◇ ───王都 冒険者ギルド
赤スーツの悪魔ことヤルダバオトは、宣言通りに王都を地獄の炎で包んだ。
低位の悪魔が一斉に放たれ、その対応に兵士や冒険者が大量に動員される予定だ。
現在、冒険者ギルドでは主だった冒険者たちが集っていた。さらに、王国の至宝と名高い『黄金の姫』こと第三王女ラナーとその護衛兵クライム、そして、王国最強の戦士長ガゼフ・ストロノーフが同席していた。
類まれなる知恵を持つ王女ラナーが、ヤルダバオトによる王都襲撃に対する作戦の陣頭指揮を執り、冒険者たちに作戦の内容を説明しようとしていた。
「冒険者の皆さん。今回の非常事態に集まっていただき、ありがとうございます。
……本日未明、王都の一部、この辺りに……」
そこへ、クズ男・狂也が場を弁えずに、護衛兵クライムを押しのけてラナーに近付いた。
「細かい作戦なんて不要だぜ、お姫ちゃん。この竜王国の大英雄たる狂也様が来たからには、もう怖がることはねぇんだからよ。安心して俺様の帰りを待っていてくれ」
彼はラナーの前に跪き、彼女の手を取った。
そして、安心させるように優しい眼差しで見つめながら、彼女の華奢な手を無遠慮に撫でまわし始めた。
「………うおっほんッ!」
「あの、キョーヤ殿? もう、それ以上は……」
王国戦士長ガゼフが咳ばらいをし、クライムが彼をいさめようとした。
クライムにとってクズ男は、自身が尊敬する『蒼の薔薇』の危機を救った恩人であり、さらにはソロでミスリル級にまで至った強者である。
もちろん、自分が敬愛する主人であるラナーのためであれば、どんなに強い敵だろうが立ち向かう気概は持っているつもりである。
だが、この王国始まって以来の危機を前に彼と揉めれば、敬愛するラナーの作戦に支障をきたす恐れがあった。
そのため、彼はクズ男に対して、あまり強くは出れなかった。
「まあっ! 竜王国の英雄様でしたのね! それは、とても心強いです!」
そんなクズ男のセクハラを気にした様子もなく、当の被害者であるラナーは彼に朗らかな笑顔を向けていた。
見た目の通り、男の下衆な感情を知らないほどに箱入りであるらしい。
それを見た周囲の者は、いつか彼女が悪い人間に騙されるんじゃないかと心配になってしまった。
そんなラナーの反応に気を良くしたクズ男は、ますます図に乗って彼女の手を撫でまわし続けた。
「でへへへ……」
「ちょっと、貴方ね……ッ」
そこへ『蒼の薔薇』のリーダーであるラキュースが、親友であるラナーに無遠慮に接するクズ男を止めようとしたが、その直前に彼女から手を放した。
「それじゃ、俺様は、もう行かせてもらうぜぇ~」
そう言うと、クズ男は一人で勝手に会議室から抜け出そうとした。
「あっ、お待ちになって! まだ、作戦内容が……」
「大丈夫だって! 全部、俺様に任せときな! それに冒険者ってぇのは、同じ実力の奴らとチームを組むもんなんだぜ。これは基本だから、よ~く覚えておくんだぞぉ? つまり、ここにいる奴らじゃあ役不足っつーわけよ!」
「あのね……、これはチームじゃなくて部隊行動なのだけれど?」
「細かい事は気にすんなって。この俺様がヤルダバオトをぶっ殺せば、それで終了なんだからよぉ」
ラキュースがクズ男の勝手な行動を止めに入るが、彼は手をヒラヒラと動かしながら会議の場から立ち去って行った。
周囲にいる冒険者たちも、つい先日の決闘騒ぎでの惨劇を目の当たりにしたものも多く、それ以外の者も話は聞いていたため、クズ男を説得しようなんて無謀なことはしなかった。
クズ男の勝手な行動を見た『漆黒の英雄』モモンは、彼の評価を五段ほど下げた。
一流の冒険者である彼の経験上、ああいう輩は己の身の程を弁えていないものだ。
彼の故郷の創作物でも、自分を過信して調子に乗った挙句、簡単に死んでいくような”かませ役”だった。
少しばかり身体能力に恵まれているだけで、中身は三流の冒険者に過ぎないのだろうと結論付けていた。
……。
……。
「ところで、モモンさん。ヤルダバオトの配下であるメイドの悪魔の死体を確保したそうですね。私は蘇生魔法を使用できますので、預からせていただけませんか? そのメイドの悪魔を復活させて尋問したいと思います」
ラキュースがモモンに提案した。
彼女は、人類に僅かしかいない蘇生魔法の使い手であった。
「蘇生魔法を……ッ? いや、それには及びません。ちょうど運よく復活させるアイテムを所持しておりましたからね」
「そのような物をお持ちだったのですか!? というより、そんな伝説級のアイテムが実在してたなんて! それが本当なら、世界に二つとないほどに非常に貴重なマジックアイテムのはずですわ! それ程の貴重品を使用していただけるなんて……」
「え?………、コホン! 今は非常事態ですからね! そ、それに、人質の安否も気になる。このくらいは安いものです」
「では、そのメイドの悪魔を連れてくることは可能ですか?」
「それが、特に重要な情報は持たされていなかったようです。その上、かなり暴れて手が付けられなかったため、やむを得ず処分せざるを得ませんでした。すみません……」
「いえ、そんな謝られる事では……。そういう事でしたら、仕方がありませんわね」
ラキュースは、それほどまでに貴重なアイテムを使用してもらった甲斐もむなしく、悪魔側の情報が一切手に入らなかったことに非常に残念に思った。
「それにしても、人質となっている方々のために、そのような貴重なアイテムを惜しみなく使われるなんて。流石は漆黒の英雄様ですね!」
沈んでしまった場の空気を変えるためか、黄金の姫が漆黒の英雄を無邪気に褒め称えた。
深窓の令嬢である彼女は、英雄譚に出てくるような高潔な英雄の姿を体現しているモモンに純粋な憧れを抱いているようだった。
「そんなに大したことではありません。『誰かが困っていたら助けるのは当たり前』。そうでしょう?」
「……それは、モモン様の座右の銘なのでしょうか?」
「今のは、私のかつての仲間の一人であり、恩人でもある友人が口癖のように語っていた信念です。私自身も、そんな彼に救われた者の一人でしてね。彼の在り方に憧れ、少しでも恩を返したい。そう思ったからこそ、あのアイテムの使用を決意したのです」
モモンは、かつての仲間を
その信念は、誰もがこうありたいと願いながらも実行に移すには難しいことだった。
周囲の者たちは、それを軽くやってのける高潔な英雄の行動を称賛し、彼がその信念に至るまでの話に感動していた。
そして、モモンの相方のナーベも感動のあまり涙を流していた。
「「「………」」」
そんな中で『蒼の薔薇』のメンバーだけが感情を表に出さずに、モモンとナーベを無言で見つめていた。
■
◇
作戦会議が終了してから、数時間が経過した。
幸いにも悪魔の中に高位の者は混ざっておらず、兵士や冒険者の多くが傷つきながらも討伐していき、悪魔の数を徐々に減らすことに成功していた。
そんな中、クズ男は自分勝手に単独行動をとっていた。
彼としては、さっさと大将首であるヤルダバオトを仕留めて、一気にアダマンタイト級に昇格しようと目論んでいた。
(雑魚悪魔ばかりチマチマ殺していくのも、いい加減飽きてきたぜ。どこかに大物はいないもんかねぇ……。それにしても、あのお姫ちゃんってナーベちゃんに負けず劣らずの美少女だったなぁ~)
会議の場で見たラナーの姿を思い浮かべてニヤケ顔になる。
竜王国に帰る前に王城に忍び込んで、あの美少女をたぶらかしてやろうと心に誓ったクズ男であった。
その時、遠くで剣戟の音が鳴っているのが聞こえた彼は、抜群の視力で漆黒の英雄モモンと悪魔の首魁ヤルダバオトが戦っているのを発見した。
(げっ、モモンのヤツ、敵の大将と戦ってやがる! このままじゃ手柄を独り占めされちまうじゃねぇかよ!)
手柄を上げて一気にアダマンタイト級にまで昇格したい彼にとって、それは見過ごせない事態だった。
その現場に向かって目にも止まらぬ速さで駆け出した。
「「………ッ!?」」
どうやらクズ男には複数の見張りが付いていたようだが、その圧倒的なスピードに彼らは着いていけず、一気に距離を引き離されてしまった。
■
◇
「では、これで撤収させていただき……」
どうやら戦いが終わり、ヤルダバオトとその部下である四人のメイドが、転移の魔法で撤退しようとしていた。
(そうはいくかよ! 俺様の手柄のために、その首ぃ! 置いてきやがれぇええッ!)
クズ男は悪魔たちに逃げられる前に、さらにスピードを上げ接近した。
まずは戦力を減らすべく、金髪のメイド悪魔に対し、全力の″空手チョップ”をぶちかました!
「だぁああらっしゃあああああッ!!」