◇
「で、このあたりで間違いねぇのか?」
「そうだぜ、あんちゃん」
クズ男・狂也は、リ・エスティーゼ王国を裏から牛耳っている組織『八本指』の麻薬部門の下っ端を名乗る男に連れられていた。
前回、貴族の館から複数の貴重品を入手したが、普通の店では買い取ってもらえないようだった。
それを高値で買い取ってくれるらしい場所へと向かっていた。
ちなみに、あの縛っていたデブ貴族はクズ男が戻ってきたときには、すでに何者かに針やらナイフやらで滅多刺しにされていた。
クズ男は、どこか不完全燃焼の気分で館を後にしていた。
「そこに八本指の元締めとやらがいるんだったな?」
「正確には元締めの一人でな。これが、なかなかの美女でよ。あんちゃんも気に入ると思うぜ」
「元締めで美女か。それは、ぜひとも良い関係を持ちたいものだな!」
(美女ならちょうどいい。自分の手籠めにして、その組織を裏から操ってやるのも面白いかもしれねぇな)
……。
……。
「ここが、そうか」
しばらく歩くと目的の屋敷に辿り着いた。
だが、その屋敷の前には複数名の男女の先客がおり、どうやらお取込みの際中のようだった。
見ると、赤色の派手なスーツを着こなした男が、瀕死になっているメイド服を着た蟲の怪物を介抱していた。
その男をよく観察すると怪しげな仮面を付け、さらに尻尾まで生やしており、明らかに人間ではなかった。
その男と対峙している冒険者らしき女たちもいたが、その一人に見覚えがあった。
以前、冒険者ギルドの訓練場で自分のお楽しみを止めた女戦士のようだった。
彼女を含め、あの場にいる三人の女性たちはリ・エスティーゼ王国最強の一角と名高いアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』であった。
(あの時の先輩じゃねぇか。あの赤いスーツの男と敵対してるみてぇだな? 相手は見る限り人間じゃねぇな。おまけに、それなりに厄介そうな雰囲気してやがる。ここは加勢して名を上げるチャンスか?)
■
◇
「逃げろ……。あれは化け物の中の化け物だ」
「お前は、どうするんだよ!?」
「気にするな……。私は、お前たちが逃げ切れるだけの時間を稼いだら即座に転移の魔法で逃げる……」
『蒼の薔薇』のガガーランとティアは、こんなに冷静さを欠いたイビルアイを見るのは初めてだった。
このパーティで最強の、それも実力差がかなり開いている仲間のその言葉に、かつてないほどの命の危険を感じ取った。
赤スーツの男は自分の部下であろう蟲のメイドを運搬用のモンスターに任せると、彼女たちへ声を掛けた。
「お待たせしました。さっそく……」
「ほらよっとw」
「……なっ!?」
そこへ突然現れたクズ男が、蟲のメイドを運んでいたモンスターを殴り殺し、瀕死の蟲メイドは地面へと落下した。
「き、貴様……ッ!」
そして素早く蟲メイドに駆け寄り、首を締めながら拘束した。
「動くなぁッ! コイツがどうなってもいいのかぁッ!?」
かつて、白金鎧の騎士との戦いを通して、この世界には自分以外の強者が隠れていることを知った。
それにより、慢心を捨てる事の大切さを学ぶことができた。
強敵との戦いは、どんな者にでも成長を促すことができるものだ。
だからこそ、彼は敵の事をよく観察し、その敵が化け物の分際で仲間思いであるという事も分かった。
その甲斐もあってか、ビーストマン直伝の人質戦法を完璧な形で実践することができた。
さらに言えば、もしビーストマンとの戦い(?)を経験していなければ、とっさの判断で敵の仲間を人質に取るという手段はとれなかったかもしれない。
あの戦い(?)も一応は役に立っていたようだ。
「おめぇは……」
「よお、先輩! また会ったな! この俺様が加勢に来てやったぜ! ほら、今のうちにソイツに攻撃してくれやっ!」
「いや、そうは言ってもよ……」
どうやらクズ男は『蒼の薔薇』に赤スーツの男を攻撃させ、彼女たちを犠牲にして敵の情報を収集しようという外道な作戦を練っているようだ。
とはいえ、仲間たちの中で最強のイビルアイから、規格外の化け物だと評価された存在を攻撃しろと言われても困るというものだが……。
「……貴方、彼女を放しなさい。そうすれば、見逃してさしあげましょう」
「はっ、なんで有利な状況で、尻尾振って逃げなくちゃなんねぇんだよ? テメェが大人しく降参しろや!」
「やれやれ……、『彼女を放したまえ』……、ふむ、効き目がありませんか……」
どうやら、赤スーツの男が『支配の呪言』を使ってクズ男を操ろうと試みたが失敗したようだ。
それを見て、相手が何らかのマジックアイテムを装備しているか、それともレベルが40を上回っているかであろうが、どちらにせよ多少の警戒はすべきかと判断していた。
「失礼しました。貴方はどうやら、なかなかにお強いようだ。それでは取引といきませんか? あなたの望むものを与えましょう!」
「へっ、テメェみたいな胡散臭いヤツの言う事なんざ、信用できるわけねーだろ。バカか?」
赤スーツの男は一見すると涼し気だが、内心怒りに震えているいるのが見て取れた。
「グゥ、ハナセ……」
「ちっ、黙ってろや! きっしょく悪ぃなぁ!」
抵抗の声を上げた蟲メイドの頭を殴って黙らせた。
それを見た赤スーツ男から、さらに怒気が沸き起こった。
……。
こうなっては、この場にいる全員が動けなかった。
赤スーツ男は人質を気にして、『蒼の薔薇』は赤スーツ男の圧倒的な力を感じ取って動けず、クズ男は挑発に夢中だ。
そのまま、しばらくの時間が経過することになった。
……。
……。
ドォォォン!!
その膠着状態を破るかのように、漆黒の鎧で全身を包んだ大男が落下してきた。
彼の名はモモン。最近になって頭角を現してきた『漆黒の英雄』である。
「……それで? 私の敵は、どちらに……、いや、誰になるのかな?」
その英雄は、どうやら怒りに燃えているようだった。
あの赤スーツ男のことを脅威に感じているのかもしれない。
「漆黒の英雄!?」
『蒼の薔薇』一同は驚きの声を上げたが、本人はそれに構うことはなかった。
モモンを見たスーツの男が少し驚きながらも、彼に対し自己紹介をした。
「まずは、お名前を伺ってもよろしいでしょうか? 私は、ヤルダバオトと申します」
「ヤルダバオト、か……。私はモモン。アダマンタイト級冒険者だ」
漆黒の英雄はヤルダバオトに自己紹介をすると、今度はクズ男に名を尋ねた。
「コホン……。そこのキミ。名はなんという?」
「俺様か? へへっ、聞いて驚けよ! 何を隠そう竜王国の大英雄・狂也様たぁ、俺様のことよ!!」
「……そうか、キョウヤさんというのか」
『狂也』という名前は、この世界の住人には『キョーヤ』と聞こえるようだが、モモンの耳には『キョウヤ』と聞こえたようだ。
「すまないが、キョウヤさん。どうか、そのメイドを放してはもらえないだろうか?」
「はぁぁあ? アダマンタイトだか何だか知らねーが、この俺様に指図するってぇのかぁ? お断りに決まってんだろ!」
「そうもいかないのだ。現在この王都には、そこの悪魔によって人質にされている住民が大勢いるという情報を手に入れた」
「なんだって!?」
『蒼の薔薇』が驚愕の声を上げた。そこの男の正体が悪魔であり、自分たちの気づかない所で、そんなにも多くの住民たちがどこかに監禁されていたという事が信じられなかった。
一方のクズ男は、人質の事など全く気にした様子を見せず、どこ吹く風だった。
「人質ねぇ……、それが、どうかしたのか?」
「……は?」
「だからよ。それが俺様に何の関係があんだよ?」
「いや、不味いではないか! 人質がいる以上、むやみに行動するわけには……」
モモンがいさめようとするが、クズ男は耳を貸さなかった。
「あのなぁ、この悪魔野郎を見逃す方が、結果として、もっとやばいことになるだろうが」
「だ、だが……ッ!」
クズ男の言い分にも一理あるが、それでも彼は人質の命を諦めきれないようだ。
「横からすまない。モモン殿、彼が言っていることは正しい。もちろん人質の命が大事なのは分かる。だが、私たちは冒険者として、将来的な被害を最小限に抑えなくてはならん」
『蒼の薔薇』のイビルアイがモモンを説得した。
彼女は長年の経験から、個人の力には限界があり、全ての人々を救うことはできないと悟っていた。それは、ガガーランとティアも同様だった。
「………」
その言葉を受け、しばらく熟考していたモモンだったが、再び赤スーツの男、もとい悪魔ヤルダバオトに話しかけた。
「デミウル……、ヤルダバオト、そちらの目的はなんだ?」
「私たちを召喚し、使役する強大なアイテムが、この都市に流れ込んだようです。それを回収するために参った、ということになっております」
「悪魔を召喚だと!?」
その言葉を聞いたガガーランが、危機感から思わず声を上げた。
このような人が密集している王都で悪魔が大量に放たれれば、どれほどの被害が出るかが容易に想像できたからだ。
「ふむ……。キョウヤさん、やはりここは、その蟲のメイドを放してはくれないか? 大量の悪魔を王都に放つわけにはいかん。あの悪魔には、いずれこの私、漆黒のモモンが鉄槌を下してみせよう!」
「おいお~い、そう簡単には……」
「どうか、この通りだ……!」
英雄がクズ男に対して、大きく頭を下げた。
それを見たヤルダバオトが、なぜか動揺したように見えた。
……。
「……よろしいでしょう。ひとまずは撤退することといたします」
ヤルダバオトは部下である蟲のメイドを諦める姿勢を見せ、その巨大な羽で空に浮かび上がると、怒りに燃えながら宣告した。
「私の目的は、とあるアイテムです。これより王都の一部を地獄の炎で包みます。もし、これ以上愚かな行動をとるというのであれば、全ての住民を皆殺しにすることを努々お忘れなきよう!」
ヤルダバオトはそう言い捨てると、仮面に包まれた顔をクズ男へ向けながら姿を消し、撤退していった。
■
◇
「さて、その蟲のメイドの身柄は、こちらで引き取らせてもらおう」
「はぁ? なんで、テメェなんかに手柄をあげなきゃなんねーんだよ?」
ヤルダバオトが立ち去った後、モモンがクズ男に提案をもちかけるが、クズ男に一蹴された。
「モモンさー…んの提案を拒絶するなど! 虫けら風情がッ!」
さきほど合流したモモンの相方の『美姫』ナーベが怒りをあらわにするが、モモンに止められた。
というより、彼女は最初からクズ男に対して怒っているようだったが……。
クズ男は、彼女に目を向けた途端に、自身の胸に恋の矢が突き刺さってしまった。
(……すげぇ! これほどの美女がこの世界に存在してたのかよ!?)
彼にとってみれば、このようなタイプの女性を抱いた経験はおろか、出会ったことすらなかった。
元の世界では、金でなびく女だったり、遊び好きのチャラい女だけ。この世界でも、村娘や娼婦を抱いただけだった。
竜王国の女王という高貴な身分の少女に出会いはしたが、目の前のナーベのように、自分が認めた強い男性でなければ決して心を許さないというような、孤高な雰囲気の女に出会ったのは初めてのことだった。
クズ男は、ゴクリと無意識に生唾を飲み込んだ。
心のなかでナーベを『犯すリスト』に加えながら、その光景を妄想していていたが、そんなこと知る由もないモモンが話を続けた。
「その者から有益な情報を得られるかもしれない。もちろん、キミの手柄を横取りするような真似はしないと誓おう」
モモンは、クズ男ごときにさえ英雄然とした紳士的な対応をするが──、
「それなら、仕方ないなぁ……」
「グ……ッ!?」
クズ男は 蟲メイドの頭に手をかけると──、
ブチィィイッ!!
その頭部を回転させ、首を一気にねじ切った。
「「「───ッ!?」」」
突然の行動に唖然とする一同。
ナーベが、何が起こったか分からないといった表情を浮かべた後、まるで親の仇を見るかのような憎悪の視線をクズ男に向けた。
モモンはというと、全身から威圧感のあるオーラを発していた。
「なぜ……」
「あん?」
「なぜ、殺した……? 殺す必要あったのか!?」
「何言ってんだよ? 生きたままなら、どんな行動を取るか分からないだろ? それに、生きていた方が利用価値があるってんなら、あとで神殿で蘇生魔法でも使わせればいいだけだろうが。違うか?」
クズ男は、この世界には蘇生魔法を扱える術者は、人類には僅かしか存在しないのを知らなかったのだ。
モモンもまた、そういった事情には、あまり詳しくはないようだった。
「だが、蘇生を拒む場合だってあるだろう!」
「ははっ。そんなこと有り得ねーわ。所詮はモンスターだぜ? 生きあがく本能だけは強いに決まってるってw」
「……ッ。そうとは限らないだろう!」
「と~に~か~くっ! 今更そんな″たられば”を言ったって仕方ねぇだろうが。ま、お望み通り、その蟲の死骸なら全部くれてやるからよ。この俺様に感謝しろよな?」
そう言うと、蟲メイドの頭部をモモンの方へと放り投げた。
それを受け止めたモモンは、蟲メイドの顔を見つめたまま微動だにしなくなった。
「それじゃ、その気色悪ぃ蟲の解剖よろしくな~!」
クズ男はそう言うと、モモンの肩を叩ながら立ち去って行った。
「………」
相変わらず微動だにしない漆黒の英雄の姿に、ただならない雰囲気を感じ取った『蒼の薔薇』一同は声をかけることができなかった。
彼女たちに見守られながら、漆黒の英雄は強烈な圧力のオーラを発し続けていた。
■
◇
「クソ……。クソがぁッ!!」
ズドンッ!!
「クソォ! クソクソッ! クソぉぉぉぉおッ!!」
ズドンッ!! ズドンッ!! ズドンッ!!
「アインズ様……」
「………すまない。……今の失態は忘れてくれ」
「はい……」
「さて、先程の冒険者の詳細は分かっているか?」
「はい、報告が上がっております。あのゴミクズはミスリル級冒険者であり、竜王国では幾度もビーストマンの群れを撃退し、『暴虐の英雄』と呼ばれ畏怖されているそうです」
「それほどの強さで、ミスリル級なのか?」
「はい。素行が悪いらしく、そのせいで上のランクには上がらずじまいとのことです」
「成程な。話を聞く限りでは、素の実力はアダマンタイト級かもしれんな。『蒼の薔薇』のイビルアイだったか? あの者に近い戦力と見なしておけば良かろう」
「はっ」
「思わぬ邪魔が入ったが、デミウルゴスが、なにやら計画を練っていたのだろう?」
「はい、そのようです。計画を中止なさいますか?」
「いや、中止は無しだ。だが、念のためだ。あの男には見張りを付けておけ。それと、すぐにエントマの蘇生準備に取り掛かれ」
「はい。そのように伝えます」
「頼んだぞ」
「……それと、アインズ様。どうか、お願いしたいことがあります」
「なんだ、ナーベラル。遠慮せず言ってみろ」
「はい、あの唾棄すべき下等生物の処分を、どうか私にお任せいただけないでしょうか?」
「よかろう。お前の姉妹の仇だからな。その際はお前に任せよう。一応、他のプレアデスたちも援護に付ける。それから、お前の正体がバレないように、変装用のアイテムも渡しておくぞ」
「私ごときの願いを聞いて下さり、感謝いたします。アインズ様」
「ただ、今は作戦の真っ最中だ。あの男の始末は、それが終わった後にな」