◇ ────皇城 独房
「邪魔するぞ」
「……あん?」
ここは、城の中でも特に堅牢な独房である。そこへ、皇帝であるジルクニフが、護衛の四騎士の二人を引き連れて自ら出向き、一人の罪人が収容されている独房を訪問していた。
邪教団の用心棒だった女───クレマンティーヌと面会し、直接話を聞くためだ。
「お前がクレマンティーヌだな?」
「あんた誰だよ? 見たところ、結構なお偉いさんみたいだけど」
「私はこの国の皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス である」
「……へぇ、まさか皇帝さまが直々にお出ましくださるとはねぇ。なかなか、いい男じゃんか」
「お褒めに預かり光栄だ。さっそく本題に入るが、お前は邪教団の用心棒をしていたそうだな?」
「ああ、そうだよ。もしかして、今から取り調べをするってわけ? 皇帝さまが直々に?」
「……スレイン法国、元漆黒聖典第9席次『疾風走破』」
「……ッ!? どこで、それを!?」
「気付いてなかったのか? お前が気絶している間に、あらかた情報は抜き取っているぞ」
「あ、ああ…、《
正確には、彼女が気を失っている間に、クズ男のスキルで情報を抜き取ったのだが、わざわざ説明することもない。
「クレマンティーヌよ。かつて、お前は城塞都市エ・ランテル……、現在は魔導国となっている地で、邪神アインズに遭遇したのだろう? 奴について聞かせてくれるか?」
「は? 情報なら抜き取ったんでしょ? 今更聞く事ってある?」
「抜き取った情報は、あくまでも記憶の断片でしかない。私は、邪神アインズに遭遇し、直接戦ったというお前から話を聞きたいのだ。奴と対話し、戦ったことで得られた”生”の情報をな」
もちろん、直接戦ったのはクズ男たちも同じだが、ジルクニフはこの世界に生きる人間の目線からの情報を聞きたいのだ。
「ふーん…。ま、いいさ、教えたげる」
彼女は話した。アインズが漆黒の英雄モモンに扮していた事、その行動原理、感じ取った強さの質など。
なお、どうして彼女がアインズと戦う事になったかの経緯については積極的に話そうとはしなかったが、それもジルクニフは事前に知っているため問題はない。
「奴は
「違うよ。それが、とんでもない怪力で拘束されてさぁ。アタシは一切、身動き取れなくなったってわけ」
「ふむ、魔法を使うまでもなく、英雄級の戦士をいとも簡単に倒したと?」
「そうさ、一度味わったら、一生忘れられない。あんな恐ろしい目に合ったのは生まれて初めてだよ……」
彼女は、明らかに顔色が悪くなっていた。
腰を掴まれ、じわじわと時間をかけて押し潰されて殺される感覚を今も鮮明に思い出してしまう。
「皇帝さんに聞きたいんだけどさ。アインズって何者なの? 邪教団からは邪神だなんだって崇められてたけど。敵対してるからには、ある程度は正体を掴んでんでしょ?」
「奴は、”ぷれいやー”という存在との事だ。邪教徒以外からも邪神と認識されている」
「……ッ!? へぇ…、やっぱり、そういう存在だったんだ。もしかして、アタシを捕らえたあの男も”ぷれいやー”だったりするのかなー?」
「ほう、よく分かったな。それに、”ぷれいやー”という存在にも詳しいらしい。いや、法国出身であれば不思議ではないか」
「正解だった? ま、あんな異次元の強さを持った相手が何人もいて堪るかってんだよ」
「そんなに強かったか?」
「うん、もう桁違いにねー。でも、納得だよ。どうりで、まるで相手にならなかったわけだ……。まあ、アタシを打ち負かした相手が”ぷれいやー”様で、ちょっとだけ安心はしたけどさ」
「ほう?」
「アタシはね、これでも、英雄の領域に足を踏み入れた事だってあるんだ。まあ、今は訳あって弱体化してる身だけど。そんなアタシが、まるで子供扱いだよ? それが、そんじょそこらの相手だったら、とても納得なんて出来やしないって。そうでしょ?」
「私は戦士ではないが、その気持ちは少しだけ分かるな」
「ふふ、ありがと。つまり、あの”ぷれいやー”様は、邪神を倒すために降臨した善神ってわけ?」
「善神か…、一応、そうなるのかもな」
ジルクニフは、不本意ながら彼女の言葉に頷く。
彼の態度と伝え聞く所業から、そのような高尚な存在とはとても思えないが、人類の存続が危ぶまれている今の世界では、彼のような存在も善神と定義されてしまうのだろう。
「ところで、お前は”ぷれいやー”という存在に、一定の敬意を持っているようだな。やはり、同じ存在であろう六大神を信仰する宗教国家の出身だからか?」
「まあねー。幼いころから、神様への敬意を持つように教育されてきたんだ。こんなアタシでも、それなりに信仰心ってもんはあんのさ」
「なるほどな」
彼は意外に感じた。敬虔という言葉とは程遠く見える目の前の女が、神を信仰している事に。
「ねぇ、皇帝さま~? あの”ぷれいやー”様に口添えしてくんないかなー? 邪神と戦うってんなら、一人でも戦力は多い方がいいじゃん? アタシだって邪神軍の雑兵くらいなら相手できるよ?」
クレマンティーヌが猫なで声で媚びるように懇願する。
こんな場所から解放されたいという気持ちが透けて見える彼女の提案に、ジルクニフは冷徹に対応した。
「残念だが、はっきり言って、お前がいても大した戦力にはならん。我が国が誇る最強の四騎士ですら、邪神が戯れに召喚する雑兵に太刀打ちできんのだからな」
「いやいや、四騎士なんて大して強くはないでしょ~?」
これには彼の側に控えるバジウッドとニンブルも面白くない表情をしたが、事実、アインズが召喚する
「その元四騎士の”重爆”に随分と手こずっていたそうだが?」
「いや、あれは相性が悪かっただけだし……」
「言い訳か? だが、レイナースを相手に、その程度の相性すら覆せないようでは、どのみち大した戦力にはならんぞ?」
「……ちっ」
「それと、提案されるまでもなく、ここから解放してやるつもりだ。お前を捕らえたキョーヤ殿が、是非にと身柄を所望していてな」
「え、それって本当!?」
「ああ、取り調べが済んだら自分にくれと言ってきたぞ。とはいえ、奴隷の身分に堕とした上でだがな」
「いやいや、そんなに心配しなくっても、”ぷれいやー”様に反抗なんてできやしないし、するつもりもないって~!」
「まあ、そうだろうな。だが、万が一にも邪神側に寝返って情報を漏らされては敵わんからな」
「それこそ、まさかだろ! アタシは、あの化け物の手で無残に殺されたんだぞ!?」
「だからこそだ。
「それは……」
「だが、キョーヤ殿は、そんなお前にかなり興味があるようだったぞ。お前も
「……まあ、”ぷれいやー”様が興味を持ってくれるってのは光栄だねぇ。やっぱり、神様というのは見る目があるもんだな~」
「見る目が、か……」
興味とは言っても、それはおそらく、粗雑に扱っても問題ない玩具という意味での興味だろうとジルクニフは察していたが、それを彼女に教える事はなかった。
+
◇ ────皇城 執務室
クレマンティーヌとの面会終了後、ジルクニフの執務室に戻った彼らは三人で雑談交じりの話し合いを行っていた。
「あの女、今の”重爆”と、いい勝負をしたってんですから、強さだけは四騎士の穴埋めにふさわしいんですがねぇ」
その時、四騎士のバジウッドが発言する。
現在のレイナースの強さは彼も感じ取っていた。四騎士筆頭である自分でも、今の彼女に太刀打ちできるか分からない。
それを、不利な相性だったにも関わらず、そこそこ奮戦したというクレマンティーヌの強さだけは認めていた。
「無理だな。アレの性癖は、お前たちも事前に聞いているだろう? とてもじゃないが、我が国に仕えさせる気にはなれん。それに、あの法国から追われているというではないか。そのような
司法取引で彼女を引き取り、四騎士の穴埋めにできればと始めは期待していた。
だが、彼女のこれまでの悪事や性癖について事前に知るところとなり、とてもじゃないが、そのような者を勧誘する気にはなれなかった。
切実な理由があって仕方がなく邪教団に雇われていた善良な人間という線も期待していたが、実際には彼女が禄でもない人間だったと判明した。
いや、仕方がなく雇われていたのは事実ではあるが、それは祖国に追われているから、その隠れ蓑が欲しかったという理由にすぎない。
少なくとも、何をしでかすか分からない人間だというのは確かなようだ。
「あの男が欲しいと言っていたのは、まあそういう事だろうな。別に惜しくも何ともないので、素直にくれてやればいい」
戦力には組み込めないが、クズ男の
実際に、彼のお相手を務めている女性たちが息も絶え絶えになっていると、人員を増やしてほしいと報告を受けているのだ。
一人で彼の相手をするには体力的にもしんどいらしく、一晩で二人以上は必要だ。
さらに、交代制にして休息期間を設けないと、とてもじゃないが、やっていけないのだという。
そこへクレマンティーヌだ。粗雑に扱っても全く問題なく、さらに準英雄級の戦士として頑丈な肉体を持っているため、多少の事では
彼の予備の
「それと、取りまとめ役の一人である魔法学院の長については現在、捕縛に向かわせているが、以前から怪しいと睨んでいる貴族についても城へ呼び出し、あの男のスキルとやらで調べてもらうつもりだ。それで邪教徒と判明した貴族家は取り潰し。その家族も処刑だ」
「全員ですかい?」
「いや、若い女は残す。あの男の新たな
当主の暴走については、それを止められなかった家族にも責任がある。その身をもって、
本来であれば処刑される身の上であるのに、神の
「陛下、生贄にされていた少女の身柄はどうなさるのですか?」
今度はニンブルが質問した。訳が分からないまま怪しげな場所に連れられ、さらに双子の片割れを殺されて心を閉ざしている少女の身を、彼は案じていた。
「あの少女───ウレイリカは没落貴族であるフルト家の次女だそうだ。親が言うには、少し前に行方知れずとなっていたとの事だが、どこまでが本当なのやら……」
フルト家は、以前、ジルクニフが無能と断じて取り潰した貴族家の一つだ。
そして、その元当主である父親は今も現実を受け入れられずに、貴族の誇りとやらを守るために散財を繰り返している。
金の工面のために娘を売り払った可能性は高い。
捜索願いすらも出さなかったのかという話だが、それも事情があって遅れたのだという。
このように、不審な点は数多くあった。
「とはいえ、確証があるわけではない。行方不明になっていたと言い張る以上、ちゃんと親元に送り返さねばな。邪神も少女の存在を感知していなかったそうだから、よもや再び連れ去らわれる事はあるまい」
ジルクニフとしては、たとえアインズに存在を知られていなかったとしても、後顧の憂いを断つために始末しておくべきだと考えている。
だが、クズ男とマリアンヌはともかく、イビルアイが良くは思わないだろう。
少女の両親が、あくまでも行方知れずだったと主張する以上は、送り返すしかない。
「陛下!」
その時、彼らの話し合いの空間を壊すように、若い秘書官がドアのノックもそこそこに、慌てた様子で部屋へと入って来た。
「なんだ、騒々しい。厄介な事件でも起きたか?」
「そうではありませんが、それでも大変な事に違いありません!」
「……聞こう」
「それが…、アインズ・ウール・ゴウン魔導国が、陛下との会談を求めております!」
「……ッ! いよいよか!」
ジルクニフたちの心に緊張が走った。
一体、どんな無茶な要求を突き付けられるのだろうかと。
いや、そもそも闘技場での一件は相手の方に非がある。別に、こちらが下手に出る謂れはないのだと、自分に強く言い聞かせた。
「……分かった。奴らへの返答は出来るだけ引き延ばせ! その間に、歓迎の準備を行う! それと、直ちに聖女たちを呼べ!」
「はっ!」