皇帝に謁見する偽聖女
◇ ────バハルス帝国 皇城 玉座の間
帝国の皇帝への謁見の手続きは、滞りなく行われた。
イビルアイの持つアダマンタイト級冒険者の肩書のおかげだ。
本来であれば、クズ男と共に
一応、自分も王国では聖女と称えられてはいたが、はっきりとした
自慢の美貌を使って、聖女らしく振舞えば信じてもらえるかもしれないが、確実ではない。
だが、イビルアイの思わぬ参入によって彼女の肩書を使えるようになり、予定を前倒しして謁見が叶うこととなったのだ。
………。
マリアンヌとイビルアイが、玉座の間に静かに入室した。
彼女たちを、若き皇帝ジルクニフが出迎えた。彼の傍らには、帝国最強と名高い三人の騎士と若い秘書官が控えていた。
紅一点である女性騎士はともかく、男性陣は皇帝を除いて、絶世の美貌を誇るマリアンヌの姿を見て、口を開けながら茫然としていた。
ゲームにおいて、人間種のアバターを選ぶ場合、大抵は美形となる。
あまり外見にはこだわらず、適当に整えて作成していたクズ男でさえも、この世界では、かなりの美形となっている。
ましてや、マリアンヌの場合は、自身のアバターの外見には特にこだわりを持って作成していた。
そのため、もはや人間とは思えないほどの美少女に仕上がっていた。
騎士と秘書官らは、最近ある墳墓を訪れ、絶世の美姫を何人か見ているはずだが、あの時は命の危機があった事から、彼女らに見惚れる余裕を持てなかった。
そのため、マリアンヌほどの美少女に対する耐性を獲得できていなかった。
だが、皇帝は動揺しなかった。
美しい女性を見慣れているのもあるが、とある壮絶な過去によって女性に熱を上げるようには成長していなかったからだ。
入室してきた二人が礼儀作法に則り、皇帝に向かって跪いた。
そんな彼女らを、皇帝は威厳を持って、されど優し気に出迎えた。
「ようこそ、我が帝国へ。私は、この国の皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスである。……アダマンタイト級冒険者イビルアイ殿。そして、リ・エスティーゼ王国の聖女マリアンヌ殿。貴女たちの来訪を心から歓迎しよう」
美男子であるジルクニフが、女性受けしそうな爽やかな微笑みを心掛けて、噂に名高い二人の女性を丁重に出迎えた。
二人は、泰然としている彼を見て、ランポッサ王よりも決断力に優れた名君だと感じていた。
聖女という情報が出たところで、髪を下ろして顔の半分を隠している女性の騎士がマリアンヌに顔を向け、じっと見つめていた。
まるで、何かを期待するかのように。
「貴女方のご高名はよく伺っているよ。まず、イビルアイ殿は、数々の偉業を成し遂げた冒険者チーム『蒼の薔薇』に所属する凄腕の
女性が二人いる中で、片方の女性の容姿をほめることは不適切ではあるが、もう一人が普段から顔を仮面で隠している人間である以上は、ぎりぎりセーフだとジルクニフは判断していた。
彼は、敵国であるリ・エスティーゼ王国の重要人物の情報は、密偵を潜り込ませて念入りに仕入れていた。
イビルアイが王国でも有名なアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』に所属する凄腕の
そして、聖女マリアンヌについては、前回行われた自国との戦争で、傷ついた王国兵たちの傷を一瞬で治療したのだと、密偵を通じて耳に入れていた。
彼は国の事情により、信仰系の魔法の事は詳しくない。
だが、大勢の兵士たちを一瞬で全快させるなど、あの聖王国の八方美人王女や腹黒神官団団長であっても難しいはずだ。
当時、密偵からの情報を聞いた彼は、どうして、それほどの存在が王国なんかに現れたのか、どうして我が国ではないのかと非常に歯がゆい思いを抱いたものだ。
「……皇帝陛下。私は、あくまでも、こちらにいるマリアンヌの紹介のために付き添ったまででございます。……とはいえ、しばらくの間は、貴国で活動させていただきますが」
イビルアイは、使い慣れていない敬語で話した。
彼女のアダマンタイト級冒険者としての身分は、帝国以外でも有用だ。
今後、帝国がどうなるか分からない以上は、保険をかける意味でも彼女を仕官させて冒険者の資格を失わせるわけにはいかなかった。
「……そうか、それは残念だ。だが、貴女ほどの
ジルクニフは、潔く諦める姿勢を見せつつも、スマートに将来的な仕官を勧めていた。
「して、マリアンヌ殿の紹介をという事だが、貴方は彼女をどのように評価しているのだろうか? ぜひ、聞かせてほしい」
「……私と彼女は、魔力系と信仰系で分野が違う
そして、ご存じの通り、彼女は人を癒す回復魔法に長けているほか、支援魔法によって味方を一騎当千の戦士へと強化する事が可能です。
さらに、第五位階の天使召喚も行えますので、幅広い場面で活躍できるはずです」
「第五位階……ッ!?」
イビルアイは、マリアンヌを褒め称えた。
いや、プレイヤーである事を考えれば、これでも控えめすぎる評価だが、可能な限り、この世界の人間の限界として違和感がないように紹介していた。
ここで、マリアンヌが皇帝に気に入られなければ、邪神討伐を目標としているイビルアイとしても困るからだ。
それでも、あの聖王国の天才と名高き王女が、公式には第四位階の天使召喚まで行える事を考えると、第五位階を行使できるというマリアンヌは破格の実力だった。
さらに、イビルアイの言を信じるならば、アダマンタイト級の
これには、室内にいる者たちも驚きを隠せないでいた。
「成程、それは素晴らしい! 聖女殿、貴女ほどの優秀な女性が、我が国に仕えてくれるというのは非常に有難い。二か月ほど先の話になるが、王国との戦争も控えているのでな。
ただ、どうして我が国に仕官したいのか、差し支えなければ理由を聞かせてもらってもいいだろうか?」
ジルクニフとしては、二人がこの国に来てくれた事に、
イビルアイについては、たとえ仕官してくれなくとも、
そして、神官であるマリアンヌ。彼女は、イビルアイ以上に待望していた存在だった。
というのも、この帝国では魔法は発展していたが、信仰系魔法に関しては未開もいいところなのだ。
そのため、臣民の治療を、四大神教の神殿に頼りきりにならざるを得ないのが現状だった。
ジルクニフとしても、神殿の影響力から脱却できない現状を憂いていた。
なので、二人の来訪は、大変喜ばしい事であるはずだった。……以前までなら。
対アインズ・ウール・ゴウンの大連合の結成を目指しているジルクニフとしては、彼女たちには、できれば法国、次点として聖王国に仕官してもらいたかった。
表向きにはアインズと同盟関係である帝国にいたとしても、その優れた能力を発揮するのに限界がある。
とはいえ、腐りきった王国の所属となるよりは、よっぽどマシではあったが。
そして、実は秘匿された情報なのだが、主席宮廷魔術師フールーダは、アインズ側に寝返っていた。
なので、イビルアイと共に魔法技術を高め合わせることは、もはや不可能だ。逆にイビルアイが独自に持つ魔法技術が敵に渡りかねない。
「陛下は、かつて王国で大量の悪魔が出現したことは、お耳に入れられていることと存じます。そこで、私は世界の危機を感じ取り、その一助となるべく、弱き人々の救済を行おうとしたのです」
聖女にふさわしい高潔な精神に、男性陣は皇帝を除いて感動していた。
ジルクニフは表情だけは感心しているかのように見せていたが、中身は冷めていた。
そんな甘いことを言う人間がいるものか。いたとしても、聖王国の八方美人王女と同類なのではないかと。
とはいえ、あちらは王の立場にいるのが悪いのであって、マリアンヌのように政治に関わらない人間という事であれば、こちらが上手く手綱を握れば問題ない。
そう考えていた。
そんな周囲の考えをよそに、彼女は儚げに俯きながら話を続けた。
「……ですが、第一王子のバルブロ殿下は、その提案を受け入れてはくれず、逆に私の能力を己の私欲のために利用しようとしたのです。貧しい人々を主に救いたかった私の希望はことごとく無視され、代わりに貴族や大商人のご病気を治すためだけに働かされ、殿下はその見返りとして大金を受け取り、私腹を肥やしておりました。
さらに、ご自分の身の安全を守るためだけに結界を部屋に張らせ、私は活動の制限を余儀なくされておりました」
一同は、あの国の第一王子ならやりかねないと思っていた。
そんなくだらない理由で、この可憐な聖女の時間と能力を潰してきたという所業に、呆れと怒りを抱いていた。
「私は納得がいかず、もはや王国には居られないと悟り、英明なる皇帝陛下により統治され、著しい発展を遂げている貴国へと身を寄せる事にしたのです」
男性陣(皇帝以外)は、マリアンヌの演説に感動していた。それと同時に誇らしくもあった。
自分たちの愛する帝国が、敵対している王国よりも遥かに素晴らしい国であると、この心優しく可憐な美少女から認めてもらえたという事実に。
日頃から帝国の発展に尽力してきた彼らは、一人の男として、とても誇らしく感じていた。