◇ ────スレイン法国 大聖堂 会議室
「今日もまた、人間たる我々の命があった事、神に感謝いたします」
「「「感謝いたします」」」
厳かにして神聖なる大聖堂にある会議室にて、六人の最高位神官長らが集まっていた。
「さて、最初の議題は、アーグランド評議国に送った使者からの報告に関して……」
土の神官長の言葉に全員が注目した。
彼の部下が使者として、評議国に派遣されており、その報告を聞きたがっていた。
「アーグランド評議国からの返答ですが……」
他の神官長たちは、息をのんで傾聴する。
「神人の派遣は、限定的になら許可するとの返答を得ました」
「ほぉ……」
スレイン法国が保有している神人を表に出すことを求めている事、それを評議国の竜王たちに求めていたのだ。
これまでの法国では、折角の強大な戦力である神人を表舞台に出す事を制限させられていた。
大昔に交わされた、竜王による一方的な、決して平等とは言えない盟約によって。
しかし、そんな竜王たちからの返答は、限定的な活動であれば神人を表に出しても構わないとの事だった。
「正直、意外だったな。頑なに盟約を守れと能書きを垂れるものと思っていたぞ」
「限定的と言ったが、どこまで守れば良いのだ?」
「なんでも、竜王国の防衛に派遣する程度なら構わないそうです。ですが、ビーストマンを積極的に殺戮し、世界の均衡を破壊する事は許されないと念を押されましたが……」
「……まあ、彼奴らの考えは分かるがな。大方、ビーストマンに襲われている竜王国を邪神軍が手助けして実質的な支配下に置かれるのを防ぐためであろう」
「それと、キョーヤ様とマリアンヌ様の介入もな。
「そもそも、邪神軍の横暴を阻止できない時点で、あのトカゲどもが世界の均衡だのを主張しているのも滑稽な話だ!」
「まったくだ! 何が世界の調停者だ。笑わせてくれる!」
神官長たちは、白金の竜王を始めとする、この期に及んで未だに静観を決め込む竜王たちの不甲斐なさを侮蔑し、嘲笑する。
これまで、世界を救うべく活動してきた彼等を邪魔してきた評議国に対する悪感情を抱いていたが、彼等の不甲斐なさを見て、少しだけ溜飲を下げたようだ。
「だが、あのキョーヤという戦神の事を信頼してよいのか? かつて竜王国では散々な悪行に手を染めてきたというではないか?」
狂也の危険性を懸念した風の神官長が発言する。
「本当に、その者たちを神とみなして良いのだろうな? マリアンヌという女の方は分からんが、男の方は、とても褒められた人物ではないぞ?」
「……マリアンヌ
帝国皇帝ジルクニフとの密談のために訪れた闘技場で、魔導王アインズとの戦いを実際に現場で観戦したレイモンが、彼等の神性を保証する。
「し、しかし、我らが偉大なる六大神様を差し置いて、別の存在をいきなり神と認めるわけには……」
「そこは柔軟に、第7,8の神々が人類を救うべく、邪神に立ち向かうために降臨なさったという事にすればよろしいでしょう」
「彼のおっしゃる通りです。今は新たな神の神性を問うている余裕はありません。あの傲慢な竜王ですら戦うのを躊躇うような化け物が、この世界を牛耳ろうと企んでいるのですから」
レイモンの言葉に、火の神官長も追従する。彼女もまた、邪神軍に対抗できる強大な存在を求め、それを自分たちの神という事にして縋りたいのだ。
「それに、キョーヤなる戦神には、竜王国にてビーストマンを大量に駆除してくれた功績があるのも事実。彼の暴虐の犠牲者に関しては気の毒だが、これは神への尊い生贄となった、そう思うべきなのだ」
「左様。それに殺した人数分の免罪符も購入してくれた事だしな。……それも大量に」
彼等は被害者たちを気の毒だと口では言ったが、所詮は他国の人間であるため、そこまで深刻には捉えていない。
一応は宗教者だから、被害者の事を慮っている発言を義務的に行ったに過ぎないのだ。
「聖女マリアンヌ様から賜ったアイテムも大いに助けとなった! 犠牲者が大幅に減ったと報告が上がっているぞ!」
「おぉ…ッ!」
彼女から下賜されたアイテムは確かにユグドラシル基準でいえば下級だったが、この世界からしてみれば上級に匹敵する。
この国には六大神が遺した遺産はあるが、軽々しく持ち出すことはできない。
だが、彼女から与えられたアイテムは永久に保管すべき貴重品というわけではない。遠慮なく
「あぁ、聖女と言えば、ローブル聖王国の聖王女もいたな。不遜にも民衆から聖女と崇められて調子に乗っておる。だが、良い機会だ。今後、聖女を名乗るのを金輪際やめるよう正式に抗議すべきでは?」
「然り。
聖王国は四大神を信仰する国で、法国では敵と見なしている亜人であっても、場合によっては友好的に接するという、法国の価値観からしてみれば狂っているとしか思えない国である。
そこのトップであるカルカが、その美貌と血筋に加え、弱き者を思い遣る献身的な姿勢から、その行いを見た民衆から聖女と呼ばれ慕われている事実が法国にとっては面白くなかった。
「確かにそうだ。しかし、聖王女カルカは無知な民から聖女と呼ばれてはいるが、本人が自称したわけではないぞ?」
「それでも、否定しているわけではあるまい?」
「そうだが、わざわざ抗議する必要はなかろう。マリアンヌ様が活躍すれば自ずと皆が聖女と崇める筈だからな」
「左様。聖王女カルカは優れた信仰系魔法詠唱者とはいえ、所詮はただの人間にすぎぬ。女神を相手に敵うべくもない」
聖王国にもアインズたちの侵略の手が伸びた際には、彼等はその国を救うべく赴くのは間違いない。
マリアンヌは分かりにくいが、もう一柱の
ビーストマンを”ケモノ風情”と蔑み、遊びながら虐殺してきた所業から容易に読み取れる。
であれば、共に行動しているマリアンヌもまた同じ思想の持ち主である可能性は高い。だとすれば、法国にとって好都合である。
狂也とマリアンヌが聖王国を救う事で発言力が増せば、四大神教に染まっている愚民たちの思想も変える事が出来るかもしれないと、神官長たちは期待していた。
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◇ ────帝都アーウィンタール 皇城
若き皇帝ジルクニフは、いつもの護衛である四騎士の二人と共に執務室にいた。
そこで、邪神軍の魔の手から救出した者たちの治療に当たった医務官から、その経過の報告を受けていた。
「さて、イビルアイの仲間やガゼフの容態を訊こうか。彼等の再起は可能か?」
「………恐れながら、陛下。それは無理な話かと。全員が例外なく想像を絶するほどの拷問を加えられておりました。聖女マリアンヌ様のおかげで身体の傷は全快しましたが、心までは治りません。おそらく、このまま一生寝たきりの生活を強いられる事でしょう」
「そうか……」
「仮に、安楽死させたうえで蘇生させる手段を取るとしても、あれでは復活すらも拒絶してしまうでしょう。むしろ、このまま死なせてあげた方が……」
医務官は苦虫を噛み潰いた顔をした。
このまま心が死んだまま寝たきり生活を余儀なくさせるくらいならば、いっそ死なせてやった方が彼女たちにとって幸せなのではと考えている。
「陛下、玉座の間で聖女殿が彼等を救出した際に、そこに”蒼の薔薇”のメンバーの一人であるティア殿が含まれていなかったという事は、やはり、そういう事なのでしょうか?」
四騎士の一人であるニンブルが、悲痛な表情で発言する。
「うむ、誠に残念だが、聖女殿が言った通り、貴重な異世界のアイテムの力でも救出されなかったという事は、すでに殺害されているのだろう……。しかし、逆に考えれば彼女だけは過酷な拷問から一足先に解放されたという事だから、むしろ救われたと思うべきだな」
「そんな筈はない、と言いてぇところだが、流石にあのような有様を見た以上は、そういう結論にもなりますわな……」
四騎士の筆頭であるバジウッドも、王国の英雄たちの末路について思う所があるようだった。
四騎士たちは、王国との戦争においてガゼフに苦戦しつつも、彼の事は高潔な剣士として尊敬していたし、”蒼の薔薇”の強さや実績についても高く評価していたのだ。
「それと、ガガーラン殿とティナ殿でしたか。やはり彼女たちは妊娠しておりました。ただ奇妙な事に、どうにも胎内に入っていたのは、とても人間の胎児とは呼べないような奇怪な姿かたちの赤子だったのです。まるで人間と亜人を無理やり混ぜ合わせたかのような……、いや、人と亜人とでは子を作れないはずなのですが……」
医務官は額に浮かべた汗を拭いながら、言葉を選んで報告した。
彼の言う通り、本来なら人間種と亜人種とでは子を作る事は出来ない。それどころか、両者は美的感覚も大きく異なる。
とある異世界の物語では、
自然界では、まず起こり得ない組み合わせなのだ。
「まさか、邪神軍では人と亜人のハーフを生み出す研究をしていて、それが実現しているという事なのか!?」
「分かりませんが、それが事実となれば、なんと
ジルクニフと医務官は、改めて魔導王アインズの狂気に恐れを抱いた。
このまま魔導国に支配されれば、帝国中の国民が異種交配を強要させられてしまうだろう。
魔導国内にいる元エ・ランテルの民たちには慈悲深い政治を行っているそうだが、それがいつまで続くかも分からない。
あくまで、狂也やマリアンヌ、そして各地の竜王たちを殲滅するまでのパフォーマンスに過ぎないと、ジルクニフは推測している。
「やはり、奴らは我々とは相容れない存在だと証明されたわけだな。性質も考え方も何もかもがだ……ッ」
その時、部屋をノックする音がした。
「……おっと、長々と話してしまったな。もう下がってよいぞ」
「はっ、失礼いたします、陛下」
緊張から解かれた医務官が速やかに退室し、入れ替わるように一人の騎士が入室した。
「陛下、例の
その騎士に続いて、もう一人の眼帯を付けた少年が入室してきた。
彼は緊張したようにジルクニフに頭を下げている。
「おお、ようやく来てくれたか。という事は、私の部下になってくれると言う事でよいのだな?」
「はい、こちらこそ、母の治療をしていただき感謝いたします、陛下」
少年は、さらに深々とジルクニフに頭を下げる。
彼の名はジエット・テスタニア。
現在、魔法学院に通う学生である。
幻術を見破るという
ずっと病に伏せっていた母親を抱える苦学生で、アルバイトとして香辛料を生成する仕事にも従事していた。
だが、母親の病が悪化し、急に治療代が掛かるようになったため、ジルクニフの求めに対し、母親を治療すると言う条件で応じたのだ。
ちなみに、彼の母親はマリアンヌによって既に治療済みだ。
「ところで陛下。一つだけお聞きしたい事が……」
「よい、ある程度の事であれば応えよう。なんだ?」
「……貴族のロベルバド家も、邪教団の一員だったとして処分が下されるという話を噂で耳にしたのですが、それは本当なのでしょうか?」
「うん? そうだが、あの愚かな貴族家と何か関わりでもあったのか?」
「い、いいえっ、そこまで深い関係ではありません! ただ、その貴族家に私の、一応は学友だった者がおりまして……」
「ああ、そういうことか。その家と関係がある者は、一族すべてが処刑される予定だ。一部の例外を除いてな」
「……その例外とは?」
「それは……。待て、その前に、その学友とやらは男か?」
「……? はい、男ですが……」
「であれば、残念だが処分の対象だな。当主がやらかした事であっても、貴族である以上は一族全体の責任となる。ゆえに、
例外として、若い女だけは狂也の
「ランゴバルトも終わりか……」
ジエットがつぶやいた。
彼にとっては友人でも何でもなく、自分が密かに思いを抱いている幼馴染に懸想し、隙あらば身分の差を利用して毒牙に掛けようとする禄でもない男だった。
尤も、本気で彼女の事を気に入ったからではなく、ただ自分を追い詰めたいというくだらない理由からだと分かっているから同情は出来ない。
ジエットが学院に通っていたのも、騎士になる夢があったのもあるが、在学中に幼馴染を、その男から守りたかったからという事情もあった。
その男が処分されるという事で、もう幼馴染の身を案ずる必要はなくなり、安堵の気持ちでいっぱいだった。
それでも、敵対していたとはいえ、それなりに会話した事のある学友が亡くなってしまうと言う話を聞いて、少しだけ感傷を抱いてしまったのだ。
「たしかに悪事を働いた家は処分すべきという陛下のお考えは、私も同意しております。すみません。余計な事を訊いてしまって……」
「いや、気にしなくて良い。では、この話は終わりだな」
もし元学友が女性だったら、どのような処分が下されたのかも好奇心で訊きたい気持ちもあったが、それ以上踏み込んでは危険だと本能的に感じ取り、何も言わなかった。
「実は、すでに変身を見破ると言う稀有な
「……つまり、姿かたちを変えられる凄腕の
「ああ、もう既に二人……、いや、この場合は二体と言うべきだな。城に侵入した魔物を捕らえている」
「魔物!? 人ではないのですか!?」
「うむ、その魔物の名は
「は、はい……」
「ニンブル、彼を取調室まで案内してやれ」
「はっ、畏まりました。では行こうか、少年?」
「よ、よろしくお願いします」
取調室に恐ろしい未知の魔物がいると聞いたジエット少年は、緊張しながらニンブルの後を付いていった。