◇ ────帝都アーウィンタール 皇城
「お、お前は……ッ!?」
ノックもせずに入室してきた無礼な”協力者”を見て、イビルアイが驚愕の声を上げた。
目の前にいたのは──、
「ティア!? それとも、ティナなのか!? ああっ、よく無事でいてくれて……ッ!」
目の前にいたのは、蒼の薔薇の仲間である忍者の姉妹にそっくりだったのだ。
アインズに囚われた彼女が無事に帰ってきてくれた事に、いてもたってもいられず彼女に駆け寄った。
だが、そんなイビルアイの喜びに反して、彼女からの言葉は期待するものではなかった。
「どちらでもない。私はティラ。あの
「え…、ティラ………?」
彼女はイビルアイの知る仲間ではなく、彼女たちとそっくりな容姿の姉妹だったのだ。
仲間たちと違うのは、緑色の髪留めを付けている事、そして体全体を覆う南方風のローブに身を包んでいる事だ。
これはファッションと言うよりは、彼女の本来の服装を隠す意味があるのだろうと思われた。
実際、イビルアイの仲間であるティア・ティナ姉妹も、王宮で第三王女以外の要人がいる際には、そのような服装をしていた。
流石に身分の高い者たちの前で、普段のような煽情的な忍び装束のままでいるのは不適切だからだ。
「彼女は、私が個人的に雇っているイジャニーヤの頭領でな。現在は邪教集団の調査についての相談役を担ってくれている」
ジルクニフがティラについて紹介した。本来であれば、彼女の素性をむやみに話す事はないのだが、他ならぬティラ自身から自分の事を説明しても構わないと言われている。
イビルアイという彼女の姉妹の仲間がいるからでもあるし、なにより現在は邪神軍という世界の脅威が迫っている危機的事態でもあったからだ。
協力関係にある彼らにまで秘密を隠したままでは、何かと不都合があるいう判断からだった。
彼女は、伝説の暗殺者集団として畏怖されているイジャニーヤの頭領であり、現在は帝国が擁するスパイや暗殺者を教練しており、さらに邪教団の調査への助言も行っていた。
ジルクニフは、どうにか自分に仕えてほしいと思い、彼女を熱心に勧誘しているのだが、いまだに色よい返事はもらえていなかった。
「イビルアイ、貴女の事は聞いている。妹たちが世話になった」
「あ、ああ…、その、言いづらい事なんだが、お前の妹たちは邪神アインズに囚われて生死不明でな。アイツらを救う事が出来なかったのは私の落ち度だ。すまない……」
イビルアイが申し訳なさそうに深く頭を下げた。
あの時、なぜ仲間たちと共に行動していなかったのか、なぜ仲間を連れて引き返さなかったのかと自問自答を繰り返し、罪の意識に囚われていたのだ。
そんな自分が、どの面を下げて仲間たちの身内の前に立てるのかと激しく自分を責め立て、拳を強く握りしめていた。
「気にしなくていい。あの
「それは……」
かつて、ティアとティナは、蒼の薔薇のリーダーであるラキュースを暗殺するために動いていた。
だが、リグリットという老婆を含めた当時の蒼の薔薇に返り討ちに合い、その時に彼女たちの人柄に惹かれ、結局は付いていく道を選んでしまったのだ。
代々続くイジャニーヤを率いる者としての務めを果たすことなく、ラキュースたちへの情に流されて付いていった妹たちに対し、ティラは思う所があった。
だが、それでも、イジャニーヤに身を置いたままでいれば、邪神などに囚われる事もなかったのだ。彼女たちの意志を無視して無理やりにでも実家に連れ帰るべきだったと、ティラもイビルアイと同じか、それ以上に後悔の気持ちで一杯だった。
「……けど、機会があれば、貴女と妹たちとの、これまでの冒険譚を聞かせてほしい」
「……ッ! ああっ、もちろんだ!」
イビルアイは涙ぐみながら言った。
たとえ本人たちではなかったとしても、彼女たちと非常に似通った姿かたちをした縁者が目の前にいるためか、かつての仲間たちとの幸せな日々を思い出していた。
「ほほぉ、ティラちゃんっていうのかぁ! 俺様もお前の妹たちには会った事があるぜぇ! あん時は双子だとばかり思ってたが、まさかの三つ子ちゃんだったとはなぁ!」
そんな二人の感動の出会いにも遠慮する事なく、クズ男がズカズカと入り込んできた。
「俺様は狂也! これでも竜王国では大英雄として名が知れ渡ってたんだぜ! よろしくな、ティラちゃん!」
初対面であるにも関わらず、クズ男は無遠慮に彼女に近づき、あろうことか馴れ馴れしく肩を抱こうとしてきた。
案の定、彼女の美貌に魅了されたようだ。
かつて、王都動乱の際にもティアとティナに心惹かれてはいたが、あの時は彼女たち以上の美貌を誇るナーベラルやラナー王女がいたため、そちらにばかり夢中になってしまっていた。
それが、こんな思わぬ機会に恵まれたのだ。粉を掛けないという選択肢は彼にはなかった。
「………」
だが、ティラは無言でクズ男の手を素早い身のこなしで躱し、イビルアイの後ろに隠れてしまった。
「竜王国の”暴虐の英雄”キョーヤ。貴方の情報も調べている。大英雄とは名ばかりで、無辜の民を傷つけていたと。とてもじゃないけど、仲良くなれる気がしない」
「んなッ!? な、なんでバレた……ッ!?」
なんでも何も、彼の悪事は大体の者が知っている。
竜王国では彼の暴力性を危惧した冒険者ギルドから監視役が送り込まれていたし、もちろん女王ドラウディロンだって把握済みだ。
というより、神殿でも堂々と懺悔して『免罪符』も大量に購入していたのだ。当然、スレイン法国の上層部にも報告が行き届いている。
何のことはない。完全犯罪を成し遂げたと勘違いしていたのは自分だけだったのだ。
「……ゴホンッ! あ~、それは誤解ってもんだぜ、ティラちゃん? そ、そうだ! 誰かが俺様を貶めるために悪い噂を流したんだ! くだらない噂に惑わされるのは良くないぞぉ!?」
「イジャニーヤの情報網を侮らないでほしい。というより、すでに貴方の悪事は大勢の人間に知れ渡っている。知らないのは貴方だけ」
「…………え?」
ティラだけでなく、ジルクニフやレイナース、そして四騎士の二人からも呆れた目で見られていた。
彼らも知ってはいたが、今はクズ男を断罪するよりも邪神討伐に専念すべきだと考えているため、何も言わないだけである。
(な、なんでだ!? 戦場では俺様以外にはケモノ共しかいなかったじゃねーか!? 村人どもの口封じだってしたし、バレる方がおかしいだろッ!?)
彼は内心、慌てふためいていた。
もちろん、罪の意識を感じているわけではなく、好みの女性に拒絶されることを恐れているだけだが。
「よろしいでしょうか? 今は狂也様の罪を問う事ではなく、邪教集団を調査するための話し合いをするのが先決だと思いますわ」
そこへ、静観していたマリアンヌがクズ男に助け船を出した。
クズ男は心の中でマリアンヌの機転を褒めながら、彼女の言葉に便乗した。
「そ、そうだぜ! 俺様の事よりも、まずは糞ったれな邪教徒どもだ! それに以前の事だって、きっと何らかの誤解があったんだと思うぜ!? さあッ、この話はこれで終了だな!」
クズ男は無理やり話を締めくくり、会議の進行をジルクニフに促した。
「……そうだな。まずは国内の邪教集団のことを解決せねばならん。確かに、それ以外の話し合いは、いつでもできるからな」
彼としても、クズ男の所業など、言ってみれば所詮は他国での出来事なので、特に気にすることなく会議の進行役を進んで引き受ける事にした。
各々、自分の席に座るが、身の危険を感じたのか、ティラだけはクズ男とは離れてイビルアイの隣に座った。
「さて、我が国に巣食う邪教集団についてだが、奴らについて改めてまとめると、永遠の若さなどという馬鹿げた幻想を追い求めている事、邪神アインズと繋がっている可能性が高い事、そして、我が国の貴族共が出資している…、いや、所属しているかもしれんという事だな」
「へー、大変だなー」
クズ男がジルクニフの苦悩も知らずに、能天気な感想を述べた。
「まったくだ。今言った事を簡単に推理すると、我が国の貴族と邪神アインズが手を組んでいるかもしれんという事だからな。頭が痛いことだ……」
ジルクニフは額に手をやり、うんざりした様子でため息を吐いた。
幸いにも、今はまだ蓮っ葉の弱小貴族しか目星がついていないから、少しだけだが安堵してもいた。もし、これが大貴族が所属していて、アインズの手先と化していたら目も当てられなかったところだ。
「下っ端は捕らえているのだろう? それなら、私の魔法で簡単に吐かせることができるぞ?」
イビルアイが発言した。確かに、彼女の《
だが、ジルクニフは苦々しい表情を浮かべて首を振った。
「それが、そう簡単にもいかんのだ。奴らには魔法に対する対策が施されているようでな。実際に魔法をかけさせてみたが、すぐに全員が死んでしまったのだ」
「……なるほどな」
実際に、まだ裏切ってはいなかった頃のフールーダが、捕らえた罪人に対して《魅了》の魔法を掛けたのだが、その直後に死亡してしまったのだ。
イビルアイも、かつて蒼の薔薇の一員として八本指の拠点を襲撃して回った際に、下っ端を捕らえて尋問した事を思い出していた。
末端でしかない者は何も知らされていなかったが、少しでも地位が高くなると、やはり魔法への対策が施されていたため、なかなか上役まで辿り着けなかったのだ。
「ふーん、魔法への対策ねぇ…。そんなら、魔法以外の手段ならどうなんだ? 拷問とかよ?」
「うむ、そういった手段も試したのだが、そもそも末端にいるような連中には大した情報は持たされていなくてな。それなりの地位にあるらしき者であっても、尋問する前に自殺してしまうのだ。厄介なことにな」
連中の中には自殺用のアイテムを持たされている者もいて、拷問を行う前に”死に逃げ”されてしまう場合が多かった。
また、中には自殺を選ばなかった臆病者もいたのだが、誰の手引きによるものか、牢にいるにも関わらず何者かに殺されてしまうといった事件もあった。
そのため、なかなか有益な情報を得られなかったのだ。
「だったら、魔法じゃなくって、”スキル”だったらどうよ? それなら、魔法じゃないから対策されようがないんじゃねぇか?」
「なに!? そのような便利な技があるのか!?」
「……ッ!?」
これには、ジルクニフだけでなくティラも驚き、クズ男の方を向いた。
忍者である彼女は、当然ながら捕虜への尋問や拷問にも長けているが、魔法以外の手段で白状させるのは聞いたことがないからだ。
これはイジャニーヤの発展のためにも、ぜひとも知っておく必要があると考え、クズ男の話に熱心に耳を傾けた。
「ああっ、この俺様にかかれば、簡単にそいつらの口を割らせることができるぜ!」
「皇帝陛下、確かに狂也様にはそのようなスキルを持っておりますので、試してみる価値はあるかと」
「ほほう、それは実に助かる! では早速、捕らえた罪人の元へ案内させようじゃないか!」
無事に話がまとまり、ジルクニフは地下牢への案内役の者を呼び出そうとしたが、レイナースがそれを止めた。
「陛下、その役目は私が引き受けますわ。これでも四騎士を引退する前は、それなりの数の下手人を捕縛した事もございましたから」
「ああ、そう言えば、そうだったな。ではレイナース、後は任せたぞ」
「はい。それでは皆さま、地下牢へご案内いたしますわ」
+
◇ ────共同墓地地下 邪神殿
「邪神様、この度は我らの呼びかけに応えて降臨してくださり、誠に感謝いたします」
「うむ、ウィンブルグ公爵、出迎えご苦労」
ここは、帝都に存在する共同墓地の地下に建造されている邪教集団の隠し拠点の一つ───邪神殿である。
アインズは、帝国の大貴族であるウィンブルグ公爵と彼の同志である貴族たちに接触するため、邪教の集会に足を踏み入れていた。
「邪神様! 邪神様のご光臨だ!」
「「「邪神様!」」」
そこへ二十人ほどの男女が入ってきて、その全員がアインズの姿を見て熱狂していた。
異様なのは、彼らの格好だった。
皆、例外なく奇怪な仮面をかぶり顔が分からないが、問題なのは、彼らが一糸まとわぬ全裸だという事だ。
中年期をとうに過ぎ、
(うわぁ……、なんなんだ、これは……? いや、邪教団に属するという貴族に接触するために来てみたけど、なんか突然、全裸の変質者の集団が現れたんですけど!? というか、見ていて気色が悪いな! これが邪教徒なのか!? まるで狂人の集団じゃないか!)
彼らの異様な姿にアインズが呆然としている間に、一人の神官が近づいてきた。
「偉大なる邪神よ。いと尊き御身のお姿を私どもの前に顕現して下さったことを深く感謝いたします」
ゆっくりと頭を下げる神官に合せて、他の者たちも一斉に頭を下げた。
「……良い。頭を上げよ」
アインズが厳かに宣言し、彼らは言われたとおりに頭を上げた。
だが、アインズには気になる事があった。
彼らの前には、大きめの袋が十個ほど並んでいたのだ。いくつかは、もごもごと揺れ動いていた。
明らかに、何らかの生き物が中に入っているのは明白だった。
「ところで、
「はっ、こちらは邪神様に献上するために用意いたしました
神官が張り切った声で言い切った。随分と、まあ誇らしげである。
(いやいや、贄って何だよ!? そんなのを差し出すなんて、いかにもな邪教集団そのものじゃないか! 別にそんなのいらないってのに……)
あまりにもイメージ通りな邪教団に対して、アインズはため息を吐きたいのを、ぐっとこらえていた。
(それにしても、この俺が邪神とは……。いや、確かに今は骸骨の見た目だけどさ。こいつらの崇める邪神にそっくりらしいから成り代わったわけだけど、邪神呼ばわりは正直、微妙だよなぁ……)
確かに今の自分はアンデッドであるし、王国軍を一撃で虐殺はしたが、占領したエ・ランテルには善政を敷いているつもりだし、別に危険をまき散らす存在でもないと自負している。
その辺りをさり気なく説明してやったが、邪神呼ばわりから変化なし。
それとも、この世界における邪神というのは、善神として認識されているのだろうかともアインズは思ったが、かつての出来事を思い出して考えを改めることにした。
(そういえば、王国軍との戦争の際に、プレ…イン……? とかいう男が、死に際に憎しみを込めて、俺の事を邪神だと罵倒していたっけ。それを思えば、決して良い存在とも言えない気がするんだよなぁ……)
アインズは何とか彼らに邪神呼びを改めさせるか、あるいは邪神そのもののイメージアップが出来ないかと頭を悩ませながら、とりあえず彼らの望み通りの邪神像を演じ切ることにした。