◇ ────帝都アーウィンタール 皇城 執務室
「突然呼び出してすまないな」
皇帝ジルクニフの執務室に、クズ一行の四人組が呼び出されていた。
室内にいたのは皇帝であるジルクニフ。その他に護衛の四騎士が二人いるのは普段通りだったが、今回は若い秘書官はいないようだ。
「いいえ、お気になさらず。それで陛下、私たちを呼び出してお話とは?」
「うむ、その話をする前にキョーヤ殿、私の寄こした
「ああっ、もう最っ高だったぜ! いやぁ、皇帝さんの気遣いには痛み入るぜ! ありがとよ!」
昨日の会議の後、早速ジルクニフは自分の部下に
本来であれば、他国の使者をハニートラップで篭絡する使命を持っている女工作員である。
彼女には話術・芸事だけではなく性的な奉仕の訓練も施されているため、その妙技から繰り出される極上の快楽にクズ男は一瞬で虜になってしまった。
もちろん、彼の子を身籠るのが主な役目であるため、その
「そうか、満足してもらえて何よりだ。さて、貴殿らを呼び出したのは他でもない。帝国の恥部を晒す事になるが、現在、この国では悪しき邪教集団が暗躍しているのだ。頭の痛い事にな。
そちらのキョーヤ殿には心当たりがあると思うのだが……」
「俺様か? まあ、確かに
クズ男は、
その事について、ジルクニフは若干の皮肉を込めて指摘したのだが、彼には通用しない。それどころか、そもそも悪びれた様子もなかった。
「その邪教集団には、我が国の貴族どもが多数関わっているのは分かっているが、なかなか証拠を掴めなくてな。
邪神アインズが手を出してくる前に、今のうちに国内の不穏な勢力を片付けておきたいのだ。足を引っ張る存在は少ない方が良いからな」
少し疲れた様子でジルクニフが言った。よほど頭を悩まされている事態であるようだ。
実際に、その集団に関わる貴族を洗い出しそうとしても、下っ端を切り捨てる事で容易に逃げられてしまうのだ。怪しい人物の目星は付いているのだが、明確な証拠が出てこない以上は手を出すことができなかった。
「ズーラーノーンというと、たしか邪神を崇める集団という話をレイナースさんから聞いた事がありましたね?」
「はい、マリアンヌ様。奴らは永遠の若さなどという荒唐無稽な幻想を追い求める狂人の集団です。帝国では今までに何人もの下手人が捕縛されてきましたが、世界中に根を張っているため根絶には至らず……」
「邪神か。やはり鈴木……、アインズのクソ野郎が絡んでるってことかよ」
「もともとは関係なかったのだろうがな。ただ、アインズが最近になって近付き、奴らの崇める存在に成り代わった可能性は高い。
そこで、貴殿らには奴らの調査を依頼したいのだ。もちろん、それなりの報酬は約束しよう」
正直、調査に関してはクズ男ではなく、マリアンヌやイビルアイ、レイナースの方に期待していた。とはいえ、邪教徒との荒事に発展した際に一人でも強者がいた方が、より多くの輩を捕縛できるはずだと彼は判断していた。
「う~ん、といってもなぁ。あの闘技場での壮絶な戦いからまだ日が経ってないし、今は英気を養っておきたいんだが……」
英気を養うとはいっても、彼はとっくに回復している。もちろん、気力の方も充分すぎるほどだ。
実際の所、彼は自分に与えられた部屋で
これが魔物の駆除であれば趣味も兼ねるため、率先して依頼を受ける気になるのだが、単なる調査となると、どうにもやる気が起きない。
たかだか調査といった雑多な事は、騎士や衛兵にでも任せておけばいいじゃないかと彼は面倒くさがっていた。
「………実はここだけの話なのだが、奴らを調査するために女性のスパイを潜り込ませていてな。そして、この問題が片付けば彼女たちもお役御免となるわけだ。
新たな仕事として、キョーヤ殿の
「よしっ、世話になっている皇帝さんの頼みとあらば仕方ねぇ! 義を見てせざるは勇無きなりッ! お前ら! この依頼、俺らで引き受けてやろうぜ!」
メンバーの三人の女性たちは、相変わらず下半身で物事を考えるクズ男に対して、やれやれと呆れたように首を振るのだった。
「そうか、引き受けてくれるか! 貴殿なら、そう言ってくれると信じていたぞ! よしっ、こうして話も決まった事だ。改めて皆に協力者を紹介しよう」
その時、皇帝であるジルクニフの許可を得ることなく、その協力者であろう人物がノックもせずに室内に入って来た。
その不作法ともいえる行為であるにも関わらず、彼だけでなく護衛の四騎士も全く気にした様子がない。
いや、ニンブルだけは眉を顰めていたが、それでも特に咎める事はしなかった。
「お、お前は……ッ!?」
入って来た人物の姿を見たイビルアイが驚愕の声を上げた。皇帝への無作法に疑問を抱く事も忘れるほどに、それは衝撃的な出会いだった。
+
◇ ────ナザリック地下大墳墓
アルベドとの話し合いを終えた日の夜、この墳墓の支配者であるアインズは自室でベッドで横になっていた。
傍らには、寝ずの番を務めているメイドが1人いて、アインズの方をじっと見つめた状態で椅子に座っていた。
彼女に対して威厳を損なわないように難しそうな内容の本を読むふりをしながら、あの闘技場での戦いを思い返していた。
まず、なんといってもクズ男の能力についてだ。
(奴はモンク系の戦士にしては妙に動きが素早かった。だから、俺が転移で逃げようとした時、あっさりと失敗に終わってしまったんだ)
あの時のアインズは現地の人間との対戦を想定していたため、碌な装備も身に付けていなかった。
普段の装備の中にはナザリックに即座に帰還できる指輪だけでなく、魔法の発動速度を上げる効果を持つ物もあった。
そのどちらも身に付けていなかったため、仮に距離が離れていて転移で逃げる隙があったとしても多少の遅れが生じてしまい、同じ結果となっただろう。
(その状況で素早く転移で逃げるとしたら、あらかじめ転移先を作っておく必要があったんだよな。
そのまま事前準備も無しに発動しようにも、まず転移先をしっかりと集中して思い浮かべないといけない。そこに僅かばかりの時間差が生じてしまう)
ゆえに、転移魔法は本当に最後の手段とし、援軍が来るまで時間稼ぎに徹していたのだ。結局は焦って転移魔法を唱え、それを阻止されてしまったが。
(あの男の主な
それについては、ある程度は推測できているが確信はできない。やはり、それなりの強さを持つ傭兵NPCなどを
それより、自分が装備していた
(……とすると、やはり奴が杖を持ったまま転移してしまったんだろう。予備の武器とはいえ、あんなクズの手に渡ってしまったなんて損失以上に屈辱が大きい。
けど、今それを考えても意味はない。あれは、いつか奴らを倒して回収すればいい)
鬱屈した感情を抱きながらもアインズは気持ちを切り替える事にして、もう一人のプレイヤーであるマリアンヌについて考えることにした。
(あの女、確か奈緒美と名乗っていたな。そして、あの男とは随分と親しげだった。最近知り合った仲ではないはず。昔からの知り合いか、それとも同じギルドに所属していたのか……)
あの時の彼ら二人組の戦いを思い出していた。
あの以心伝心とも言えるほどの連携力、あれ程のものは自分のかつての仲間たちとも可能だっただろうかと。
(一部のメンバーとは無理だったなぁ………)
アインズにとってギルメンは全員、例外なく大切だ。だが、さすがに41人ともなると、どうしても連携がぎこちなくなる組み合わせとなる場合もあるのは仕方がない事だった。
それは、性格や趣味、嗜好、考え方、あるいは感覚的なズレなどの様々な要因によるものだ。
そんな理由で、どうしても連携が他のメンバーと比べて多少ぎこちなくなってしまう事があった。
あの二人ほどの連携は、それこそ最も息の合ったメンバーとの組み合わせだけだろう。
いや、あの二人組の方が、むしろ………
(いや、何を馬鹿なことを考えているんだ、俺は………ッ! あんなのは、ただの偶然に決まってる! 俺が仲間たちと築いてきた以上の強い絆を、あんな奴らが持っていてたまるか!)
あの一戦では、確かに目を見張るほどの連携力を見せつけられたが、それは偶然そうなっただけだと判断する事にした。あのようなクズどもが心を通わせるなど有り得ない。いずれはボロを出し、必ず仲間割れを起こすに違いないと考えたのだ。
彼らのように大した志も持たないような小悪党同士だと、ちょっとした意見の相違などによって、そのチームワークが容易に崩れてしまうものだ。実際に、元の世界でも犯罪者グループが金銭トラブルで揉めて簡単に仲違いし、殺し合いに発展するという事例がいくつもあったからだ。
(そう、焦る必要はない。奴らが喧嘩して潰し合うまで気長に待てばいいだけだ)
気を取り直して奈緒美という女について、その正体を記憶の断片から探ることにした。
(あの男と昔馴染みで奈緒美という名前を持つ女は、小学時代に一人だけいたっけか。目立っていたから、よく覚えている)
アインズは小学時代を思い出していた。その同級生だった奈緒美と言う女子についても。
というより、彼女に関してはクラスで一番の美少女だったため、印象に残りやすかったからだ。
実を言うと、アインズも一時期は恋慕の感情を抱いた事があったのは、墓場まで持っていくべき秘密の話だ。といっても、今の彼はアンデッドなので、死ぬときは跡形もなく消滅していくのだろうが。
(その女子と狂也は、たしかに仲が良かった。あの聖女を騙る奈緒美という女と同一人物である可能性が高いな)
その考えに至ると、アインズの心に黒い感情が湧き上がってきた。
自分はギルメンとの再会を渇望している。なのに、あんなクズが昔馴染みと再会できているのは、一体どういう事なのか。
あの時、シャルティアに追い詰められていたクズ男を助けるために、その女は動いていた。
利害の一致だろうが、それでも長年の信頼関係が築かれているのが分かった。
かつての仲間が一緒に転移していたら、あの闘技場で窮地に陥った自分を彼らが助けてくれたはずだ。
アインズは、あの二人のクズたちへの黒い感情を抑えきれなかった。
その感情の名は嫉妬。
(俺はこんなにも仲間たちとの再会を待ち望んでいるのに何故だ!? なぜ、あんなクズどもなんかに…………ッ!
お互いに利用し合っているだけで、どうせ仲間意識なんて無いだろうがッ! 俺たちを異世界に転移させた存在がいるのかは分からないが、どうせなら、そんな奴らじゃなくて俺の方に仲間を送れよ!!)
「ひっ……! あ、アインズ様………?」
不安定な心から繰り出される圧倒的な圧力を受けて寝ずの番を務めているメイドが怯えているが、今のアインズに彼女を気遣う余裕はなかった。
自分が怯えさせてしまっている彼女には申し訳ないと頭では分かっているが、どうしても心が静まらない。
(クソッ! 感情の波が強制的に押さえ付けられて気持ちが悪い! こういう時、アンデッドの体なのが憎たらしい! クソッ、クソぉおおッッ!!)
骨の拳を握り締めながら、必死で耐えようとしても無駄だった。感情の鎮静化が起こっても、完全に消える事はない。
むしろ、それが何度も何度も強制的に繰り返されるため、一気に発散させる事ができない。
いっそのこと魔法で眠りにつければいいのに、睡眠欲がないアンデッドの体では不可能だ。
ドス黒い感情が細く長く持続し、より永くアインズの心を蝕み、苦しめ続けていた。
いつまでも、いつまでも…………。