世界を滅ぼした人間の供述   作:廃棄された提言

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 テクテク

 バサバサ

 パラパラ


『死の後、生の前。灰。鞭毛。神経。無機物。知性』

 問題がある。正しい方向に進んでいるのかどうか俺には分からないし、そもそもどうして進んでいるかも分からないんだ。

 

 どこかに向かっているんだったか? 誰かを待たせているんだったか? いや、元居た場所に帰っている途中だったような気もする。

 

 しかし、結局のところ俺は自分がどうしてここにいるのかだとか何時からこうしているのかだとかの肝心なところをまるで知らないんだ。忘れてしまったのかもしれない。

 

 そこまで考えて、俺は自分が何かを背負っていることに気付いた。リュックだった。いつから背負っているのだろう? どうして今の今まで気付かなかったんだ?

 

 リュックの中身を確認する。他に何か有意義な事をすることがこの場で可能だとも思わない。

 

「………[実に汚らしいスラング]」

 

 中身の無い缶詰の空き缶、空のペットボトル、インクの出ないペンと古いノート。

 

 ほとんどゴミで構成されたそれらが俺の所持品の全てだって? ふざけんな。コンパスでも有ったなら方角程度は掴めただろうに。

 

 一番投げやすかった缶詰を感情任せにぶん投げた。予想通りに放物線を描いた空き缶は————“灰”の上に落ちた。

 

「……」

 

 思わず黙り込んだ。いきなり景色が切り替わったなんて感覚は無かった。見えている物は何一つ変わっていないと感じる。

 

 だが俺は今の今まで俺の踏んでいる地面が全部灰色の塵に覆われてるなんて知らなかった。おかしい。俺は此処まで歩いて来た筈だろ? ずっと夢遊病みたいに寝ぼけて進んできたとでも言うのか?

 

 だが記憶の中の景色と俺の認識は、確かにこの世界が灰に覆われていることを認めていた。俺自身はそのことにたった今気付いたって言うのにな。

 

 ………なあ。

 

 どうして俺は、試しに書きもしなかった俺のクソボールペンのインクがもうすっからかんなんだなんて知ってるんだ?

 

 

 

 

 

 あれから歩き続けている。偶に立ち止まって記憶と認識をすり合わせて齟齬が無いか確認する時間を作った。

 

 問題に気付いた時点から以前の全ての記憶と経験は今やその実在すら疑わしい。だから、俺が確実に経験したと言えるその時点からの全てを定期的に完全に思い出せるように今は努力している(確か仙人はこういう修行をするんだったか? この話もどこで聞いたのか思い出せない)。

 日記みたいに書き留められれば楽だったんだが、それはもう以前の俺(そんなものが本当にいたのかも分からないが)がやっていたらしい。

 

 一度だけノートを開いた。俺のボールペンがマジで書けないのか確認しようとしたんだ。結果から言えば、分からなかった。

 俺はてっきり黒い表紙のノートだと思ってたんだ。だけどノートを開いてそれが勘違いだったって分かった。全部文字だった。ペンキを塗る時に使うあの幅の広い筆でページの全面を墨で塗り潰したみたいなモンにしか見えなかったけど、アレは文字だ。書くスペースが無くなっても何とか書き続けようとして、表紙まで隙間なく黒い文字に覆われ尽くした結果があの黒いノートだ。

 

 自分でもよくそれがびっしりとページを埋め尽くす文字だって気付けたなって思う。だけどこういう経験は無いか? クソ汚い象形文字みたいな字を書く奴、クラスに一人くらいは居ただろ?

 他人が見ても絶対に読めないが、書いた本人にだけ絶対に読める暗号文になってるアレだ。俺が感じたのはそれに近い。

 先に書かれて後から塗り潰されちまった下の方は流石に分かんねえが、表面にどんなことが書いてあるかは読めちまった。だから、まあアレを書いたのは本当に俺なんだろう。その記憶だけは勘違いでも夢でもなく本当に一切存在しないが。

 

 

 ノートに書かれてた中にこんな一文があった。

 

 

 『死の後、生の前。灰。鞭毛。神経。無機物。知性』

 

 何かを忘れまいとしていたのか、この文字の羅列は明らかに繰り返し彼方此方に書かれていた。意味はよく分からん。俺は暗号屋じゃない。

 

 

 

 

 

 俺を取り巻く状況に変化が無いか、今日は記憶の中の景色との差異を確かめながら全てを描写していこうと思う。

 

 まずは俺。多分……記憶喪失だ。自分が此処に来た経緯だけは思い出せないからな。服装はボロボロのコートと黒いシャツ、白のズボンに革製のベルトには金属のバックルが付いてる(素材は多分、ただの鉄だ)。下着は付けていない。靴はよくある登山靴で、靴底の凹凸がゴツイ。

 後の持ち物は古びたリュックだけ。中身は4つの空き缶と2本の空ペットボトル(多分2L)、1本のもう使えないボールペンと例の黒いノートが1冊。初日————そう呼ぶことにする気付いたあの時にぶん投げた空き缶は目を離した隙に消えていた。だから缶詰は元々5つあった。此処には風がないが、灰に埋もれたと考えるのが妥当だ。それ以外の可能性を考えたくない。

 俺自身の容姿は鏡が無いから何とも言えない。一度だけベルトのバックルを鏡代わりに使おうとしたが、二度とやらないと決めている。何が起きたのかは分からないが、俺はその結果最低でも900時間分の記憶を失った。だから鏡に頼らず分かる範囲で描写するなら、まず髪は伸びていて違和感を覚えるほど肌は白い。体型は多分痩せているほうだが、現状身体的(あるいは精神的にも)疲労とは無縁だ。口は有るが排泄口は無い。実際、俺は初日からずっと水も食糧も口にしていなかったが飢えも渇きも感じていなかった(じゃあ缶詰の中身は誰が食った?)。地味にショックなのが生殖器が無かったことだ。このせいで俺にも俺の性別は分からない。

 

 俺についてはこんなところだな。次に俺がこの場所を探索し続けて分かったことを描写しよう。

 

 此処は“灰”に溢れてやがる。一度だけ灰に覆われた地面の下に何があるのか暴いてやろうと粘ったが、トンネルが崩壊して危うく生き埋めになりかけた。500mを素手で掘ったんだが、結局灰以外のものは見つからなかった。死体の一つくらい出てきてもいいんだがな。

 下はそんな感じだ。多分、半無限体って言っていいくらいに灰が積み上がってると思う。

 それで……上についてだが、これが一番よく分からないんだ。結局のところ灰ではあるんだろう。だが俺にはそれが曇っているみたいに浮かぶ何かなのか、俺の足元にあるものと同じものが天井みたいに存在しているのか判別が付かなかった。根拠のない直感だと……上を覆っている灰色は下に積もっているものとは少し違う気がする。

 最後に横、俺の視点で見た地上の風景だが、まあ灰だ。丘だの平野だのと微妙にその積もり具合が変わってくるから、全く同じ景色に巡り会ったことはない(似たような景色ならずっと見ている)。だから多分、俺が歩くことで別の場所に移動してはいる。全く同じ場所をループしているなんてことは無い。

 

 ……こうして振り返ってみると、俺は自画自賛出来る程度には記憶力が良いらしい。ビデオテープのように記憶の再生を一時停止し、ある時点に於いて改めてじっくりと記憶を客観的に観察することさえ出来る。それだけに、どうして初日以前の全てが曖昧になってしまったのかが分からない。

 

 何となく、俺が進んで行く先にその答えがあるような気がする。結局俺はどこに向かっているんだろうな?

 

 

 

 

 

「あー…」

 

 それはもう随分と声を出していないなと思い、発声器官が今でも正常に働くか試していた時のことだった。

 

「ウオッ!?」

 

 背筋に走った凍えるような寒気に俺は飛び上がって地面に伏せて、そのまま暫く動かなかった。何故だろうか、本能的に耳を両手で塞いで口も瞼も閉じて、とにかく自分の感覚を封じることに注力していたように思う。

 

 何も感じないように暫く蹲っていると、暫くして馬鹿みたいにドラムを打っていた俺の心臓が静かになった。

 

 終わったんだと思い恐る恐る封じていた五感を解放すると、俺は灰塗れになっていた。それ自体はいつものことだったが、その時俺が被っていた灰は普段の無機質なそれと違っていた。

 

 熱い、それから少しだけ重みを感じる。ただ、それらは徐々に失われていって他の灰と変わらないものになって俺から離れて行った。

 

 それを見て何故か高エネルギーリン酸結合のことを思い出した。分子の結合部に蓄えられていたエネルギーが結合解除と同時に解放されるというアレだ。熱を持っていた灰の塊が解れて地面にバラバラに落ちて行くのを見ると、どうにもそれが思い浮かぶ。だが同時に、振る舞いが似ているだけで厳密には異なるものだという確信もあった。

 

「あー…」

 

 内心死ぬほどビクつきながら、俺は発声練習を再開する。此処には俺以外の何かがいる。

 さっき俺が背筋に感じたのは、一般的なそれが蚊の口吻に例えられるなら今回感じた物は破壊光線に例えられるだろうと思えるほどに規模のデカい“視線”だ。俺は確かに、あの時何かに見られた。

 

「あぁ~…」

 

 あるいは再び俺の声に釣られて現れて、その正体が分かったりするんじゃないかとどこかで期待しながらその後も活動を続けたが、幸いなことにもうそれは出て来なかった。

 

 

 この出来事は俺にある確信……あるいはそうあって欲しいという願望を抱かせた。俺がこんな場所にいる理由と“アレ”は恐らく無関係ではない。

 もうずっと忘れていた恐怖の感情はさっきので知った。理解した。次は抗えるだろう。

 だから、今度は逃げない。“アレ”が何で、何をしているのか、

————俺は絶対に知る必要がある。

 

 

 

 

 

 上にあるもの————もう雲だと言い切ってしまうが、あの向こうに何があるか分かった。畜生。ああそうだよ。今回は逃げなかった。世界の全てが死に絶えるんじゃないかって絶望へのPOWロールは成功したんだ。

 

 そして俺は見た。

 

「何だって……?」

 

 雲の切れ間から向こう側が見えた。切れ間が生じたことでこんなことになったのか、それとも何かがこうする為に雲に切れ間を生じさせたのかは分からない。まあどっちの因果関係にあったところで、起きてしまったものはどうしようもないだろう。

 

 それは星だった。それは泡だった。それは木だった。それは紐だった。それはニューロンだった。

 それは鮮やかな色彩を見せている。それは単色で統一されている。それは互いに食い合い濁ってしまった極彩でもあった。

 

 だが次の瞬間、全てが赤く染まった。それは血のようでもあり、炎のようでもある。そこに存在していた雄大で稚拙で堕落した全てが平等に一色に染め上げられた。

 

 俺は確かに悲鳴を聞いた。それは燃えていく悲鳴だった。それは流血する悲鳴だった。

 

 “視線”は既に途絶えている。だけど俺は、その主の行方を探ることもせずただ馬鹿みたいに見上げ続けていた。

 

 残骸が、無意味になってしまった灰の塊が雲の切れ目を埋めるように墜落してくる。その内の幾つかは雲の中から零れて俺の周りにも降って来る。

 前にも感じた温かな重みは、前と同じくすぐに失われてしまった。

 

 その全てが元通りに終結しても、俺はそのままの姿勢で暫く立ち尽くしていたと思う。

 

 俺は再び歩き出そうという気力を取り戻す為に随分な時間を要した。俺の心中はよく分からないものに支配されていた。怒りなのか、悲しみなのか、絶望なのか。色々と混ざり過ぎていて、最後には叫んでいたと思う。

 

 この旅の終点が近づいていることを薄々以上に感じ、それからの俺の足取りはより確かな物に変わっていた。

 

 俺は今日も灰を踏みしめる。無数の残骸を踏みしめる。

 

 

 

 

 

 炎と血。徐々に見る頻度が増えて行くそれらが俺が正しい方向に進んでいることを教えてくれる。あるいは引き返せない坩堝に嵌る最中なのかもしれない。

 

 ただ、ふと思った。

 これだけは俺には検証の出来ないことだから疑問だった。

 俺は雲の向こうに何があるかは知っている。だが、雲の向こうの裏側————要は俺がこうしていつでも目に出来る下面の反対側に当たる上面で何が起きているのかが分からない。

 

 地上に降り積もる灰よりも重いことが分かっている雲の灰がああして上空に固められて浮かんでいることから考えれば、何となく予想はつく。

 

 恐らく、雲の向こうにあるものによって雲が作られるわけではないのだろう。

 

 雲があってあれらは初めて成立するのだ。そしてきっと、こうして地上に脱落してしまった灰はもう回帰することも出来ない。

 

 

 

 

 

「————あぁ、クソ」

 

 俺は今、使えなかった筈のボールペンから滝のように溢れ出したインクを使って塗り潰されたノートに書き殴っている。

 いや、これはインクに見えるがインクじゃない。これは意味だ。文字であり概念であり現象であり情報だ。

 

「クソ、クソ、クソ」

 

 ペン先から溢れた大量の“意味”は俺の周囲で沼のようなものを形成している。問題は、その黒い沼の外周が徐々に緋色に染まって縮んできていることだ。

 “ソレ”はまだ俺を見つめている。俺に興味を示しているんだ、クソッタレ。

 

「なあ、おい、聞いてるんだろう!? お前だ。この全てを見ているんだか聞いているんだかしているそこのお前だ!!」

 

 『死の後、生の前。灰。鞭毛。神経。無機物。知性』

 全部が繋がった。だがこれは無理だ。このキーワードは答えに辿り着いて初めてその並びの意味を知ることが出来る。輪郭だけ捉えても意味がない。その中身が何であるか、それが分かって初めて納得した。

 だが無理だ。これはどうあっても伝えられない。分かるんだ。こうして以前の俺と同じことをするのが結局最善の選択なんだって。

 どれだけ考えてもそこだけは変わらなかった。だから俺もまたノートの上に書き重ねるんだ。

 『死の後、生の前。灰。鞭毛。神経。無機物。知性』

 全く同じこの一文を。

 

「俺が此処にいるのは全部お前のせいだ!! 俺は探し物をさせられていた。俺にこれをさせた奴はあるいは俺が何かを持ち帰ることを期待してたんだろう。だが不可能だ。ザマァ見やがれ、あのインテリ野郎がバーカ!!」

 

 炎が激しく燃え上がる。同時にそれは流血である。悲鳴がビリビリ五月蠅いが俺は構わなかった。

 

「俺が此処に来た最初じゃない!! この全ての状況を作り出したのはもっと以前、俺より先に此処に辿り着いた何かだ!! この灰を見ろ!! こんな物は元々無かったんだ!! じゃあ灰は何の上に積もっていると思う!!?」

 

 “ソレ”は遂に俺の目の前で静止した。虚空が開ける。“口腔”と掛けてるのか? クソが、何一つ面白くねえよ。

 

「あ、あぁあああ…ッ!! 誰か、誰か俺を止めてくれ!! もう意味なんてない。こんな事に意味なんて無い!! 出口は存在した!! 俺は別の方角に進まなくてはならな——————」

 

 だきしめられて、にぎりつぶされるように、おれは—————

 

 

 

 

 

オカエリナサイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 問題がある。正しい方向に進んでいるのかどうか俺には分からないし、そもそもどうして進んでいるかも分からないんだ。








 ループって怖いね(粉蜜柑)


 出口なんてねえよ。穴はある。だが穴は落ちるためのものだ。穴の役割は昇ることじゃない。分かったら探索を続けろバーカ!!


 前話のアイツ以上の悪党は出さないと言ったな、アレはマジだ。いいや、マジなんですよホントに。今回のこれは運命とか自然災害みたいなものなので、善悪に当て嵌めるのはお門違いだろうと私は考えています。

 雲の切れ間が落ちて……あぁ、愛おしい眼差しが向かってきますよ。

 



 追記:お気に入り登録が二名様もなされていて、やっぱり嬉しかったですね。今後も超不定期に書いて行きますが、こんなので良ければ宜しくお願いします。
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