◇
ガゼフに剣を突き付けられたモモンは、なんとか平静を装った。
「私が何者とは、いったい何のことでしょう? 王国戦士長どの」
「………」
その周囲で戦勝気分に浸っていた兵士や冒険者たちが、救国の英雄たちの剣呑な様子に再び緊張感を叩き起こした。
「行動が一貫してなさすぎる。悪魔の首領を攻撃する絶好のタイミングはいくつもあった。なのに貴様は、その度に動きを止めていたな?」
「そ、それは、悪魔の隙を伺っていたからで……」
モモンが見苦しい言い訳を行った。
「それにしては、その隙を見逃した回数の多さは不自然だ。ヤルダバオトを気遣っているようにも見えた。それに、なぜ、メイド悪魔の死体を後生大事に抱きしめていたのだ? 悪魔との取引か? あるいは契約でもしているのか?」
「………」
「私からもいいか?」
今度は、『蒼の薔薇』最強の実力を持つイビルアイがモモンに問う。
「私は、相手の実力を割と正確に測る能力があると自負している。まず、そちらのキョーヤ殿に比べてナーベよ、貴様は圧倒的に弱い。ここまではいいな?」
「……ッ! 藪から棒に、ふざけたことをぬかすなよ。人間ごときが……ッ!」
イビルアイの無礼な意見に、ナーベが憤慨した。
その横でクズ男は得意げな顔でドヤ顔していた。
「まあ聞け。そして、最後に現れた上位悪魔たちだが、あれは三体それぞれが同等の力を持っていた。その悪魔の一体はキョーヤ殿を手こずらせ、手傷まで負わせるほどに強力だった。なのに、キョーヤ殿よりはるかに弱いナーベ。貴様が、それと同格の悪魔を一方的に追い詰めていたのは、あまりにもおかしいぞ?」
さらに言えば、本気で殺し合いをしていたのは、炎の悪魔とクズ男だけのようだった。
それと比較すると、他の二組は本気で戦い合ってはいないように感じられた。
お互いの気迫が、どうにも欠けていたからだ。
「それはっ……、単に相性が良かっただけです! それに、この私が人間……、コホンッ、そこの虫けらより弱いとは聞き捨てなりませんッ!」
「いや、貴様は確実にキョーヤ殿よりも弱い。それに、たとえ相性が良かったとしても、その程度では覆らないほどに実力差が開いていたと見ているが?」
「それは、貴方の目が節穴だからです」
「「いいや、イビルアイの目利きの良さは、私たちも保証する」」
イビルアイと同じ『蒼の薔薇』のティアとティナの二人が、息を揃えて仲間を擁護した。
「仲間である貴女たちが言っても説得力に欠ける……」
「いや、俺たちも保証するぜ!」
その時、周囲にいる冒険者の一人が声を上げた。
「俺だけじゃない。王都の冒険者はみんな、敵の実力を正確に測れるイビルアイさんの目には世話になってんだ!」
「俺もだ! 何度も命拾いしたことがある!」
「危険な依頼を受けずに済んだこともあるしな!」
周囲の冒険者たちが全員、イビルアイを擁護した。
この王都で活動する冒険者たちの意見なので、エ・ランテルから来たモモン達では反論することはできなかった。
「…ッチ。人間どもが……」
「「「………ッ!」」」
ナーベの通りの良い美声は、つぶやいただけなのにも関わらず、周囲にいる全ての者たちに行き届いた。
その言葉を聞いた彼らは、『漆黒』の二人に対する疑いを一層強めた。
「……私からもいいかしら?」
今度は、『蒼の薔薇』のリーダーのラキュースが発言した。
「ナーベさん、あなたの噂は聞いているわよ。常日ごろから周りの人たちを虫呼ばわりしているとか」
「つまり、なんですか? この私に謝罪の要求ですか? ……図に乗るなよ、下等生物が……ッ!」
「いいえ、別に謝ってもらいたいわけじゃないわ。あなたの態度、というか心の在り方が気になったのよ。あなたはモモンさん以外の全ての人を見下しているわね?」
「やはり、謝罪の要求ではないですか。ゴミ虫が、身の程を弁えなさい。潰しますよ?」
相方の傲慢な態度を見て、今は不味いと判断したモモンは、ラキュースに頭を下げた。
「ラキュース殿、すまない。仲間の態度を軽く流してきた私の落ち度だ。この通り謝罪させてもらう。ナーベには、後で私から厳しく言っておこう」
「人間ごときにモモンさー…ん、が頭を下げる必要など……ッ!」
「よせ、ナーベ! 今はダメだ! とにかく、口を閉じているんだ!」
仲間をたしなめるモモンをよそに、ラキュースが話を続けた。
「だから、謝罪の要求じゃないの。ねぇ、ナーベさん。あなたが、人を人として見ているのかを聞きたいの」
「どういうことです? ミノムシ」
「人を虫やゴミ呼ばわりしている件だけど、それは見下しや軽蔑なんて生ぬるい物じゃないわね。人間という種族そのものを、本当にそのように認識しているんでしょう?」
「………」
「……あなた、誰かのことを、ちゃんと名前で呼んであげたことはあるの?」
「………ッ!」
一度もなかった。いや、あるにはあったが、それはモモンに報告する際に用いただけだった。
「き、貴様ぁッ! この私に、上から目線で説教するだとッ!? 身の程を弁えろ! この人間風情がぁあああッ!! どうでもいい下等生物の固有名など、いちいち覚えていられるかぁああああああああああッ!!!」
「ナーベ……、頼む……! 頼むから、もう黙っていてくれ………」
焦燥するモモンの懇願を完全に無視したナーベが、剣を抜いてラキュースに突きつけた。だが、彼女はそれに怯むことなく、毅然とした態度で問いただした。
「ねえ、モモンさん、ナーベさん……。あなたたち、本当に人間なの?」
ザワッ……!
周囲の兵士や冒険者たちが固唾をのんだ。
各々武器を構え、モモンとナーベの逃亡を阻止すべく、彼らを包囲している王国戦士長や『蒼の薔薇』の後ろに回り、彼らの援護に入った。
「おまけに、味方であるはずのキョーヤに対して、殺意のこもった本気の攻撃を加えようとしていたしな」
『蒼の薔薇』のガガーランも、先ほどの戦闘の不自然な場面を思い出し、それを指摘した。
作戦会議の場でも、世界に二つとないほどに貴重な蘇生アイテムを、情報を引き出すためとはいえ、敵の悪魔に対して簡単に使用したというモモンのことを怪しいとは感じていた。
冒険者であれば、それ程のアイテムは誰にもバレないように大切に保管し、仲間の命が危うい時にこそ使用するのが常識だ。信仰系魔法詠唱者を抱えていない『漆黒』であれば、尚更のことだ。
それを考えれば、モモンという人物は、有り得ないほど異常な感性の持ち主に思えた。たとえ、彼が演じている通りの高潔な精神の持ち主だったとしても……。
周囲の冒険者たちは、『漆黒』のアダマンタイト級という地位に目が曇り、モモンの昔語りに感動していたため、そこに着目することはなかった。
しかし、蟲のメイド悪魔が死亡した現場に居合わせた『蒼の薔薇』の三人は、その時のモモンとナーベの反応が気になっていため、他の冒険者と違って冷静な目で彼らを観察することができたのだ。
「なんだよ! コイツら、人間じゃねぇのかよ!」
「今までの功績も全部嘘だったのか!?」
「どうりで、前々から怪しいと思ってたんだよ!」
「なんか、少し安心した……」
『漆黒』の輝かしい英雄的な活躍に、内心では嫉妬や焦りを覚えていた同業者も少なくはなく、それらの功績の全てが自作自演だと知り、ここぞとばかりにモモンたちを罵倒した。
中には、本当の功績でないと分かって、安堵の表情を浮かべる者もいた。
「モモン! ナーベ! 無駄な抵抗はやめて、神妙にお縄につけ!!」
ガゼフが剣を構え、『蒼の薔薇』も戦闘態勢を取った。
周囲を固める兵士や冒険者たちも、二人を逃すまいと身構えた。
「くっ……!」
「このっ、羽虫どもがぁああああああああああああッ!!!」
それに対し、モモンは剣を構え、ナーベは雄叫びを上げ、臨戦態勢に入った。
………。
「まあまあまあ、戦士長さんよ。ここは、俺様に任せてくんねーか?」
今まで静観していたクズ男が、今にも戦いを始めるだろうタイミングで割り込んできた。
「キョーヤ殿!? しかし、相手は危険人物だ!」
「大丈夫だって。ちょこっと話をするだけさ」
「……分かった。キョーヤ殿が、そうおっしゃるなら……」
この国を救った英雄の言う事なので無下にもできず、その提案をガゼフは渋々受け入れた。
許可を得たクズ男は、モモンに近付いていった。
モモンは、自分の前に立ったクズ男を怪訝に思った。
「……それで、私に話したい事とは?」
「まあ、聞けって」
「虫けらがッ! 気安くモモンさー…ん、に触れようとするな!!」
「ナーベ、くれぐれも大人しくしているようにな。頼むから……」
クズ男は、ナーベの声を無視してモモンのそばに寄り肩を抱いた。モモン以外には聞こえないように小声で話すつもりのようだ。
なれなれしい態度のクズ男を、ナーベが殺気を込めて睨んでいた。
「なあ、モモン。いい提案があるんだけどよ。お前なら特別に見逃してやってもいいぜ。ちょっとした条件さえ飲んでくれるんなら、俺様は手を出さねぇでいてやるよ」
「……? その条件とは?」
「ナーベちゃんの事だけどさぁ……、俺様に譲ってくんね?」
「………は?」
モモンは一瞬、自分が何を言われたのか理解できなかった。
「おっと、待て待て! 怒るんじゃないぞ? いいか、よく聞けぇ? まず、俺様はお前に手を出さねぇ。その代わりに、ナーベちゃんを確保する。んで、その隙にお前は囲みを破って逃げりゃいいんだ。……なぁに、周りは雑魚ばっかだ。お前なら簡単に逃げられるだろうよ」
「………」
「安心しろってw ナーベちゃんの命はちゃ~んと保証してやるぜ。俺様のペットとして大事に飼ってやるんだからよぉ」
その言葉を聞いたモモンに、激しい怒りが沸き上がった。
そんなふざけた提案を飲めるわけがない!
「ふ……、ふざけるなあッ!」
怒りに燃えたモモンは、肩を抱いているクズ男を突き放した。
「おおっとぉ!」
「キョーヤ殿!?」
ガゼフがクズ男を気遣い、モモンに対して剣を構えた。
「いや、大丈夫だぜ。今のは俺様の失言だからな」
クズ男が両手を挙げながらモモンを擁護し、それを把握したガゼフは気を緩めた。
「モモン、すまなかったな。今のは俺様が悪かったよ。本当にくだらないことを聞いちまった。許してくれ……」
「………」
クズ男が頭を下げ、殊勝な態度で謝罪するが、モモンの方は許す気がなさそうだった。
「そうだ! 実は、お前に会ったら確認してほしいと思ってた物があるんだがよ!」
クズ男は懐から、ある物を取り出した。
「ほら、コイツだ。コイツをどう思う?」
「………?」
それは、竜王国の神殿で購入した『免罪符』だった。
差し出された”それ”を、モモンは思わず手に取った。
渡した後、クズ男は数歩後ろに下がった。
「これは、一体……?」
モモンが見慣れない”それ”を見ながら疑問を抱いた。何らかの意味が隠されているのではないかと思い、慎重に”それ”を観察し始めた。
そこへクズ男が、モモンの手がふさがり思考が割かれた瞬間を見計らって、渾身の”ヤクザキック”をぶちかましてきた!
「……ッ!? モモンさ……ッ!」
クズ男の動きを注視していたナーベは、それに反応することができた。
彼女は、モモンへの高い忠義心から彼に体当たりをして突き飛ばし、自分が身代わりとなってクズ男の攻撃を受け止めた。
ズンッ!!
「カハァ……ッ!?」
「あ、やべっ」
「ナアアアアベェエエエエエエエエエッ!!?」
ナーベは、クズ男の強烈な一撃をまともに腹部へと食らってしまい、即死した。
相棒の死を認識したモモンは彼女の死体を抱き寄せ、激しく慟哭した。
(あ~、しくったなぁ。これって、神殿で生き返らせてくれるのかよ? 悪魔の手先だから無理か? いや、今回の報酬を全部支払えばなんとかなるか? ……ってか、俺様の手元が狂ったのはコイツがいたせいじゃねぇかよ! クソッ、クソがぁッ!!)
被害者意識の強いクズ男は、お気に入りの女が死んだ原因をモモンのせいにした。
対するモモンは、大切な相棒を殺したクズ男に激しい怒りをぶつけた。
「くぅッ、クズがぁああああああああああッ!!! 俺のッ!! 友のッ!! 俺の大事な仲間たちが残した大切な子供‟達”を……ッ!! よくもぉおおおおおッ!!! あ”ぁああああああああああああッ!!!」
「「「ッ! ぐぅ……ッ!?」」」」
最高位の冒険者だった男が放つ凄まじい圧力と、得体の知れない絶望的な”オーラ”によって、周囲の兵士や冒険者は動けなくなってしまった。
ガゼフや『蒼の薔薇』でさえも、必死で耐えるのが精一杯だ。
「絶対に許さんッ!! 貴様には、この世のありとあらゆる地獄を……ッ」
「やかましいッ!!」
そんな男の圧倒的な威圧も、王国の救世主たるクズ男には通用しなかった。
激高するモモンの頭を押さえながら足を引っかけ、地面に投げ倒した。
ズダァアアンッ!!
「ぐあ……ッ!?」
そのまま、モモンの体に馬乗りになってマウントを取った。
「テメェの女が一人死んだぐれぇで、ピーピー泣き叫んでんじゃねぇよ!! なっさけねぇ野郎だな、テメェはぁッ!!」
ガスッ!! ガッ!! ゴスッ!! ガスッ!! ズガァッ!!
クズ男は、モモンの顔面に向かって、連続で殴りつけた!
クズ男より身体能力が劣っていたためか、モモンはクズ男に一方的に殴られる事しかできなかった。
………。
(……ダメージは食らってるはずなんだがなぁ。兜で顔が隠れてるせいか、今いち苦痛の表情が分かんねぇな……。せや!)
モモンの苦しんでいる様子が分からないことに不満を覚えたクズ男は、いいことを思いついたと言わんばかりに、モモンのヘルムを両手で挟み込むと───、
かぁ~~~~~~~~~~~、………ぺっ!
彼のヘルムの目元にあるスリットに向けて、汚らしい痰を多量に含ませた唾を吐き出した。
そして、その内部にある顔の眉間へとクリーンヒットした!
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……ッ!」
「おぉぉんどりゃああああああッ!!」
突然、近くの空間にゲートが開かれ、黒い全身鎧に身を包んだ騎士が飛び出してきた。
その謎の騎士は、激しい雄叫びを上げながら斧を振りかぶり、物凄い速さでクズ男に襲い掛かってきた!