アインズ様を怒らせたクズ男(改)   作:黒郎丸

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ウレイリカ

 「……ッ! なんだ!?」

 

 

 クレマンティーヌは背後から突然現れた男に驚いていた。

 邪神でないことに安堵感を抱いたが、その考えはすぐに捨てた。

 

 あの壁、それなりに厚く固いはずだが、それをいとも容易く破壊した目の前の男の正体が気になって仕方がなかった。

 

 

 「お前ら、お取込み中みたいだが、この女とやり合ってたのか?」

 

 「はい、キョーヤ殿。その女、中々の手練れであり、邪教団の情報もある程度持っているようですわ。貴重な情報源かと」

 

 

 クズ男は武器も持っていないにも関わらず、武器を抜いている敵の前で仲間と悠長に話している。その姿は隙だらけにも見える。

 

 だが、戦いの素人であるはずがない、この男には何かがあると感じたクレマンティーヌは決して油断しなかった。

 

 彼女は警戒度を上げ、クズ男の気配からおおよその強さを探り当てようと試みた。

 

 

 「………ッ!?」

 

 

 (なんだ、この男!? 強さの底が分からない! 今のアタシじゃ確実に殺される!)

 

 

 自分がどう立ち向かっても勝てない相手だと見抜き、急ぎ撤退を考えたが、前後から挟まれている以上、この場から抜け出すことはもはや不可能だった。

 

 たとえ、後ろにいるレイナースを仕留め、マリアンヌを殺したとしても、あの男から一瞬で自分に追い付かれてしまうだろう。

 

 

「クソッ! こうなったら……ッ!」

 

 

 彼女は目をつぶりながらスティレットの先端を首に当てた。自害するためだ。

 このまま捕縛されて投獄されても、情報を吐かせるために過酷な拷問が自身に行われれるだろう。

 それを思えば、いっそのこと、この場で死んだ方がはるかにマシだと考え、ついに思い切った行動に出たのだ。

 

 

 「おおっとぉ! 駄目だぜ、ねぇちゃん? 命は大事にしねぇとな!」

 

 

 だが、その手段は彼が許さなかった。彼女の目に止まらぬ速さで近づくと、武器を掴んで、あっさりと自害を阻止した。

 

 

 「チクショウッ! 放せッ! 放せよぉおおおッ!!」

 

 「ふははッ! 無駄無駄ぁッ!」

 

 

 彼女は力いっぱい振りほどこうとするが、まるで微動だにしない。

 

 

 (なんつー馬鹿力だよ!? ビクともしねぇ!!)

 

 

 あらかじめスティレットに仕込んでおいた《電撃》を放つが、彼の手は放すどころか痺れた様子さえなかった。

 

 

 「おいおい、やめとけって。しばらく大人しくしとけや」

 

 「ぅぁ……ッ!?」

 

 

 彼女の頭に手を乗せ、軽く振動を加えて気絶させた。力なく倒れ込んだ彼女をクズ男が優しく抱え込み、捕らえた獲物の顔を拝もうと覗き込んだ。

 

 

 「へぇ、これは、なかなか……」

 

 「狂也様、その前に彼女から情報を引き出しましょう」

 

 「よしきた!」

 

 

 彼は嬉々として、気絶しているクレマンティーヌに《傀儡掌》を使用した。

 

 

 

             +

 

 

 

◇ ────邪神殿

 

 

 

 「……鈴木の奴はいねぇようだな」

 

 

 クズ一行は通路の最奥にある邪神殿に、いよいよ足を踏み入れた。

 ちなみに、気を失ったクレマンティーヌはクズ男に担がれている。

 

 

 「皇帝の考えは正しかったようだな。やはり邪神アインズは邪教団に接触していたか」

 

 「ああ、だが、俺たちが来ると分かって尻尾撒いて逃げたようだな。闘技場での一件で痛い目を見たのが、よっぽど応えたんだろうよ。やっぱ、アイツ小物だわ」

 

 

 クレマンティーヌから抜き取った情報から、この場にアインズが訪れていたことが分かった。

 彼女は以前、アインズから殺された過去があるらしい。彼の姿を見て慌てた彼女は即座に逃亡し、その道中でマリアンヌたちと鉢合わせしたようである。

 

 

 「貴族どもの姿もありませんわ。一人くらい捕らえられれば、そこから芋づる式に他の貴族にも辿り着けたのですが……」

 

 

 レイナースも残念そうに言った。だが、彼女には他にも気になる事があった。

 

 

 「それと、こちらの袋が気になりますわね」

 

 

 彼女のつぶやきに全員が袋のある方へ振り向いた。その時、十個ある内の一つが僅かに揺れ出した。

 

 

 「お、動いたぞ」

 

 

 その袋を開けてみれば、小さな女の子が二人で抱き合っていた。いや、正確には水色の服を着た少女が、もう片方のピンク色の服を着た少女を抱きしめているようだ。

 

 二人は、まだ五歳程度であろう幼い少女たちだった。顔立ちや年齢が非常に似通っているため、おそらく双子なのだろう。

 抱きしめている方───水色の仕立ての良い服を着た女の子は既に死亡していた。

 もう一人のピンク色の服を着た少女も首から血を流しており、一見すると生きてはいないようだった。

 

 

 「大丈夫。その子、まだ生きている」

 

 

 ピンク色の服の少女がピクリと動いたのを、ティラは確認した。

 確かに首に刺し傷があったが、頸動脈をわずかに逸れていたようだ。

 

 

 「今、治療します。《大治癒(ヒール)》!」

 

 

 マリアンヌから回復魔法がかけられ、その子の首の傷は見る見るうちに治っていき、すぐに息を吹き返した。

 

 

 「もし、貴女。大丈夫ですか? ちゃんと起きられる?」

 

 

 少女の呼吸が落ち着いたのを見計らい、マリアンヌが優し気な雰囲気を意識して、生き残った方の少女に声を掛けた。

 

 

 「ぅ……。ここは……?」

 

 「目が覚めましたか。ご無事のようで本当に安心しました」

 

 

 そう、本当にマリアンヌは安心していた。この少女まで死亡していたら、クレマンティーヌ以外の情報源がいなかったところだ。

 

 異なる視点から情報を精査しなければいけないという考えからだ。

 

 

 「ねえ、貴女。よろしければ、ご自分の名前を教えてくださる?」

 

 「は、はい、私、ウレイリカって言います……」

 

 「そう、ウレイリカちゃん、私はマリアンヌっていうの、よろしくね?」

 

 

 マリアンヌは子供向けの包容力のある雰囲気を心掛けながら、その少女に挨拶をした。

 ウレイリカはしばらく呆然としながら周囲をきょろきょろと見回していたが、隣に横たわっている自分の姉妹に気付いた。

 

 

 「え…、あ、クーデリカ……?」

 

 

 姉妹から声を掛けられても、その少女は目を覚まさない。

 当然だ。すでに死んでいるのだから。

 

 

 「ね、ねぇ…、起きて。起きてよ、クーデリカぁ……」

 

 

 ウレイリカが何度揺さぶるが、もう彼女が目を覚ますことはない。

 

 他の袋の中にいた子供たちは刃物と思われる物で一刺しで殺されていたが、この双子の少女たちだけは一まとめに入れられていた。そのため、犯人の手元が狂ったのだろうか。

 いや、もしかすると、クーデリカがウレイリカを庇ったのかもしれない。

 彼女の首をよく見てみると、首の傷が二か所あった。おそらく、ウレイリカに刺されるはずだった刃物が彼女の首に掠り、その軌道が微妙に逸れたのだろう。

 それが、ウレイリカが致命傷を負わなかった原因なのかもしれない。

 

 

 「ウレイリカちゃん。やっぱり、その女の子は貴女のご姉妹?」

 

 「はい、この子はクーデリカって言います……」

 

 「そうだったの……」

 

 「ねぇ、神官のお姉さん。クーデリカはどうなっちゃったの?」

 

 「それは……」

 

 

 マリアンヌは言いよどんだ。ここは慈愛の聖女として、どう答えるのが適切なのかと迷っていた。

 

 

 「ウレイリカちゃん、よく聞いて。クーデリカちゃんの魂は遠いところに行ってしまったの。だから、彼女が安心して旅立てるよう、私と一緒にお祈りしましょう?」

 

 「……ッ」

 

 

 それを聞いて、ウレイリカはクーデリカの死を悟ってしまった。

 元から、うすうすは気付いていたのだ。だが、マリアンヌの言葉によって彼女の死が現実として突き付けられた。

 

 

 「ねえ、お願い! クーデリカを助けて! 私、知ってるよ? お姉さん、聖女様なんでしょ!?」

 

 「……ッ!?」

 

 「少し前に、女の人が抱えた病気の子供を助けてあげてたよね!? その時、綺麗な光をたくさん出してたの、遠くから見た事あるもん!」

 

 

 ウレイリカは、元は没落貴族の娘であり、実の父親によって借金のカタに売られた少女だった。

 借金取りどもの本拠地まで連れていかれる際中、彼女は遠くからマリアンヌが病気の子供を癒してあげる場面に遭遇した事があった。

 

 

 (ああ、あの時か………)

 

 

 マリアンヌは当時を思い出していた。

 病気の子供を抱えた母親の必死の懇願を快く引き受け、民衆の前で煌びやかな演出(エフェクト)を出しながら治療してあげたことを。

 

 聖女としての名声を上げるための一環として派手に実演し、その母子には良い働きっぷりだったと感謝さえしていたが、まさか、こんな形で仇になるとは予想できるわけもなかった。

 レイナースの忠告に大人しく従って治療するべきではなかったかもしれないと、彼女は少し後悔していた。

 

 

 「お願い、聖女様! クーデリカを助けて! 私、何でもしますから! お金がいるのなら、頑張って働きます! だから助けて! クーデリカを助けてよぉッ!!」

 

 

 ウレイリカは泣きじゃくりながらマリアンヌの足元に跪き、彼女の服を掴みながら必死に懇願した。

 

 たしかに、クーデリカを助ければ聖女としての名声が多少は高まるかもしれない。

 

 だが、蘇生には代償がある。低位の蘇生魔法であれば生命力を大きく損なうため、彼女のような幼く弱い少女では蘇る前に肉体が崩壊してしまうだろう。

 

 高位の蘇生魔法であれば可能かも知れないが、それにも大きな問題があった。

 

 大量の金貨を消費してしまうのだ。

 

 もちろん多少の無理をすれば可能だ。問題は、その生き返らせる人間が、それに釣り合うだけの価値があるのかどうかだ。

 たしかに、死亡したクーデリカは目鼻立ちを見るに将来性を感じさせるし、片割れのウレイリカを見る限り、この年齢の少女にしては気品や教養を備えているようだ。それはクーデリカの方も同じなのだと思われる。

 その辺りは、やはり没落したとはいえ貴族の令嬢という事なのだろう。

 

 なかなかに質の高そうな人間のようだ。だが、それはあくまで現地の人間にしては、の話だ。

 

 おまけに、情報提供者として見ても、ウレイリカ一人がいれば十分だ。

 大量の金貨を失ってまで復活させる価値があるとは、とても思えなかった。

 

 今もウレイリカに縋りつかれているマリアンヌは、困った表情でクズ男の方を向いた。

 

 そんな彼女の意が手に取るように分かる彼は、助け船を出すことにした。

 

 

 「あー、イビルアイ? すまねぇが、その子に睡眠の魔法でも掛けてやってくれや。今はひとまず、休ませてやろうぜ」

 

 「……そうだな」

 

 

 イビルアイは、ウレイリカに近付き、静かに手を向けながら《睡眠(スリープ)》を掛けると、少女は深い眠りに堕ちた。

 

 

 (ふぅ、やっと解放されたわー。ったく、あんなクソ厄介なお願いをされても、こっちは困るだけだっつーの)

 

 

 マリアンヌとしては、幼い少女を助けられなかったという評判が付くのは望ましくない。情報を抜き取って用済みになったら、さっさとクズ男の手で始末してもらいたかったのだが、さすがに仲間の目がある中で幼い女の子に手にかけるのは不味いだろう。

 

 なので、万が一にも少女の口から自分への逆恨みから来る悪評が広められたとしても、兵士や民衆を百人ほど大観衆の前で癒してあげればチャラになるかと割り切ることにした。

 

 ……のだが、たった一人を救えなかった汚点を拭うために、百人も治療してやらねばならない事を理不尽にも感じていたが。

 

 

 「それにしても、生贄の子供たちを残酷に殺害するとはな。儀式だか何だか知らんが、やはり邪神という存在なだけはある。大方、その子たちの魂を吸い取り、自分の糧にするといったところだろう」

 

 

 イビルアイは、吐き捨てるように言った。他の袋に入れられていた子供たちは全員死んでいたのだ。

 自分の糧にするために無垢な子供を殺す所業から、やはり邪悪な存在なのだと再認識した。

 

 

 「それだけでなく、おぞましい魔法を使用するためかもしれない。何か邪悪な事を企んでいるとしたら……」

 

 

 ティラは、イビルアイの考えを補足した。かつて、王国との戦争で召喚された黒い怪物のような、世にも恐ろしい魔法の前準備をするためだとしたら、かなりの被害が出てしまう。

 それを彼女は懸念していた。

 

 それを聞いたマリアンヌは、そんな魔法などあっただろうかと首をかしげたが、特に否定する理由もないので、あえて何も言わなかった。

 

 

 「そんじゃあ、一仕事終えた事だし、こんな気持ち悪ぃ空間からおさらばしようぜ」

 

 「そうですね。イビルアイさん、転移をお願いできますか?」

 

 「ああ、無論、そのつもりだ」

 

 

 

        +

 

 

 

◇ ────帝都アーウィンタール 皇城

 

 

 あれから、城へと帰還したクズ一行は各々の部屋へと戻り、この場にはマリアンヌとレイナースだけが残り、ジルクニフに調査の結果を報告していた。

 

 

 「いや、まさかキョーヤ殿が最も調査に向いていたなど予想していなかったぞ」

 

 

 ジルクニフは初めに予想していた事とは違う結果になったことに大層驚いていた。

 まさか、腕っぷし頼みと思われたクズ男が、調査においても力を発揮するなど完全に予想外だったのだ。まさに嬉しい誤算だった。

 

 

 「それで、連れ帰った貴重な情報提供者とやらは、邪教団の用心棒をしていたという女と生贄にされていた幼い少女の二人か」

 

 「はい。やはり、邪神アインズと邪教団は繋がっていたようです。陛下のご慧眼は正しかったということですね」

 

 「いや、そんなのは偶然だ。確証など、ほとんどなかったからな」

 

 

 アインズが邪教団に接触している可能性については、彼の単なる想像に過ぎなかった。

 あくまで、悪く考えればの話であった。

 

 

 「それで、捕らえた女からの情報では、我が国が誇る魔法学院の長が邪教団に属する貴族どもの取りまとめ役であったとか」

 

 「はい、そのようです。それと、その者は取りまとめ役の一人ではありますが、さらに大物が背後に控えているそうですわ」

 

 「大物……、大貴族か。もし、それが本当なら相当に厄介だな。その者については、その女は知らないのだな?」

 

 「ええ、どうやら巧妙に正体を隠しているみたいです。クレマンティーヌさんが知ってる幹部は、魔法学院の長までとのことです」

 

 「ふむ……」

 

 

 (そういえば………)

 

 

 ジルクニフは以前、フールーダから聞いた事があった。その学院長がフールーダから寿命を延ばす秘術について熱心に質問されたと。

 つまり、その時点で不老不死にかなりの興味を持っていたという事だ。禁術を使ってまで寿命を延ばしているフールーダに興味をもち、その技を聞き出そうとしたのだろう。

 もっと早く、その学院長を捜査しておくべきだったと後悔していた。

 

 

 「ならば、早急に事情徴収という名目で拘束せねばなるまい。逃亡される前にな。さて、聖女殿。今回の調査、大義であったな」

 

 「お気になさらず。この程度、世界の安寧のためならば、全く苦とは思いませんわ」

 

 

 慈愛の聖女()としての強い意志が込められた言葉に、ジルクニフは苦笑いで返すだけだった。

 

 

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