貞操逆転世界で、ASMRを売りまくる   作:天声ξ紳士

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7 天声響け!フェア2025

『音声クリエイターフェア2025』

 

それは、音声クリエイターたちが一堂に会する年に一度の祭典だ。会場には国内外からファンが押し寄せ、新作の発表や即興パフォーマンスで熱気が渦巻く。この世界の日本で有名な、超一大ビッグイベントだ。本場の声優から、我々同人音声の作者、果てはアイドルまでと、声にまつわる人物なら何でも集まる。いわば声の聖地なのである。

 

 

 

「うわっ、マジで届いた!」

 

家のドア前に積まれた段ボールを開けると、そこにはピカピカの高性能マイクとコンパクトな防音室キット。母さんのカードを借りて、清水の舞台から飛び降りる気持ちでポチったやつだ。興奮を抑えきれず、早速部屋に運び込んでセットアップ開始する。

 

マイクをスタンドに固定し、ケーブルを繋いでテスト録音。パソコンから流れてきた音を聞いて、思わずニヤける。

 

『あー、う、う“、テスト。マイクテスト』

「うおっ、クリアすぎ! これなら俺の声、もっと響くじゃん!」

 

次は防音室だ。組み立て説明書を広げて、壁パネルをカチカチはめていく。汗だくになりながらも、2時間後には簡易的な防音空間が完成。中に入って「テスト、テスト」と呟いてみると、外の音がほぼシャットアウトされていることが確認された。完璧だ。

 

「よっし、これで叫び放題! これなら深夜に配信でもできてしまうなあ⁉︎」

 

そして、機材が揃ったところで……次は新作の台本だ。

テーマは『ツンデレ系男幼馴染』。最近、DLLサイトのコメント欄で「ツンデレ系を聴いてみたい!」って声が多かったので、せっかくならファンの期待に応えたい。これは“フェア”で発表したいため、徹夜覚悟で取り掛かることにした。

 

「幼馴染の男の子が、普段は冷たくて、でも実は私のこと気にしてて……みたいな?」

 

ペンを走らせながら、頭の中でシチュエーションを組み立てる。「お前なんか、どうでもいい!」って言いながら、顔を赤くしてそっぽ向くシーンとかどうだろう。セリフを声に出して試してみると、ツンデレの微妙なニュアンスを出すのが難しい。でも、俺の想像力を振り絞れば、なんとか近づけられるはずだ。

 

「うーん、デレる瞬間が大切だぞ? そのための過程はもっと重要だ。ならどうする? 前の世界なら鉄板ネタはやっぱりポニーテールの美少女なわけだが……この世界なら、レパートリーが少ないな……。うーむ声だけで、聞く人たちの想像を掻き立てるのにも限界がある。――そうだ! ナレーションを少し挟んで、脳内補完を手助けすればいいんだ!」

 

 

気づけば、夜が明ける頃。

なんとか練りに練った台本がついに完成していた。疲れ果ててベッドに倒れ込もうとした瞬間、ドアがノックされて母さんが顔を出した。

 

「おはよう。徹夜したの? 身体大事にしなさいよ?」

「大丈夫だって! フェアで新作出すから、気合い入ってるだけ」

「そうはいっても男の子なんだから……無茶は禁物よ」

「わかったわかった、ありがとう。母さん」

 

台本を仕上げた俺は、母さんの言葉に頷きつつベッドに倒れ込む。でも、興奮が収まらず、すぐに起き上がってフェア用のポスター作りに取り掛かった。パソコンで『ツンデレ男幼馴染』のタイトルを打ち込み、あらかじめ絵師に有償依頼しておいたデザインを貼り付け、印刷の手配を済ませると。……時計はすでに朝を迎えていた。

 

「よーし、クリエイターフェア。頑張るぞー!」

 

 

ξ

 

 

——そして待ちに待った、フェア当日。

 

俺は朝早くから会場に乗り込んで『アイスティー』のブース設営に取り掛かった。看板には「天性の声」とデカデカと赤い文字で書かれてて、我ながらも正直ちょっと気恥ずかしい。でも、机に並べたポスターや新作のチラシを見ると、自然と気分が上がってくる。これでファンを驚かせてやる! なんて意気込んで、ブースの仕上げに取り掛かる。マイクスタンドを調整して、看板をちょっと斜めに傾けてカッコよく見えるように微調整。

 

準備万端だ。

 

開場のアナウンスが会場に響き渡った瞬間。

まるでダムが決壊したみたいにファンが一気に押し寄せてきた。最初はポツポツだった人影が、気づけばブース前を埋め尽くす大行列に変貌。

しかも、そのほとんどが「お姉さん」たちだ。年齢も服装もバラバラだけど、みんな目をキラキラさせて俺の方を見ている。内心、「おいおいおい……多過ぎるって」と呟きたくなるのをグッと抑えて、笑顔で対応を始める。

 

「アイスティーくん⁉︎ 本当に少年なんだ! っ〜! サインして‼︎ ここに書いて!」

 

最初に飛び込んできたのは、黄色のニット帽をかぶったお姉さん。ノートとペンを差し出してきて、興奮した声でまくし立てる。その隣では、スーツ姿のキャリアウーマン風のお姉さんが、腕を組んでニコッと笑いながら言う。

 

「あの、お姉ちゃんって呼んでくれませんか? 一回だけでいいので!」

「え、今!?」

 

返事する間もなく、後ろから別の声が重なる。ポニーテールの元気そうな大学生っぽいお姉さんが、手を振って叫ぶ。

 

「アイスティーくん! こっち見て! 写真撮らせて!」

 

その声に釣られるように、さらに別の声が飛び交う。ブースの右側では、眼鏡をかけたおとなしそうなお姉さんが、小声だけどしっかり聞こえるトーンで呟く。

 

「『お姉ちゃん』って呼ばれたら死んでもいい……お願い、言ってください……」

 

いや、死なないで!? 突っ込みそうになる俺をよそに、左側からは派手なネイルのお姉さんが身を乗り出してくる。

 

「ねえ、アイスティーくんの声、生で聴きた〜い! 今ここで何か喋ってよ!」

 

その言葉に、周囲のお姉さんたちが一斉に「そうそう!」「喋って!」「癒して!」って大合唱が始まる。ブース前はまるでライブ会場みたいに熱狂してきて、俺、完全に飲まれそうになる……が、なんとか冷静を装って手を挙げる。

 

「み、みなさん、落ち着いて! 嬉しいですよ、本当に!」

 

声をかけた瞬間、「キャー!」って歓声が上がって、ちょっとビックリした。ブースの周りは人で溢れかえって、列がどんどん伸びていく。遠くの方では、お姉さん同士が「私、先に並んだから!」「いや、私の方が早い!」って軽く押し合いしてる光景まで見える。

 

そこへ、賑わいの中を縫うように、シスターズエコーの3姉妹が応援に駆けつけてくれた。

長女のミキが、いつもの豊満な胸を軽く揺らしながらニコッと笑って言う。

 

「アイスティーくん、すごい人気ね。ブースが見えないくらいだよ」

 

その言葉に、隣にいた次女のユウナが穏やかな声で頷きながら続ける。

 

「こんなに愛されてるなんて、次回作も期待してるよ」

 

そして、三女のリナが跳ねるように手を振って、元気いっぱいに叫ぶ。

 

「がんばれなのだ! お姉さんたち、アイスティーに夢中すぎなのだ!」

「あ、ありがとうざいます。先輩方」

 

俺は3人に向かって感謝を込めて頭を下げつつ、周りのお姉さんたちにも笑顔を振りまく。すると、またしても声が飛び交う。

 

「こんなに騒がしくなるなんて、まさか夢か……⁉︎」

 

地鳴りのようなファンの声に包まれながら、俺はブースの椅子に座ってサインを書き始める。一人ひとりに「ありがとう」って言いながらペンを走らせると、お姉さんたちが次々にノートやスマホケースを差し出してくる。中には「握手して!」って手を伸ばしてくる人もいて、ブースの机が揺れるほどの勢いだった。

 

『ツンデレ男幼馴染』の売れ行きも好調で、無事このまま捌き切った――。

 

 

 

そして迎える、フェアのハイライトは即興パフォーマンス。

ここでは俺のような素人声優ではない、“本物”のプロ声優たちが集まって、会場のメインステージで華やかなショーを繰り広げている。スポットライトが眩しく照らす中、有名なアニメ声優が軽快に雑談を始めると、客席から笑い声と歓声が響き合う。別のコーナーでは、ベテラン声優が即興でセリフの掛け合いを披露。流れるようなトーンと完璧な感情の乗せ方に、会場全体が一瞬にしてその世界に引き込まれていた。

 

「す、すごい……」

 

俺はブースの端っこでその様子を眺めながら、思わず息を呑む。

この自分の声だってなかなかのモノだと自負しているが、それでも、あの人たちは別格で、声だけで空間を支配している。マイクを通した一言一言に、重みと深みがあって、まるで映画のワンシーンを見てるみたいだ。観客の「おおー!」ってどよめきと拍手が鳴り止まないのも納得しかない。あの技術、あの表現力……俺が徹夜で台本書いてるレベルとは次元が違うと、心底に実感させられる。

 

「……でも」

 

俺は、そんなことでは落ち込まない。

確かに、本物の声優は凄い。プロの世界が、どれだけ高い壁なのだと理解させられた。しかし、俺には俺の戦い方がある。さっきまでこのフェアで己がブースを埋め尽くしたお姉さんたちの熱狂を思い出そう。「アイスティーくん!」って叫んでくれて、サインを求めてくれて、俺の生声を聴きたがるそのエネルギー。

 

これは、プロのステージじゃ味わえない、俺だけの領域だ。いや、俺は同人音声だって十分食っていける――いや、もっと一攫千金できる確信がある。

 

だって、この世界の「お姉さん」たちは俺の声に飢えているのだから。プロの声優がアニメやゲームで完璧な演技を見せる一方で、俺たち同人声優はもっと身近で、もっとニッチな需要に応えられる。

『ツンデレ男幼馴染』みたいなピンポイント作品を届けられるんだ!

 

「よし……帰るか」

 

そして、初めての『音声クリエイターフェア2025』は終了するのであった――。

 

 

 

俺はブースの片付けを終え、疲れ切った体に鞭を打って会場を後にする。

頭の中には、今日一日の熱狂がぐるぐる回ってる。お姉さんたちの笑顔、プロ声優の圧倒的なステージ、そして俺の声が響き渡った瞬間――全部が、まるで夢みたいだった。

 

プロにはまだ追いつけないかもしれないけど、同人の世界でなら、俺にしかできない何かを作れるはずだ。ファンの声援が耳に残ってる今なら、もっとすごい作品を生み出せる気がする。

 

そう、全ては。

 

 

この世界の「お姉さん」たちのために――。

 

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