三国極秘会談(続き)
◇ ────リ・エスティーゼ王国 王都
白金の騎士アガネイアの張った結界には、主だった者たちだけが集まっていた。
ランポッサ、ザナック、ガゼフ、ブレイン、『蒼の薔薇』、ナナシ、そしてアガネイア。
情報を知る者は最低限に収めておきたいため、それ以外の兵士や冒険者、神官たちは負傷者の救助に当たっていた。
現在は、冒険者モモンの本名がアインズだったことが明らかになり、その者が、以前ガゼフと縁があった凄腕の
そして、アインズと悪魔の関係性や対策などが議論されていた。
……。
「間違いなく、さっき見た赤い鎧の女は、シャルティア・ブラッドフォールンだった」
「あの少女が、以前、ブレインが言っていた強大な吸血鬼か?」
「ああ、ヤツに傷一つ付けられないどころか、完全に遊ばれていたよ」
友人である剣豪ブレイン・アングラウスが以前話していた内容を、王国戦士長ガゼフは思い出していた。
ブレインは、以前遭遇した吸血鬼シャルティアに成すすべもなく、あしらわれたことがあった。
かつての御前試合で、ガゼフと互角の勝負を繰り広げたという剣士が軽く遊ばれたと聞き、周囲の者たちが驚くも、すぐに冷静になった。
先ほどの伝説的な戦いを目の当たりにしていれば、それも当然だろうと思い直したからだ。
「吸血鬼か……。モモン、いや、アインズだったな。ヤツは吸血鬼ホニョペニョコを退治したという偉業を成したと話題になっていたが、それが偽りだとすると……、つまり、グルだったか」
「おおかた、冒険者のランクを上げるための芝居だったんだろうぜ。その吸血鬼の正体が、そのシャルティー? ってヤツなんだろ。そもそも、ホニョペニョコなんて名前は珍妙すぎるしな」
「シャルティアな。シャルティア・ブラッドフォールン」
『蒼の薔薇』のイビルアイとガガーランは、かつての『漆黒』の活躍の噂を思い出していた。事実、それによって、彼らは一気にランクを上げたのだった。
どうやら、それも自作自演だったようだが。
「ふむ……、モモン、アインズ、ホニョペニョコ、シャルティア、そしてヤルダバオト。なるほど、これほどの強大な存在が一度に出現するのは、どう考えても不自然だね」
白金の騎士アガネイアが補足した。偶然の重なりが何度も続けば、疑いを持つべきだとも。
「他にも、秘密結社『ズーラーノーン』が暗躍した事件を解決していた。それもアインズの工作である可能性が高い」
「その『ズーラーノーン』さえも操っていたと思われる。『ズーラーノーン』は邪教集団。
つまり、そんな組織が崇める存在はというと……」
「………邪神」
『蒼の薔薇』のティアとティナの話に、誰かがポツリと言った。
「邪神アインズか……!」
「邪神!?」
「なぜ、そんな存在が……!?」
スレイン法国から派遣されたナナシは、アインズの正体を、そう結論付けた。
それを聞いた国王ランポッサと第二王子ザナックも、激しく動揺した。
そんな悍ましい存在が、自分たちの愛する国で暗躍していたことに亡国の危機を強く感じたのだ。
そして、なぜ、この国が標的にされたのだと、神を呪いたい気持ちでいっぱいだった。
「待ってほしい! ゴウン殿は、以前私とカルネ村の人々を救ってくれた。村人に対しても真摯に対応していた。そのような存在だとは思えない!」
「戦士長殿、それこそが邪神の謀略だろう。そのカルネ村を足掛かりに、あるいは実験場にでもして、この世界の支配あるいは崩壊を目論んでいるに違いあるまい」
ガゼフは、アインズに多大な恩義があり、義に厚い性格の彼はアインズの事を擁護した。
だが、それをナナシは邪神の謀略だと一蹴した。
「……もしかすると、この国がここまで腐敗しきってしまったのも、かの邪神が暗躍していたからなのでは? 例えば、善良な貴族にあらぬ罪を着せて失脚させ、八本指などの犯罪組織に力を与えていたのだとしたら……ッ!」
「……ッ! そういう事だったのか! 我々は今の今まで、邪神の
ザナックの意見に、ランポッサが最もだと納得した。
ここまで国が衰退したのも邪神という強大な存在が関与しているとしたら、かなり信憑性が高いと考えていた。
その事実が分かり、彼は手を震えさせながら憤慨していた。
それに対してアガネイアは、さすがに考えすぎだろうと思ったが、全員の意見を一致させるために、あえて否定はしなかった。
「とにかく、今ここで話した内容は、他では話さないように頼む。アレらが、‟ぷれいやー”だとすると、姿の見えない
どんなに些細な話も聞かれていると認識していてくれ。たとえ自宅の中だとしてもだ」
アガネイアが皆に忠告した。
彼の主だという白金の竜王は、”ぷれいやー”についての深い知識を持っているようだ。
「この場にいる我々だけで? それでは、邪神に対抗するための連携が他国と取れなくなるが……」
「今は、何もしないように。特にヤツらの本拠地が分かるまでは、軽はずみな行動は慎んでくれ。当然、カルネ村への調査も厳禁だ」
ランポッサは、隣国であるバハルス帝国との戦争も、これを機に中断させられるのではないかと期待していたが、アガネイアからは止められた。
だが、そのことに不満を覚えたナナシが異議を唱えた。
「待っていただきたい! そのカルネ村という邪神の支配地が分かっているのに何もするなというのは、いかがなものかと!」
「……今回の敵は、あの八欲王と同格の存在だと見ている。少し前に、話にあった吸血鬼と戦ったことがあったから分かる」
「吸血鬼……。ホニョペニョコ、いや、シャルティアなる者でしたか。それにしても、八欲王と同格とは……」
「あれほどの強大な存在は十中八九”ぷれいやー”、つまり八欲王と同等の存在であることは間違いない。……それでナナシと言ったか、キミは、尋問防止用の魔法をかけることは可能かな?
差し支えなければ、今ここにいる全員にかけてもらえないだろうか?」
「……それ程の敵だという事ですな?」
「ああ、
「……分かりました。邪神アインズが占拠した村を放置するというのは、神に仕える身としては残念ですが、仕方がありませんな……。
件の魔法に関してですが、同行している部下たちも使えますので、こちらに連れてきます。私だけでは魔力が心もとないので」
■
◇
「ところでザナックよ。バルブロは、今どうしている? 本当に戦闘には参加しておらんのか?」
「兄上でしたら無事でしょう。聖女殿と部屋に引きこもっておりますから」
ランポッサの長男で第一王子のバルブロは、最近話題の聖女に夢中だ。
只でさえ浪費家だったのに、彼女の歓心を得るために豪奢な服や装飾品やらを貢ぎ、さらに散財を繰り返すようになった。
この愚行に対して、バルブロの
───聖女マリアンヌ。
これまでザナックは、
その優れた観察眼によって、あの成り上がりの聖女が更なる不遜な野心を抱いていることを見抜いていた。
そのため、本来なら彼女に対して王子である彼が敬称など付ける必要はないが、野心家な聖女への皮肉を込めて聖女”殿”と呼んでいた。
「そうか。バルブロは無事でいてくれたか。本当に良かった……」
「「「「「………ッ!」」」」」
ランポッサは長男の無事に心の底から安堵した様子でつぶやいたが、これに周囲の者たちはドン引きだった。
バルブロが前線に出てこないのは、貴族派閥の思惑も多少は絡んでいるのだろうが、それでも王族の義務を果たそうとせず、女と部屋に籠って浪費を繰り返すのは決して褒められた行動ではない。
だが、ランポッサはそんな長男を責めるのではなく、ただその身を案じるばかり。それは国王として不適切な態度であった。
さらに言うと、命を懸けて必死に王国を守り抜いた勇士たちの前で、戦いから逃げた臆病者である息子の無事を喜ぶのは、父親としてもふさわしくなかった。
(陛下。それは、あまりにも……)
(おいおい……、マジに言ってんのかよ、この王様は)
(親馬鹿にも程があるんじゃねぇのか?)
(実際に危険な現場に赴いた私を気遣ってくれてもよいのでは? 父上……)
(なるほど。これが、腐敗しきった王国の長か……)
空気を読まずに親バカ発言をしたランポッサに対し、彼らは呆れと不満を抱いたが、その感情を表に出さないよう努めていた。
「陛下! この際なので、あえて、この場をお借りして進言したいことがあります!」
その時、王国戦士長ガゼフが、主君であるランポッサに対し決意を込めて発言した。
「どうか、ザナック殿下を次期国王と認めてください! これはもはや、王国だけの問題ではありません! 人類の存亡が懸かった危機です! 王族の義務を放棄し、部屋に引きこもるだけのバルブロ殿下が、これほどの脅威に対処できるとは到底思えません!」
「戦士長……」
「其方……! 自分の発言の意味を分かった上で言っておるのか?」
ガゼフの進言に、ザナックが戸惑い、ランポッサが渋い顔をした。
非公式の場ではあるが、ガゼフは戦士長の身でありながら、自国の第一王子を批判し、さらに王位継承問題にまで口を出したのだ。
アガネイアの言が正しいのであれば、どこに邪神の目と耳があるのか分からない以上、彼としても、この場で発言するしかなかったのだろう。
もちろん、ランポッサとて馬鹿ではない。
我が子が、長年に渡って不適切な行動をとっているのを認識してはいた。
それでも、今まで王位継承問題を先送りにしてきたのは、派閥関係の調整のためだけではない。
王座を諦めさせ、それを嘆く息子の姿を見たくないという親心でもあったのだ。
「はい、不敬な発言をお許しください。しかし、私も今回の件で腹をくくりました。命を投げうつ覚悟を以て進言しております!」
「……ッ。まさか、其方がそこまでの覚悟で進言するとはな……。うむ、其方の意見にも一理ある。検討はしよう」
「私の愚かな意見を聞いてくださり、感謝します。王よ……」
ガゼフがランポッサに跪き、深く頭を下げた。
自身の最も信頼する戦士長の覚悟を決めた進言を聞き、ランポッサは神妙な面持ちで検討する姿勢を見せていた。
(あー、多分、検討だけで何もしないパターンだ……)
(まぁ、今回も検討するだけで終わるんだろうさ)
(この人、検討してばかりじゃね?)
(
(人類存亡の危機を前に、決断ではなく検討するだけだと!? 危機感がないのか、コイツは!)