◇ ────プレアデスの憂鬱
「……ソーちゃん、もう、警戒しなくってもいいんじゃないっスか?」
「……そうね。ここまで来れば、さすがに安全でしょう」
カルネ村での任務が終わり、ルプスレギナはナザリックに帰還しようとしていた。
ナザリックへと繋がるゲートの入り口付近まで来て安全が確認されたため、姿を隠して彼女の護衛を務めていたソリュシャンが現れた。
ゲート近くの木の陰にはシズが隠れ潜み、魔法銃を構えながら二人の安全を確認していた。
また、周囲にはエントマが使役している蟲たちが植物や石などに擬態し、彼女たちを見守っていた。
さらにダメ押しと言わんばかりに、恐怖公の眷属であるゴキブリまでもが放たれていた。
………。
王都での任務の失敗から、彼女たちプレアデスの評価は格段に下がっていた。
特に変わったのは一般メイドからの扱いだ。
別に冷遇されているわけではない。
ただ、これまでのような憧れの眼差しで見られることがなくなったというだけだ。
彼女たちの憧れの的だったのは、あくまでもナザリックへの貢献を期待されてのことだ。
だが、王都で無様に敗北し、ナザリックの貴重な金貨を消費させ、なにより自分たちが敬愛するアインズを悲しませた。
彼女たちプレアデスは、戦闘メイドとして創造されておきながら、その本分を果たすことができなかったのだ。
……。
アインズはプレアデスを外に派遣することを許さなくなった。それでは、どこが
ついでに言うと、メイド単品の能力で見るなら、プレアデスは一般メイドに劣っている。
もちろん、先日の帝国皇帝一行を出迎えることや、カルネ村への使者として派遣されることであれば、依然としてプレアデスの仕事であるのだが。
つまり、総合的には自分たちと変わらない能力になったと、一般メイドからは認識されるようになっていた。
「ユリ
「ユリ姉さんは謹慎中よ。ニグレド様やペストーニャ様と一緒に謹慎処分になったみたいだけれど、ユリ姉さんの方が長くなるでしょうね……」
その三人は王都で手に入れた人間たちの処遇の改善を求めて、アインズに異議を唱えたのだ。
特にユリ・アルファは、王都で現地民ごときにやられて死亡するという失態を演じておきながら、そのような愚行まで犯したのだ。
当然、謹慎期間は他二人より長くなることだろう。
「ナーちゃんが、特に元気ないっスよね」
「私も似たようなものだから、気持ちは分かるわ」
アインズが冒険者モモンとして活動できなくなったことで、ナーベラル・ガンマもお役御免となり、それで彼女はふさぎ込んでいた。
敬愛する主人と二人きりで活動できるという栄誉に舞い上がっていた当初から、一気にどん底へと叩き落とされたのだから。
王都での潜入任務のような仕事を今後任されることがなくなるソリュシャンには、彼女の気持ちが痛いほど理解できた。
また、プレアデスの中では、ナーベラルの評価が最も下がってしまった。
アインズは彼女の人間への対応能力を不安視して、彼女を人前に一切出すことはしないだろう。
直接的な言葉で命じられたわけではないが、態度や雰囲気で分かってしまうのだ。
戦闘メイドの本命である客人対応や外部への使いを任されなくなった上に、メイドとしての能力も一般メイドには及ばない。
つまり、実質的な
「アインズ様も、すっかり心配性になってしまわれたわ」
「それも私たちが、ふがいないからっスよね……」
カルネ村に派遣されてはいるが、たとえ襲ってくる者がいたとしても、決して戦うなと厳命されていた。
とにかく逃げるようにと。
護衛対象であるンフィーレアやエンリが侵入者に襲われても、自分の身を優先するようにと。
戦闘メイドでありながら、その高い身体能力を逃走用にしか使うことができないのだ。
それは果たして
今の彼女たちは、自分たちの存在意義が揺らぎつつあった。
■
◇ ────王都リ・エスティーゼ 王城ロ・レンテ
この国の第三王女ラナーの私室に、彼女の親友(?)である貴族令嬢にしてアダマンタイト級冒険者ラキュースと彼女のパーティメンバーが集まっていた。
「どうやら、八本指の隠し拠点が、この辺りにあるようです」
ラナーが王国の地図を指さしていた。
持ち前の高い知能で八本指の暗号文を解読し、彼女たち『蒼の薔薇』に説明していた。
「よし、ここを詳しく調べれば……」
「ええ、もしかしたら、邪し……、いえ、何でもないわ!」
邪神の手がかりが分かるかもしれない、と言いそうになったが、ラキュースは慌てて口をふさいだ。
どこに邪神の耳があるのか分からない以上、ここで迂闊に話しては、親友のラナーの身も危うくなってしまう。
「どうしたの、ラキュース? 私に何か隠し事をしてませんか?」
「いいえ、本当に何でもないの! コホンッ! とにかく、すぐに件の場所に向かってみるわ!」
ラキュースが隠し事をしているのをラナーは見抜いていたが、本人が頑なに話そうとしない以上は、それ以上追及するわけにはいかなかったようだ。
■
◇ ────王都 郊外
建物や草木が全くと言っていいほど見当たらないような、辺鄙な場所へと彼女たちは来ていた。
「この辺りか」
「もう、そろそろ着きそうね」
目的地まであと僅かといった所で、イビルアイが頭に指を当てる仕草をした。
「ん? ……なんだ? …………なに? 今からか?」
「どうしたんだ、イビルアイ?」
「問題ない。リグリットから話があるから来てほしいと《
「私たちに遠慮することはないわ、イビルアイ。行って来たら?」
「いや、しかしだな……」
「もともと、過剰戦力なんだ。俺たちだけでも十分だぜ」
「八本指の戦力の要である六腕は、幻魔のサキュロントを除いて全滅した」
「生き残ったサキュロントが釈放されていたとしても、私たちの敵ではない」
「……分かった。お前たち、油断はするんじゃないぞ?」
そう言うと、イビルアイは転移の魔法で姿を消した。
………。
………。
「「………ッ!!」」
その時、シノビのティアとティナの姉妹が、何か危険を察知したようだ。
二人の反応を見たラキュースとガガーランも、周囲に異常がないか見まわした。
「これはこれは、奇遇ですねぇ。皆さん」
すると、どこからか、涼しげな声が聞こえてきた。
それは聞き心地の良い男性の声だったが、彼女たちにとっては忘れようもない、忌々しい声だった。
「な……ッ!?」
「「「ヤルダバオト!?」」」
そこには、王都を襲った大悪魔ヤルダバオトが、いつの間にか姿を現していた。
あの時と変わらず仮面を付けている。
加えて彼の側には、かつてクズ男が戦った憤怒の魔将が三体も控えていた。
そのうちの一体でさえ、自分たちでは束になっても勝てないだろう。そんな存在が三体も控え、さらに大悪魔までいるのだ。
たとえ、イビルアイがこの場にいたとしても、勝利は絶望的だろう。
むしろ、彼女だけでも巻き込まれずに済んで幸運だったと思うことにした。
「………なんだ? 俺たちに何か用でもあんのかよ?」
話の主導権を握ろうとガガーランが率先して話しかけるが、大悪魔は彼女の問いには答えずに発言した。
「どうやら、一人欠けているようですね。あの仮面を付けた方はどちらに?」
「それを、貴方に教えるとでも?」
「ふむ……、あなた方に転移の魔法が使えるとは思えませんが、念のためです。《
大悪魔は、彼女たちの周囲に転移阻止の魔法をかけた。
用心深い事だが、そもそも彼女たちには転移が使えないので無駄ではあったのだが。
「……私たちを、どうする気?」
「それを決めるのは、残念ながら私ではありませんね」
「……? それは、どういう……」
「あなた方のお相手は私ではなく、彼らにしていただきますので、ご安心を」
そう言うと、大悪魔は指を鳴らした。
その瞬間、周囲の地面から、次々に大量のアンデッドが這い出てきた。
「……ッな!」
「アンデッド!?」
どうやら、完全に周囲を囲まれてしまったようだ。
強くはないが弱くもない。そんなアンデッドの群れが、彼女たちに向かって徐々に包囲を狭めていた。
さらに、空には”骨の鳥”が飛び交い、飛行による脱出も不可能になっていた。
これは本来なら、イビルアイを逃さないための布陣であろう事は、容易に想像ができた。
「ッチ、罠に掛けられたか!」
彼女たち”蒼の薔薇”も背中合わせとなり、死者の群れを迎え撃つ構えを取った。
大悪魔は後ろに下がり、側にいた憤怒の魔将三体が彼の前へ出た。
彼は少しだけ宙に浮くことで、彼女らの戦いぶりを観戦するつもりのようだ。
(さて、調査によれば、あのラキュースという女の持つ魔剣キリネイラム……。あれに宿る
その破壊力を警戒し、彼は耐久力の高い憤怒の魔将三体を肉盾にしていた。
「包囲を破って逃げられないかしら?」
「……無理そう。さらに後ろに厄介なのがいる」
死者たちの後ろには、剣と盾を持った巨大なアンデッドが複数体、全方位から高速で走って来ていた。
そのアンデッドたちの名は、
防御に秀でており、難度にして100を優に超える伝説の存在なのだが、彼女たちの知識にはなかった。
たとえ死者たちの囲いを突破しても、あの怪物が周囲に展開している以上は、この場から撤退することは絶望的だった。
「……とにかく、今は戦い抜いて、隙を見て脱出するしかないわ! みんな、行くわよ!」
リーダーのラキュースが自身の恐怖心を必死で抑え込み、仲間たちを奮い立たせるために声を張り上げる。
その声に仲間たちも応え、己を奮い立たせている。
彼女たちも生還は無理だと頭では分かっていたが、それでも諦めるわけにはいかなかった。
──そして、彼女たちの絶望的な戦いが始まった。