◇
力任せに振り回したことで『メイド棍棒』を失ってしまったクズ男だったが──。
「そらよぉッ!!」
残った下半身をヤルダバオトに向けて、思いっきりぶん投げた。
もちろん、その程度でヤルダバオトが傷つくはずもないが、動きを止めるには十分だった。
「貴様ッ! どこまでコケに……ッ!」
そう叫ぶヤルダバオトの声を完全に無視した。
そして、赤髪メイド悪魔の上半身だけの死体を後生大事に抱きしめたまま、いつまでも動かないでいる漆黒の英雄モモンの後ろへと回った。
「テメェは、さっさと戦ってこんかぁああいッ!!」
ドガッ!
クズ男は、モモンをヤルダバオトに向かって蹴り飛ばした。
「……ッ!?」
ヤルダバオトは なぜか避けるそぶりを見せず、飛ばされてきたモモンと組み合うことになった。
その際、間に挟まった赤髪メイドの死体が押しつぶされ、二人の体に彼女の血がべったりと付着した。
「き、さ、まぁああああッ!!」
その有り得ない行動に殺意を覚えたモモンの相方のナーベが、クズ男に向かって極大の雷魔法を発動しようとした。
クズ男はそれを無視して、なぜか動かないでいるヤルダバオトをさっさと始末するべく接近した。
………。
その時、ヤルダバオトの後ろから、三体の強大な悪魔がいきなり出現した。
それぞれ、炎を纏った大柄な怪物、長髪の優男、カラスの頭と人間の女性の体を持つ悪魔たちだった。
「うおおおッ!? なんだコイツら!?」
クズ男は、突然の上位悪魔たちの出現に驚きつつも、すぐに迎撃する体勢をとった。
(ちょっと待て。コイツら、見覚えがあるぞ……。そうだ! ゲームん時の魔将じゃねーかよ!)
クズ男はゲーム時代の記憶から、この上位悪魔たちが、憤怒、強欲、嫉妬の三魔将だと気づいた。
ゲーム時代に何度か狩り殺しているクズ男は恐れることなく、炎を身にまとった大柄な怪物で、一番目立っている憤怒の魔将に狙いを定めた。
モモンも、優男風の強欲の魔将に大剣で斬りかかった。
それを見たナーベも、カラスの頭と人間の女性の体を持つ嫉妬の魔将に向けて、発動させかけていた雷魔法を放った。
彼らが、三魔将たちの対処に追われている隙に、ヤルダバオトは空へと逃げ、彼らの戦いを静観し始めた。
………。
クズ男は憤怒の魔将へ突進し、拳を大きく振りかぶった。
「オラオラオラオラァアアッ!!」
「グ、グオオ……! 人間風情がああッ!!」
クズ男は、憤怒の魔将を一方的に殴り続けた。
対する魔将も殴り返すが、クズ男には避けられ続け、サンドバッグ扱いされた。顔面を連続で殴られているため、魔法を放つ隙も与えてもらえなかった。
モモンも強欲の魔将に大剣を叩きつけ、一方的な試合運びをしていた。
ナーベも雷魔法で、嫉妬の魔将を追い詰めていた。
「「「す、すげぇ……!」」」
「「「………!」」」
その凄まじい、後世に伝説と語り継がれるような戦いを、戦士長や『蒼の薔薇』、兵士や冒険者たちは、遠い場所で眺めていた。
すでに黒髪メイド悪魔の方は、ラキュースの回復魔法で弱体化させられながら、王国戦士長の剣によって胸を貫かれ、完全に動きを止めていた。
オレンジ髪メイド悪魔も、イビルアイの魔法がオイルに引火したことで激しく燃やされた後、徹底的に破壊し尽くされていた。
………。
「オラァッ! 木偶の棒がよぉッ! もう終わりかあッ!?」
クズ男は、憤怒の魔将の顔面を一方的に殴り続けていたが、さすがの耐久性にうんざりしてきた。
やはり、ユグドラシルの装備ではなく、現地産(クリスタル・ティアからの戦利品)では、攻撃力に難がありすぎた。
加えて、憤怒の魔将は物理的な能力に秀でているため、物理耐久力もかなり高かった。
おまけに、殴り続ける間にも、魔将が身にまとっている炎による魔法ダメージが入り、軽く火傷を負っていた。
───どうやら、戦う相手を選び間違えたようだ。
だから、一気に決着を付けることにした。
「〈
スキルで防護した両手で、魔将の左右の角を握り、肩に足を置いて首を引き抜こうとした!
「いい加減くたばれぇえええッ!!」
「ぐ、ぐおぁああ……!」
ブチィィィイッ!!
精いっぱいの力を振り絞り、ようやくその首を体から引き抜くことに成功した。
「「………ッ!」」
それを見た残り二体の魔将が、主人であるヤルダバオトの元へと参じた。
ヤルダバオトは、群衆に向けて声を張り上げた。
「これで、撤収させていただきます! 本当に残念です! アイテムを回収するという目的も果たせないのは!」
そう捨て台詞を吐いたヤルダバオトと二体の魔将たちは姿を消した……。
「「「………」」」
空が明るく晴れ上がり、まるで辺りが浄化されたように感じられた。それを見た全員から、安堵の空気が漂った。
「俺様の勝利だああああッ!!」
「「「う……、うおおおおおッ!!」」」
クズ男は自分の大活躍をアピールするために、率先して勝鬨を上げた。
その声を聴いた兵士や冒険者たちも、戸惑いながらも声を震わせた。
モモンやナーベはというと、疲れが溜まっていたのか気落ちしているようだった。彼らも活躍したというのに、あまり嬉しそうには見えなかった。
王国戦士長ガゼフと『蒼の薔薇』はというと、はしゃぐ兵士や冒険者たちをよそに、何かを相談し合っているようだ。
■
◇
クズ男は、なぜか気落ちしているモモンとナーベに、なれなれしくも近寄った。
「よ! お二人さん! なんか元気がねーなぁ?」
「………」
「うるさい……。殺すぞ、ガガンボッ」
モモンはクズ男が視界に入らないように体を背け、ナーベは憎悪の眼差しでクズ男を睨みつけた。
(ガガンボってなんだったかな? 元の世界の子供向け番組に出てくる愛玩モンスターの名前か何かだっけ?)
ガガンボというのは昆虫の名前であるが、この世界には存在しない生物である。
もし、クズ男に昆虫の知識が多少あって頭の巡りが良ければ、この二人の出身地に思い当たったのかもしれなかった。
「おいお~い、蹴とばしたことを、まだ根に持ってんのかぁ? 悪かったってw けど、あの場でボーッと突っ立ってたお前も悪いんだぜぇ?」
「………」
「黙れ! 近寄るな! ゴミがッ!」
クズ男が形ばかりの謝罪をしたが、それでも相変わらずモモンは無視を決め込み、ナーベは暴言を吐く始末だった。
(愛しの”彼”が蹴とばされたことにご立腹かぁ? しかし、すごい形相で睨みつけてきても、この美貌! 犯してやったら、その反抗的な態度が崩れて、さぞや可愛い反応を見せてくれるんだろうなぁ~)
クズ男がナーベに下劣な視線を向けていると、王国戦士長ガゼフが彼に話しかけてきた。
「私は、リ・エスティーゼ王国・王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。作戦会議の場では、貴殿の事を知る間もなかったからな。改めて名を聞かせてもらいたい」
「おお? お安い御用だ! 俺様こそが竜王国の大英雄にして、この国の救世主! 狂也様だぁッ!」
「そうか、かの国の英雄であるキョーヤ殿にお会いできて光栄だ。我々と王国は貴殿によって救われた。私から礼を言わせてほしい」
ガゼフは、あの凄まじい戦いを繰り広げた上に、自身の愛する王国を救ってくれたクズ男に心から敬服し、彼に向けて手を差し伸べた。
(へへ、コイツ。なかなか分かってんじゃねーか)
「おう! いいってことよ! よろしくなッ!」
クズ男も、そんなガゼフの態度に気を良くして握手を返した。
……。
握手し終えたガゼフは、モモンとナーベの方にも話しかけた。
「……さて、モモン殿にナーベ殿、だったな。ヤルダバオトの手下の死体は、こちらで引き取らせてもらうが、文句はあるまいな?」
辺りには、四体のメイド悪魔の死体が散乱しており、三人はそれらに目を向けた。
ちなみに、魔将の死体の方は灰となって消えていた。
ガゼフは、メイド悪魔を倒したクズ男にではなく、なぜかモモンに対して死体の引き取りを提案した。……いや、半ば命令に近い口調だった。
さきほどのクズ男に対する気持ちの良い接し方とは、まるで大違いだった。
それに疑問を抱いたモモンは、ガゼフに問い返した。
「……ッ! え、ええ、構いませんが……。しかし、何故それを私に聞くのですか……?」
「………」
そう質問するモモンとナーベを取り囲むかような位置に、『蒼の薔薇』の面々がゆっくりと移動を開始した。
「………」
包囲されたモモンに向かって、ガゼフが剣の切っ先を静かに向けた。
「……なッ! いきなり、なにを!?」
「貴様ッ!」
モモンは、いきなり剣を向けられることに対し、理不尽に感じた。
同時に、自分に何か落ち度があったのだろうかと、必死で思考を回転させた。
ナーベも、無礼な振る舞いをするガゼフを睨みつけ、剣を抜く構えをとった。
「んん? なんだなんだぁ? どういうこったい?」
一方のクズ男も、紳士的に見えたガゼフが突然このような行動をとるのが意外過ぎて、頭をひねっていた。
………。
………。
「モモン殿……。いや、モモン。貴様は何者だ?」