アインズ様を怒らせたクズ男(改)   作:黒郎丸

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ジルクニフの決断

 「ラキュース!? 本当にラキュースなのか!?」

 

 「ええ、本当よ、イビルアイ! ずっと会いたかった!」

 

 

 ラキュースは涙ぐみながら彼女に笑顔を向けていた。

 

 

 「偽物ではないのか?」

 

 「彼女は本物よ。なんなら、試しに二人にしか分からない事でも聞いてみるといいわ」

 

 

 アルベドが提案するが、その時、近くで静かに控えていた魔導士が、ローブを深く被る仕草をする。

 イビルアイは、仮面で目の動きが分からない事を活かし、それを横目で確認した。

 

 

 「……いや、聞くまでもない。そこのラキュースは偽物だ!」

 

 「な、なにを言ってるの、イビルアイ!? 私は正真正銘、本物よ! その証拠に私たちの思い出を語って見せてもいいわ!」

 

 「くだらん真似はよせ。長年連れ添った仲間の事だ。お前が本人でないことなど、すぐに分かったぞ」

 

 

 実際には、彼女の姿を模した二重の影(ドッペルゲンガー)の擬態は完璧なもので、見破ることは彼女にはできない。

 だが、そんなことは微塵も感じさせないように彼女は振舞った。

 

 彼女には相手の強さを感じ取る能力があり、目の前のラキュースドッペルは、以前の彼女と同程度の強さだから猶更だ。

 どこか存在が()()とは感じていたが。

 

 

 「とんでもない言い掛かりね。では、彼女が偽物であるという証明が貴女にできるのかしら?」

 

 「それは……」

 

 「よろしければ、私が証明してご覧に入れますが?」

 

 

 言葉に詰まったイビルアイの代わりに、静かに控えていたマリアンヌが名乗りを上げた。

 聖なる攻撃を放ち、目の前の()()()()()の正体を暴こうと彼女は提案する。

 

 

 「まさか、使者である私たちを攻撃なさるおつもり?」

 

 「いいえ、清く正しい人間に対しては攻撃になり得ませんわ。傷を負うのは邪悪な存在だけ。そちらのラキュースさんが本物であるなら、全く問題はございませんわ」

 

 「その保証がどこにあるのかしら? 彼女に対してだけ何らかの怪しげな攻撃を加えて、無理やり姿を変えるつもりなのではなくて?」

 

 「つまり、どうあっても魔法を使わせる気はないと?」

 

 「ええ、そうね。残念だけれど。彼女が偽物だと言うのであれば、仕方がないわね。ああ、お可哀そうなラキュース。貴女のお仲間は貴女の事を信じられないそうよ?」

 

 「イビルアイ、どうして……」

 

 

 ラキュースドッペルが悲しそうな目で仲間を見ていた。何も知らない者が見れば、信じたくなってしまうほどに健気で曇りなき眼差しだった。

 

 

 「それに、善良な人間にとって害にならないと言うけれど、彼女がそれに該当するとは限らないんじゃないかしら?」

 

 「なにを言う!? 仲間の人柄は、ともに行動してきた私がよく知っている!」

 

 「ふぅ、やれやれ……。世の中、仲間どころか身内にすら自分の本性を隠す人間は多いのよ? どうやら、あなたの頭は相当にお花畑のようね。お可哀そうに……」

 

 

 呆れと憐れみを含みながら首を振るアルベドのあんまりな物言いに、イビルアイが激怒した。

 彼女は、もはや自分を抑えきれそうになかった。

 

 

 「貴様という奴は、どこまでも……ッ! これ以上、私の仲間たちを愚弄するなぁああああッ!!!」

 

 

 激情に駆られたイビルアイが、アルベド目掛けて走り出す。

 その様子をアルベドは、さも愉快そうな笑みを浮かべながら眺め、身を守る素振りすらせず、黙って目を閉じていた。

 まるで、存分に自分を攻撃してくださいと言わんばかりに。

 

 

 「どうどうどう。イビルアイさん、落ち着いて?」

 

 「……ッ! クソッ! クソォオオオオッ!!」

 

 

 自分以上の腕力を持つマリアンヌに止められた彼女は怒りのやり場を失い、代わりの矛先となった床に拳を叩きつけ、その部分の床が砕けた。

 

 

 「あらあら、どうしたの? 私を殴るのではなかったの?」

 

 「アルベド様、それ以上は結構ですわ。あなた様の魂胆は分かっておりますから」

 

 「……そう、聖女マリアンヌ。貴女が我が国に来て事情聴取を受けてくれると言うのなら、大体の問題は解決するのだけれど?」

 

 「たしか、狂也様について伺いたい事があるとか?」

 

 「ええ、あの大罪人を放置などできないわ。奴についての詳しい情報を教えて欲しいの」

 

 「狂也様が大罪人と申されましたが、あなた方の行ってきた罪については言及されないのですか?」

 

 「私たちの罪ですって? あの悪魔騒動の事を言っているのなら、とんだお門違いよ。大悪魔ヤルダバオトと私たちとは何の関係もないと、さっきから言っているでしょう?」

 

 

 アルベドは、マリアンヌに何を言われても、自分たちの潔白を頑なに主張する。

 彼女には勝算がある。なぜなら、あの事件の証拠は残してはいないし、殺されたメイドたちの遺体だって回収して復活済みだ。

 どこからも証拠など出ない。追及されても白を切ることは容易い。

 まさに、完全犯罪なのだから。

 

 

 「それを私に主張しても意味がありませんわ。もはや他国の方々もご存知ですし。あなた方が何を主張なさろうと、証拠隠滅を図ろうと、あなた方に非があると認識されている。それで十分なのですから」

 

 「他の者も認識しているですって?」

 

 

 アルベドは疑問に思った。どこから情報が漏れたのか。もしや、目の前の聖女が各国の重鎮たちに余計な事を吹聴したのだろうかと。

 だとしても、彼女が今言った通り、それをこの場で問いただしても無意味なので、黙って話の続きを聞く事にした。

 

 

 「ええ、王都に悪魔を放ち、王国の財を奪い、大勢の民を拉致し、さらには蒼の薔薇の偽物まで使って第三王女様を誘拐した。たとえ証拠がなくとも、多くの方々がそのように見なしております。もはや、どんな言葉で取り繕うとも覆す事は叶いません」

 

 「………それで? 貴女は何が言いたいのかしら? 罪を認めろとでも?」

 

 「はい、あなた方の行っている事は、ただの”コソ泥”ですわ」

 

 「……今、何と言った?」

 

 「”コソ泥”です、と申し上げました。どんなご大層なお題目を掲げようとも、それが真実。私は聖女として、あなた方の悪しき所業を見過ごすわけには参りません! 世界に向けて己が罪を告白し、不当に支配している弱き民を解放するのです!」

 

 

 マリアンヌは世界の安寧を願う聖女として、囚われし人々の身を案じているかのように振舞いながら、アルベドに毅然と物申した。

 コソ泥呼ばわりされたアルベドは、心の中で彼女への罵倒を繰り返すが、必死で冷静さを保っている。

 

 

 「~~~ッ! 貴女とは、まるで会話にならないわね……。エル=ニクス陛下、先程の私の要求を受け入れていただけますか?」

 

 「それは……」

 

 「だぁあああッ! しつっこいな! いい加減諦めろや、この化け物女が!」

 

 

 なおも執拗に自分たちの要求を押し通そうとするアルベドに業を煮やしたクズ男が、ジルクニフの座る玉座の後ろから姿を現した。

 

 

 「キョーヤ!? ま、待て!」

 

 

 慌てたジルクニフは、彼への敬称を付けるのも忘れて止めようとするが、彼は構わずアルベドの前まで歩いて行った。

 

 

 「おいコラ、化け物! 俺様を捕まえたいんだろ? いいぜ。ほら、捕まえてみろや? ああん?」

 

 「……とうとう姿を見せたわね、狂也」

 

 

 アルベドとクズ男は睨み合う。彼女の横にいるマーレも忌々し気な様子で、じっと睨んでいた。

 手を広げて挑発するクズ男に対し、アルベドは歯をギリギリと鳴らしながら睨みつける。

 

 

 「ほらほらぁ、俺様を捕まえるんじゃねぇのかよぉ、アルベドさんよぉ~?」

 

 「こんの……ッ!」

 

 

 今のアルベドは、あくまで使節団として来訪した使者にすぎない。

 主人であるアインズからも、この男が姿を現したとしても手は出さないように厳命されていた。

 

 

 「もういい加減帰れや、バケモン。人間様の領域に堂々と侵入してきてんじゃねぇよ。消え失せろ」

 

 「エル=ニクス陛下。これは、一体どういう事でしょう? 先ほど、この者は城を出て行ったと申されましたが?」

 

 

 ジルクニフは頭を抱えた。この男の堪え性のなさを甘く見ていたようだ。

 

 

 「おいおい、テメェらはそんなことを言える立場かよ? 自分らの悪行は棚に上げやがってよぉ」

 

 「言っている意味が分からないわね。今は貴方の相手をしている場合じゃないの。話の邪魔だから、どいてくれるかしら?」

 

 「……まあ、聞け。この場で争いになってもいいのか?」

 

 「……なに?」

 

 

 クズ男がアルベドたちにしか聞こえないように小声で話しかけた。

 

 

 「このまま、テメェらが暴れて城がぶっ壊れたら、どうなるんだろうなぁ~。魔導国の使者さまが謁見の場で暴れ回って、まさかの城が大崩壊! なーんてスキャンダルになるかもな~?」

 

 「……ッ!」

 

 

 クズ男はアルベドに至近距離で話しかける。少しでも手を伸ばせば届く立ち位置だ。とても、使者に対する距離感ではない。

 おまけに、彼女がジルクニフに話を振ろうとしても、この男が一々間に立って遮ってくるのだ。おかげで全く会話に集中できない。

 

 煩わしく思ったアルベドは、手に持っていた真なる無(ギンヌンガガプ)をハンマーの形に変え、クズ男を殴りつけた。

 

 

 「ぐおッ!?」

 

 

 とっさに彼は腕で防御する。

 本気の攻撃ではなく、あくまで彼を自分から遠ざけるのが目的だったため、防ぐのは簡単だった。

 

 

 「おい、コラァッ! なに攻撃してんだ、化け物がッ! 使者さまが他国で、そんな事していいのかよ!?」

 

 

 騒ぐクズ男を無視して、アルベドがジルクニフに話す。

 

 

 「少々、粗相をしてしまいました、陛下。目の前を飛ぶゴミ虫が鬱陶しかったもので」

 

 「……いや、気にしなくてもよい。私も、彼がいまだに、ここにいる事に気が付かなんだ」

 

 

 ジルクニフは、アルベドの粗相を気前よく許すことで、クズ男がこの場にいる事の追及を避けようとしていた。

 その事にアルベドも気が付いており、その暗黙の交換条件を受け入れる。

 

 

 「さて、エル=ニクス陛下。この大罪人の処遇ですが、いつまでも城に住み着かれていては、我が国との同盟にも差し障りが出て参ります。後日、軍を派遣し、この者を捕縛したいと考えますが、ご許可を願えますか?」

 

 「いや、それは、さすがに看過できん。いくら同盟相手とはいえ……」

 

 「なるほど、同盟を破棄なさるおつもりですか?」

 

 

 これには、ジルクニフも動揺した。彼の捕縛のために軍隊を派遣されては、確実に争いが激化し、国が滅茶苦茶になる。

 そんな未来は何としても避けねばならない。

 

 

 「それは……」

 

 「ああ、いいんじゃねぇか? テメェらのような(おぞ)ましい化け物との同盟なんて破棄してもよ」

 

 「キョーヤ殿!? 何を言う! そんな事をしたら……ッ!」

 

 「あーあー! なぁ、皇帝さんよー、もうコイツらとの同盟なんて意味ねぇって。どうせ、人類の敵だろ。いつかは、ぶつかり合う事になるんだぜ?」

 

 

 そうだとしても、同盟を破棄するとなると、ナザリック勢が表立って世界制覇に乗り出した際、見せしめとして真っ先に帝国が狙われるだろう。

 そんな状況になることこそ、ジルクニフは最も恐れているのだから。

 

 

 「陛下、私もそう思いますわ。邪悪なる者たちとの同盟など百害あって一利なし。むしろ、いつまでも同盟を結んだままでは、他国からどのように見られるか」

 

 「陛下、私も同意見だ。心配せずとも、コイツらだって、そう易々と戦争など起こせまい。まさか、一介のワーカーを捕らえるためだけに他国に戦争を吹っ掛けるような愚かな真似はするまいさ。コイツらお得意の大義名分とやらには成りえんのだからな」

 

 

 マリアンヌに続き、イビルアイも故意にアルベドに聞こえるように声を上げて進言する。

 それを聞いた彼女は憤るが、努めて平静を保ち、ジルクニフの返答を大人しく待つ。

 

 

 (たしかに、彼らの言う事も一理あるが、仮に戦争になった際に(ぷれいやー)がどの程度戦えるかが問題だ。さすがに私の国を舞台に神々の戦争などを引き起こされては、簡単に滅亡してしまうぞ……!)

 

 

 「エル=ニクス陛下?」

 

 「おい、どうなんだ、皇帝さんよぉ?」

 「陛下、何を迷っておいでなのです?」

 「陛下! 決断してくれ!」

 「陛下、私も同意見ですわ! どうか、ご決断を!」

 

 

 ジルクニフが迷っている間にも、周囲の者たちは決断を促してくる。

 ナザリック勢を除けば、この世界でも屈指の実力者からの圧力に頭をうまく働かせる事ができないでいた。

 

 

 (ぐぅぅっ…、これが市井の者が陥るという同調圧力というものか! そんなものに屈する者を、今まで愚者と見なし侮蔑してきたが、これほどまでに恐ろしいとは! だが、ここで反対意見を口にしてしまうと、彼らの支持を失いかねない。そうなると、最悪、法国からも見放され、孤立無援の状態で邪神軍を相手にする事になる! こうなったら、毒を食らわば皿まで……ッ!)

 

 

 やがて、彼は決断する。

 

 

 「……あ、アルベド殿。色々考えたのだが、やはり貴国との同盟は、我が国にとって利があるとは思えない。申し訳ないが、同盟は破棄させてほしい」

 

 「分かりました。では、同盟を破棄、交渉も決裂ということですね。このような結果に終わってしまい、大変残念に思います。それではエル=ニクス陛下、失礼いたします」

 

 「あ、あの…、えっと……、し、失礼します!」

 

 「ひとまずお別れね、イビルアイ。どうか、元気でいてね?」

 

 

 アルベドが軽く頭を下げ、扉に向けて歩き出した。

 マーレもおどおどした態度で、ラキュースドッペルもイビルアイに別れの言葉を口にしながら彼女の後に続いた。

 

 クズ一行は忌々し気に彼女たちの後姿を睨みつけ、ジルクニフは頭を抱えて意気消沈している。

 彼の足元には、抜け落ちた金色の髪の毛が散らばっていた。

 

 

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