◇
「しっかし、あれほどの手練れが潜んでいたなんてなぁ……」
「恥ずかしながら、我々では気づけませんでした。申し訳ありません、陛下」
帝国四騎士であるバジウッドが頬を掻き、ニンブルが頭を下げながら、主君の身の危険を察知できなかったことを悔やんでいた。
だが、ジルクニフは二人を咎める事はなかった。
あの時に見た墳墓の支配者とその部下たちの姿を思い出し、それに連なる魔物を発見できないのは無理もない事だと悟っていたからだ。
「よろしいでしょうか、陛下。お気付きかもしれませんが、先ほどの”影”の者は、人間などではありませんでしたわ」
「やはり、か……。それで、アレの正体は何なのか、聖女殿はご存じだろうか?」
「私が推測するに、あれは
「……ああ。おそらくは、いや、確実にアインズの手の者だろうな」
「陛下は確か、そのアインズ・ウール・ゴウンと同盟を結ばれているとか」
「聖女殿もご存じだったか。……ああ 表向きにはな。だが、そうせざるを得ない事情があったのだ」
アインズの支配する墳墓に
その計画を胸に秘め、表向きにはアインズと同盟を結んだのだった。
だが、自分が進めていた極秘の計画が、全て相手に筒抜けだったとは。
あの墳墓の怪物どもに作戦の全容を知られながら、良いように踊らされていた事実を思い知らされ、ジルクニフは恐怖で身震いしていた。
ますます、目の前にいる聖女の有難みを身に染みて理解させられた。
気のせいだろうか。彼女から、まるで後光が差しているようにも見える。
……もちろん、ジルクニフの錯覚である。
あの墳墓の悍ましい怪物の集団との対比で、透き通った美しさを持つ彼女が神々しく見えてしまっているだけだった。
「陛下。私は、個人的な伝手により、アインズ・ウール・ゴウンについての情報を多少は持っております」
「なに……? それは、まことか!?」
「ええ。ちょうど、この場に結界を張ったことですし、執務室に向かう前に、今ここで私の知っている事を全てお話いたしましょう」
「ああっ、とても助かる! では早速……!」
興奮気味に話を促すジルクニフに対し、バジウッドが困惑した様子で横から声を掛けてきた。
「あー、陛下? 話の腰を折るようですまねぇが、そこのイビルアイ殿の具合が悪そうですぜ? まずは、回復させてやった方が良いんじゃないでしょうかね?」
「…………あ」
マリアンヌがバジウッドの視線の先を見ると、確かにイビルアイが床にうずくまって苦しそうにしていた。
吸血鬼である彼女にとって、この聖なる結界の中はさぞかし辛かったらしい。
先ほど撃退した
バジウッドの言った通りに彼女を治療しようにも、回復魔法を使用すると逆にダメージを負ってしまう。
この状態で、それを行ってしまえば、ほぼ確実に彼女は消滅してしまうだろう。
彼女を治療する一番の近道は、この結界が張られている部屋から出ることだ。
「……陛下。前言を撤回させてくださいまし。私はイビルアイさんを介抱したいので、話し合いは後日という事でお願い致します。申し訳ありませんが……」
「いや、気にしないでくれ。貴女方も疲れている事だろうからな。……それに、私も少し休みたい。今日は色々と疲れた……」
ジルクニフは、一度気を落ち着かせたことで、精神的な疲労感が一気に押し寄せてきていた。
ため息を吐きながら頭を手で抑え、その指の隙間からは髪の毛が抜け落ちていた。
マリアンヌは、自分の所持している聖属性耐性の効果を持つ装備を、あとでイビルアイに身に着けさせておこうと考えていた。
+
◇ ――――帝都アーウィンタール 歌う林檎亭
そこは、
現在、クズ男・狂也は、”クズル・クズクーズ”という偽名で、この店に宿泊していた。
つい最近、
そのうち、この店の常連客だった
併設されている酒場の片隅がパネルで囲われており、その中に風変わりな四人組が集まっていた。
新人を一人加えることになったクズ一行である。
「というわけで、新しく私たちの仲間になっていただいた元帝国四騎士のレイナースさんです」
「初めまして、キョーヤ殿。この度、マリアンヌ様の従者となりました、レイナース・ロックブルズと申します」
「おお! 貴女のような美しい女性が俺様のチームに加わってくれるとは! この運命の出会いに感謝しなければ!」
クズ男は紳士的な微笑みを浮かべて近づき、彼女の肩に手を触れようと…………、することができなかった。
どうやら、彼の手はマリアンヌの結界に阻まれてしまったようだ。
「ダメですよ、狂也様! レイナースさんは、私に気を使って善意で仲間になってくださったんです。今回は諦めて下さいな」
「ええ、私の忠誠はマリアンヌ様に捧げておりますので、口説かれるのはご遠慮願いますわ」
マリアンヌは彼のセクハラを嗜め、レイナースも毅然とした態度でナンパを拒絶した。
仮面で分かりづらいが、イビルアイも呆れたような気配を出していた。
クズ男は、少しだけ残念そうにしていたが、とくに引きずることなく肩をすくめるだけに留めた。
「へいへい。……ところで、レイナースには鈴木……、アインズの事は伝えてあんのか?」
「はい、ここに来るまでの道中でお話いたしました。……それで、レイナースさんの話によると、皇帝陛下が邪神に要請するそうです。今回の戦争で、王国軍に向かって最大火力の魔法を、開幕で一発撃つようにと」
「はい、他国に邪神の脅威を知らしめ、対アインズ・ウール・ゴウンの大連合を結成させる意図があるとのことです」
ほう、とクズ男は少しだけ感心するそぶりを見せた。
数だけでも揃えば、少しは肉盾になるかと考えていた。
「だが、奴も馬鹿ではあるまい。むやみに敵を作りに行くような真似をするとは思えん。せいぜい、少しだけ強めの魔法を適当に放ち、それ以降は火炎球の連発で終わるんじゃないか?」
「……だよなぁ。いくらアイツが、分不相応な力を手にして大はしゃぎしてる幼稚なカス野郎だからって、そこまで馬鹿な真似はしねぇだろうよ」
クズ男はこう言っているが、自分だって力を手にして竜王国で調子に乗りまくっていた”幼稚なカス野郎”の一人なのだ。
その事実を都合よく忘却しており、自身のブーメラン発言に気付いていないようだった。
「俺らも戦場に行って、あの鈴木……、アインズの奴をぶっ殺しに行くってのはどうだ?」
「今回はやめておきましょう。自作自演の猿芝居ではなく、一応同盟国として戦争に参加している形をとっておりますからね。あのような者たちでも、こちらから襲い掛かってしまえば大義名分を与えてしまいます」
「そういうもんかねぇ。あんな見るからに邪悪そうな奴なんか、世界中の奴らでボコしちまえばいいってのによぉ」
「まだ安全圏では、奴らの脅威を正しく認識できていないだろうからな。特に各地に散らばっている竜王たちは、一部を除いて我関せずの姿勢を頑なに貫いている。邪神が人間の国の一つや二つ滅ぼしたところで動くかどうか……」
イビルアイは、知り合いである白金の竜王以外の冷笑主義者たちであれば、アインズの邪悪な所業を知っても放置する可能性が高いと、下向きに評価していた。
「ほーん。要は、神様気取りの嫌味な奴らって事かい。気に食わねぇな」
大方、小動物同士がエサを巡って争い合ってるのを偉そうに見下ろす感覚なんだろうと、クズ男は面識のない竜王たちの事をいけ好かないムカつく奴らだと見なしていた。
鈴木悟を始末した後は、その竜王たちも一体ずつ殺す。
そして、その死体を素材として、冒険者ギルドに高値で売り払ってやろうと心に誓っていた。
仮にそのような事をすれば、竜王たちと人間との間に戦争が起こるかもしれないという考えは全く頭にないようだったが。
「そんじゃ、とりあえず俺様は、
「はい。私たちは翌日、皇帝陛下に邪神についての情報を提供してきますわ」
そろそろ会議をお開きにし、マリアンヌたちが〈転移の指輪〉を使って皇城に転移しようという所で、クズ男がある事を思い付いて皆を止めた。
「あっと、マリアンヌ、それとイビルアイ。ちょっとだけ頼まれちゃくれねぇか?」
名前を呼ばれた二人は疑問を顔に浮かべた。
「イビルアイは、俺様が竜王国の大英雄だってことは知ってるよな? 王国を救うために留守にして、かなり月日が経っているからな。せめて、女王に手紙でも出そうと思ってよ」
「そういえば、狂也様は竜王国の大英雄として、ビーストマンの侵攻から、かの国を守っていらっしゃったのでしたね」
マリアンヌの説明に、レイナースが少し驚いた表情を浮かべた。
事前にクズ男の強さは聞いていたが、こうして実績を説明されると見る目が違ってくるものだ。
そういえば、各地の強者の情報を集めている、かつての主君であるジルクニフが、竜王国の”暴虐の英雄”について少しだけ話していたのを思い出していた。
あの時は、少し話題に出ただけで、すぐにジルクニフが彼の勧誘を取り止めたのだった。
逆に帝国に災いをもたらしかねない存在だからと。
良くも悪くも、クズ男への認識を改めたレイナースだったが、その様子を見た彼は良い意味に解釈し、得意げな顔をしつつも話を続けた。
「そこで、無事に帝国の賓客となったマリアンヌから、皇帝に頼んで手紙を出させてほしいんだわ。……それと、イビルアイは代筆を頼まれちゃくれねぇか? なにせ、俺様は異世界人だから、この世界の文字には疎くてな」
「分かりましたわ。皇帝陛下は私に良くしてくださいますし、きっと了承していただけるでしょう」
「私も代筆するのは構わんが、その……、大丈夫なのか? 邪神は、各地に姿を消せる間者を解き放っているのだろう? だったら、その手紙も破棄されたり、都合よく書き変えられてしまうんじゃないか?」
「イビルアイさんの懸念は最もですが、それは心配ないかと」
「そうなのか?」
「ええ。実は、私たちプレイヤーの使う文字は、この世界の物とは言語体系が違うんです。そのため、翻訳用の眼鏡がないと文字を読めません。もちろん、邪神も同じ条件です。おまけに、その眼鏡はとても貴重品なのです」
マリアンヌは、その眼鏡を取り出し、初めて見る者たちに見せながら説明を続けた。
「解き放たれている間者は、主に召喚されたモンスターです。その程度の存在に、貴重な眼鏡を所持させているとは思えませんわ。……それに、手紙を出す手続きが終わるまで結界を張り続ければ、相手からバレる事もないはずですわ」
「ほう、それなら安心だ。私も冒険者ギルドで、王国の王都にあるギルドまで手紙を出したかったんだ。何も言わずに帝国に来てしまったからな。……それで、キョーヤ。どういった内容の手紙にすればいいんだ?」
「なーに。そんな難しい事じゃなくていいんだ。小さい女の子を慰めてやりたいだけだからよ」
「ん? 小さい女の子……?」
「ああ、竜王国を救ったことがきっかけで、あの国の幼い女王が熱烈にアプローチしてきてなぁ。まあ、大英雄に憧れを抱く小さな乙女心ってもんだ。健気で微笑ましい限りじゃねぇか」
自分に都合の良すぎる頭脳を持つクズ男は、あの女王の気持ちを少しどころか、だいぶ誤解しているようだった。
「とはいえ、もしかすると、将来的には俺様の妻の一人になるかもしれねぇからなぁ。……そんなわけだ、イビルアイ。なるべく、ロマンチックな感じに頼むぜ?」
クズ男は顎に手を当て、キリッとした顔を意識していたようだが、仲間たちの目からは、だらしない表情になっていた。
「……そういうことか。よし、私に全て任せておけ」
+
◇ ────数か月後 竜王宮 執務室
「陛下。バハルス帝国の皇帝陛下から、お手紙が届いております」
あれから、数か月後──、
竜王国の宰相が、女王ドラウディロンに帝国から届いた手紙を差し出した。
受け取った女王は封を開け、中の手紙を確認した。
「ほう、確かにあの小僧からの手紙じゃが……、中身は、あのキョーヤからのものじゃと!? あやつ、生きておったのか!?」
「なんと……ッ!」
リ・エスティーゼ王国での悪魔騒動以来、行方が全く分からなかったクズ男からの手紙に、二人は大層驚いていた。
「……それで、陛下。その内容は?」
「ふ~む。キョーヤの手紙というよりは、明らかにイビルアイという冒険者からの話が主体になっておるようじゃがな。ただ、内容が国家機密に近いのじゃ……」
その内容とは、
クズ男とマリアンヌが”ぷれいやー”であり、邪神を倒すため秘密裏に動いていること、
アインズ・ウール・ゴウンの正体と脅威度、
王国での悪魔騒動の真実、
帝国の皇城に
アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダーらが襲撃され、拉致あるいは殺害されていること。
それらが、実体験を伴った表現で書かれてあった。
ちなみに、クズ男の話題については近況報告だけで、ロマンチックな感じは一切なかった。
「これらが事実だとしたら、我が国どころか人類の未来そのものが危ういですね……」
「うむ。しかし、これほどの内容は我々の手には余るのう。……宰相よ、あとで書き写して、法国の大使館に送っておくのじゃ」
「かしこまりました、陛下」