私文鬼滅爾後違端(おにたいじのそのごのはなし)~ 花舞流風   作:有城 沙生

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(でも感想だけでも嬉しい)




 

「失礼します」

 

 扉の前で禰豆子は声にして。

 けれど、扉を叩く手を一旦止めて。

 その手を胸に添え、目を伏せ、息を吐く。

 

 この部屋の主はまだ目覚めていないので、

 部屋に入ることに緊張しているわけでも、

 躊躇しているわけでも、

 ましてや脅えて戸惑っているわけでも無いけれど。

 

 けれども。

 

 片手で数えられるほどしか立ち入ったことの無いこの部屋に入る時、

 無意識に、

 本当に何気無く、

 禰豆子はこうして、呼吸を整えていた。

 

 そして息を止め、顎を上げ、覚悟を決めるかのごとく無言で二回扉を叩く。

 素早く部屋の中へと滑り込むと、

 直ぐ様、扉を閉め大きく息をする。

 

 ああ。

 何て心地よいのだろう。

 

 カナヲちゃんの診察の手伝いで、この部屋に訪れたのは三日前。

 

 ふと甘い香りに鼻を擽られ、何の匂いだろう、とカナヲちゃんに尋ねたら、不思議そうなな顔をされた。

 

「薬品の匂いかな? ではなさそうだけど、甘い香り? わたしには分からないな」

 

 どうやらわたしだけが、その香りを感じているらしい。

 

 部屋は清潔に保たれていて、強い匂いは無い。

 それでも病室なので、薬品の匂いはある。

 けれどその

──甘い香りは、確かに禰豆子の鼻を擽る。

 

 どこか懐かしくて、

 なのに、

 どこか苦しくて。

 

 未だ、お兄ちゃんと富岡さんと共に目を覚まさないこの部屋の主は、顔も、体も傷だらけで。

 

 凄絶だった鬼との闘いを容易に想像させられる。

 

 もしかしたら、

 この傷のどれかは、わたしが付けてしまったものなのかもしれない、と思わなくも無いけれども。

 

 だとしたら、どうすべきなんだろうか? 

 

 寝台の傍らの椅子に腰かけ、

 寝台の主の眠りを妨げないように、

 寝台の上に頭を預ける。

 

 ふと、彼の闘いで欠いた指を持つ手が目についた。

 深い眠りから目覚めない彼の人。

 その手を自分の頭に、そっと乗せてみる。

 

 と、その瞬間、ふわっと甘い香りが舞う。

 この人の、匂いなんだ。

 そう思うのだけど、とろとろと睡魔が襲う。

 

 流石に、昨夜は根を詰めすぎたかしら。

 富岡さんの、お預かりした羽織。

 闘いで、傷だらけで。

 

 これが使えるのなら、と、鱗滝さんが冨岡さんの羽織と同じ……半分を預けてくれた。

 共地があるのはありがたいと使わせて貰うことにした。

 

 お直し前に、洗濯をしたいところだけど、血が固まっていたり、刀傷でほどけてしまいそうだ。

 まずは、染み抜きで急場を凌ごうとしていたら、カナヲちゃんが重曹を分けてくれた。

 

 重曹をお湯に溶いて、手拭いに含ませる。

 当て布をして、丁寧に染みを叩く。

 そうしたら、面白いように染みが落ちるものだから。

 

 ついつい夢中になってしまって。

 気が付いたら、外は白み始めていた。

 

 そのままの勢いで、アオイちゃんと朝餉の支度を始めたら、どこからともなく現れた伊之助さんがおにぎりを食べていた。

 アオイちゃんが用意していたものだ。

 いつの間に、仲良くしていたのだな、と思った。

 

 眠り続けているのはお兄ちゃん達だけだ。

 あの時、怪我をおった方々は殆んどが回復の兆しを見せていた。

 後は体調を整えたり、通いで治療を受けるために蝶屋敷に出入りしている。

 わたしの仕事は未だに目覚めないお兄ちゃん達のお世話をすることだ。

 

 毎日のように、善逸さんの大袈裟に騒ぐ声が響いて、宇髄さんに一喝されるまでが一連の流れだ。

 

 午前中のうちにお兄ちゃんと富岡さんと不死川さんの寝台の敷布を取り換えて、

 お洗濯をして、

 干し終えたら昼食を準備して。

 よそって、

 配膳して、

 片付けて。

 それは、何時もの日常のはず。

 なのに、

 今日は眠っていない所為だ。

 瞼は重しを載っけている。

 

 そのうえ。

 そのうえ、自分で頭に乗せた彼の手が、柔らかく髪を撫でてくれているようで。

 それが、なんとも気持ちよくて。

 遂に瞼は開けていることを諦めた。

 

 

 がくんと頭が揺れて、寝ていたことに気付いた。

 

 ぼんやりとしていると、不死川さんが何かを探しているようだ。

 

 ? 不死川さん? 

 ああ、お目覚めですね。と、声を掛けようとしたその時だった。

 

「……鬼」

 

 と言葉を遮られ、完全に目が覚める。

 

 殺気にも似た、強く睨みつける目。

 私は、やはりこの人を傷つけていたのか? 

 それとも、大事な人を傷つけたのか? 

 

 何か言いたいのだけれど、

 熱くなった目頭は締め付けられているようにじんじんして、

 けれど、彼の射らんばかりの瞳に、明らかに恐怖を感じているのに、目を反らすことが出来なくて。

 

 凍り付いたように足は冷たく、竦んで動かないのに、

 なのに、

 心臓はばくばくと、火事を告げる半鐘の如く鳴り響いている。

 

 どうしよう。

 詫びるのもなんだか違う。

 どうしよう。

 ここから立ち去るべきなのだろうか。

 

 決定打に欠けたことばかりがぐるぐると浮かんでくるけれど。

 解っているのは

──どれも違うということだけだ。

 

 ────

 

 物音も無く、時間が止まった部屋の中に、カツッ、カツッと音が響く。

 

 その音に反応して、私の時間が動き出す。

 

 音のする方に目をやると、鴉さんが窓硝子を嘴で小突いている。

 

 不死川さんも鴉さんに気付くと

「そう……らい……」と乾いた声で呟く。

 

 この子の名前かしら? 

 

「鬼」と私を呼んだ声とは随分と違う声色。

──なんだか胸が苦しい。

 

──? 

 苦しい? 

 何故だ? 

 

 ぶるんと頭を振り、頬を両手でたたく。

 思ったより音が出てしまったのか、不死川さんは訝しげな目で私を見ている。

 それでも、部屋の雰囲気は若干柔らかくなっていて、

 さっきまでぴくりと動かなかったはずの足で窓辺へと向かう。

 

「どうぞ」

 鴉さんに声を掛け、窓を開けると、

 鴉さんは私の脇をすり抜け一目散に不死川さんへと向かって飛び、

 飛び……

 飛び蹴りを喰らわせた後わたしの肩へ着地した。

 

「コノ、ネボスケっ!」

 

 それだけ言うと、そっぽを向いている。

 

 そんな鴉さんの姿は、なんだか照れているようにも見えて、

 その黒い羽根の下はもしかしたら真っ赤なのかしらと思ったら、ついつい頬が緩んだ。

 

 で。

 

 そろそろと不死川さんへと目を移す。

 

 

 

 え? 

 え? 

 うわぁぁ

 何、何っ、

 何ぃ。

 

 そこには、

 ひどく優しく微笑んでいる不死川さんがいる。

「爽籟」

 そう言って鴉さんを呼ぶ。

 

 鴉さんは一拍おき、仕方ねぇなと言わんばかりにゆっくりと羽を広げると

 さっきの勢いとは嘘のように、不死川さんの差し出された手に悠然と停まる。

 

 鴉さんの頭を慈しむように撫で乍ら、

 鴉さんと会話をしている不死川さんに見入っていら、

「いいな」と、口から溢れていた。

 

 口に出したのだから、そりゃあ聞こえていても当然で、

 不死川さんは真顔だ。

 

 うー

 どうしようも無くなってしまったから

「カナヲちゃんに知らせてきますね」

 と返事も聞かずに、部屋を出た。

 

 廊下を小走りしながら

 早鐘を鳴らす心臓と、

 火照った顔を鎮めることも忘れ、カナヲちゃんの所へと向かった。

 

 カナヲちゃんに不死川さんの目覚めたことを伝えてから、わたしは寝過ごして遅れた仕事に取り掛かろうと大部屋へと向かった。

 

 ここには、回復して鈍った体を動かそうと集まってゆっくりと訓練をしている。

 

 今日は宇髄さん達が来てくれているのだな。

 ん。

 ここに私の出番はないかしら。

 

 と。

 

 他人(ひと)に聞くのは、もしかすると失礼かしらとも思ったけれど、

 本人には面と向かって聞き難いことは確かなので、宇髄さんに訊ねた。

 

 私は、不死川さんを傷つけたのでしょうか? 

 

 宇髄さんは一瞬ぽかんとして、

 そしてニィっと笑った。

「寧ろしたのはあいつだろ」

 

 なんでも

 

 不死川さんは、わたしを何度も日輪刀で刺したうえ、己を食わそうとしたらしい。

 

 で、お兄ちゃんと剣呑となったらしい。

 

 まあ、そうだよね。

 あのお兄ちゃんなら。

 

 うーん、そっかあ。

 鬼殺隊の柱だもんね。

 鬼は敵だもんね。

 鬼を前にした正しい行動よね。

 自分を食わせるのはどうかと思うけど。

 

 本当に自分がどれだけ恵まれた環境だったのかと思う。

 

 お兄ちゃんが物凄く頑固で、純粋に信じてくれて、

 偶々、鬼でも生き長らえたのだ。

 偶々、だ。

 

…………

 

 それこそ、考えても仕方ない。

 

 そんなことより、あの人の瞳に、わたしが映ればいいのに、

 

 そんなことばかり考えていた。

 

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