◇ ────王都 郊外の森
「………」
「落ち着いたかい? イビルアイちゃん」
あれから、クズ男・狂也は意気消沈しているイビルアイをお姫様抱っこして、王都郊外の森の中へと移動していた。
現在は、マリアンヌがインベントリから取り出した、グリーンシークレットハウスという、拠点作成用のマジックアイテムを展開していた。
その周辺には、念のために厳重な結界が張られている。
「そろそろ、何があったか教えてくれるかい、イビルアイちゃん? ……さあ、気を楽にして、ゆっくりでいいからな?」
クズ男はイビルアイの隣に座り、優しく微笑みながら彼女を見つめた。
そして、彼女の肩に手を回し、いやらしく撫で始めた。
「……仲間のティアから魔道具で伝えられたんだ。『邪神の罠』『帰還は無理』『さよなら』、というワードがな」
その連絡が届くと、即座に飛行魔法で現場に駆け付けたが、すでに戦闘は終わっていたらしい。
らしいというのは、戦闘が行われた形跡が全くなかったからだ。どうやら、厳重に証拠を隠滅したようであった。
「イビルアイさん。その邪神というのは?」
「ああ、以前、王都で起こった悪魔騒動事件を知っているだろう。あの時は、キョーヤ殿が解決してくれたわけだが。……私たちを含めた一部の者からは、あの事件の首謀者と目されるアインズという者が邪神と認識されている」
他にも、冒険者モモンの正体が、そのアインズであったことを二人に説明した。
それを聞いたクズ男は、そういえば、モモンと鈴木悟の声が全く同じだったなと思い出していた。
「ああ、その認識で合っているぜ。なかなかの名推理だな、イビルアイちゃん。あの鈴木……、アインズは邪悪な神で、この世界の征服、いや、崩壊を企んでいるんだ。……そして、俺らが追っている仇敵でもある」
「……やはり、そうだったか。なのに、それほどの相手を甘く見ていたとはな。神と呼ばれる存在の恐ろしさは身をもって経験してきたというのに」
あの時は、第三王女ラナーからの個人的な依頼だったのだが、その話がどこからか漏れたものと思われた。
「おそらく、あの部屋に邪神の手の者が紛れ込んでいたのだろうな。私では全く気づけなかった」
仮に、邪神が”ぷれいやー”であったとして、その部下の隠密が従属神であるなら、相当な強者なのだろう。
かつて、自分も当時の仲間たちと共に魔神と化した元従属神を倒したことはあったが、それが隠密特化型であれば、自分を出し抜くことは十分に可能なのだろう。
イビルアイは、ラナーが邪神と繋がっていたのではないかと一瞬だけ頭がよぎったが、すぐに否定した。
仲間のシノビである姉妹からも、彼女は善意の塊で、とても演技とは思えないと評されていたではないか。
信頼していた仲間の事を疑うのかと。
八本指についての会議だったため結界を張っていなかったのが仇となり、あの部屋に潜んでいた間者に全てを聞かれてしまったのだろう。
もっと警戒をしていればと、後悔は尽きなかった。
「聞きたい。お前たちは、”ぷれいやー”なのか? そして、邪神アインズとは何者なんだ?」
イビルアイは、クズ男はもちろんの事だが、マリアンヌからも底知れない強大な力を感じ取っていた。
彼女は、仲間の回復や支援を主に行い、自分からは攻撃を仕掛けないタイプの神官であるようだが、それでも
仮に戦った場合、こちらの攻撃が全く通用せず、逆に相手からの浄化魔法によって、アンデッドである自分は一瞬で消滅させられてしまうだろう。
「まあ、多分、俺らはそのプレイヤーって事なんだろうよ。鈴木……、アインズも含めてな。……確か、前にも白金の鎧を着た変な奴から、同じことを聞かれたことがあったっけな」
「白金鎧か……」
イビルアイの頭には、知り合いの竜王の姿がよぎっていた。
「お前たちの目的は、邪神アインズを倒すことだと言ったな? だったら、私も仲間に加えてはくれないか? これでも、全てのアダマンタイト級冒険者の中でも、私は最上位の
事実、冒険者チーム『蒼の薔薇』は、最強のイビルアイを除いた他のメンバーたちも、かなりの実力者ぞろいだった。少なくとも、バハルス帝国の『銀糸鳥』や『漣八連』などの同格の冒険者たちよりも実力は上だったはずだ。
そして、その『蒼の薔薇』の中でも、イビルアイは他のメンバーと大差をつけて格上の実力者だった。
彼女と同格以上の存在となると、それこそ、スレイン法国が秘匿している逸脱者や神の血を覚醒させた者たちくらいのものだろう。
イビルアイとしては、キョーヤについては、実力はともかく内面にまでは期待していない。
マリアンヌは分からないが、この男と気が合う様子を見るに同類なのだろう。
だが、今のイビルアイには、失うものは何もなかった。
自分の全てを犠牲にしてでも、仲間の仇を討つ。そして、あわよくば救出する。
たとえ、悪党と結託してでも。自分が滅ぶことになってでも。
吸血鬼ゆえに寿命は存在しないが、所詮は滅びるまでの暇つぶしでしかない。
「そうか、道理でな! あの時のイビルアイちゃんの魔法は凄かったもんなぁ! 鈴木……、あのホネ野郎の部下の体を真っ二つだもんな! スカッとしたぜ!」
クズ男は王都での戦いにおいて、イビルアイの魔法をまともに食らったオレンジ髪のメイド悪魔の体が、二つに分かれていた光景を思い出していた。
そして、あの憎らしい鈴木悟の呆然とした様を思い出し、心の底からザマァと感じていた。
………。
「それと、お前たちには話しておかなければならない」
イビルアイは仮面を外し、その素顔を顕にした。
「おおっ!」
「まあっ!」
そこには、かなりの美少女がいた。
だが、その瞳は真紅であり、口元からは鋭い牙が覗いていた。
それらは、吸血鬼である証だった。
これから仲間にしてもらう以上は、誠実でありたいという気持ちもイビルアイにはあったが、それ以上に切実な理由があった。
それは、マリアンヌの回復魔法である。
イビルアイは、聖女マリアンヌが大勢の兵士たちを回復したという噂を当然耳にしていた。
アンデッドである自分にとって、回復魔法は逆にダメージを負ってしまう。
ましてや、自分より遥かに格上の”ぷれいやー”による回復は、もはや昇天と言ってもいいだろう。一瞬で消滅させられかねない。
そういう情報を知らせていなければ、逆に彼らの足を引っ張り、邪神討伐に支障をきたす恐れがあった。
彼らが吸血鬼を討伐すべき存在とみなす価値観の持ち主であったとして、それで滅ぼされたとしても仕方ないと割り切ることにした。
仲間たちの無念を晴らせずに滅びたくはなかったが……。
そんな諦観にも似た思いを抱いているイビルアイを慰めようとするためか、クズ男は座っている彼女の前へと移動し、目線を合わせながら優し気な笑みを浮かべた。
「イビルアイちゃんってば、こんなにも美少女だったんだな! 俺様の予想通りだぜ!」
「ええ、イビルアイさんは、とっても可愛らしい方ですわ!」
「……お前たち、私の事を何とも思わないのか? 私は、吸血鬼だぞ?」
「あまり気にはなりませんわ。私たちのいた世界では、吸血鬼は特に珍しくもありませんでしたし」
「むしろ、こんな綺麗な吸血鬼なんて見たことねぇぜ。超激レアだろ!」
イビルアイの外見を、マリアンヌは素直に褒めており、クズ男は異様に興奮していた。
ゲームにおける吸血鬼という種族は、プレイヤー、NPC、モンスターを問わず、ほとんどが醜い姿の化け物だった。
外見だけを美しく取り繕う事は可能だが、その本性が化け物の姿なのは変わらない。
例外として、
イビルアイのように、自然な感じの美しい吸血鬼は、もはや奇跡のような存在だった。
「こちらこそ、よろしく頼むぜ、イビルアイちゃん、いや、イビルアイ!」
「よろしくお願いしますね、イビルアイさん」
「ああ、よろしく頼む。キョーヤ殿……、いや、キョーヤ。そして、マリアンヌ」
「へへへっ……」
「うふふ……」
「……はは」
挨拶を終えた三人は、お互いに笑いあっていた。
美少女の仲間を手に入れたクズ男がだらしない笑みを浮かべ、マリアンヌが肉盾にはなりそうだと彼女を評価し、イビルアイが照れくさそうに笑みを浮かべる。
室内には、そんな和やかな雰囲気が漂っていた。
そんな中で、クズ男はイビルアイの太ももに手を置いて、いやらしく撫で始めていた。
「………」
イビルアイは特に抵抗する事もなく、クズ男のセクハラを受け入れていた。
……いや、諦めたという方が正しいかもしれない。
………。
「よしっ、話もまとまったところで、さっそくバハルス帝国に向けて出発だ!」
「あっ、お待ちになって、狂也様!」
マリアンヌからダメ出しされて、クズ男はガクンと力が抜けた。
出鼻をくじかれた気分になったクズ男は、マリアンヌを問い詰めた。
「おいお~い、なんだよ、マリアンヌぅ?」
「はい、せっかくですので、帝国では偽名を使ってはいかがでしょう?」
「偽名?」
確かに、鈴木悟の手の者を警戒して、というのは正しい意見だった。
「偽名かぁ。どんな名前にすっかねぇ……」
いくら偽名といえども、あんまり変な名前は、まっぴらだった。
「う~ん。急には思いつかねぇな……」
「それでしたら、私に提案が! 『クズル・クズクーズ』というのは、いかがでしょう?」
「『クズル・クズクーズ』……。何か由来でもあるのか?」
「いいえ? ただ、今の狂也様の姿を見てたら、ふと思い浮かんだだけです。……お嫌でしたか?」
イビルアイの太ももを、しゃがみこんで撫でまわしているクズ男の今の姿を見て、マリアンヌは何らかのヒントを得たようだった。
「……いや、良い名だと思うぜ。『クズル・クズクーズ』か……。まるで、俺様の魂に強く結びついていたかのように、しっくりくるぜ。ゴロも良いしな」
クズ男は、その奇妙な名が大層気に入ったようだった。
「それと、仮初の武器として剣も用意した方が良いでしょう。拳で戦っていては正体がバレかねませんし」
もちろん、自分が持っているユグドラシル産の武器を装備してもらうわけにもいかないので、帝国に着いたら適当な剣を購入してはどうかと提案した。
「確かにな。たが、剣じゃなくて斧の方が良いな」
マリアンヌは意外に感じた。
この男の場合、かっこいい剣の方を選ぶだろうと思っていたからだ。
「この世界に来たばかりの頃、興味本位で剣を振ったことがあったんだがよ。すぐに壊れちまった。……まあ、粗悪な現地産武器の限界ってのもあったんだろうけどな」
かつて、竜王国の某戦場にて、ビーストマンに殺された兵士の剣を拾って面白半分に振ってみたことがあった。
その剣は、クズ男の剛力に耐えきれず、あっさりと折れてしまったのだ。
それに対して、斧という武器の使い心地は良かった。
強靭な膂力で岩に叩きつけても壊れにくい。投擲してビーストマンに当てても良い。おまけに剣よりも安い。
自分が使うには、うってつけの武器であった事を思い出していた。
「よしっ、それじゃあ改めて、バハルス帝国へ出発だな!」
「はい、狂也様! ……じゃなくて、クズル様!」
「……なあ、キョーヤよ。いい加減、私の太ももから手を離してくれないか?」