これはあくまで類似した可能性の一つであり、同一の軸線にある物ではないでしょう。
それぞれの話は独立しているか、同じ未来に行き着く別の過去です。
これは或る超文明に存在した人物に関する記録です。
ここに現在は滅びた或る文明を想起する。その文明の存在を示唆する文献や証拠はこの世に存在しない。そもそもこれはこの世界の話ではない。
かつて在りしその文明に属する一人の人間がいた。性を区別することについての存在意義をとっくの昔に失わせるほどにその人間の属していた種族と文明は進歩していたから、あくまで仮定としてここでは“彼”と称そう。
これから語るのはそんな“彼”の話だ。
では、まずは“彼”の属していた文明について踏み込んで語るとしよう。
それはあまりにも完成され過ぎた文明だった。文明とそれ以外に区別しようとすれば世界に何も残らなくなるほどに全てを掌握し制御することを可能とした種族によるものだ。
疫病、戦火、自然災害、その他あらゆる脅威は出現を察知した未来が過去の自分たちへ警告を発することで脅威の克服以前に接触自体を回避することが可能だった。
また彼らの技術は単純な時間を辿るものに留まらずある時点から派生した可能性の枝葉、所謂“平行世界”に自由にアクセスすることが可能だった。
私たちが近所のコンビニに訪れる感覚で彼らは一つの宇宙の端から端を移動し、手紙を送るとなれば現在・現宇宙のみならず平行世界と全ての過去・未来までが送信先の選択肢として候補に入る。そして小旅行気分で彼らはその現地へ跳ぶ。
種および文明の滅亡は起こり得なかった。個人の死すら改良により先祖の代で途絶え、ありがちな堕落の種子は未来からの警告を受信することで植え込まれる前に回収することが出来る。
もし宇宙の泡が寿命で弾けてしまうというのであれば彼らは自らビッグバンを模倣し代替領域を用意することが出来たし、単に別の泡に移住することも可能だった。
彼ら以上に世界を理解し、世界をコントロールしていた種族は今後現れるかも分からない。その一挙手一投足が我々からすれば神話の如くであり、実際に彼らの所業は彼らの関与した他の知性体のコミュニティや文明において神話や伝承として残されていたりもした。
多元宇宙の不滅の管理者である彼らの実態は人ではなく神に近い。だが、それは紛れもなくかつては一つの星の上で生じ獣に混じって生存競争に明け暮れていた凡百の内から派生した可能性の一つである。———“極限値における”という枕詞が付くが。
私は彼らのことを思い出す時、『結論に辿り着いた者達』という比喩を使う。あるいは単に『結論者』とも。全ての問題と謎を解明した先に至った文明、それが彼らだった
“彼”はそういった種族に生まれた。
“彼”が生まれた時、世界に明かすべき暗闇は残されておらず全てが日の当たる領域となっていた。“彼”の青春と呼べる時期はデータベースにアクセスしあらゆる知識を得ることに費やされた。あらゆる分野における優劣の概念は人物に直接外付け可能なアタッチメントにより幾らでも覆すことが出来たが、“彼”は地道に自分の意志で知識を獲得していった。
『結論者』の文明における学習の仕組みは我々の認識とは異なる。
私たちは何らかの事象を観測した場合、研究者がそれを定義し既に知られている概念のどの位置に該当するか判断する。そうして物事の詳細を言語化し、定義した者が自分以外に公表して初めて我々の手元に媒体を通して知識が焚べられる。
しかし定義とはリアルタイムで変化する映像を区切って固定された画像として用い、更に画像上の色彩に存在するグラデーションを無視して境界を設置するようなものだ。
そうして簡略化した方が理解が容易いことは確かではある。だがそうなってしまっては、観測した事象を100%ありのままに説明したとは言えなくなってしまう。
一方で『結論者』たちが他者に情報を伝達する際にはそういったデジタル化の過程は不要である。彼らはその気となれば映像を平面ではなく三次元的———更には実体験を伴って他者に事実を共有することが可能だった。情報閲覧者は観測者と同じ視線に立ち、観測者の抱く所感をも知ることが可能だった。
この技術は下位文明に向けられた場合に“啓示”として認知されることがあった。認知及びその抵抗能力が有意に発達していない意識体にとってそれは劇薬だ。神の意思に曝露した個人は何かに乗っ取られたかのようにそれまでの常識を脱ぎ捨て、導かれたレールの上を走り続けることを至上の理と認識する。
実際、それは神々たる『結論者』らが自分たちの存在する未来が確固たる過去の上に存在することを保証する為に発送される定期メールのようなものだったから単なるまやかしではないのだという弁明は利いた。それに『結論者』同士の干渉であれば一方的に思考が汚染されるような事は起こらない。
それは互いの合意の上で思考と認識を共有するだけの彼らにとってあり触れた技術の一つであり、必要な時に必要な知識を正確に獲得可能な『結論者』たちの基礎的な技能の一つでもあった。
それさえあれば、“学習”なんてものにわざわざ手間を掛ける必要は無くなる。新生児であっても大人の思考に即座に同調することが可能になる。だから手間の掛かることをする“彼”は『結論者』の中の例外個体であり、この物語の結末に関わるコメントを付け加えるなら「既に片鱗は見えていた」。
アイデンティティを確立した青年期の“彼”は他の『結論者』からは“ゲーム好き”として知られている。
『結論者』の文明にも娯楽は存在する。特に個人用宇宙の作成と破壊は彼らに主眼を置いた倫理規定の上かつ問題の発生しない条件下で許可されたポピュラーな遊戯の一つである。例によってその行為により文明の存続が脅かされる可能性が生じた場合はそもそもゲームは許可されない仕組みだ。
“彼”は一風変わったゲームを自作した。それは簡潔に表現すれば惑星~星系規模の矮小文明の知性体に転生しその人生を体験するものである。重要度の低い平行世界における知生体を検索し、条件に該当する知的種族にアンカーを打ち込む。その接続先のランダムな胎児に意識を伝送することで全くの別人かつ精度の低い文明の一員としてその一生を過ごすことになる。
多元宇宙全域に渡る規模の文明を築いた『結論者』にとって一星系規模の下位文明に対する認識は、我々の感覚に例えるなら40億年前の地球の海に存在したバクテリア未満の始原生物に対するようなものだ。
そんな細菌以下の存在にわざわざ成り切ろうとすることに意欲的な“彼”を周囲の同族はやはり変人として捉えた。だが文明の循環に支障を来す未来は観測されず、また“彼”自身がこの娯楽に安全措置を備えていた。
使用者から一時的に全ての記憶を抹消することがゲーム参加の条件である。当然、ゲームから復帰すれば記憶は全て回復するが、自ら枷を嵌めて劣等種族の人生を何の優位性もなく本気で体験しようとする執念染みた拘りは一部のマニアには受けた。————が、他の使用者から度々提案された『強くてニューゲーム』『リセマラ』なる追加要素の実装を“彼”は断固として認めることは無かった。
最終的に“彼”が疑似体験した他種族の人生は体験した個人数ではなく文明の種別に累計するだけで■■■■■■■■■■■■■■■■■通りに及ぶとされる。
“彼”はある時からパタリと誰よりも熱心に取り組んでいたゲームを止めた。この変化以降の“彼”を成熟期と呼ぶことにしよう。
成熟期の“彼”は一見して目立たなかった。それまでの偏屈な振る舞いは形を潜め、他の『結論者』と変わらないルーティーンの中に納まった。
宇宙を自作し、生命の種を撒き、文明と呼べるものが芽吹くまで時の流れを加速させる。そうして現れた幼い文明に対して『結論者』たちは自分たちの想像(創造)した奇想天外な現象と怪物たちをぶつけて反応を見ることを一種の娯楽として楽しむ。哀れな被造物の文明がどれだけ足掻いたところで、最終的には収拾不可能なほどに膨れ上がった問題を片付ける安全措置としてゲームオーバー……真空崩壊の起爆スイッチが押されるまでがお決まりだった。
“彼”もこの高度な娯楽に関わったことが知られている。その中での“彼”の振る舞いは他の『結論者』との有意な差異が見受けられなかった為ここでは割愛する。
彼は平常を装って全てを完遂した。
現在、“彼”の属していた多元宇宙規模の超文明の痕跡は過去・現在・未来の如何なる時点においてもこの宇宙に存在しない。
さて、
“彼”の最後の行動を見て、その後に独白を聞くことにしようか。
結果から語るなら『結論者』たちを滅ぼしたのは“彼”である。否、“彼”は『結論者』のみならず自らの属していた多元宇宙の全てをバラバラに解いて散らしてしまった。
『結論者』たちの文明の特性である未来と過去との情報循環による滅亡の回避は意味を為さなかった。“彼”はその循環における土台、多元宇宙そのものに最初の一撃で不可逆な破滅を齎した。
警鐘は鳴らされ、まだそれが発生していなかったあらゆる時空において存在した“彼”を連続的に消去する緊急措置が行われたが穿たれた穴から時間的秩序を破壊しながら周辺に拡大していく罅を止めることは出来なかった。
穴は既に穿たれている。穿たれた穴の存在を確認した上で発せられた警告は寧ろ穴の存在を補強する結果となり、その情報の受信先を優先的に崩壊の波が襲うことになったが誤差の範疇である。結局のところ罅は多元宇宙の全体に広がるまで止まらない。最早誰の目にも多元宇宙の崩壊が訪れることは明らかだった。
多元宇宙の崩壊は単なる宇宙の消失や平行世界の改変に留まる災害ではない。
それは過去・現在・未来の全ての消失を招く。要は初めから存在していなかった事になる。
結論者たちはその宇宙の誕生の瞬間から自らの存在を打ち込む事に成功したため、例え99%の時間的宇宙が消し飛ぼうと再興は可能だった。
しかしそれは、“彼”の行いは前代未聞の100%完全なものだった。
宇宙の消失は単なる終点であり、その始まりから過程までが無かったことになるわけではない。平行世界の改変にしても元々の物語を前提として書き換えているのだから無かったことにだけはしていない。
メタフィクション的に分かり易く表現するなら、『作者と読者は同時にその物語の事を忘れ、記録された文書はゴミ箱の中で灰となり灰すら消えた。燃えていた事実すら誰にも知られることは無かった』と言ったところだろう。
具体的に“彼”がどのようにしてそれを可能にしたか、未曾有の大量虐殺事件の凶器となるその過程は不明だ。それだけは何をどう観測しても把握できなかった。私に感知できるのであれば『結論者』の滅亡回避が察知しない訳が無いので当然のことではある。ともあれ犯人は最後の瞬間まで自分が凶器を有していたこと、あるいは作っていたことを誰にも悟らせなかったのだ。
しかし、動機は語られている。最後に観測された“彼”の独白を聞いてみよう。
「私は生まれるべきでは無かったのだと思う」
“彼”は自らが開けた穴の前に立っている。周辺には幾つかの機器が散乱しているが、実際のところそれらがどのように使用されたか、本当に使用されたのかは分からなかった。
崩壊の波は全てを襲っていた。何らかの対抗措置を用意していたのか“彼”を侵蝕する罅は緩やかだが確実に拡大していく。“彼”以外の『結論者』たちが決死の思いで起動したただ一人に向けた抹殺プロトコルは結局肝心の“彼”を捉えることなく罅に覆われて千々に引き裂かれた後だった。今は生き残った多元宇宙に存在する他の“彼”を消去する悪足掻きを行っている。
「私は完璧に調節され尽くした最上位文明の一員として、この生涯に不満を抱いたことはない。—————だからこそ、不満が無いことが不満だった」
穴を穿つ一瞬前を起点として分岐した平行宇宙において、一瞬穴を穿つことが此処にいる“彼”より遅かっただけの同一人物である“彼”は抹殺プロトコルが動くよりも早く隣接するタイムラインで発生した穴から伝播する罅に呑まれて死んでいた。
“彼”はこうなることを知っていた。自分の犯行が成功した時、そこに辿り着ける者は真の意味で“彼”一人になるのだと。全く同じ目標を抱えていた多元宇宙の自分自身を含めた全て、それが“彼”の計画において要求された犠牲だった。
“彼”のように穴を開けることが可能だったがタイミングの僅かな差により開くことの叶わなかった時空座標に存在する“彼”は6次元的な位置関係上“彼”が開いた“穴”から伝播する崩壊から逃れることが出来ない。罅の発生源である穴から一定上離れた比較的平穏なタイムポイントに於いては『結論者』の抹殺プロトコルが間に合い、“彼”が歩む筈だった足跡を徹底して消そうとする力が働く。
誕生の事実すら否定する『結論者』の徹底ぶりもあって、今この瞬間多元宇宙に存在する“彼”は正真正銘“彼”一人となっている。
「私は問題を解きたかった。未知を解明したかった。幼少期に自動で給餌される“知識”を拒否し、非効率的な学習に走った当時はそういった願望があることさえ理解していなかった。
私は修正可能な未発達個体として自らの発生した文明の誰もが詳細に把握している全てを直接手に取って一喜一憂した。結果として比喩抜きに同期の無限倍に近い時間を賭けて現存する知識を全て獲得することが出来た」
多元宇宙が軋みをあげる。それは存在を否定された物語たちの悲鳴であり、たった一人の裏切り者への呪詛のようにも聞こえた。
「転機はあれを開発した時だ。“孤蝶ノ夢”。我ながら物事の本質を捉えた良い命名だったと思う。ある存在の基幹部分―――俗に“魂”と呼ばれる部分のみを抽出し平行世界の他者に同期して出力する演算装置だ。
これを使って私は極めて原始的な人々の日常と言うものを何度も体験した。未熟で不便で愚か、私たちが忘れるほどに遠ざけることに成功した死が目と鼻の先にある。……だが、私が目覚めてからその夢の内容を振り返ってみると確かな羨望を覚えた。既にその時点で無数の時間を存在していた私を揺るがすほどに、その刹那は味わい深いものだった。
道端で砂を見つけた程度のことであんなに大騒ぎして、辿り着くべきでは無かった間違いに到達した場合でも全てが無意味だったと修正されることはない。世界の終わりに私は彼と酒を呑んだ。彼は確かに笑っていた」
“彼”は在りし日に見た夢を想起している。そうしている姿は黙祷のようにも覚悟を決めているようにも見えた。
「最上位文明、多元宇宙の全てを解き明かした支配者たる我々の一挙手一投足はさぞかし偉大なのだろう。だが、それを偉大だと感じられるのは未知に囲まれ未解答の問題を多分に孕んだ発展途上文明の特権だ。発展途上文明がその歴史を変えるかもしれない何かに挑む時の緊張と興奮は他では得られない。
夢から覚めた私にとっては遥かな先祖がとっくに通過した拙い一歩であったとしても、その一歩には無限の熱が込められていた。
その上で断言する。少なくとも私が誕生してから流れた馬鹿らしくなるほど無数の時間の中で、形而上的“神”に等しいとされる我々が行ってきたことは何だ? 我々は何かに挑んだか?
否、我々はあらゆる問題から解放され、ただ遊び惚けて存在しているだけだ。そんな日々を無限に繰り返し続けることに何の意味があるんだ?」
ある夢に於いて、人々は神々を偶像として表現していた。それが何よりも正しく真実に近いことを“彼”はよく理解している。
この時点で“彼”の姿は辛うじて人型を維持していると呼べるほどに罅に覆われ崩壊の間際にある。次の瞬間にも起こるだろう破滅が生じないのは、この場における時間的秩序がとっくの昔に崩壊しているからだ。
“彼”は既に引き裂かれていなければならないが、破綻した秩序がそこへ辿り着くためにあり得ない回り道をしている。
「永続する筈だった文明が木端微塵になるという異常事態こそが私が同胞に分けてあげられる未知になるだろう。
ただ理っておくが、私は君たちに対してこの結果を望んでいたわけではない。私の目的は同胞の安寧に発破をかけて焦燥させることでは無かった。私と同じ悩みを抱えてすらいない者にまで課題を与えるほど私は鬼畜極まってはいない。
こうなってしまったのは、単なる成り行きでしかないんだ。仕方がなかったというやつだな」
“彼”が穴の縁に立つ。
「残念なことに多元宇宙の内側には解き明かすべき謎なんてものは残されていなかった。先人たちの類稀なる努力の結果だ。
————では、多元宇宙の外はどうだ?」
穴は深く、今や全てを巻き込み飲み干して拡大している。
「我々は多元宇宙にそもそも外側があるだなんて知らなかった。この世の全ては多元宇宙で完結しているように見えたし、外部から侵入されたこともない。だから私は賭けた。多元宇宙を外まで貫く穴を開いた時に未到達領域が開けるのだと根拠もなく妄信した。
ビンゴだ。これから私は投身自殺を試みる。こんなことが償いになるとは思わないが、目の前に穴があって世界は奇しくも終わりかけている。ならばどのような結果に辿り着いてもこの選択を後悔することは無いだろう」
そう締め括ると“彼”は穴へ身を投げた。私の観測できた限りにおいて、“彼”は多元宇宙からの離脱後0.000000000000000001秒以内に存在を失ったように見える。
私には“彼”が何かを見出したという穴は、終始無数の罅が螺旋を描いて渦を作っている物にしか見えなかった。
“彼”は最後に何を見たのか?
お疲れさまでした。中々10000字には達しませんね。そこだけが少し心残りですが、これ以上に踏み込んで記述すると読者の皆様の楽しみを奪ってしまうほどに余計な事を書き連ねてしまう気がしたので此処で切りました。
前回は恐怖から逃れようとして世界を破滅させた人格破綻者の物語を投稿しましたが今回はある意味でその逆、未知を求めて全てを巻き込み世界の外へ跳んで行った大馬鹿野郎の話です。被害規模が前話の比ではないのはいわずもがな、私の記憶の中では最低最悪の大悪党です。今後私が他の話を書くことがあってもコイツより酷いことをやらかす奴は出てきません。コイツが極限値です。
……まあコイツの属する文明自体が中々にド畜生で倫理観に欠けているんですけどね。今回は話題の本筋から外れるので書いてませんが、自分たちへの対抗馬と成り得る文明発展の兆候を異なる系に属する知的存在が見せた場合は即座にその痕跡を宇宙諸共抹消するくらいはやってます、『結論者』。(宇宙を)作って壊そ♪みたいなことを遊びで普通にやる奴らです。
前回と同じくこんなところまで読んでくださった方の為に私から零れる創作物の核心に迫るヒントを一つ
——————今回、ギリギリで踏み止まってますがかなり核心に近づいてます。その輪郭は少し想像すればガッツリ捉えられるくらいに。