◇ ────共同墓地 地下通路
二手に分かれたクズ男とイビルアイ、そしてティラが何もない地下通路を駄弁りながら歩いていた。
「結構、長い道のりだよなー。よく、ここまで掘る事が出来たもんだ」
「そうだな。さすがは所属している邪教徒の正体が貴族なだけはある。民の血税で、こんなくだらないものを作るとはな。虫唾が走る」
イビルアイはこの施設を作った邪教徒を名乗る貴族たちへの怒りから、吐き捨てるように言った。
まるで、王国の貴族と似たような存在だ。どこの国でも貴族とは似たような存在なのだろうというのが彼女の正直な感想だった。
「たしか、あの皇帝って鮮血帝とか言われてんだろ? なのに、そんな奴らを野放しにしていたってわけかよ?」
「……いや、この地下施設は、おそらく数代も前の皇帝の時代に作られたと思う。この壁の染み具合は、かなりの年月が経っている事を証明している」
クズ男の考えを訂正しようと、ティラが忍者ならではの見識力で推察した事を話した。
彼女はジルクニフに仕えてはいないが、個人的に雇われている身だ。彼に対する多少の義理があった。
仮に、たったの数年前に作られたのであれば、あのジルクニフなら当然気付くし、製作を命じた貴族を許すはずがない。
そもそも、彼が即位するまでの帝国は、王国ほどではないにせよ腐敗していた。
つまり、この場所はその名残が色濃く残っているのだろう。それだけの長い間、邪教団は帝国に巣食っていたという訳だ。
「ところでよぉ、ティラちゃん。さっきから、そんなに距離を取らなくってもいいんじゃねぇか? さすがに俺様、傷いちゃうぜ?」
「……まだ、油断はできない。この淫靡の香が充満している限り」
「ったく、本当にティラちゃんってば、心配性だよなぁ~」
別に、この男にどう思われようと構わないティラは、彼の考えを訂正する気はなかった。どのみち無駄な努力になるだけだろうから。
「ふむ、奥に行くにつれ、壁に小さな穴が開いているな」
「……なるほど、あれらの穴が隣と繋がってる事で、全ての通路に香が漂う仕組みかもしれない」
イビルアイの疑問に、ティラが見解を述べた。
どうやら、通路の至る所に開けた穴を通じて、臭いを他の通路にも満たす事で、目的地に繋がる道が分からないようにしているのだろう。
これも侵入者対策の一環なのだろうと伺えた。
しばらく歩いていると、奥にドアが見えた。終着点に辿り着いたようである。
「お、ドアじゃねぇか! さっさと行こうぜ!」
「……ッ! みんな、ストップ!」
「ん? どうした、ティラ?」
「あのドアの手前の壁に罠があるみたい。注意して」
ティラとしては、警戒心がまるでないクズ男はどうなってもよかったが、罠によって自分やイビルアイまで巻き込まれるのだけはゴメンだった。
「罠なら俺様に任せな。こんなもん、どうって事ねぇからよ」
「ま、待った……!」
ティラの静止を無視して、クズ男は無造作に何の警戒もせずに歩いた。自分から罠にかかりに行くかのようだ。
巻き添えを恐れたティラは、慌ててイビルアイを掴んで後ろに下がった。
そのとき、通路の横の壁から大量の矢が一斉に発射され、クズ男を貫かんと迫った。
だが───、
「《気爆掌》!」
クズ男から衝撃波が放たれた。モンク系戦士の数少ない広範囲の攻撃スキルである。
威力は低いが、接触しない限り周囲の雑魚敵を一掃できる技である。
その現地基準だと強烈な衝撃波が放たれ、彼に迫っていた全ての矢が破壊されて床に散らばった。
「………ッ! これが、
ティラが汗をにじませながら言った。
これほどの破壊力を持った存在を間近で見たのは、これが初めてだからだ。
驚いているティラに気付くことなくクズ男がドアに近付き、無警戒でドアノブを捻ろうとした。
そこにも罠があるとティラは思ったが、この男であれば死ぬ事はないと悟り、もはや何も言わず静観することにした。
ドアには当然ながら鍵がかかっていたが、クズ男がドアノブを
そしてドアを無造作に開けた。その瞬間、先程よりも大きめの矢が彼に向かって飛来してきた。
「おおっと!」
彼は問題なくそれを掴むと、しげしげと眺め始めた。
「へぇ、これが毒矢ってやつか。初めて見たぞ」
見れば、その矢の先が紫色の液体が塗られていた。普通の人間であれば即死するほどの猛毒だろう。
(ん、初めて見た……?)
ティラはドアを調べながら、彼の何気ない発言に違和感を抱いた。
「ん? どうした、ティラ?」
「ドアにはもう一つ罠があったみたい。ドアノブを回すと同時に鍵穴から毒針が発射される仕掛けになってる」
先ほど、ドアノブをひねる際にクズ男は毒針の罠を
それほど優れた腕があるのに、基本的な罠である毒矢を初めて見たとは、一体どういう事だろうかと彼女は疑問に思った。
「貴方は罠の解除は慣れているんじゃないの? 先ほど鍵を開錠した手腕も見事なものだった。なのに、毒矢を見たのが初めてとは、どういうこと?」
「へへっ、なんだなんだぁ、ティラちゃん。そんなに俺様を褒め称えてどうした? もしかして、俺様に惚れたのか? ん~?」
「……やっぱり、何でもない。早く部屋に入ろう」
どうやら、教える気はないらしいので、これ以上の問答はやめる事にした。
「誰もいねぇな……」
「そうだな。だが、様々な物が置かれているようだ。調べてみよう」
イビルアイは、部屋に置かれている数々の物品や資料を調べようと足を進めたが、そこにティラから待ったがかかった。
「イビルアイ、これらの物品や資料はフェイクかもしれない」
「フェイク……?」
「この部屋は普段は使われてない。その証拠にだいぶ埃が積もってる」
たしかに、部屋の物品をよく見ると、たくさんの埃が積もっているようだった。長い間、ろくに掃除もされていないのだろう。
「おそらく、突入してきた兵士を足止めするために無駄な調査をさせておくための部屋。でも、相手側も油断してたみたい。侵入者が来ることはないと高を括り、部屋の掃除を怠っている」
机には会議や事務処理が日頃から行われているように見せようと、書きかけの資料がまとめられている。部屋の奥の床には儀式だか実験だかを中断しているように見せているようだ。そして、なにより途中まで食べられたと思わしき、とっくに
色々と小細工がされているようだが、それも手入れを怠れば無駄な事だ。
「そうかい。そういう事なら、さっさとアイツらと合流しねぇとな」
「また道を引き返すのも時間がかかるな……」
イビルアイとしては、折角ここまで来たのに、いちいち引き返すのも煩わしかった。これも邪教徒の罠の一つかとうんざりした様子を見せた。なるほど、侵入者への嫌がらせとしては成功だろう。
「いや、問題ねぇよ」
「ん? キョーヤ……?」
「ティラちゃん、この穴は隣の道に繋がっているんだったよな?」
「多分、そうだと思う。穴を覗くと隣の通路の壁らしき物が見える」
「なら、問題はねぇな。いいか、二人とも。よ~く見てろよ?」
クズ男は壁に手を付け、全身に気を張り巡らせた。
「ぬぅぅんッ!!」
クズ男の”発勁”を使った掌底により、その壁は粉々になって崩壊し、隣の通路への穴が開いた。
「「………ッ」」
その凄まじい威力に二人は戦慄していた。
特にイビルアイは、かつて王都動乱の際に対峙したメイド悪魔から同じ技を使われた事があったが、それとは比べるのも烏滸がましい威力だと分かった。
「さ~ってと、お前ら、行くぜ!」
クズ男は自分が作った巨大な穴に入っていき、後の二人も彼に続いた。
+
◇ ────地下通路 別ルート
その女戦士────クレマンティーヌはレイナースとの戦いを開始したが、思った以上に苦戦していた。
このアタシが四騎士ごときに! 負けるはずがねぇんだよぉッ!!
そのような自信に満ち溢れた台詞を吐いていたが、戦い始めてからと言うもの、レイナースの巧みな槍術になかなか攻めきれないでいた。
「くっ…、クソがッ!」
クレマンティーヌの武器はスティレット、対するレイナースの武器は槍だ。
同じ刺突武器ならば、リーチが長い分、レイナースの持つ槍の方が有利だ。
「なめんじゃねぇ! 〈流水加速〉!!」
滑らかな動きで加速して壁を蹴り、なんとかレイナースの側面に回り込もうとするが、彼女の脅威的な動体視力と巧みな技量により、そのような隙など与えられなかった。
「ちぃ……ッ」
レイナースの武器を破壊しようとも考えたが、どう見ても自分が持つ武器よりも、相手の槍の方が圧倒的に等級が上だった。
彼女の祖国において、極秘任務の際にのみ貸し出しを許可される国宝の武器にも匹敵しかねない。
とてもじゃないが、帝国などが所持しているとは到底思えなかった。
百歩譲って所持していたとしても、軽々しく持ち歩いて良い代物ではない。たとえ四騎士であっても。
だが、現にレイナースは、そんな超貴重なはずの武器を手にして戦っている。つまり、今になって皇帝が本格的に邪教集団の壊滅に動き出したという事なのだろうと、クレマンティーヌは推測していた。
(なぜ、今になって……? もしや、つい先日の闘技場が消滅した事件と、何か関係があるってのか……?)
いくつかの考えが浮かぶが、今はそんなことを考えている場合ではないと気を引き締めた。
スティレットを相手の槍の先端に合わせて、強引に方向を逸らそうと試みるが──、
「〈重爆槍〉!」
「うあッ!?」
噛み合う瞬間に槍の先端が爆発し、逆に彼女の武器が手元から弾き飛ばされてしまう。
「もう諦めろ」
「……何だと?」
「力の差はもう十分に理解したはずだ。腰にある武器も全て捨てて、大人しく投降しろ。今なら、まだ罪は軽い」
「~~~ッ!」
クレマンティーヌにとって、その言葉に頭が沸騰しそうなほどの屈辱を抱いた。
今まで目の前の女騎士とは面識はなかったが、それでも伝えられていた情報から格下だと認識していた。そんな侮っていた相手に太刀打ちできず、さらに降伏勧告までされる始末。
心から信頼し合える味方がいないクレマンティーヌにとって、強さとはエゴを貫くための武器であり、自分を守るための最後の拠り所だった。
それが通用せず、さらには一方的に命令される。その事実は、彼女のアイデンティティを壊しかねないほどの屈辱であり、危機だった。
この激しい怒りを晴らしたうえで己の心まで守るためには、もはや目の前の怨敵を倒し、思う存分に嬲った後で惨たらしく殺さなければならない。
とはいっても、相手の言う通り自分の方が不利だ。
武器の質も相性も悪い。
さらに、地形も問題だった。槍を武器とする武人の最大の弱点である側面を責めようにも、この狭い通路では回り込む事も難しい。
(なんなんだよ、コイツ……! 本当に話に聞いていた四騎士かよ!? いくらアタシが弱体化してるにしても、ここまで攻めきれないのは流石におかしいだろうがッ!!)
(この女は強い。マリアンヌ様に鍛えていただいたというのに、なかなか倒しきれないとは。邪教団の戦力を甘く見ていたようですわね)
その一方で、レイナースの方も圧倒しているように見えて、実はあまり余裕がなかった。
勝つだけならば可能だが、生かしたまま捕らえるほどの力の差はなかった。
相手がそのように考えているとは知らず、クレマンティーヌは何とか隙を見出そうとするが、レイナースは泰然とした態度を心掛けているため、彼女を倒せるイメージが湧かなかった。
(ええい、クソがッ! こんな場所でモタモタしてる場合じゃないってのに!)
彼女は大いに焦っていた。時間をかけていると、今にも背後から恐ろしい邪神が自分の命を刈り取りに来るのではないかと、ただでさえ戦々恐々としながら戦っているのだ。
そんな不安定な精神状態なため、実力を十分に発揮する事も出来ていなかった。
(それにしても、こいつの後ろにいる聖女は、なにを微笑んでやがるんだ……?)
そんな時、ふとレイナースの背後に静かに控えているマリアンヌの姿が目に入った。
彼女は自分に対して、何ら恐れを抱いていないようだった。
いや、自分が不利になってからではない。思えば、戦いが始まる前から、彼女は自分のことを一切怖がっていなかった。
よほど自分の護衛である騎士を信頼し勝利を信じているのか、それとも、ただ単に頭がお花畑で能天気なだけか。
(いや、もしも、あの化け物のように……)
クレマンティーヌは、自分がトラウマを抱えるほど残虐に殺された時のことが、なぜか頭をよぎった。
───この女も、もしかすると、あの化け物と同じような………。
(………ッ! いやいや、なに考えてるんだ、アタシはッ!? 悪い想像ばかり働いちまってる! 以前、あれほどの目に合ったからなのか!?)
彼女は頭を振り、悪い想像を振り払った。
「ふぅ…、このままじゃぁ、お互いに埒が明かないよねぇ? だから、そろそろ一気に決着をつけてあげるから!」
「……よかろう。かかって来い」
クレマンティーヌは新たにスティレットを腰から引き抜くと、再び地面に手を付き、雌豹の如き突撃体勢を取った。
「〈疾風走破〉、〈超回避〉、〈能力向上〉……!」
複数の武技を重ね掛けする彼女に応えるように、レイナースも槍を構えたまま精神を深く集中させた。
「〈知覚強化〉、〈肉体向上〉、〈能力向上〉……」
自分と同じように武技を発動させるレイナースに対し、クレマンティーヌが決死の覚悟で一か八かの勝負に出ようとした。
まさに、その時───、
突然、クレマンティーヌのすぐ後ろの壁が激しい音を立てて崩壊した。
「……っな!?」
もしや、自分が最も恐れる邪神が背後から迫って来たのかと慌てふためき、レイナースと対峙している事も忘れ、思わず背後を振り返った。
「おおっ! お前ら、こんな所にいたのかよ! ………あー、もしかして、お取込み中だったか?」
クレマンティーヌとって運が良いのか悪いのか分からないが、姿を現したのは邪神ではなくクズ男だった。