アインズ様を怒らせたクズ男(改)   作:黒郎丸

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皇帝の信頼を得る偽聖女

 弱き人々を救いたい、そのために発展著しい帝国へ来た、そう発言した聖女マリアンヌに対し、周囲の者たちは称賛の思いを込めていたが、ジルクニフだけは冷静な頭で考えていた。

 

 

 (……本当に弱き人々を救いたいのであれば、竜王国にでも向かえばいいのではないか……、とも思ったが、そんな無粋な言葉は口に出すまい)

 

 

 マリアンヌとしては、たまたまイビルアイが帝国に向かうから、護衛が欲しいという理由で便乗した可能性もあるのだ。

 いくら彼女が優秀とはいえ、自分からは直接戦うことのない神官なのだから。

 

 仮に、本当に竜王国へ向かう場合、イビルアイとは別れる事になってしまう。

 ビーストマンの侵攻により危険な状況下にある竜王国へ、神官である女性一人で向かえ、などというのは、さすがに酷というものだろう。

 

 そういう考え方もできてしまう以上は、この聖女を名乗る女が、本当に聖女の心を持っているのか否かは、これだけでは判断材料に乏しかった。

 

 

  ………。

 

 

 ジルクニフが早速、聖女の能力を確かめようと思った矢先、横から紅一点の女性騎士である”重爆”レイナース・ロックブルズが、お辞儀をしながらマリアンヌに声を掛けてきた。

 

 

 「横から失礼致します。私は、帝国四騎士の一人、レイナース・ロックブルズと申します。聖女マリアンヌ様。貴女様は、解呪の魔法も使えるのでしょうか?」

 

 

 マリアンヌとイビルアイは、レイナースと名乗る女性に顔を向けた。

 彼女は美しい女性であったが、髪の毛を下ろして顔の半分を隠していた。

 

 ジルクニフは、当然そうなるだろうなと諦めた表情を一瞬だけ浮かべ、話を続けるよう促した。

 

 

 「ええ、ある程度は。ただ、どのような呪いかを調べねばなりませんが……」

 

 「実は、昔の話ですが、魔獣と戦った際に強力な呪いを顔に受けてしまったのです。それ以降、この呪いを治す手段を探しているのですが、なかなか見つからず……」

 

 

 ジルクニフが、二人のやり取りを興味深そうに眺めていた。

 どうやら、ここで聖女の実力を確かめる事にしたようだ。

 

 

 「聖女殿。彼女の呪いについては、私も心を痛めていてな。よろしければ、治してやってはもらえないだろうか?」

 

 「かしこまりました。では、レイナースさん。顔の呪いを見せていただけますか?」

 

 

 マリアンヌは 聖女らしい慈愛に満ちた微笑みを浮かべて、レイナースを安心させようとしているように見えた。

 

 その言葉を聞いた彼女は聖女に近付き、少し躊躇(ためら)った後、髪をかきあげ、呪いに犯されている(おぞ)ましい顔を見せる事にした。

 

 

 「うげっ、きも……っ!」

 

 「──ッ!」

 

 

 マリアンヌの通りの良い美声は、小声ながらも周囲によく響いた。

 

 特にレイナースは、彼女と近くで顔を向き合わせているため、相手が苦虫を嚙み潰したかのような表情を浮かべたのが、よく分かった。

 

 その無意識にこぼれた一言が彼女の本心なのだと痛感し、レイナースは怒りと羞恥で顔が赤くなった。

 お前みたいな綺麗すぎる顔の女なんかに、私の気持ちなど分からない。一度、お前も同じ顔になってみろ。そんな思いで頭がいっぱいになったが、ぐっとこらえた。

 今から解呪してくれるかもしれない希望の聖女に不快な思いをさせて、前言を撤回されてしまうと困る。

 

 聖女の小声を聞いた周囲の者は、自分の耳がおかしくなったのだろうと思い込むことにした。

 イビルアイとジルクニフは当然気付いていたが、あえて聞こえていないふりをしたようだ。

 

 

 「……コホンッ! 状態は分かりました。ただ、その呪いの副作用によって、貴女の力が底上げされているようにも見えます。このまま解呪してしまうと、弱体化する恐れがございますが?」

 

 

 レイナースは、カースドナイトの職業(クラス)を獲得していた。

 

 優秀な騎士が弱体化すれば、国の損失になるではないかと。

 そう考えてジルクニフの方を見たが、彼は頷き、レイナース自身も考えを変える気はないようだった。

 

 

 「それでも構いません。この呪いには長い間、悩み苦しめられてきたのです」

 

 「……分かりました。では、解呪を始めます。気を楽にしてくださいね」

 

 

 彼女の顔に触れた聖女の手の平から、暖かな光が溢れ出てきた。

 

 レイナースは、顔にしつこく宿っていた忌まわしき呪いが、浄化されつつある事が伝わってきていた。

 その清らかでありながらも強い力が込められた光に、一同は圧倒されていた。

 

 

 やがて光が収まり、レイナースは恐る恐る、自分の顔に触れてみた。

 その感触は、柔らかく滑らかだった。

 今までのように硬質でもない。粘りつく感覚もない。

 呪いの具合を確かめるために携帯していた手鏡を取り出し、今の自身の顔を確認した。

 

 

「……あ……あ……ああああっ」

 

 

 これまで、何度となく自分を苦しめてきた呪いが。

 家族や婚約者からも見捨てられる原因になった忌まわしき呪いがなくなっていた。

 

 彼女は全身から力が抜け、床に膝をつきながら涙を流し、彼女に感謝の言葉を述べた。

 

 

 「ありがとうございます! ありがとうございますッ!!」

 

 

 彼女は泣きながら、同じ言葉を連呼する事しかできなかった。

 

 聖女の実力を知った一同は、驚きの声を上げた。

 レイナースが受けた呪いは、主席宮廷魔術師フールーダも懸命に治療法を模索していたが、解呪の手がかりが全く分からなかったからだ。

 

 スレイン法国にも神官の派遣を要請していたが、結局了承してくれる事はなかった。

 

 そんな誰にも解く事が出来なかった呪いを、目の前の聖女は、あっさり完治してしまったのだ。

 仲間であるイビルアイですらも感嘆し、この場にいる全員が彼女の実力を認めることとなった。

 

 

  ………。

 

 

 レイナースはひとしきり泣いた後、ジルクニフへと向き、晴れ晴れとした様子で彼との契約の解除を告げた。

 

 

 「陛下、この度は帝国四騎士の座を降りさせていただきます。今後は、聖女マリアンヌ様に仕えようと思います。今まで、お世話になりました」

 

 「ああ、今まで、よく仕えてくれた。これからは、聖女殿の護衛を頼むぞ?」

 

 「はい、もちろんです!」

 

 「聖女殿。元々、貴女には護衛の兵士を付けるつもりであったが、それは彼女でも構わないだろうか?」

 

 「はい。むしろ私の方こそ、帝国四騎士だった方に護衛をしていただけるなんて、とても光栄に思います! レイナースさん。よろしくお願いしますね!」

 

 「はい、マリアンヌ様! この命を懸けて、貴女様をお守り致します!」

 

 

 どうやら、聖女の力は本物であるらしい。

 これならば、他にも、この国で不治の病に侵されている者たちを救ってやれるだろう。

 

 

 ……これで自分は、優秀な騎士を一人失ってしまったわけだ。

 だが、この際、それで構わないとジルクニフは割り切ることにした。

 

 どのみち、聖女は我が国に仕官するのを希望しているし、そうなったとして、彼女には護衛の兵士も付けるつもりだったのだ。

 それをレイナースに担ってもらえばいいだけの事だ。

 

 どのみち、呪いを解くために仕えていたため忠義心も低かったし、弱体化もするのであれば、あまり必要性はないかと判断していた。

 

 

 

             +

 

 

 

 レイナースが従者となる事を宣言した直後、マリアンヌは、別の事に意識を向けていた。

 

 

 (はぁ、鈴木悟のことを皇帝に話そうと思ったけれど、ここじゃ無理っぽいわ)

 

 

 彼女は、この玉座の間の隅に目を向けていた。

 一見、何もない場所を見つめながら、彼女は考えていた。

 

 

 (鈴木悟ねぇ……。狂也の話だと、アタシの昔の同級生だったみたいだけど、やっぱり覚えてないのも当然だわ。こんなコスい真似してくるような小物なんだもの。ホント、くだらない)

 

 

 この部屋には、姿を巧妙に消している間者(スパイ)が潜んでいた。

 

 彼女は、負の性質を持つ存在を察知する”聖域”によって、二つの気配を感知していた。

 一人は隣にいるイビルアイ。となると、この玉座の間には、もう一人の悪魔かアンデッドが潜んでいる事になる。

 

 姿を消せる悪魔やアンデッドのモンスターというと、影の悪魔(シャドウ・デーモン)死霊(レイス)の系統になる。

 感じる強さとしては、前者の可能性が高かった。

 

 不可視のアイテムを装備させている別の悪魔やアンデッドの可能性もあるが、自分でも通常の状態だと見破れないような貴重品を、一介のモンスターごときに装備させはしないだろう。

 

 もちろん、その種族のプレイヤーがお遊び感覚で皇城に忍び込んでいる可能性もあるが、状況的に、ほぼ有り得ないと判断していた。

 

 となると、あのモンスターの主人は鈴木悟で間違いないだろう。

 まさか、彼本人が姿を消すアイテムを使用して、部屋の隅に隠れて盗み聞きしているなんて事はないだろう。

 いくらなんでも、プレイヤーである事を隠している自分に対して、そんな事をするとは考えにくい。

 

 大穴として、現地の野生モンスターか。

 だが、それは希望的観測すぎるだろうと考え直した。

 

 皇帝とは言え、プレイヤーでも何でもない、たかだか現地の人間ごときに監視を送り込んでくる。

 三流感がよく伝わってくるというものだ。

 なんて小物なのだろうか、なんて情けない男なのだろうか。  

 

 そう彼女は思っていた。

 

 

 かつての弱者が急に力を手に入れて調子に乗って、それでも弱者ならではの臆病者の本性を変える事もできない。

 なのに、クズ男・狂也の話によれば、お人形相手に絶対的な支配者のように振舞っているというではないか。

 

 そんな情けない男など、彼女にとって軽蔑すべき対象でしかなかった。 

 

 

 

 「ん? 聖女殿、いかがされた?」

 

 「陛下。念のため伺いたいのですが、先程から、あちらの隅に佇んでいるお方も、陛下の部下の方なのでしょうか?」

 

 

 マリアンヌは、玉座の間の隅に目を向けた。

 他の者たちも同じ所に目を向けるが、人どころか何もない空間があるだけだった。

 

 

 「聖女殿? 見たところ、何もいないようだが……?」

 

 「いいえ。確かに、あちらにいらっしゃいます。ただ、巧妙に姿を隠しておられるみたいですが」

 

 

 マリアンヌは、その”影”の者から動揺したような気配を感じ取っていた。

 

 

 ジルクニフたちは、イビルアイの方にも視線を向けた。

 彼女の言っていることは、本当なのかという確認の意味を込めて。

 

 彼らの視線を受けたイビルアイは、大きく頷き肯定の意を示した。

 

 

 「な、なんだと……ッ!?」

 

 

 マリアンヌは先ほどレイナースの呪いを完治し、その圧倒的な実力を示した。

 そして、アダマンタイト級冒険者であるイビルアイまでもが、彼女の言動を保証しているのだ。

 

 あそこに何者かが潜んでいるのは、間違いないと見ていいだろう。

 

 

 「「……ッ!」」

 

 

 二人の男性の騎士である”雷光”バジウッド・ペシュメルと”激風”ニンブル・アーク・デイル・アノックは、素早い動きでジルクニフの周囲を固め、その何もない場所を睨みながら剣を抜いて警戒した。

 

 レイナースも、新たな主人となったマリアンヌを守るべく、その身を彼女の盾にするようにして臨戦態勢に入った。

 

 そして、この場で最も影の薄い若い秘書官は、皆の邪魔にならない所へ移動していた。

 

 

 「もし、そこのお方? よろしければ、私たちの前に姿を見せていただけると助かるのですが……」

 

 

 マリアンヌが問いかけても、”影”は動こうとしなかった。

 

 注意深く部屋の隅を見ても、特に変化を感じられなかったジルクニフは、詳しい情報を得るべく、再び彼女の方へと顔を向けた。

 

 

 「陛下。どうやら、”影”のお方は姿を見せる事も立ち去る事も、する気はないようです。……この場に結界を張りましょうか?」

 

 「あ、ああ! ぜひに頼むッ!」

 

 

 マリアンヌは、玉座の間に聖なる結界を張り、一瞬だけ室内全体が光で満たされた。

 

 

 『ぎぃいいいいいいッッ!!?』

 

 

 明らかに苦しそうな奇怪な悲鳴が響き渡った。それは、人間が発したものとは到底思えない不気味なものだった。

 よく見れば、黒い”もや”のようなものまで出ていた。

 

 

 結界で”影”が滅ぶことはなかったが、身の危険を感じたためか、諦めて退散したようだ。

 こちらがプレイヤーであるとバレるわけにはいかないので、マリアンヌは、あえて”影”を倒す事はしなかった。

 イビルアイとの打ち合わせの中で聞いた聖王国などの情報から、これぐらいなら現地の強者であれば不可能ではないはずだと判断していた。

 

 

 そして、邪悪なる存在が突如出現するという場面に不慣れな者たちは、皆一様に肝を冷やし、背中に嫌な汗をかいていた。

 

 

  ………。

 

 

 無事に”影”を撃退し、一同からは安堵の空気が流れていた。

 

 だが、ジルクニフだけは玉座に座ったまま頭を手で抑えながら、うなだれていた。

 明らかに憔悴しているようだ。

 

 よく見ると、髪の毛が何本か床に落ちていた。

 

 

 (うわぁ。この皇帝ってイケメンだけど、絶対ハゲ遺伝子持ってるわ。あの顔でハゲって超ウケるんだけどw)

 

 

 マリアンヌは、ハゲ散らかしたジルクニフの姿を想像して思わず笑いそうになったが、いつもの微笑みを張り付けて必死でこらえていた。

 

 

 「……聖女殿。貴女が私に仕えてくれる幸運に感謝するよ。…………本当に、感謝する」

 

 

 ジルクニフは、マリアンヌに対して深く頭を下げた。

 その様子からは、本当に敬意を持っているのだという事がよく伝わってきた。

 

 

 「いいえ。どうか、お気になさらず。陛下のお心を安んじる事ができたのなら、それで私は満足ですわ」

 

 

 その言葉を聞いたジルクニフは、聖女の澄み切った微笑みに心が洗われるようだった。

 

 もしかしたら、聖女の姿は演技かもしれないと、あるいは一時的なアピールに過ぎないのだろうと、斜に構えていた愚かな自分が恥ずかしくなった。

 彼女こそ真の聖女であり、自分の窮地を救ってくれた女性なのだと。

 

 その事を理解して涙を浮かべそうになったが、皇帝として、そして男としての意地で  懸命にこらえていた。

 

 

 「……後ほど、侍女に客室まで案内させよう。だが、その前に、私の執務室にも結界を張ってはくれまいか? それも、かなり強固なもので頼む」

 

 「はい、承りました。陛下」

 

 

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