アインズ様を怒らせたクズ男(改)   作:黒郎丸

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ガゼフ・ストロノーフの末路【※鬱注意】

◇ ────帝国軍 本陣

 

 

 「大治癒(ヒール)

 

 「……ああ、聖女様。ありがとうございます」

 

 

 偽りの聖女マリアンヌの回復魔法によって、命の危機に瀕していた兵士の傷が癒えていく。

 味方に踏みつけられて潰された兵士の足も、完全に元の状態を取り戻していた。

 

 

 「お礼なんていりませんわ。帝国のために、一生懸命に働いている貴方たちの元気な姿こそが、何よりの報酬なのですから」

 

 「聖女様……っ」

 

 

 偽りの聖女マリアンヌは、治療された兵士の手を両手で包み込み、慈愛に満ちた微笑みを浮かべて励ましていた。

 そんな彼女の献身的な姿に、兵士は涙を流しながら深い感謝の念を捧げていた。

 

 

  ……。

 

 

 『謳う林檎亭』で戦場の様子を観察した後、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)をイビルアイに預けたマリアンヌは〈転移の指輪〉を使い、事前に下見として案内された際に作っておいた転移先である帝国軍本陣に、護衛であるレイナースと共に転移していた。

 

 現在は、負傷した兵士たちの治療に当たっていた。

 

 負傷と言っても、黒い怪物に驚いて味方同士で押しつぶし合った結果なのだが。

 

 

 死にかけた兵士にとって、自分の命を救ってくれた恩人は天使のように見えるという。ましてや、それが女神と見まごうほどに美しい少女であれば、崇めたくもなるだろう。

 

 彼女の治療によって生還を果たした兵士たちは、恍惚とした表情で彼女に感謝を捧げていた。

 マリアンヌは、そんな兵士たちからの注目を一身に受けていた。

 

 

 本来であれば、彼ら兵士たちは、帰ったら辞表を出そうとしていた。心が折れて兵士としては再起不能な状態にあったからだ。

 それほどまでに、戦場で見た黒い化け物が王国の兵士たちを蹂躙していくのが恐ろしかったのだ。

 

 だが、今では、それを考え直していた。聖女の美しさと献身に心を打たれていたのだ。

 崇拝の念さえ抱いている彼らは、彼女が住む帝国を守ろうと固く心に誓っていたのだ。

 その強い思いによって、辞表をなんとか思い留まっていた。

 

 

 「それと、これは私からの、ちょっとした()()()()()です。貴方に幸運が訪れるよう祈っておりますからね」

 

 「ああ……っ! なんだか心が温かくなって、とても気持ちがいいです。聖女様……! 聖女様ぁ……ッ!」

 

 

 彼らが、これほどまでにマリアンヌの事を崇拝しているのは、なんの事はない。単に彼女が兵士たちに〈魅了〉の魔法をかけていただけである。

 ここぞとばかりに自分の信者を増やすために、彼らの弱りきった心の隙間に潜り込ませるように、強力な〈魅了〉をかけていたのだ。

 現地の人間であっても、使おうと思えば使える程度の魔法だったが、大掛かりな魔法の発動になってしまい、周囲の人間に確実にバレてしまうだろう。

 だが、マリアンヌの場合、それを周りに気付かれずに、さりげなく行使する事ができた。

 

 とはいえ、この時ばかりは、それは正しい行為なのかもしれない。

 自分に対する魅了効果で、戦場での恐怖がごまかされている状態だからだ。

 

 もちろん、しばらくしたら〈魅了〉の効果はなくなるのだが、それでも素敵な思い出は残り続ける。

 これで彼らは、帰還した後も心的外傷(トラウマ)を発症しにくくなるだろうし、彼女への崇拝の念も抱き続けるだろう。

 

 ただ、本人の了承を得ていないのが大問題ではあるが。

 

 マリアンヌは、リ・エスティーゼ王国でも同じ手法を用いればよかったと後悔していた。

 あの国では、《集団大治癒(マス・ヒール)》で、一気にまとめて回復させていたからだ。

 だが、こうして一人一人に向き合い、さりげなく〈魅了〉をかけながら回復していけば、自分を崇める信者を増やせたはずだった。

 

 その事を猛省したマリアンヌは、自分が回復させた兵士だけでなく、他の神官が回復させた兵士の元にも歩み寄り、()()()()()と称して彼らの手を両手で包み込みながら〈魅了〉の魔法をかけ続けていた。

 

 

  ……。

 

 

 「ふむ、治療に当たっている所だったか。ちょうど良かったな」

 

 

 その時、魔導王を名乗るアインズが、側近である闇妖精(ダークエルフ)のマーレを伴い声を掛けてきた。

 どうやら、マリアンヌの治癒魔法に興味津々のようだった。分野が違えど、同じ魔法詠唱者(マジックキャスター)としての(さが)だろうか。

 

 

 「これは、魔導王陛下。お疲れさまでした」

 

 

 マリアンヌが振り向くよりも先に、護衛に付いていたレイナースが率先して前に出て魔導王に挨拶した。

 そこには、彼からマリアンヌを守るべく、自分の身を盾にする意図があった。

 

 

 「うむ、君は前にも会った事があるのを覚えているぞ。帝国最強の名高き四騎士の一人で、確か"重爆”のレイナースだったな」

 

 「私ごときを覚えていただき、とても光栄ですわ。もっとも、現在は四騎士を引退した身ですが。……それに、陛下の使役する屈強なアンデッドの騎士たちに比べれば、私の力など微々たるものですわ」

 

 「はははっ。そう謙遜する事はない。君であれば、我が自慢の死の騎士(デス・ナイト)にも匹敵する戦士になれるだろう」

 

 

 レイナースは、魔導王からの心にもないお世辞を軽く聞き流していた。

 

 そんな事に気付いた様子もなく、魔導王は彼女の隣にいるマリアンヌにも目を向けた。

 

 

 「さて、そちらの女性も知っているぞ。類まれな回復魔法の使い手である聖女マリアンヌだったな。知っていると思うが、名乗らせてもらおう。私は、アインズ・ウール・ゴウン魔導王である」

 

 「まあっ。魔導王陛下に置かれましては、ご機嫌麗しく……」

 

 

 マリアンヌは、優雅にカーテシーをした。その気品にあふれる姿を見た魔導王は、彼女が聖女と言われるだけの事はあると評価した。

 

 

 「うむ。どころで、君の回復魔法を改めて見学させてもらっても構わないだろうか? 私は戦場から帰還したばかりで、先程は見そびれてしまってな。魔法を扱う者として、とても興味があるのだよ」

 

 「それは構いませんが、もう他に残っているのは軽症の方ばかりなので、大して見ごたえはないかと」

 

 「……そうか。それは残念。だが、こちらも用事を思い出したので、ちょうど良かったと思うべきだな。では、またの機会と言う事にしよう。さらばだ、聖女よ」

 

 

 そう言うと、魔導王はローブを翻し、マーレと共に颯爽と去っていった。その仕草は、まさに支配者としてふさわしいものだった。

 

 

 マリアンヌは、去っていく魔導王に対して、静かに頭を下げながら見送っていた。

 

 

 (なにアレ? 随分とまあ調子に乗っちゃって、馬っ鹿じゃないの? 勘違いしちゃってる弱男って痛すぎなんだけど)

 

 

 その力と地位は、実力や努力で手に入れたわけではないだろう。なのに、絶対的な支配者のように振舞っている鈴木悟に、心の底から呆れかえっていた。

 

 

 

            +

 

 

 

◇ ────ナザリック地下大墳墓 闘技場

 

 

「……ここは?」

 

 

 突如現れた忍者たちによって拉致された王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは、目を覚ました。

 

 何もない地面に転がされていたようだったが、彼の視界に映るものは、何層にもなっている客席が中央の空間を取り囲む場所だった。

 噂に聞く帝国の闘技場とやらは、このような趣なのだろうなと、ガゼフは思っていた。

 

 観客席の方を見ると、自分を見つめている存在が何人かいた。

 

 銀髪の美少女、スーツを身にまとった男性、闇妖精(ダークエルフ)、蟲のような怪人など、およそ普通の人間ではない者たちばかりだった。

 

 

 「ようこそ、戦士長殿。我がナザリックへ」

 

 「……ゴウン殿」

 

 

 壁の格子が勢いよく上に持ち上がり、そこから現れたのは、漆黒の全身鎧に身を包んだ戦士。そして、黒い羽根を腰から生やし、頭にねじ曲がった角を生やしている美女だった。

 

 戦士の方は、かつて『漆黒の英雄』モモンと呼ばれていた人物だった。

 

 だが、彼の正体を知っているガゼフは、それに気が付いている事を隠そうとはしなかった。

 同時に、後ろにいる女性も、カルネ村で出会った黒騎士なのだろうと推察していた。

 

 

 そんな彼の様子を見て、モモン改め魔導王アインズは鎧姿を解除した。

 

 今の彼は、骸骨の上半身を表にさらし、下半身は黒い長ズボン、首には無骨なネックレスのような物を身に付けていた。

 そして、手には二本の剣を持っていたが、モモンの時に使っていた剣よりも小さい二振りだった。

 

 

 「……ほう、やはり私の正体は知っていたか。どこで知った?」

 

 「知ったも何も、声が全く同じではないか。ゴウン殿?」

 

 「くくっ、これは私としたことが、とんだ失態だな。という事は、あのブレインという男が私の事を知っていたのも、お前から聞いたからか」

 

 「ブレインに何かしたのか!?」

 

 

 ブレインの身を案じるあまり、ガゼフは動揺を隠す事もせず友人の無事を確かめようとした。

 

 

 「彼は、こちらの手違いで死んだ。蘇生を提案したのだが、なぜか無下に断られてしまってな」

 

 「ブレイン……っ」

 

 「まあ、そんな事は、もはや重要ではない。それより、私がなぜ、お前をここに連れてきたかを教えてやろう」

 

 

 ガゼフは、友人の訃報を下手人である魔導王から直接聞かされ、さらには、どうでもいいと言わんばかりの態度を取られた。

 それに対し、激しい怒りと悲しみで拳を硬く握りしめながら、仇である魔導王を強く睨みつけた。

 

 そんな彼の不遜な態度を見た魔導王の配下たちが、一斉に彼を睨みつけていた。

 

 

 「ガゼフ・ストロノーフ、お前たちは私の愛する子供たちを殺した。その落とし前を付けさせようと思ったまでだ」

 

 「……何を言っている? 子供たちだとッ? まさか、王都で戦ったメイドの悪魔たちの事を言っているのか!?」

 

 「その通りだ。彼女たちは、私の大事な仲間たちから預かっている大切な子供たちでな。それを無残にも殺した仇であるお前を許すことはできん」

 

 「何を言う! 仇とは言うが、そもそもゴウン殿、貴殿が王都を攻めてきたからではないか! 我々は、王国を守る戦士団として当然のことを……っ!」

 

 「やめろッ! お前も、あの『蒼の薔薇』の女どもと同じように、くだらない言い訳ばかりほざくのだな!」

 

 「……ゴウン殿。自分が何を言っているのか分かっているのか? 誰かにした事を自分がされれば憤慨する。それは、あまりにも道理に適っていないのではないか?」

 

 

 ガゼフの言い分は、とても明快だった。幼い子供でも理解できる道徳的な内容を、魔導王に懇切丁寧に言い聞かせようとしていた。

 

 だが──、

 

 

 「黙れッ! 黙れ黙れッ!! そのような、ちんけな言い訳が通じるなどと思うなよッ!! お前だけは許さんッ! 断じて許さんぞ……ッ! くそがぁああああああああああッ!! あ”あああああああああああああああッ!!!!」

 

 「……ッ!? ご、ゴウン殿……っ」

 

 

  圧倒的な威圧に、ガゼフは体が重くなったように感じた。気の弱い者であれば、これだけで気絶してしまうだろう。

 

 王国戦士長まで上りつめた身であっても、踏ん張るのが精一杯だった。

 

 しかし、そうなりながらも、歴戦の戦士としての胆力で、目の前の怒れる魔導王を冷静な目で観察していた。

 

 

 ……かつて、気の弱そうな少年に意地悪をしていた悪ガキの事を、ガゼフは思い出していた。

 その悪ガキは、ついに相手の少年から思わぬ反撃を受けた。だが、彼は泣きじゃくりながら、その少年を悪者に仕立て上げようとしたのだ。

 見かねたガゼフは、その悪ガキに道理を教え諭そうとしたが、馬の耳に念仏だった。

 ただ、ひたすら相手の少年を罵倒し続け、しまいには地面に寝転がり手足をばたつかせながら、みっともなく駄々をこねる有様だった。

 

 今の魔導王の姿は、あの時の悪ガキにそっくりだった。

 

 

 しばらく激しい怒りに燃えていた魔導王だったが、急に動きを止めたかと思うと、まるで何事もなかったかのように冷静になっていた。

 

 

 「ふぅ。……まあ、お前にも生きるチャンスは与えようではないか。……アルベド、彼に剣を」

 

 

 命じられたアルベドはガゼフに近付き、一本の剣を手渡した。

 

 彼が元々持っていた国宝の剣は、第一王子バルブロに持ち逃げされたため手元になく丸腰の状態だったため、それを受け取らない選択肢はなかった。

 その剣を見て、あの王国の至宝である剣にも劣らない名剣だと一目で分かった。

 

 

 「……私にこれを渡して、何のつもりだ、ゴウン殿?」

 

 「分かっているだろう? 私とお前でPVPだ」

 

 

 魔導王は、ガゼフにPVP、つまり一騎打ちをするつもりのようだ。PVPとは言っても、ガゼフはプレイヤーではないのだが。

 ガゼフも言葉の意味は分からずとも、状況的に魔導王の意図を理解していた。

 

 魔導王は、魔法詠唱者(マジックキャスター)でありながら、近接戦闘の技術を伸ばす事に余念がなかった。

 そのため、現地の人間の中でも優れた戦士であるガゼフと戦い、経験を積もうという目的もあった。

 

 

 「……」

 

 「さて、その剣のデータ量、つまり魔力量であれば、少なくとも私を殺すことができる。これならば、最低限の一騎打ちという形がとれるというものだ」

 

 

 これを聞いたガゼフは、魔導王が決闘と称して自分を徹底的にいたぶるつもりなのだと気が付いていた。

 しかし、彼としても、この茶番に乗るしかなかった。敵の王が目の前に、手の届く距離にいる以上、戦わないという選択は有り得ない。

 向こうが提案しなくとも、自分から一騎打ちを願い出ていただろう。

 

 

 話し終えた魔導王は、二本の剣を構えて戦闘態勢に入った。ガゼフもまた剣を正眼に構え、二人の間に緊張が走った。

 

 

 「………」

 

 「……では、いくぞ!」

 

 

 魔導王は、意外にも素早い動きで一気にガゼフに近付き、二本の剣を同時に振り下ろした。

 かつて、この墳墓に侵入した請負人(ワーカー)チームのリーダーが使っていた武技である〈双剣斬撃〉。

 あれを、驚異的な身体能力で無理やり再現しようとしたのだ。

 

 

 ガゼフは、横にスライドするように一本目を避け、二本目を剣で受け流した。

 

 その素人臭い剣を受け流すのは容易だった。

 

 隙の多い魔導王に向けて蹴りを放ち、少しでもダメージを与えようとしたが、魔導王に通じた様子はなかった。

 

 痛みを感じた様子もなく前に進み、体勢が崩れたガゼフに剣を振るった。

 

 

 「ハアッ!」

 

 「ぐッ!?」

 

 

 かろうじて剣で受け止めた。だが、かなりの膂力を誇る魔導王の剣の重みに、たまらず後ろへ下がる事となった。

 

 相手は疲れ知らずのアンデッド。ゆえに、ガゼフは一気に決着をつけることにした。

 

 

 「ぬぅおおおおおッ!!」

 

 

 ガゼフは、〈能力向上〉〈流水加速〉などの武技を重ね掛けした。体に大きな負荷がかかり、体がきしむ。

 だが、それに必死で耐えながら、防御を捨てて剣を魔導王に突き付けた。

 狙うは、腹部にある赤い球体。

 おそらく弱点かもしれないその物体を、渾身の力で貫こうとした。

 

 その時──、

 

 

 

  ──時が止まった。

 

 

 

 「…………」

 

 「……そうか。時間対策は必須なのだがな」

 

 

 剣が魔導王に届く前に〈時間停止(タイム・ストップ)〉の魔法によって、ガゼフの時間だけを止められてしまった。

 

 彫像のように動かなくなったガゼフをしばらく見つめた後、剣を横なぎにして、彼の腕を叩き切った。

 

 

 そして、再び時が動き出す。

 

 

 「──ッ!? ぐああああッ!?」

 

 

 ガゼフに、激痛が襲い掛かった。

 全く分からなかった。何の前触れもなく腕を切り落とされ、予想外の激痛に混乱した。

 

 彼は、たまらず魔導王の前に膝をついてしまった。

 

 

 魔導王は、剣を床に突き刺して固定させ、膝をつき動けなくなったガゼフの顔面を蹴り飛ばした。

 

 その強烈な衝撃で、彼は勢いよく地面を転がり、起き上がることができないでいた。

 

 

 「……もう、おしまいか?」

 

 「……くっ。一体、何をした……ッ?」

 

 「簡単な事だ。《時間停止(タイム・ストップ)》という魔法で、お前の動きを止めただけだ。レベル70になったら、時間対策は必要になるので覚えておくがよい」

 

 「……ッ。よく分からんが、私の負けだ。だが、殺される前に聞きたい! なぜ、王都を襲ったのだ? 悪魔を放ち、民を拉致したのは何故だ!?」

 

 「その事か……。まず、我々が王都を襲ったのは、八本指という犯罪組織が我々に危害を及ぼしたからだな。そして、民を拉致したのは我々の利益のためだ」

 

 「八本指を倒すためだとしても、王都の住民まで巻き込む事はなかったはずだ! なぜ、これほど残酷な事をした!?」

 

 「残酷とは心外だ。私はただ、愛する部下たちを守るために、効率のいい戦術を駆使したまでだ。敵国である王国の兵や民の命などより、私に付き従う者たちの命の方が大切なのだからな」

 

 「あんなのが効率、だと……ッ?」

 

 「ガゼフ・ストロノーフ。お前こそ、自国の兵や民を守るために、帝国兵を殺してきただろう。……我々と何が違う?」

 

 「そんなの……ッ、極論だ!」

 

 

 ガゼフの言う通りだった。

 

 魔導王の主張は、全てが間違いではないが、非常に極端と言わざるを得なかった。

 

 彼の故郷で例えるなら──、

 

 味方の兵士の犠牲を減らすために、敵国の市街地に原爆を落としても構わない。

 ゲリラが潜んでいるからという理由で、非戦闘員も多く住んでいる地域に枯葉剤を撒いても構わない。

 

 そう言わんばかりの極論、いや、暴論だった。

 

 

 「それに、あんな恐ろしい魔法や怪物まで使って兵士を虐殺して……ッ! やり方がひどすぎる! ゴウン殿、貴殿の目的は何だ!? 何を狙っている!?」

 

 「ふむ、何を狙っている……か」

 

 

 魔導王は憤慨するガゼフに構うことなく、どこか遠くを見るように顔を上に向けていた。

 まるで、自身の志を振り返っているかのように。

 

 

 「難しいようで簡単な事だな。私が狙っている物、求めている物はたった一つ。

 …………"幸せ”だ」

 

 「幸せ……?」

 

 「人であろうと何だろうと求めるのは、やはり”幸せ”だろう?」

 

 「そのためであれば、罪のない人々の幸せを奪って良いとでも言うのか!?」

 

 「当然じゃないか。私が大切に思う者たちの"幸せ”のためならば、それ以外の者など、どうなろうと構わない。……たとえ、他国の人間が傷ついたとしてもだ」

 

 

 魔導王は、周囲に控えている部下たちを見渡しながら、仲間の大切さを語った。

 

 そんな主人の慈悲深い思いを向けられた彼らは、皆一様に感動に打ち震えて涙を流していた。

 

 

 「ゴウン殿。貴殿ほどの力を持つ者が、他にやり方はなかったのか……ッ?」

 

 「ふむ、あるかもしれない。だが、目の前に簡単に"幸せ”を手に入れられる手段があるのなら、それに飛びついた方が良い。幸運の女神に後ろ髪はない、だったか?」

 

 「………」

 

 「さて、そういうわけだ。私が守るべき者のために、王国の人間には不幸になってもらう。納得できたか?」

 

 「………」

 

 

 もはや、ガゼフに語る言葉はなかった。

 

 いや、あるにはあった。

 だが、所詮は弁が立たない自分の拙い言葉では、この仲間思いな狂人を説得する事など到底できそうにないと悟ってしまったのだ。

 

 ガゼフは、やるせない気持ちになりながら、顔を下に向けて地面を見つめていた。

 

 

 「………」

 

 

 「……アルベド。彼をニューロ二ストのところに送ってやりなさい」

 

 「かしこまりました、アインズ様」

 

 

 

           +

 

 

 

◇ ────ナザリック地下大墳墓 執務室

 

 

 「アインズ様、よろしいでしょうか?」

 

 「なんだ、デミウルゴス?」

 

 「あのガゼフという男を使った新たな実験を思い付いたのですが……」

 

 「ほう、どのような実験だ? 遠慮せず言ってみろ」

 

 「はい、あの男は下等種族ではありますが、その中では最高の忠義心の持ち主であると言えるでしょう」

 

 

 もちろん、我々がアインズ様に向ける忠誠には遠く及びませんがと付け加え、デミウルゴスは話を続けた。

 

 

 「彼を使って、人間の忠誠心の限界を調べる実験です」

 

 「ほほう、興味深いな。では、彼の主君であるランポッサ王も連れてくる必要があるか?」

 

 「それも面白そうですが、調べるだけであれば、〈支配(ドミネイト)〉の魔法で心の内を吐かせれば充分かと愚考いたします」

 

 「成程な……。よし、彼の身柄はお前に預けよう。期待しているぞ?」

 

 「はっ。お任せください、アインズ様!」

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 デミウルゴスが退室した後の執務室。

 

 アインズは、カルネ村で初めてガゼフと出会った時から、今までの思い出を振り返っていた。

 

 彼は、村の住民を守るために、命を懸けて法国の部隊に立ち向かっていた。

 

 王都では、主人である国王を守りながら、悪魔の群れを相手に勇敢に戦った。

 

 先ほどの闘技場でも、周囲が敵だらけの中でも諦めずに孤軍奮闘していた。

 

 

 死を覚悟して突き進む人の意志を、ガゼフは見事に体現していた。

 アインズは、そんな彼の強い目に憧れを抱いていたのだ。

 

 すでに人の身ではない自分では、決して得られない強さ、──輝きに。

 

 確かに、彼は自分の愛する子供たちを殺すという大罪を犯した。

 だが、それ以前までは憧れの目で見ていた彼に対し、今も心のどこかで好感を抱いているのも事実だった。

 

 

 「お前には憧れていたんだ。もう一度、俺に人の輝きを見せてくれ。今度こそ、失望させてくれるなよ、ガゼフ・ストロノーフ……」

 

 

 自分が憧れたあの男であれば、その強い意志で過酷な拷問にも耐え抜き、主人への忠誠を貫いてくれるのではないかと期待していた。

 

 もはや自分にはない人間の輝きを、もう一度だけ見せてほしいと、アインズは心から願っていた。

 

 

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