えっと、新しい修行ですか」
と、呑気に尋ねてくる炭治郎に、
「ん、なわけあるか! オレは帰るんだよっ!」
叫ぶや否やもう一つの別の塊が正面から実弥に突当る。
「おいっ! 竈門! っざけんなよっ」
すると、あんなにも背中に張り付いていた善逸がぺりっと剥がれた。
「伊之助、降りてきて。ご飯食べよ」
「メシ!」
と、伊之助が離れる。
実弥の顔を塞いでいた伊之助が取れて、視界は開ける。
と。
腰には、自分を見上げた禰豆子が、ほんのりと目を潤ませ、しがみ付いていた。
「竈門ですけど、ふざけてません。なんで私に黙って帰るんですか」
「……あ」
「ちゃんと、返事したじゃないですか。『俺んとこ来るか?』て、『はいっ』て」
「聞こえてたのか?」
「聞こえました」
真直ぐと禰豆子は、実弥の目を見る。
実弥は、そんな禰豆子から目を逸らせない。
実弥は返事をする代わりに、右手を自分の右頬に置く。
駄目だ、そう言おうとして。
すると、その手を取った禰豆子は、ゆっくりと自分の頬に重ねる。
「一緒に暮らしましょう」
メシッ、
と、伊之助が吼える。
あわっ、
と、炭治郎が真っ赤になる。
ぷいっ、
と、善逸が泣きそうにそっぽを向く
さわっ、
と、風が動いた。
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