◇ ────スレイン法国
荘厳かつ神聖な趣のある大聖堂。
その床に、『一人師団』『無限魔力』『天上天下』の三名が跪いていた。
その前には、六人の神官長たちが並び立ち、彼らを見下ろしていた。
「バハルス帝国が例年通り、リ・エスティーゼ王国に対して宣戦布告を行った」
呼ばれた三名は、不思議に思った。
その人間同士のくだらない戦争のために、なぜ最強の特殊部隊である漆黒聖典に所属する自分たちが呼び出されたのか。
誰かの暗殺命令なのだろうか。
そう考えていた。
「いつもとは違うのは、バハルス帝国がアインズ・ウール・ゴウンを名乗る
「実は、これは内密な話になるが、そのアインズとやらの正体は邪神なのだ」
これには、さすがの三名も驚いた。
邪神とは何者なのか。魔神とは違うのだろうかと。
「邪神については、かの王国でも極一部の者は知っている。その者らから我が国に対し、援軍の要請があったのだ」
「そこで、お前たちは、かの邪神の戦力を正確に調べてくるのだ」
王国からの手紙には、
だが、それでも法国には十分に伝わるだろうと判断されていた。
「無論、『占星千里』にも観測させるが、お前たちも自分の目で直接確認してくるのだ。奴らが使う魔法に関してもな」
「主な任務は調査だ。決して、邪神を討とうとするでない。……あくまで、姿を見せず隠れ潜み、ギガントバジリスクなどをけしかけて、敵の戦力を削る事に専念せよ」
「とはいえ、それさえも不可能だと判断したのなら、調査のみで構いません。……決して、我らの正体を邪神軍に知られる事のないように」
『一人師団』クアイエッセは、ギガントバジリスクを筆頭に、多数の強力な魔獣を召喚・使役することを得意としている。
神官長らは、邪神と幹部級の討伐は無理でも、雑兵であれば、ギガントバジリスクでも十分に倒せると踏んでいた。
……いや、そう思いたかった、という方が適切だろうか。
「王国の援軍の件はいかがいたしましょうか? 要請があったとのことですが……」
「……王国の人間には、尊い犠牲となってもらう」
「陽光聖典が壊滅した以上、竜王国のビーストマンに対する備えを失った。……幸いにも、”暴虐の英雄”が暴れてくれたおかげで奴らの勢いは弱まっているが、いつ盛り返してくるか分からん」
「それに、
中身はともかく、圧倒的な強さを誇ったクズ男・狂也が行方不明となってしまったことにより、彼らはビーストマンや
そのため、下手な手を打つことで、貴重な戦力を失うわけにはいかなかった。
「うむ、そのためならば、王国の兵にいくら犠牲が出ようとかまわん。……長年、好き勝手してきたのだ。せめて、我々の役に立ってから死んでもらわねばな」
王国兵は、主に農民から徴兵されただけの者たちなので、彼らが悪いわけではないのだが、神官長らは人類救済を免罪符に無慈悲な命令を下した。
■
◇ ────アーグランド評議国
「いよいよ、奴らが本格的に動き出すか……」
王国からの援軍要請は、評議国にも届いていた。
「あの王国での動乱のように、やりすぎるようならば、奴らを止めなければなるまい。……たとえ、敵対する事になろうとも」
そうは言ったが、やはり戦闘になるのだろうなと考えていた。
なにせ、相手は邪悪な悪魔を使役し、積極的に国を乱す連中だ。
その性質は、邪悪と言っても間違いないだろう。
「無駄だとは思うが、一応対話を試みてみようか……」
■
◇ ────リ・エスティーゼ王国
ギィンッ ガギィンッ
「ハァッ」
「フンッ」
王国戦士長ガゼフと、その友人である剣豪ブレインが稽古場で激しく剣を打ち合っていた。
──結果は引き分け。
お互いの首にピタリと剣を合わせて、静止させていた。
「……腕を上げたな、本当に」
「……ありがとよ」
模擬戦が終わって、二人は雑談をし始めた。
その話題は、近いうちにカッツェ平野にて行われる戦争についてだ。
「なぁ、今度の戦だが、何か作戦でもあるのか? なにせ、相手はあの邪し……」
「よせッ、ブレインッ!」
「……おっと、そうだったな」
ここにも邪神の間者が潜んでいる危険があると、念のため警戒しているガゼフは、慌ててブレインの口を止めた。
「……その件だが、エ・ランテルに着いた後、詳細な作戦会議が行われるという事になっている」
「会議ねぇ……、する意味はあるのか?」
そう、貴族たちは邪神軍の実態を知らない。
冒険者モモンと仲間のナーベは、表向きは悪魔の手先という事になっているが、モモンの正体までは秘匿されている。
どこにアインズの手の者が潜んでいるか分からない以上、迂闊には話せない。
とはいえ、話したとしても、どのみち信じてもらえないような荒唐無稽な内容だ。
「ガゼフ、どのみち勝利は絶望的なんだ。あまり前へ出すぎるなよ?」
「そうもいかんさ。前にも言ったが、相手がどれほど強大であろうと、私は王の御身をお守りするだけだ」
「ふっ、お前なら、そう言うと思っていたよ」
きっぱりと宣言するガゼフに対して、ブレインは呆れた笑みを浮かべた。
呆れてはいるが、それ以上に尊敬の念も抱いていた。
「さて、エ・ランテルに赴く前に、俺の家で一杯飲んでくか? 陛下から賜った高い酒があるんだ。……考えたくはないが、王都での最後の酒になるかもしれんからな」
「ったく、お前は命をもっと大事にしろよな」
そして、二人は笑い合いながら、稽古場を後にした。
■
◇ ────竜王国
「結局、あの御仁の言った事が正しかったわけですが?」
「ぐぬぬ……」
女王ドラウディロンは、宰相に問い詰められていた。
王国の方から邪悪な波動が伝わってきたと、クズ男が女王に話したことがあったが、それが見事に的中し、本当に王国で大量の悪魔が出現したのだった。
しかも、それらが邪悪な神によって率いられていたというではないか。
「あれから、法国の大使により抗議が来てしまいましたよ。一歩間違っていたら、邪神の暗躍に気付けずじまいだったかもしれないと」
「………」
女王は微動だにしなかった。
……いや、よく見てみると、顔を赤らめてプルプル震えていた。
「まあ、幸いなことに、彼が専属の娼婦たちにも話していたおかげで、なんとか事なきを得ましたがね。……誰かさんのように安易に嘘と決めつけずに、娼館の治療士に伝えてくれた彼女たちには、心から感謝すべきですなぁ」
「………」
法国からは、女王から伝えられた内容と、娼婦たちからの内容に大きな食い違いがあった件について、詳しい説明を求められていた。
そのため、宰相が忙しい立場でありながら大使館を訪れ、不甲斐ない女王に代わって深く謝罪する羽目になったのだ。
「……『ふん、あんなの、あやつの嘘に決まっておろう』」
宰相が女王の口調を真似しながら、当時の彼女の発言を繰り返した。
「ええい、しつこいのじゃ!」
「でも、本当に邪神が存在していたではないですか。……陛下、もしかして、勘が鈍ったのでは?」
他者の発言が嘘かどうかを見抜く能力を、女王は持っているとの事だったのだが……。
「たって……、本当に、あやつの嘘だったんじゃもん」
「幼子のふりをなさらないでください。いくら幼女の形態をとっているからって……」
「形態言うな」
「冗談はさておき、本当に彼女たちには感謝するべきですよ? 褒美をお与えになってもいいくらいです」
「褒美も何も、その者らは、すでにこの国にはおらんじゃろうが……」
そう、クズ男が最後の夜に抱いた娼婦たちは、全員が彼の子を身籠っていた。
なので、現在、彼女たちはスレイン法国で手厚い保護を受けている。
竜王国としても、彼の血を受け継いだ、将来の英雄候補は欲しかった。
だが、この国の現状では、彼女たちの身の安全を保障できかねるし、生まれた子の養育費や訓練のノウハウなどが、法国に比べると圧倒的に不足しているのも事実である。
なので、泣く泣く譲るしかなかった。
「まあ、邪神だ何だと言ってところで、我が国にできることは何もない! 事の成り行きを見届けるだけじゃ!」
「陛下、話を逸らそうとしてませんか?」
■
◇ ────バハルス帝国 門前
入国しようと列に並ぶ人々と一緒に、クズ男・狂也の一行も同じように並んでいた。
今のクズ男は、マリアンヌの幻術により、顔を微妙に変えていた。
微妙な変化であっても、別人で通る外見には仕上がっていた。
「……まさか、ぷれいやーの体力がここまで化け物だとはな」
クズ男に運んでもらったマリアンヌとイビルアイ。
クズ男一行は、あまり目立たないように、人気のない遠回りな道を進んでいた。
クズ男は、マリアンヌをお姫様抱っこし、イビルアイを背中に乗せて高速で疾駆していた。
二人を乗せたうえに遠回りもしていたにも関わらず、信じられないくらい短時間で帝国に到着した。
マリアンヌが、クズ男に強化魔法をかけることで、疾風がごとき速度で移動できたからだ。
あまりの速さで移動するため、イビルアイはクズ男の首にしがみ付くことで精いっぱいだった。
まさか、疲労が存在しないアンデッドの性質を、こんなところで発揮しようとは思ってもいなかった。
「短時間で到着できたのはいいのですが、道中、私の体をまさぐるのは、よしてくださいまし。……狂也様のスケベ」
マリアンヌは帝国に着くまで、ずっとクズ男に胸や尻を揉まれ続けていた。
それに対し、彼女は豊満な胸を手で隠し、頬を膨らませながら、可愛らしく抗議していた。
「いやいや、悪かったって~。あまりに触り心地の良い体だったもんでよォ」
クズ男は、女性に対するものとは思えないくらいにデリカシーのない言葉を口にした。
セクハラの被害を受けた経験のあるイビルアイは、ジト目でクズ男を睨んだが、仮面で覆っていたため気づかれることはなかった。
「国内に入ったら、私とイビルアイさんは、皇帝陛下に謁見して参りますね」
「ああ、俺様は適当な斧を買ったら、そのまま
マリアンヌは、クズ男には冒険者ではなく、
というのも、この男に冒険者など到底務まらないと分かりきっていたからだ。
ただ思考停止で暴れ回っていればいい竜王国ならともかく、この帝国ではさすがに細かいルールを守らないといけないはずだ。
この男が、それらをちゃんと守ることができるなどという過大評価は一切していなかった。
「謁見が終わりましたら、《
「ああっ、分かってるって。俺様自慢の凛々しい顔を衆目に晒せないのは残念だがよ。鈴木……、いや、あの野郎をぶっ殺すまでは辛抱してやるさ」
鈴木悟と言いかけて、慌てて口をつぐんだ。この会話も聞かれていると判断しての事だ。
クズ男は手をヒラヒラさせてマリアンヌたちと別れ、帝国に足を踏み入れた。王国と比べて随分と賑やかな街並みを見ながら、彼は新たな決意を胸に抱いていた。
(見てろよ、鈴木悟とその人形ども。あの時は不意打ちされて、いい様に嬲られちまったが、ここから俺様の快進撃が始まるんだからよォ)
クズ男は、自分に大きな敗北を味合わせた鈴木悟と、それに付き従うNPCたちへの憎しみが沸々と湧き上がっていた。飄々と歩きながらも、頭の中では彼らを徹底的に痛めつける妄想に夢中だった。
(俺様はテメェらの全てを恨む。だからこれは、攻撃でもなく宣戦布告でもねェ。俺様をコケにしやがったテメェらへの、逆襲だ!)
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