私文鬼滅爾後違端(おにたいじのそのごのはなし)~ 花舞流風   作:有城 沙生

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“始”の前日譚。

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それぞれの威儀

 ◆不死川実弥の混乱

 

「タイヘンだぞ、シナズガワ。スズメのタイショウが、オニッコのミミ、ツブした」

 流暢に喋る爽籟だが、意味がわからん。

 

「なんだ、そりゃ」

 喧嘩か? とも思ったが、あの雀の大将が鬼……禰豆子に暴力を振るう姿は想像がつかん。

 万が一、手が出る事があっても、せいぜい小突く位が関の山だろう。

「アノな、ユウガタのコトナンダガ……」

 夕方のことが伝わってくるとは、鎹鴉と雀の情報網も相変わらず迅速なものだ。

 

 で、爽籟曰く、何でも緊張しまくった雀の大将が、自分の声の音量調節をしくじって禰豆子に求縁したが、そんな一世一代だろう雀の大将の告白は、自分の声で禰豆子の耳を潰してしまって有耶無耶になってしまっているとのことだ。

 

「そんなにか?」

 禰豆子は夕飯も漫ろに床に就いたらしい。

「ふうん」

 と、少しばかりの動揺を隠した空返事を爽籟は賢く察する。

 

「イイノカ? フネケ」

「誰が腑抜けだ。よし、明後日にでも猪頭に鴉の美味い食い方聞いてきてやるからな」

 そう云い放つと、実弥はいそいそと勝手元へ向かい小豆の準備を始めた。

 何はともあれ、この朴念仁に立ち上がる切欠を作ったおいらは偉い、と爽籟は自画自賛した。

 

 爽籟に、乗せられた感も否めない実弥だったが、お萩のために小豆を洗っていた。

 口実はいくつあっても構わない。

 禰豆子が雀の大将と夫婦(めおと)夫婦 になるのなら、目出たい事に違いない。

 

 きっと、優しい夫婦になるだろう。

 夫婦(めおと) ──己で言った、その言葉に心臓の奥がちりっとする。

 

 今も猶、鮮明に残る稀有な場面。

 己が血に惑わせられ乍ら、貪る衝動を抑え、苦しみながら、我武者羅に耐え抜いた、鬼。

 

 禰豆子自身が強靭な精神力を持ち合わせてもいるのだろうが、それでも、人が耐えることが出来るのだという単純な驚き。

 

 思えば、俺らは確かに自分の意志で鬼と対峙していたが、鬼にしてみれば、抗うことさえ出来なかったのだ。

 

 小豆を洗いながら、いつしか禰豆子のことばかり考えていたのを、当の実弥は気付こうとしていなかった。

 

 小豆を寝かせ、自分も床に就く。

 が、中々寝入る事が出来ずに、ぼんやりと月明かりの射す天井を眺めていた。

 

夫婦(めおと)かぁ」

 と声に出して、床に居たこともあり、別の衝動にも駆られそうになる。

 ぶるぶると大袈裟に頭を振って、障子を開けて外の風を入れる。

 

 風は、どこからともなく花弁を運んできて、誘われるように右頬に落ちる。

 付いた花弁を拭おうとして、右頬に指を伸ばした時、痣の事が脳裏を走る。

 否が応でも避けられないだろう痣の出現に、俺は所帯を持つ事を躊躇しているのだろうか? 

 どう考えても、俺が死ぬまでより、死んでからの方が長いだろう。

 

 そんな俺が、誰かと所帯を持つことは、果たして許されるのか? 

 

 誰か……誰? 

 

 寝返りを打ち、空っぽの自分の腕に目をやる。

 玄弥の小さい頭の重さを思い出し、笑みが漏れる。

 その小さな頭が、段々と禰豆子へと姿が変える。

 

 そうか。

 

 俺はあいつと眠りたいのか。

 

 

 

 ◆竈門禰豆子の渾沌

 

 ものすごい勢いで目が覚めると、まだ月明かりの射す夜だった。

 

 まあ無理もない、夕方から床に就いているのだから。

 それにしても、未だ頭がくらくらして、耳がぐわんぐわんしている。

 ぶるぶると大袈裟に頭を振って、障子を開け外の風を入れる。

 

 布団に座り月を眺めていたら、僅かな風が髪を揺らし、右頬に掛る。

 髪を払おうと伸ばした指を、そのまま髪に絡める。

 

 わたしが善逸さんのお嫁さん? 

 善逸さんがわたしのお婿さん? 

 

 なんだか今一つ釈然としていなくて、善逸さんの大きな声に驚いたことにして有耶無耶にしてしまった。

 

 お父さんは床に臥せっていることが多かったけれど、お母さんととても幸せそうだった。

 二人は幸せだったと確信できるから、お父さんが亡くなった時、少しだけ泣いて前に進もうと思えた。

 

 お父さんが居なくなったのは悲しい。

 でも、お母さんはきっともっと悲しい。

 

 わたしがひどく泣いてしまったら、きっとお母さんは泣けなくなってしまう。

 

 そう思うと堪えることが出来た。

 

 その点、なんだかんだで善逸さんは床に臥せる事とは縁遠そうだわねと、くすりとする。

 

 ふいに知らない匂いを思い出す。

 甘いくらくらとする、お酒にも似た、香り。

 狂気の中の、深い悲しい光。

 

 その光は、香りは、あの忌々しい鬼を倒した後、わたしに山ほどの謝罪をくれた(あのひと)柱に似ている気がした。

 

 淋しくて、暖かくて、悲しくて、甘い。

 懐かしくて、優しくて、強くて、寂しい。

 

 こてんと布団に寝転がり、空っぽの隣に目をやる。

 頭を撫で乍ら子守唄を歌ってくれたお母さん。

 そのお母さんを見つめて柔らかく微笑んでいるお父さん。

 

 そうか。

 

 わたしはあの人の笑った瞳に映りたいんだ。

 

 

 翌朝。

 起き上がろうとすると善逸さんに止められた。

 確かに、耳はふわふわしてるけど体は動かせるから大丈夫だよと言うも、正直自分の声もよく聞こえてはいない。

 

『きょうのねずこちゃんのしごとはおれがします』

 と書いた紙を差し出された。

 

 優しい人だな、と思う。

 優しい人だな、とは思う。

 

 結局、善逸さんに任せても何も終わらないので、早々に兄さんの方へ行ってもらったのだけど。

 

 みんなで夕飯を食べていると、いつものように伊之助さんがお代わりして、

 で、わちゃわちゃと皆が騒いでいるいつもの光景。

 幸せだな、とは思う。

 

 一晩眠ると、さすがに昨日よりは聞こえるようになった。

 けど、善逸さんに言わせれば、わたしの声はいつもより大きいらしい。

 気にするほどでもないんだけどね。

 

 お昼前、縁側に向かって縫物をする。

 そろそろ浴衣を縫うのもいいのかもしれないと針を進めた。

 

 以前は、縁側からの光で手が影を作らない位置に座っていた。

 けれど音もなくやって来る来訪者は、気付かぬうちに禰豆子の横にお萩を置いて立ち去ってしまう。

 

 ほんの一瞬、それこそ瞬きの間に現れる、お萩。

 

 そうして禰豆子は、縁側を見張るように縫物をするようになった。

 いっそ縁側でしようかしら、とも思うけれど、そうしたら違う場所に置かれそうな気がして、駆け出せる距離を取っていた。

 

 そんな禰豆子の望みが今日やっと叶って、来訪者──不死川実弥──を捉えた。

 

 捉えて、捕まえたけれどどうしよう。

 咄嗟に口を付いた言葉は「行かないで」。

 

 自分の言葉に吃驚して、恥かしくて顔があげられないのだけど、だけど出してしまった言葉は取り消せない。

 兎に角、思いつくままに捲し立てた。

 

 ぐいっ、と頬っぺたを挟まれて、「落ち着け」とゆっくり言われる。

 覗き込まれる綺麗な瞳。

 

 そうよね。

 元より今日は声が大きいのだ。

 ……不快にさせたんだろうか? 

 そう考え倦ねていたら、彼は禰豆子の頬から手を解き、縁側に腰を降ろした。

 

 長居してくれるのだと喜んだのも束の間、さて、今度こそどうしよう。

 取敢えず、彼の着物の袂を抓んでいれば、直ぐには逃げられない……よね? 

 

「……あ」

 と、彼の声がはっきりと耳に入る。

 

 その後のぶつぶつと独り言ちてるのは流石に聞こえなかったけれど。

 

「俺の所に来るか」

 と、言うのは、頭の中に真っ直ぐ話しかけられた気がして、反射的に、

 

「はいっ」

 と、元気よく答えてしまった。

 

 

 ◆我妻善逸の断決

 

 我乍らよくやったと思う。

 

 口から心臓が出そうだし、吐きそうだし、泣きそうだし……泣いたけど。

 

 ぽかんとする禰豆子ちゃん。

 てっきり喜びに打ちひしがれて声を出せずにいるのかと思ってたら。

 

 緊張しすぎて思った以上に出た大声が、禰豆子ちゃんの耳には大きすぎて。

 

 ────オレの一世一代の告白は届かなかったみたいだ。

 

 でも、でも。

 禰豆子ちゃんがお嫁さんになってくれるなら。

 

 きっと、きっと。

 たくさん大事にしてあげようと思うんだ。

 頼れる男にオレはなる! ……はずだ。一年もあれば、多分……きっと……

 

 翌日、調子の悪そうな禰豆子ちゃんの代わりに家のことをしようとしたけれど、自分の不甲斐なさを思い知っただけだった。

 いつもより遅れた昼食に、伊之助が暴れ出してしまって。

 案の定、炭治郎からは「善逸は俺の方を手伝って」と言われる始末。

 

「ごめんね」と禰豆子ちゃんに謝ると、いつものように笑ってくれたけれど、何だろう。

 どこか距離を感じてしまった。

 

 その日の夕飯の時も、禰豆子ちゃんはいつものように笑ってるんだけど、でもそれは、硝子越しみたいで、なんだか禰豆子ちゃんが遠くにいるみたいだった。

 

 翌朝。

「おはよう」と言う禰豆子ちゃんの声。

 いつもより大きくて、まだ耳が治ってないんだと思った。

「少し声が大きいよ」と伝えると、間をおいて「ありがとう」と言われた。

 その声には戸惑いが含まれていて。

 もしかしたらオレの声は届いてなくて。

 合わせてくれただけなのかな? 、って思った。

 

 炭治郎の手伝いをしながらも、どうしても禰豆子ちゃんが気になる。

「禰豆子なら大丈夫だよ」

 って炭治郎は言うけれど、説得して昼食の手伝いをしに戻る。

 別にサボりたいわけじゃないんだ。

 ちゃんと禰豆子ちゃんと向かい合って話がしたいだけなんだ。

 聞こえてる振りとか、させちゃいけない。

 自分の中で悶々としていただけでは何も解決しないもの。

 

 縁側から禰豆子ちゃんと誰かが話している声がする。

 ざわっと胸騒ぎがして、そっと覗いてみると、なんとそこには風柱・不死川実弥が禰豆子ちゃんに抱きついていた。

 いつも自信満々な風柱の態度とは打って変わって、オレでもやっと聞こえる声で「俺の所に来ないか」と囁いた。

 

 そして、禰豆子ちゃんは迷いなく答えた。

 

 顔を真っ赤にしてその場を走り出した禰豆子ちゃんが、オレの脇をすり抜ける。

 オレの事なんか見えてないみたいだ。

 

 だけど、そんな禰豆子ちゃんの顔は、見たこともないくらい飛びっきり可愛いくて。

 

 そんな顔をさせたのは、オレじゃなくて。

 ──情けなくて、悔しくて。

 

 風柱を見ると、彼もまた照れくさそうに耳を赤くしていた。

 だけど、自分の右頬に指をかけた途端すっと真顔になった。

 

 そうして、オレの方を見ると、悲しそうに笑って、縁側から立ち上がった。

 帰る気か? 

 

 ダメだ! 

 

 禰豆子ちゃんにあんな顔させといて。

 俺は、お前なんか居なくなって、精々するけど。

 

 このまま風柱を帰したら……

 ……禰豆子ちゃんはきっと笑うんだ。

 しかたないなって、笑うんだ。

 泣かないで、笑うんだ。

 

 だけど、それって。

 禰豆子ちゃんを泣かせてるんじゃないか? 

 泣かせる奴は許さない、なんてどの口が云うんだ。

 禰豆子ちゃんを泣かせる奴は許さない。

 それが、柱だろうが、オレ自身だろうが。

 

 今、風柱を帰すわけにはいかないんだ! 

 

 




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